終演への一歩2~罠~
佇む未歩は、まっすぐ俺を見据える。光が消え失せた世界は元の有り様を見せ、未歩を見つめるしかない俺は、息をする事を忘れていたみたいだ。体の訴えに応じるようにようやく呼吸を開始。
「······桜木未歩。よく、ここに辿り着いたわね?」
「気安く呼ばないで欲しいんだけど?死にたいの?いっそーー殺してあげる?」
そう言うと未歩は両腕を眼前に構える。無骨な凶器は赤と黒が半分に綺麗に色分けされていて、人の腕の何倍もあるような巨大さを誇り、肘まで覆い隠すほどの異様な存在感を放つ。
それは重厚な厚みを見せつけ、未歩の細い腕には不釣り合いな物体だ。
「み······ほ?生きてーー」
俺の声に反応を返すように、未歩は拳を握りしめる。不釣り合いな物体が音を立てながら白煙を吐き出し、生きているかのように、重低音の唸りを上げ······
「生きてるけど、それがなに?ちょっと黙っててもらえる?秋月龍人」
未歩が冷たい視線を向けながら、聞いたことがないような声音でそう言うとーー唸りを上げている物体から、火花が飛び散る。その火花は蒼の色合いを見せつけ、眼前に構えた腕をファイティングポーズへと切り替え。
「御託は後で聞いてあげる。ああ、聞くって表現おかしいかな······あたしはさ。ずっとーーずっと、この一瞬を夢みていたわけ」
捨て去ったはずの昔の制服が、未歩の動きに合わせて揺れ動く。紺色のブレザーは色褪せ、胸元にあったポケットや校章が剥がれ落ち。
チェックの灰色のスカートは黒い線が所々剥げていて、丈が長いはずが擦りきれているのか、長さが不釣り合いな状態だ。茶色のはずの革靴が所々擦りきれ、白い部分を見せる。
白のYシャツは長年使っているようにくすんだ色を見せ、赤黒い短くなってしまった紐のリボンが襟元で揺れ動く。
「凄く長い夢。起きてるか?寝てるか?そんなこともわかんない夢。そんな夢を見続けてーーようやく覚める瞬間だって、そうわかるの」
再度白煙が吹き出す。蒼の火花が舞い踊り、不釣り合いな物体がーー咆哮を上げる。大気を震わせ、その咆哮は意思を伝えるように俺の頬を叩く。
「もうーー終わりにしようね。夢は、終わりがあるから夢なんだよ」
不釣り合いな物体は未歩の意思を叶えるように赤熱し、立ち上る湯気は漆黒。握りしめる拳は、蒼の光を仄かに放ちーー
「だから······あたしが終わらせるんだ」
咆哮が加速するように高速化。鼓膜を震わせるようなエンジンの鼓動音。赤熱する不釣り合いな物体は、高速のピストン運動を繰り返し、真っ黒のオイルを手の甲から吐き出す。
剥き出しの白銀のパイプが見え、中心には漆黒の巨大な杭が右前腕にのみ存在。工事等で使われる、杭打ちの機械のようだ。白煙を上げるのは、間接部分が動くからだろうか?
無骨で巨大な機械の籠手ーーと表現したほうがいいかもしれない。肘から先は見馴れた未歩の腕だからだ。その機械の籠手は、人が扱えるような大きさを遥かに超えている。
機械の籠手の大きさは、1メートルを優に超えていると思う。もっと大きいかもしれない。そんな桁外れの機械の籠手を易々と扱うように、未歩は俺へと正拳の構えを取る。
「ーー吼えろ。展開超越武装!!」
未歩の姿は俺の真正面にあった。あったーーという表現が正しいかは知らない。発言と共に、そこにいるのが事実だ。
見えない大気の振動。振り抜いた腕のせいだと気付くまでに、相当の時間がかかった。
何も出来ない俺は、大気の振動を受け······体がバラバラになったのではないか?そんな印象を受ける程に、後方へと飛翔させられた。
風を裂き、骨が軋みを上げ続け、眼球が飛び出るような錯覚。しかし背後の衝撃は全く無い。誰かに抱き止められるような感覚。
喉から競り上がる何かを吐き出すまでに、時間はかからなかった。
一面を染めるどす黒い色。
床へと足がついた感覚に安堵し、口の中に充満する鉄の味で血だと理解。抱き止めた存在は、金色の髪をはためかせる。これだけ血を吐いたのに、意識がしっかりと繋ぎ止められているのが不思議だ。
「ーーいつ以来かな?お久しぶりね、しーちゃん」
「お久しぶりでございます。ミホ様······いつ以来か?その呼び名を聞くのは、もう忘却するほどの彼方でございます」
「そっか······そんな前かあ」
懐かしむように言った声は、穏やかな顔を見せながら視認出来ない速度で拳を振るう。振るったと認識した時には、シルヴァが火花を散らせながら機械の籠手を薙ぎ払う。
シルヴァの手にはいつの間にか、見たことがない物体が握られていた。
「そのようですね。ミホ様ーーここはお引き取り願えませんか?」
シルヴァはそう言い、手にした物体を横に水平に構える。夜の風景のせいか、異様に様になる光景だ。
「それは出来ないよ。ごめんね」
未歩の体が消える。追従するようにシルヴァが構えた物体を薙ぎ、見えない火花がところ狭しと舞い踊り、攻防の激しさを見せつけられる。
「しーちゃんがそれを抜いたって事はーー本気も本気だよね?」
何度目かの攻防を経て、未歩は後方へ下がったようだ。互いに一定の距離を開けながら、シルヴァは手にした物体を両手で静かに握りしめーー
「私は、御主人様をお救いすると決めたのです。ミホ様······それはーー」
言い終える前に、シルヴァは再度手にした物体で未歩の進行を食い止める。互いに武装をぶつけ合い、つばぜり合いの中、未歩はシルヴァへと口を開く。
「あたしはーー秋月龍人を殺す。何があっても、誰がどうしようとも、あたしは殺す」
「ーーでは、私は御主人様をお守りしたく思います。その為の······」
シルヴァが両足を踏ん張る。床が砕け、ほんの少しシルヴァの体が押されたからだ。
火花を散らす武装同士の攻めぎ合いは、踏ん張ったシルヴァの後退が収まった所で、未歩が再度後退した為終わりを告げた。
「その為のーー死神鎌。神をも私は、殺して差し上げます」
「それが、しーちゃんの答え······か」
少しだけ、未歩は目を細める。その表情は懐かしい事を思い出すようなーー
「はい。私は、御主人様をお救いしたく思いますので······ミホ様なら、お分かりになりますね?」
シルヴァは巨大な鎌を肩に添える。デスサイズと呼んだ鎌は、シルヴァの背丈を遥かに超える大きさだ。
湾曲した刃は非常に長く、長身の成人男性を超えるほどかもしれない。柄も含め漆黒の色合いをしている。
全体を見れば、3メートルを超えるのではないだろうか?この室内で扱うには圧倒的に不向きな武装だ。だというのにーー
「どうだろ?あたしはーー」
臆せず駆けるシルヴァは、真横に一閃。未歩は迫る刃を掴むと押し止め、互いに漆黒の火花を散らせ、視線を交差。
「あたしが望む事をしたいかな」
「ならばこそーー全てを終わらせねばなるまい」
その声は唐突に響いた。ゆっくりとーー見える光景が歪み、壁から手が生えた。
「ーーこの声は······まさか!?」
シルヴァが驚きの声を上げ、未歩は受け止めた刃を持ち上げると、シルヴァごと瞬時に投げ放つ。放り投げられたシルヴァが床に背中から落ち、衝撃からか意識を失うように目を閉じてしまう。
その直後、さっきまでシルヴァが立っていた場所が消失した。
そこには何も無い。床や空間と言える部分が根こそぎ無くなっていた。生えた手の部分から、何かが這い出てくるのだ。
「久方ぶりだろうか?道化様」
這い出てきたのは、そこにいるはずがない存在だ。俺はーー確実に殺したはずだ。
「何しに来たの?邪魔だから引っ込んでて欲しいんだけど?」
背後から現れたソレに対し、未歩は見向きもせずにそう言い放つが、現れたソレは可笑しいのか······喉の奥で笑うだけだ。
「これはこれはーーお邪魔してしまったようだな。機械仕掛けの姫。大変申し訳なく思う」
わざとらしく頭を下げるそいつが、妙に気にくわない。床についた足を無意識に動かしていたようで、俺を支えていた片桐はため息を吐きながら、一歩前に進む。
「ーー機械仕掛けの姫?随分面白い事を言うじゃない貴方」
片桐は俺を支えながら、現れたそいつーーソロへとそう言い、ソロは楽しそうに頷く。
「ふふ······事実だからだよ。そちらこそ、大変善き物語だ。語手の魔女よ」
「それは心外ね。まだ始まってすらいないわーー独演が好みのようだから、ここで閉幕してもいいのよ?」
互いに視線を交差させ、片桐は歩みを止めると、その間に立つように未歩が構える。
「機械仕掛けの姫は、こちらに組み込んであるのだよ。残念だな。道化様」
そう言って、ソロはーー背後から未歩の頬を指先でなぞる。未歩はため息を吐き出し、それでも好きなようにさせているみたいだ。
「お前ーー」
動いた俺の口から再度どす黒い血が吐き出され、それを見ながら楽しそうに笑うのはソロ。顔を上げると、未歩はーー無表情で俺を見ているだけだ。
「好みが変わったのかしら?」
片桐のその声に、未歩は無表情のまま片桐へと顔を向けーー
「好みも何も、あたしは秋月龍人をーー何とも思ってない」
底冷えするほど······その声音は無だ。感情を一切破棄した、機械的な返答。ソロだけが楽しそうに笑い、背後から未歩の体へと指を這わせる。
「だそうだ。良かったではないか、道化様。永遠の片思いはーー今ここで、終わりを向かえるようだな」
這わせた指が、未歩の胸辺りをなぞり上げーー
「理想権限ーーッ!!」
蒼の光が爆発した。今、この瞬間ーー目の前のコイツをぶち殺してやりたい。
「ーーバカなんだから。本当に」
未歩が······泣きそうな顔をしたんだ。震える肩が、見えたんだ。何故?
「待っていたぞ。この瞬間をーー」
ソロは、這わせた指を瞬時に俺へと向ける。虚空に描くのはーー逆五芒星。それを見た片桐が、俺を突き飛ばす。
「何をしても無駄だ。語手よ。お前が描いた夢物語ーー根底から壊して差し上げよう」
「そんなことさせるとーーッ!?」
突き飛ばされた俺が床に尻をつくのと同時に、未歩が片桐へ走り込む。即座に片桐は腕を払う。
「無駄だって。あんたなら、知ってるでしょ?あたしの能力はーー」
未歩の体が漆黒のオーラを身に纏う。ただそれだけでーー片桐が払った腕が根元から消滅。
「バカみたいな能力なんだって」
後方へ踊るように片桐は跳躍。即座に反対の手を消滅した根元へ押しあて、何かを口にすると······根元から腕が体を突き破るように現れた。
綺麗に元通りに復元した腕を軽く振り、何事も無かったように未歩へと向き直る片桐へ、未歩は軽く舌打ち。
戦う為に唱えた呪詛を俺は続けるように言おうとして、目の前に来ていた女みたいな指先にーー気付くのが遅れた。
「道化様。怒りに身を任せるのは······人として当然だろう。だがーー今回は短絡的思考だったようだ」
「秋月!?くっーー」
「悪いけど、この一瞬ーーあたしの望みを叶えるこの一瞬!!邪魔はさせないからあああああ!!」
未歩の叫びと共に······女みたいに綺麗な指先が俺の額に押し当てられる。
「道化様ーーようやく終幕出来るようだ。全ての事象を、世界を変革するその力。二度と······発動出来ないようにしてやろう」
額に押し当てられた指が、俺の頭の中に埋没。視界が真っ赤に染まる。声を上げたはずがーー
「ーーーー#%"#!!」
何を言っているか自分で解らなかった。脳を直接掻き回されるような······有り得ない痛み。
「終わりだ。道化様。これでーー」
「そんな簡単に······御主人様を悲しませると思われますか?」
その声と共に、掻き回される感覚が唐突に失せーー俺の意識は深い闇へと落ちていった




