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学蘭の魔法使いとスーツの魔王  作者: 砂糖 紅茶
秋葉原編
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13/20

3-2 スーツの魔王

 ①

 シーグリーン色を塗られたトラック型の車が行列を成している。

 四角く角ばった形をした荷台の横平面部分の窓は、全て固い網で覆われていて、一台停車しているだけでも、これから何か騒動が起こることを予期させる不穏な佇まいである。

 その護送車の総数は五〇台にも昇り、一部が秋葉原中央道り沿いに列を成し、残りが秋葉原の各所に待機していた。

 秋葉原駅前に人影はない。

 全ての人間が避難を促され、残された人間はといえば、全て護送車の荷台部分で待機を行っていた。

 厳しい訓練をこなしてきた屈強な肉体を深い紺色のアサルトスーツで隠し、更に上からゴツゴツとしたタクティカルベストが身を包む。

 黒いヘルメットを深々と被り、バラクラバと呼ばれた黒い布で鼻から口元までの全てを隠し、各々の正体を不明にさせている。今はまだ頭上に上がったゴーグルを外し、瞳だけを露わにする。

 89式5.56㎜の小銃を大事そうに抱きかかえる姿が、荷台に敷き詰められる物々しい光景の中で一人、浮いている装いの少年が居た。

 黒い浪漫風学ランを身に纏い、重厚な学帽と煌びやかな装飾を施された眼帯で素顔を隠している。

 学帽の鍔を白い手袋の指先で摘まむと、下に引っ張って自身の落ち着かない気持ちを隠した。


 ────異世界化の魔物より、この場が怖ぇよ。


 言わないまでも、その緊張は周囲に伝わっていた。

 それを気遣ってか、仲介人兼、護衛役として同行した水髪がソラへ、「大丈夫、みんな結構気さくな人たちだよ」と他の隊員たちと同じく、黒づくめの装いの中から瞳だけを覗かせ、そして緩ませて声を掛けた。


 無音で覆われていただけに、水髪の小声は車内に響き渡ると、それを皮切りに隊長クラスと思われる隊員が一歩前に出て、ソラへ敬礼を行った。


「魔法使い殿! じ、自分は、魔法を見てみたいであります!」


 余りの予期しない発言に、少し間を置いてようやく、「…………ぇえ!?」とソラは、感嘆を大きく車内に響かせた。


 その一言で不穏な空気感は途端に和やかなものへ変わり、「じ、自分も!」と魔法の存在を確認したい隊員が相次いでソラへと敬礼を行った。

 困り顔のソラへ、水髪が頭を一振りして微笑みを浮かべる。

 ────良いんじゃない?

 そう合図を受けたソラは、白い手袋を施した手を前方へ伸ばして広げると、三〇人は乗車しているであろう車内の中心に白と紫色に発光した魔法陣が出現した。


 隊員たちの息を飲む微量な反応が車内へ木霊する。


「これが魔法……」「これが噂の……」


 各々が思いを零していると、魔法陣からは水の球がふわふわと現れ、そして氷に変わったかと思うと内側から炎が氷を溶かして、空中に炎の玉が浮いた。

 人魂の形をした炎はゆらゆらと揺れながら、その存在を小さくして、やがて消えた。


「……こ、こんな感じです」


 途端、車内中に男たちの野太い歓喜が響き渡った。

 瞬く間にソラは握手と抱擁を迫られ、男たちの力強くも温かい腕力の餌食となった。痛い、と言えないまま男たちが満足いくまでソラは激励に応じ続けた。


「な、何か意外ですね……」

「申し訳ありません! 魔法使い殿が、何を意外と言ったのか自分には意図できません!」


 隊長が敬礼越しに言った。

 ソラは頭を掻きながら弱々しく会釈しながら、「いえ……てっきり僕みたいなのは煙たがられてると……」と申し訳なさそうに言った。

 隊長は敬礼を崩さない。


「いえ! 自分はそうは思いません!」

「そ、そうなんですかね?」

「我々特殊警備隊にとって、異世界化の土地には踏み込もうと思っても、予め異世界化が行われる土地を予期できず、実際に駆け付けた頃には既に異世界化は終わってるといった……間に合わないことばかりでした!

 それに単身で立ち向かってきた魔法使い殿を、尊敬しているであります!」


 横で水髪が微笑みながら聞いていた。


「中には嫉妬心や競争心を持った隊員が居る事も事実ではありますが、自分は魔法使い殿と共闘できることが光栄であります!」


 瞳部分意外を全て黒系色の布に覆われている為、年齢は不詳だがソラよりも大人なことは確かである。その屈強な男は姿勢を正し、ソラへ敬意を払い続けていた。

 ソラの目には映らないが、自分を妬む者も、別のトラックには存在していて、隣では微笑んで見守る水髪と、温かく迎えてくれる隊員たちがいる。

 ────人間が全て悪い人たちではないし、良い人たちばかりでもない。

 その縮図をトラックの中に垣間見ると、ソラは犠牲者を一人も出したくないと強く想った。


「……ありがとうございます。あの……本当に銃火器が通用するか不明なので、気をつけて下さいね」

「はい! 応戦が不可能と判断した場合、魔法使い殿のサポートに回るよう作戦を組んでありますので、ご安心を!」


 隊長はようやく敬礼を崩すと、袖をまくって時計を見る。そして一人の隊員を呼びつけ、作戦の復唱を命じた。

 指名を受けた隊員が一歩前に出て、袖下の時計の確認を素早く行った後に敬礼を行うと、大声で概要を述べる。


「──今より五分後の午後八時! 此処、秋葉原にて異世界化が行われるものと魔法使い殿より賜っております! 

 どのような事態が起こり得るか予測不能な為、我々警備隊の目的は第一に住人の安全の確保にあります! 秋葉原に異世界化が起きたことを確認した後、各所に配備された護送車から出動し、現れる魔物に対処しながら同時に人影の有無にも配慮を配り、防戦を開始します!

 並びに最近横行しつつある、異世界化を利用して犯罪を目論む犯罪者の現行犯逮捕を心掛けるものであります!」


 学帽の鍔の下で、ソラは安堵を浮かべる。


「もしも魔王を名乗る容疑者を発見した場合、直ちに各員に通達。容疑者の確保を最優先に作戦を考えるものではありますが、不可能と判断した場合、魔法使い殿と容疑者が行うであろう交渉をサポートする手筈であります!」


 間髪入れずに隊長が、「その容疑者の特定材料を述べよ」と迫った。


「現状、一切ありません! 対象の特定は不可能と思われます!」


 隊員が姿勢を正して断言すると、「よし、直れ!」と隊長は面々へ向けた再確認を終えた。

 隊員が元居た場所に戻ると水髪が、「自殺、本当にしちゃ駄目だよ」とソラの耳元でぽつりと言った。


「必要を、感じなければ」と、ソラは笑顔で答えた。

 水髪は困り顔で溜息を零すと、「じゃあさせないように頑張るよ」と返した。


「……水髪さん、ありがとうございます」

「ん? 何が?」

「こうして他者と協力して魔王に挑むなんて、僕には無い発想だったので……何か、心強いです」

「いやいや。自分ら警察組織には打つ手がなかったからね。こうして異世界化が行われる土地に踏み込めること自体、大進歩だよ。お礼を言うのは、こっちじゃないかな」


 ソラが、いえいえと謙遜すると車内は無音になる。静かに時を刻んでいく。

 一分、また一分と立つ中で、異世界化初体験である隊員たちに緊張が張りつめ、それは車内を覆った。

 緊迫した状況下、反比例してソラの片目だけ露わになった瞳が座り落ち着いていく。

 午後七時五九分──秒針が緩やかに右回りする中で、ソラが口元を緩ませ、「……はは」と小さく零した。

 池袋の時と同様。これから湧き出る脅威を前に、ソラは生を実感していた。

 その光景を見逃さなかった水髪が、これから起こる異世界化ではなく、ソラから零れ出た異常性に静かに身を震わせた。


 ──時計の頂、一二数字に秒針が触れる、午後八時。

 秋葉原には静けさが変わらず流れている。

 監視役の隊員が網の貼られた窓越しに、車内から秋葉原の様子を探るものの、近代文明の姿に変化はない。

 束の間、車内に戸惑いの空気が流れると、全員の無線が一斉に鳴る。


「──伝令! 中央通り都道437号線、巨大オフィスビル所在地の交差点!

 城です! 城が現れました!」


 そう無線で流れて来た情報を、隊長が車内の大きく復唱していく。

 流れてきた伝達の再確認の意図に合わせ──秋葉原駅を中心に半径1キロメートル範囲内に起こると思われていた異世界化は、巨大な城一つの出現という意表を突かれた形で起こった為、戸惑いの走った面々の精神を立て直すことが主な狙いだった。

 車内の戸惑いが収まると、隊長が改めて指揮を振る。


「迅速に交差点へ走って集合する! 魔法使い殿を先頭に城へ踏み込み──」


 瞬時に改編した作戦を指示している最中。

 突如、車内に白と黒色の半分づつに別れた扉が縦スライドで現れる。

 勢いよく扉が開くと、扉下部より小さく可愛い生物がトコトコと、かったるそうに歩いて出てきた。夢夢のご登場だった。


「全員、構え!」


 異世界化初体験の隊長にとって、夢夢はモンスターだと瞬時に判断され、作戦の指示を打ち切り隊員に号令を放ったが、ソラが瞬時に夢夢の前へ立ちはだかり、「味方です! 味方味方!」と制止した。

 ソラの足元で夢夢がブルブルと震えている。


「白黒の獏が現れると思いますので、それは味方ですよって、伝えていたと思います!」

「そ、そうだった……魔法使い殿、申し訳ありません! 全員、直れ!」


 言いながら両手を広げるソラの足元で夢夢が、「に、人間こえー……」と言って震えた。

 こうして四度目の異世界化は、情けなく幕を開けた。

 銃を降ろした者の心拍数は上がり、ソラは車内に両手を着いて胸を撫でおろし、夢夢はソラと三日月の両方を盾に震えあがっている。

 車から飛び出し秋葉原中央通りに群がる黒い群れを、突如現れた古城は月夜へ向かって背を伸ばし、面々を見下すようにそびえ立っていた。




 ②

 複数の尖塔が夜空へ伸び、交差点四方を塞ぐ形で西洋風の城が堂々とコンクリート道路に居座っている。分厚い白壁には土や苔が付着し、一部破損も見られる様子は古城といった雰囲気だった。

 夢夢が鼻をすんすんとさせて匂いを嗅ぎ取ったかと思うと、城の外壁に勢いよく噛り付く。


「な、何してんの?」と、古城入り口で待機していたソラが聞いた。


「んめぇです!! 先ずはビターな甘さ! ほろ苦い甘さの後に自然的な香りが突き抜けて来て、最初に味わう甘さを飽きさせない作りになっていますねぇ!

 口の中で溶けると同時に固い食感という矛盾さを味わえる、なかなかの一品ですぉ!」

「出た食レポ。夢の一部だから夢夢は食べれるのか……全部は食べないでよ? 

 城自体の破壊なんか、多分これだけの面々と銃火器があれば可能かもしれないけど、最初は僕が行かないと人質に取られてる東京都民の安否が危ないからさ」


 全部は食べれませんよ、と言いながら夢夢は白壁に噛り付いている。

 その光景に戸惑う様子で水髪が、「と、突入するみたいだよ」と声を掛けた。


「作戦、憶えてる?」

「はい。渋谷で声を掛けてもらった日は、ショックで頭が回ってなかったですけど……今は大丈夫です」

「……正義が用意できた?」

「……いえ、それはまだ……ただ友人が──」


 ソラは車内の中心へ向けて腕を伸ばした。魔法陣を出すわけではなく、纏っている服を見る為だった。


「……ただ、友人が光りを与えてくれました」

「そうか……それは心強いね」


 星都ソラ、夢夢、水髪と何百と配置された特殊警備隊の中から選ばれた五〇人が、古城の入り口に集められた。

 屈強な男たちの背丈より三倍はあろうかという分厚い木門の前に黒い装いが列を成し、その門は入って来いと言わんばかりに初めから開かれている。


 ──そればかりでなく。

 扉を入って直ぐのフロア中央に、全ての目的は集約された状態で腰かけていた。

 大理石風の光沢ある床が20メートルほど伸び、内壁から通路中央へ向けて絵画が等間隔で向かい合う。

 天井は建物三階分ほどに高く、シャンデリアが部屋の隅々まで灯りを行き渡らせている。

 白をベースに金色の装飾が入った太い柱もまた一定の間隔を空けて佇むと、最奥に位置する王座まで導きを描いている。

 

 全ての手間を省き、人質と容疑者は一緒になって其処に居た。

 

「全員、構え!!」


 隊長からの号令を受け、中に突入した五〇人ばかりの黒づくめの戦闘員たちが小銃を一斉に王座へ座る者へ向ける。

 ソラと夢夢を先頭に、その背後から五〇もの銃口が玉座を射す。

 ソラもまた白い手袋を纏った右手を広げ、魔王へ真っ直ぐと伸ばす。

 その威嚇に意味はほぼ無い。

 魔王の目的は目前で星都ソラの死を確認することであり、それが叶わなければ東京都民と──合わせて王座の横に捕縛されて座る聖真白を殺害すると宣告している。

 故に意味など持たない威嚇布陣である。意味があるとすれば、もしも魔王が何かしらの攻撃を仕掛けてきた際に応じることが出来るという、あくまで防衛的威嚇だった。

 そして王座に座る男は、そのやり取りの浅はかさに一笑を向けて迎えた。


「──皆さま、銃を向ける相手をお間違いでは? 銃口をどうぞ、そちらの魔法使い殿へ」などと言って、優雅に足を組む。

 低音ながらに通りの良い美声だった。


 黒の背広を華麗に着こなし、緩みないエンジ色のネクタイが清潔感を引き立たせている。七対三の割合で頭髪を分けながら全てを後方へ流し、三割合のほうはすっぱりと刈り上げるといった、昨今の流行を感じさせている。

 髭は生やしておらず、白い綺麗な肌が目立っている。

 雄々しくも知的である雰囲気を全て悪魔的に見せるかのように、釣り目の中に携えた瞳が、狂気を帯びて恐ろしいほどに澄んでいた。

 男らしくも美しい上品さが狂気に包まれた姿は、いわゆるカリスマを感じさせる男だった。


「さて、魔法使い殿……早速ですが、死んで頂きましょう」


 問答無用で本題を切り開く黒スーツの男の足元で、聖真白が後ろに手を回され縛られながら、「逃げて下さい!」と叫んだ。

 退避を呼びかけられた当人と、そのソラの背後から魔王へ銃を向ける隊員たちは、その武器が捉える──涼し気な顔を見て戸惑っていた。

 ────正体を隠していない。


 其れの真意は、星都ソラの死を強く促すものであると、武器を構える面々は推測した。

 ──魔王は少しの準備もなく、この場に居るわけではないと考えることが妥当。予めモンスターを配置しておき、ソラが死なないと判断するや否やモンスターを出現させ、秋葉原中に待機している特殊警備隊の面々とソラを襲うであろうことは容易に想像できる。そして相次いで東京都を滅ぼす。そういった手順なのではないかと推測される。

 しかしここでソラが死んだ場合。

 この城から生存者が出る可能性は上がる。

 約束を厳守した報酬として、モンスターの召喚には至らないのではないだろうかという甘い考えが脳裏に過る。

 それはつまり、生存した者が今、目の前に居る魔王の姿を脳裏に焼き付け、この場で逃したとしても、姿が判明しているだけあって逮捕へ漕ぎつけることが可能。

 星都ソラの命と引き換えに、魔王を逮捕するチャンスを得られる。

 

 沈黙の中、音も立てずにソラのこめかみへ一つの銃口が向けられた。隊員の中の一人がソラへ銃口を突き付けた。

 ソラは右手を魔王へ伸ばしたまま、真横から己に向いた凶器に瞳だけを向けた。


「貴様! 何をしている!」


 その光景を確認した隊長の恫喝が、謁見の間とも言える広大なフロアに響いた。


「じ……自分は別の命令を受けております!」

「何だと……?」

「魔王の素顔を確認した場合、魔法使いを魔王の目前で殺害するように命じられています!」


 ──ソラの命と引き換えに、魔王の容姿を手がかりに逮捕へ漕ぎつけるまでの時間稼ぎ。その別命を受けていたと言った隊員の喉元にも、続けて一丁のニューナンブM60が突き付けられた。

 特殊警備隊が魔王へ向けている連射式小銃とは違い、銃弾五発のみを装填しているといった、所持を許された警官や刑事が持ち合わせている一般的と言える銃だった。

 黒い防護服を身に纏った中で、その銃を唯一持っている水髪は、ソラを殺めようと銃口を向ける隊員の喉元へ銃を向ける。


「撃ったら……撃ちますよ」


 言いながら銃を両手でがっちりと握り、隊員まで近寄ると首元の布に触れる少し手前で歩みを止める。


「……刑事ごときが……発砲許可は出てるのか?」

「出てませんよ。ただ貴方の命令は魔法使いの殺害でも、自分に下された命令は魔法使いの護衛だ。仕方ないでしょう」


 緊張感ない様子で、ソラの足元で夢夢が、「だからバクは他者を巻き込むの反対だったんですよぉ」と溜息をつきながら言った。


「おやおや、統率が乱れておいでですな」と魔王が茶々入れた。


 魔王はわざと両手を大きく揺するように見せて、「まぁまぁ皆さん落ち着いて下さい。ここは本人の希望を聞きましょう? 自害するのは皆さんではなく魔法使い殿なのですから、本人の主張を聞くべきかと」と、小馬鹿にするように、自分の発言に苦笑しながら意地を悪く見せた。


 隊長を始めとした、何人かの特殊警備隊の瞳に怒りが血走る。


「──僕は…………僕は死なない」


 星都ソラが帽子の鍔の奥から、しっかりとした目つきを、伸ばしたままの右手の先にふんぞり返る魔王へ放った。

 ソラの気迫を迎えた男は、納得のいかない様子で笑みをしまい込み、玉座の肘置きに頬杖をついた。


「ほう……東京都の皆さんには死んで頂いて構わないと──逃げるだけでその意思を此方に伝えられたと思うのだが……そうやって軍を手配してまで俺の目の前に現れた理由は何だ?」

「……僕は魔法を手にしてからというもの……出会う人の殆どに脅されて来たんだ」


 その最初を担当した脅迫者である黒い獏が、ソラの足元で苦笑した。


「……それで?」

「獏、友人、刑事二人、そしてお前という魔王……何もかもに無関係を貫いてきた僕が、何かと関係を持ち始めた途端、色々と脅迫されてきた。

 それだけ脅されれば……良い脅迫内容ってのを思いつくもんだ。今度は僕がお前を脅す」

「っは。脅迫?」


 ──渋谷の異世界化終了後の夜間、ソラは刑事二人と作戦を立て合っていた。

 魔王が欲しがるもの──ソラの命を提供することなく、魔王の逮捕へ漕ぎつける、若しくは逮捕を可能にするだけの情報を手に入れる方法。

 ソラと二人の刑事が考案したのは魔王を脅迫するという手段だった。


「東京都の人々と……真白さんの解放。加えてお前の……魔王の本名、年齢、職業、住所等の個人情報を吐け」


 魔王側からすれば馬鹿げた要求に、魔王は冷笑や憤慨などの、何かしらの感情を表に出すような真似をせず、静かな空間に低い声を通す。


「──なるほど。それで、脅迫内容は?」

「応じなかった場合、僕とお前の能力に関する全ての情報を世間に発表する」


 魔王の方眉が微動する。

 そして少し間を置くとニヤリと笑って、「……なるほど。考えたな」と吐いた。


「確かに。俺たちの能力についてを暴露すれば、俺たちに近しい能力者が次いで現れるだろうし、そうなれば人類を抹殺しようという俺を止められる者が出てくる可能性も高くなる……か」

「そうだ」

「……俺のように悪い奴らもまた、能力を得ることになるが、それはいいのか?」

「ああ、お前という魔王に、一方的に殺されるしかない今の状況よりは、遥かにマシな状況だと思うよ」


 ──この脅迫は、隊員たちと打ち合わせ済みの一芝居だった。

 ソラは他者に魔法や異世界化についての詳細を漏らす気はなかった。ソラへ銃を向けている隊員が統率を乱すことで、真実味を持たせるような演出を起こしながら、面々は精一杯ブラフカードを切った。


 魔王は頭をやや斜めにして頬を肘のついた手に深くもたれ掛かると、「能力者の増加か……それも面白い混沌的状況だな……」と呟き、思慮を巡らせた。


「おまけを、つけてもいい」

 ソラが魔王の独り言を遮った。


「……魔法使い殿はどんなサービスをしていただけるので?」

「もしも、今お前が本名や住所を明かすのであれば……今、僕に向いている銃に撃たれても良い」


 思わずといった感じで水髪が、「駄目だ!」と大声を響かせた。ソラは水髪のほうへ顔を向けず、

「ただ……僕も死ぬのは嫌だ。だから撃たれるにしても、この両手を撃つと良い。そうすればもう魔法は打てない」と交渉を続けた。


 魔王の口元は歪に曲がりながら、「唯の人間に戻るか」と言った。


「……魔法を無力化でき、能力の他言を防ぐ。その代償は俺の個人情報か……」


 難しい選択だ、と魔王は言うと、少し間を置いて背筋を伸ばした。


「──だが、残念だ。やはり貴様の死は絶対だ。お前の魔法という戦力を削いだとしても、お前の脳にある能力に関する知識はなくならない。

 そのことを知ってるお前は消さねばなるまい」

「……交渉が決裂した場合、僕は能力に関することを喋るぞ?」


 男は玉座の上から微笑を返す。


「お前は何年掛かった? 俺は四年だ。個人差はあれど時間が掛かることは知ってる。次の能力者が現れるまでに……それまでに……全ての人間を殺せばいい」

「……ひょっとして、僕が此処で死ねば、東京都の人たちに金輪際手を出さないなんて甘い話も期待したけど……やっぱりそうじゃない。お前は絶対に全ての人間を殺したいんだろう。

 ならば僕は此処で死んでる場合じゃない」


 ソラの背後から魔王へ武器を強く握り直す音が、フロアへザっと響いた。それは人間側が切った嘘の手札は通用しなかったことを示し、魔王捕縛の作戦へ切り替わったのだった。

 交渉決裂を表した音を沈めるように、魔王は口を開く。


「……少し、お話をいいか?」

「……何だ」

「どうして彼女を救出する? 貴様は既に俺が作り出した存在であることに気づいているだろう? 同様に聖真白などという存在は、この現実世界に存在しないことにも、ここで助けたところで俺が自由に呼び戻せることにも気づいているだろう?

 まさか……この女と共闘したことで何かしらの……恋とか言う感情が生まれたわけじゃあるまいな?」


 ソラの足元で夢夢が、「ほーれみろぉ」と小声で言った。


「……彼女、笑ったんだ」

「……意図がわからんが」

「命の危機を目の前に笑ったんだ。僕と同じように……涙を溜めながら、余りの恐怖に震えて笑ったんだよ!

 それって……彼女は生を実感してるってことじゃないのか……?

 作られた存在でも……別の世界で暮らしていても、例えお前の脳内の存在であっても!!

 彼女が生を実感していることに変わりはないんじゃないのか!?

 それは……それは……僕たち人間と、何が違うって言うんだ!!」


 ソラは声を震わせながら、「生きたいと思ってる人が殺されるなんて……見過ごせないんだ」とフロアに重く響かせた。


「……なるほど。其方の道理は伝わったよ。では、始めようか」


 フロア入室後、直ぐに隊長から放たれた号令の時から、ずっと魔王へ向けて伸ばされていたソラの右手が、地面へ向けて勢いよく振られた。


「いいや! 終わるんだ!」


 煌々としたシャンデリアに発光した魔法陣を被せていたソラは、空中に一〇本もの剣を待機させていた。切っ先を地面へ向けて円陣を組んだ一〇の剣は、魔王の周囲へ豪速で落下した。

 魔王は剣の牢屋に囚われた。


「水髪さん!」

「あぁ!!」


 ソラが左手を広げ、新たに魔法陣を出現させ飛行用の片手剣を取り出すと、瞬く間に両脚で飛び乗って玉座へ向けて飛び出す。

 その背後で水髪がソラへ銃を向けていた隊員の銃を掴むと、他の隊員もまた掴みかかり、ソラへ行われようとしていた殺害を妨げるという演技行動を取った。


 ソラは池袋での恥ずかしい記憶を呼び起こしながら、今回は彼女をお姫様抱っこで格好良く攫い上げることに成功した。


「……無事で良かった」


 腕の中で歓喜の涙を溜めながら、真白の口から、「ソラ」の名前が出そうになると、ソラは人差し指を自身の口に当てて真白の発言を閉じ込めた。


「ごめんなさい。今正体隠してるので」

「そ、そうでした……すいません」

「いえいえ……無事でよかった……」

「……ありがとうございます!!」


 さて囚われの魔王をどうするか、と面々が銃を魔王へ向けたままにじり寄る。

 しかし容疑者の男は、備わった華麗さに一糸の乱れを見せないまま、玉座で脚を組み続ける姿を、剣と剣の隙間から覗かせていた。


「……おや、撃たないのか?」

「貴様ぁ!!」

「これは……開戦の合図と受け取って宜しいか?」


 眼前に迫る、隊長が突き付ける銃口を前にしても、背広姿の魔王を名乗る男の顔に切迫した様子はない。


「──俺が、日本で暮らす人間だということ……全人類を殺すとわざわざ銘打ったこと……ミサイル攻撃を進言したようで効果はないだろうと、わざわざ教えたこと……そして今回素顔を見せたこと。

 お前らはきっと、魔王は何処か正直なところがあり、嘘を吐かず正々堂々と戦いに興じるスポーツマンシップのようなものを持ち合わせているだろうと、プロファイリングしたのかな?

 そんな訳がない……様々なヒントを正直に与えてきたのは、一体何の為だと推測する?」


 隊長は口を開かない。

 瞳をギラつかせ、剣越しの至近距離で魔王を見る。

 魔王は目尻は更に吊り上げると、一層狂気さを増して、細く伸びた銃の頭、マズルからスライダまでを強く握った。

 剣と剣の間に腕をねじ込ませ外へ腕を出し、出血を帯びながら自身に向けられていた凶器の先を握って、自分の額へ仕向けた。


「……撃てばわかるぞ?」


 隊長の心拍数が上がる。前歯の隙間を掻い潜り、荒い息がフロアに漏れる。


「……あぁ、そうか。撃てないのか」


 特殊警備隊の目的は生存状態での捕獲。

 世界中で亡くなった四〇〇〇〇人以上の人々と、残された遺族に魔王を晒し上げ、謝罪の念を吐かせる。そうでなければ、残された遺族の気持ちのやり場がない、と世界は考えた。

 魔王の死体だけを提出し、はい無事に終わりました、と簡単には済ませられないほど──魔王から何かしらの後悔や失念を引き出させようと思う被害者の量は尋常ではなかった。

 その執念は、既に世界規模だった。


 魔王はそれを察した。

 次の瞬間、フロアに連射の銃声が響き渡った────。

 剣と剣の間から伸ばした魔王の手が、自ら引き金を弾いていた。


 頭部、目、鼻、全てがぐちゃぐちゃになる中で、唯一無事に済んだ口だけが動いた。


「──答え合わせだ。正解は、“効果的に嘘をつく為”だ」


 魔王の身体は黒い塵を放ち始めた。

 空中から真白を抱きかかえながら停止していたソラが、はっと真白を見て悟った。


「──偽物です! 魔王は……自分を作ったんです!」


 魔王は自分の身体を黒い塵に変えて、空中に溶かしながら頭部で唯一残された口を動かす。


「──さぁ……戦争ってのを始めよう。貴様らの正しさと俺の正しさを衝突させよう。

 そして勝利を収めた者が正義の称号を授かるわけだ……。

 そうやって……人間が持つ、自己中心的という精神を美化しながら破壊行動を正当化させようじゃないか!!」


 ──悪魔的な高笑いを謁見の間へ響かせながら、開戦の狼煙を上げる如く、自身の身体を風の中に溶かした。


 魔王は異世界化を止める気などは一切ない。それを理解しつつも、その殺意の緩和を目的にソラは秋葉原に足を運び、他者と関係を持った。

 今のところ、星都ソラも──ソラの腕に身を任せる聖真白も、隊員の誰一人も命を落とさず、一先ず魔王の謁見を終えた。

 蹂躙されるだけだった人間が初めて、戦意を携えた状態で異世界化の地に足を踏み入れ、魔王に近寄ったという大進歩を残しつつも。

 面々の胸の中には、これから大きな戦いが始まるという、確かな不吉が刻まれていた。


 魔王個人対、人類の戦い──その最初の火ぶたである、謁見の場面において先手を取ったのはどうやら魔王のようだった。

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