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学蘭の魔法使いとスーツの魔王  作者: 砂糖 紅茶
秋葉原編
12/20

3‐1 現実のロールプレイング

 人生を失敗させない教訓とやらは、一つ答えを見出したところで大抵の場合は裏切るものであると、星都ソラは知っている。

 人と会話さえ行わなければ傷つかないと幼稚に考え、誰とも喋らないのだから当然のこととして孤独に陥った。

 後から考えれば当然のこととして受け止められるものも、当時の自分は暗い未来を予見できていなかった。

 上手な会話などは自分には出来ないから、特技で人の気を惹こうと、魔法という特技を手にした時には口外を許されず、孤独に還った自分。

 ────魔法さえあれば孤独を払拭できる。その希望もまた幼稚なものであったことを後に知った。

 これさえやっておけば、これさえあれば大丈夫などという、卑怯チートな答えは早々にないのだと星都ソラは思い知っている。


 そんな少年の元には、人々の会話やメディアを通じて、様々な教訓が届く。

 テストは勉強さえしていれば。テストは勉強などしていなくとも、授業さえ聞いていれば。テストなど一夜漬けして詰め込みさえすれば。女は金さえあれば。男は容姿の魅力さえあれば。世の中は金さえあれば。人間は善意さえあれば動いてくれる。人間は恐怖さえ与えれば支配できる。人間とは悪意の塊なのだから、関りさえしなければいい。

 愛という感情が、皆にさえあれば戦争などは起きない。


 世の中に吐き出されている答えの中から、どれを選び取ればいいのか。大人でさえあれば、それが分かるのだろうか。

 星都ソラは、自分が子供であることだけを理解し、自室の静かな暗闇に甘え、ただ座り込んでいた。


 六月十一日。夕刻。三度目の異世界化が渋谷で行われた翌日のことだった。

 彼は体温計を擦っては嘘熱を演出し、登校せず一日中混乱に浸っていたのだった。

 

 救った悪人が、別の人間を殺害した。

 ────本当は、人間なんて救う価値もないのではないか。

 助けようとさえ思わなければ、人間などどうでもいいとさえ思えれば、自分は苦しむことはないのではないか。一つの答えさえ出せれば、楽になるんじゃないだろうか。まるで自分が殺したかのような罪の意識から、解放されるのではないだろうか。

 

 人間なんて。人間なんて。人間なんて。

 今日一日で一〇〇回ほどは、脳内で連呼した。

 そして一〇〇ほどの自己暗示程度では、簡単に答えを出すことが出来ない様子だった。

 ────しかしソラが手にしたのは、そんな鬱ばかりではなかった。

 何も行動を起こさなかったソラが何かを得ることがないのは当然であるように、例え幼稚でも行動を起こしたソラは、一つの希望を手にしていたのだった。


「──ほっしみっやくぅうううんん!! あーそびーましょぉおおおお!!」

「うわぁっ!!」


 その陽気な声は、家の外から聞こえた。住宅街に響くにしては恥ずかしさを憶える大音量。

 一階の玄関へ降りてドアを開ければ、ピンクの頭髪をマッシュ型に整え、モコモコのウサ耳のフードがついた白いパーカーの前を開け、星柄のハーフパンツに、インナーは萌えT。黄色でギラギラするカラーコンタクト。トートバックに加えて、焦げ茶色で重厚な皮で作られた引きずるタイプの大きな鞄──キャリーバック。

 星都ソラが抱える闇の波打ち際に、一筋の光りが──変態が現れた。


「は……葉ノ月君……」

「やぁ! 遊ぼう!」

「い、いえ……今日はちょっと……」

「黙れ! 遊ぼう!」

「黙れて」

「お。約束した通りのタメ口、有難く頂戴する」

「恥ずかしいわ。ま、また髪色が変わってる……」

「うむ。今日は大事な日だからね。正装に整えてきたよ」

「ピンクの髪と萌えT、うさ耳パーカーが正装の国は何処だ」


 一連のツッコミを受けると一兎は満足した様子で、トートバックから何枚かの束になった用紙を取り出すと、「これは今日の授業のコピーだ」とソラへ渡そうと腕を伸ばした。


「ど、どうも……ん!? っていうか何で家の場所を知ってるの!?」


 一兎は、人の家の玄関先で堂々とキメポーズを繰り出す。


「ふふふ……簡単なことだよ。本来クラスの違う俺へ、君に届け物をする権利は与えられないと思うだろう? だから先生に言ってやったのさ……星都君は根暗な奴なので俺しか友達は居ませんよ? ……ってね!!」

「それで納得して住所を教えた先生も酷いな!」

「兎に角、入れてくれないか?」

「あ、ご、ごめんついツッコミどころが多くて」


 部屋へ案内されるや否や、一兎は遠慮など皆無の様子で部屋を物色し始める。趣味に囲まれた部屋に一兎は興奮し、自分が同じ品を持っていれば想い出を少し語り、自分が持っていない品を見ればソラの好みを聞き出してと、落ち着きを見せなかった。

 ようやく話しが途切れる頃、二人は何となく対戦格闘ゲーム越しに会話を始める。


「……それで、今日はどうしたの?」

「……ニュース。見たよ」


 一兎の返答は、今までとは一転して静かで優しい声だった。


「俺は君が初めての友人でね。聞けば友人が困った時には、駆けつけるものだと聞くが、ただ端に俺が行ったところで何の励ましが出来るだろうか。

 人間、嬉しいことがないことには喜べないものだ。君の置かれている現状を理解すると、ただ『大丈夫か?』などと言って連絡するだけじゃあ、何の力にもなってやれないと思ったんだ」


 言葉は至って真剣であり嘘はない。だが一兎はゲーム内で遠慮なくコンボでハメていた。


「……言葉から感じられる優しさと行動が合ってねぇ」

「ふふふ。勝負に手抜きは無粋だろう」

「ぬぅ」

「……だから、俺はニュースを見て直ぐには連絡をせず、こうして一日もらったわけだ。冷たいと思ったかもしれないが、その代わり俺なりに元気づけられる方法を模索していてね。言葉よりも行動で示すべきだと思ったんだ」


 一兎側のHPバーを、僅かに赤へ変えることもできず、ソラのキャラはスローモーションで宙に浮いて、悲鳴をエコーさせた。


「つ、強すぎる!!」

「ふっはっはっは!! 君が弱いんじゃあ、ないのかい!?」

「ぐぅ……所詮一人プレイしかしてこなかった所為か……」

「そうなのかい? 確かに俺はゲームセンターに通っているからかもわからない」

「も、もう一回お願い」

「受けて立とう!!」

「……それで……こうして遊びに来てくれたの?」

「それもあるが、お土産がある」

「え……」


 一兎は意図的に会話を打ち切り、プレイに集中させるとソラを即殺へと追いやった。画面は虚しくキャラ選択へと移り変わると一兎はコントローラーを置く。横へ寝かせたキャリーバックを引きずり、ソラの前へと出す。パチンパチンと留め具を外して蓋を開ける。

 まるで宝箱をあけるようであり──中に眠っているものは、宝そのものだった。


「……これ……まさか……」

「うむ。君の衣装だ」

「え!? いや、だってこの間カラオケで打ち合わせてから、まだ二日しか経ってないよ!?」

「言っただろう。ニュースを見た後、どうにか君を元気づけられないかと思ったが、俺には服を作ってやることしか得意なことがない。だから全速力で仕上げた。徹夜明けで、したり顔で登校してみれば、君は来てないのだから困ったものだったよ」


 言いながら一兎は、衣装を次々と床へ並べていく。

 深く艶やかな黒の上着。上着には金色のボタンが施されている。マントと思える同色の布。同色のズボン。白い生地にキラキラと光る石の装飾が施された手袋。最後には、重厚感があり強固でツヤツヤと光る鍔のある学帽と眼帯が置かれる。


「……学ラン……ですか?」

「うむ。しかも大正時代風の……浪漫風学蘭だ」

「か、格好良い……」

「君の話を聞かせてもらって、俺なりに考えてみた。君は自分のことをどこか弱々しいとか、欠陥的人間と捉えている節があるが、俺には君が強い人のように映った」


 ソラは冷めた様子で即座に首を横に振り、「それはない」と言い、何を言っているんだと言いたげだった。


「君の強さは、訪れる痛みに対して無防備であるところだ」

「痛み……」

「それは勿論、自ら火傷を負ったことや、自ら首を撥ねたことではあるが、それだけじゃない。人間は孤独が何より痛い。だから孤独の気配を感じると、人は反射的に群れに加わるのだ。

 君は……それにすら無防備だった。鈍感といえなくもないが……俺にはそれが美しく映った。孤独を自ら受け入れる、気高さを見たんだ。

 だから衣装は単なる孤独の暗闇を現わすものではなく、艶やかな……綺麗な黒が、君には似合うと思った」


 ソラの目頭が途端に熱くなる。心の深部から湧きあがる潤いを、せき止めようと必死になりながら、黙って一兎の話を聞いていた。

 

「その未完成な精神については子供とも言えるが、何も考えていないような未熟さではない。だから学生服が真っ先に思いついた。そして姿を見られない為に、顔を隠す為に、眼帯と学帽。学帽を被る学ランと言えば、やはり大正風だろう。単なる学帽じゃあ、つまらないと思って、少々派手にはさせてもらったけれどね。

 指紋を残さない為に、手袋も加えた。最近の警察の捜索科学の前には手袋一つなどは無意味らしいが、まぁ気休めにはなるだろうし、格好も良いだろう」


 自分の為を想って、自分の為に作られた衣服。一兎が言うところの、言葉などでは到底絶望から引き上げることはできないと──行動で示した友情の証が、確かに此処に在った。


「──時に星都君。服を纏う、ということについて助言がある」

「う、うん」

「服は精神の表現だ。肌を覆う布であるだけの時代は、原始時代で終わっているのだよ。どの時代にもお洒落文化はある。服はその都度、形を変えて人間性を彩っているのだ」


 一般的教養として恥ずかしくないものを召す者がカジュアルや正装を手に取るように。寂しさを埋めようと華やかな服で、心すら彩る者が居るように。強く在りたいと願い、逞しさを現わす者が、あえて衣服を纏わないで居るように。


「キャラを愛する者が、萌えTを手に取るように……」

「……涙止まるわ」

「ふふふ。君の服は、君の闇だ」

「僕の闇……」

「君は闇を着衣するのだ……脱ごうと思えば脱げるように、ね。闇に呑まれるなよ、星都君」

「葉ノ月君……」

「闇を着こなす、お洒落さんであり給え」

「……うん。ありがとう」


 自分の心の中に、一つの防波堤が出来上がるのを感じる。

 ──人は全て悪だ。人は全て善いものなのだ。人は全て本当は良い人で、それぞれの都合によって悪に見えるだけなのだ。

 どこに着地するのが正解なのかは、今日のところソラにはわからないままだった。

 

 答えは出ないままに。昨日、夜の渋谷で言われるままに宿した決意とは違い、ソラの瞳に深い決意が現れた。

 必ず聖真白を奪い返し、目の前に現れるであろう魔王を捕縛し、東京都民の命を救う。そんな大ごとへ立ち向かうにあたって、自分の弱々しい正義では不十分だと思い、自分の中で答えを出すことで、正義を強固にしようと必死になっていたソラだったが。

 その中で、友人のくれた服が、答えを出さないままに自分の薄弱な意思を削いでくれた。

 それはソラの中で、RPGゲームなどの最終ボスへ挑む道の半ば、ダンジョンの奥底にある宝箱から手に入れた伝説級の装備のイメージと重なっていた。


 友人の授けてくれた装備が、一つだけ確かなことを教えてくれた。

 ────強くなるべきだ。

 

「……レベル上げしなきゃ」

「おや、滞ってるRPGでもあるのか?」

「ううん。僕自身の、だよ」

「……道行く人に喧嘩でも売るのかい?」

「それは異世界化の前に暴行で逮捕だね」

「ではどうする」

「さっき葉ノ月君が言った言葉で、思い出したんだ。自分が何によって魔法を得たのかをね」


 体験という、身体に刻み込まれた記憶から生まれる魔法。

 その体験を増やせば、魔法の種類もまた増える。

 一兎が先刻言った、「ゲームセンター」には、体感ゲーム機の数々が並んでいる。

 ただゲームを行うだけでは魔法を作り出すには不十分であり、パズルのピースの一つに過ぎないが、ソラが体験を増やすことが何よりの経験値稼ぎだった。


 命。正義。自己否定概念への別離。アイデンティティ。それら全てを懸け、遊びの域を越えて、目を血走らせた高校生が暫くの間、ゲームセンターに出没することとなった。

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