戦闘家政婦―ジュン 2-3
いつものようにリニアの改札口でジュンはカナを待っていた。
今日は彼らが付き合い始めて三度目のデートだ。わざわざ大阪から東京まで出てきてもらうのは気が引けるジュンだったが、カナはそれを構わないという。
話によると、彼女の父親はリニア幹線の職員で、職員家族に支給される永久フリーパスがあるからだという。つまり彼女のリニアの乗車運賃はタダということだった。
家族だけとはいえ、運送関係事業がガタガタのこのご時世にえらく景気のいいことをするものだとは思われるが、そうではないらしい。
DFSの普及により荷物は瞬間的に転送できるが、旅客部門は従来通りである。その旅客部門が転送技術の普及と共に大幅に需要が伸び、右肩上がりに推移しているという。これは旅行や出張時の荷物の持ち運びの手間が格段に減ったことが関係するとも言われているが、大きくはDFSがもたらす物流の広域化が人間の移動を促しているという側面の方が強い。
企業などが、本来ならば機材や資材を運ぶための一連のコストを勘案して敬遠していた案件も、それを気にしないでいられるならば低コストでプロジェクトを遂行できるといった具合だ。
人さえ動けばいくらでもモノとカネが動くと言われ、ここ数年旅客業界の景気は上向き始めていた。
「リニアって構想が始まったのが一九七〇年のことで、実用営業運転にこぎつけるのに六十年かかっちゃったんだよ。開発から十五年そこそこで普及したテンソーのこと考えたら長大だよね」
「六十年? って、あたしの父さんが生まれる前から考えてたってこと?」
「まあ、そういう事なのかな? なんにしても人間を短時間で運ぶってのは宇宙開発にしても最大の課題だよね……」
ジュンはカナが次に発する言葉を予測していた。
「あーあ、テンソーで人間が転送できたら毎日でも海外行くのになぁ」と。その答えはジュンの中にある。
「まあ、もしそれが出来たとしてもドアくぐるみたいには行けないだろうね。入国審査とか受けなきゃいけないから、実際は手続きだけでもかなり煩雑なんじゃないかな。それこそUSJのエントランスゲートの行列みたいなことになるかもよ?」
だが、カナは意に介さず「なあ、ジュン君は今すぐどこにでも行けるとしたら、どこ行きたい?」
「――ええと、そうだな。まずはマイアミのミラー次元物理科学博物館と、デトロイトの宇宙環境工学研究所、それからグレン宇宙センター、それから――」
「――ファンタジアUSA!」
「ええ?」
「もお。ジュン君、宇宙ばっかり。他にもイタリアのフィレンツェ、とかヴェネツィアとか、マラッカとかトレドとかノルウェーでオーロラとか――いっぱいあるやん!」
「うーん……じゃあ、月面基地!」ジュンも負けじと声を上げる。
「――っ、それは……行きたい! そっか、人がテンソーで送れるなら月にだって行けるんやもんね」
「うん。人さえ増えれば今の月面基地ももっと大きくできるんだけどね。物資はDFSで有り余るほど送れても、人がいないと運用が出来ないってのが悩みの種みたい」
ジュンとカナは都内のイタリアンカフェレストランでランチを摂っていた。昼時のピークを避けたため店内の人はまばらで、店員も何処か気が抜けたようにカウンターの向こう側で立ち尽くしている。ゆっくりと気兼ねなく食事するにはちょうどよかった。
デートというものを初めてした時はどうしてよいのかもわからなかった。どんな店に行けばいいのか、どこを歩けばいいのか、どんな会話をすればいいのか。
ジュンの頭の中にあることといえば物心ついたころからアンダーサイエンスの内容といくらかの内燃機関、とりわけバイクの知識くらいで、女の子を楽しませることが出来そうな内容は持ち合わせがなかった。
特に二人きりになるとダメだった。一度目のデートは右に行くも左に行くも、とにかく渋谷の街の道案内しか出来ていないような体たらくで、女の子を楽しませるということが出来ない自分に絶望した。
夏の海やUSJの時も気軽に女の子と話すことが出来たのは、マキタが傍にいるという実感があったからだ。まるで彼の心の一部を借りているかのように、自分以上の無理が出来たのに。
困ったジュンがマキタの叔父幸三に相談を持ちかけると、彼は快くみっちりとデート指南をしてくれた。彼が豪語するように「昔はモテた」かは別にしても、少なからず自分よりも経験は深いと考えて素直に聞いた。いや、聞こうと努力した。
「いいかジュン、てめえ、女が出来たんならまずはバイクだ。バイク持っていねぇなんてこったら話にならねぇ」
そうだろうかとジュンは思う。が、確かにパーソナルな移動の手段があるに越したことはない。
「初めて出来た彼女を後ろに乗っけてだなぁ、タンデムした時のあの喜び。わかるか? わかんねぇだろうなぁ……こう、背中に感じる二つのふくらみになぁ、全神経が集中するわけだ」
幸三は両掌に見えない“何かを”持つかのようにして掲げ、目を細めて首を左右に振る。大体何が頭の中で想起されているのかはジュンでなくとも男ならばわかる。
しかしそれは、涼しい目をして熱心に話し込む彼らの横を通り過ぎる、彼の伴侶、恵美のことではないとみえる。
マキタの自宅の横に倉庫があり、その中には往年の大型内燃機関バイクが数台と、その隙間に小型のバイクが所狭しと保管されている。
特にその中でも小さな“モンキー”と呼ばれる小柄なバイクは子供用かと思えるほどコンパクトで、全長も一メートルを下らない。だがれっきとした原動機付自転車という種別で、乗るには免許もいるし、ヘルメットも被らなければいけない。道路交通法に順じて運行されなくてはいけないものだ。
これを小学生のマキタとジュンは敷地内でよく動かして遊んでいた。当時自転車に乗るのがせいぜいな小学生にとっては、エンジン付きの乗り物というだけで衝撃的で、ちゃんとギアを入れれば最高速度も平気で五十キロが出た。
小学生のころからバイクのイロハはマキタとともに覚えた。無論ジュンはそのことを母や祖母には秘密にしていた。ただ仲のいい友達がジュンに出来たという事に彼女らは安心していたから、危ない事をしてこれ以上心配させるのは憚ったのだ。
やがて中学の頃になると所謂エンデューロといったクローズドコースで行われるダートレースにも出るようになっていく。これには免許が要らず、堂々と排気量の大きなマシンをぶん回せるという快感があった。マキタは持ち前の度胸で毎回上位に食い込んだが、ジュンは生まれもったライディングセンスで常に二位か三位を獲った。
監督代わりの幸三には「なんでお前はいつも三位なんだ、本気さが足りねぇ」と叱咤されることもあったが、ジュニアの試合なれど毎度優勝していれば嫌でも名前が挙がってしまう事を危惧してのことだ。つまり、ジュンはその天才的なライディングセンスを駆使すればいともたやすく一位を獲れたのに獲らなかったのだ。バイクに乗っていることは母親には内緒だったからだ。
もちろんそのことを幸三にもマキタにも告げることはしなかった。
マキタには「お前はいつも自信がネェんだよ」と言われていた。
その言葉には素直にそうかもしれない、と思うところがある。
子供の頃から突出することを、自分なりの事情を盾にして避けてきたのは事実だ。幼少の頃、あまりにも普通ではなかったことの反動が、今になって顕れているのかとも思う。普通たろうとすると何時も気持ちは一歩後ろに下がる。
だが、こうしてカナと長い時間を過ごすにつれ、自分なりの彼女との付き合い方も見えてきた。それは彼女が異常に粘り強かったせいもある。強引だったせいもある。自由奔放で強欲なせいもある。彼女はいま持てる自分の力を最大限に利用して、目の前にあるものを得ようという気概がある。それは人として当然の姿勢とも言える。
ジュンは何をやらせても天才的になんでもこなせたが、外的な動機がないとその能力を発揮できなかった。端的に言えば人の指示に従い、人が望むようにはできたが、自分のために何かをするということができなかった。能動的ではなく受動的、どんな荒波でも沈まず越えて行ける素晴らしい船だったが、帆を持たない推進機関もない方舟だった。
だから、カナのようなどんどん自分の進みたい方向を指し示す船長といるのは心地が良かったのだ。まるで彼女はマキタによく似ていた。




