第16話 抗争
ウィルベル達が着々と準備を進める一方。
坊主頭の青年、ルードは仲間達と共に月の光が照らすスラムの路地を歩いていた。
青白い月光が、道端で寝転ぶ浮浪者の顔をはっきりと映す。
彼は慌てて顔を背け、多頭の蛇の刺青を見ないようにした。
犯罪組織ヒュドラの一員の証。ルードは自らの腕に彫られた刺青を触った。
スラム街では誰もが恐れる組織だが、あの子供達は誰一人として怖気付かなかった。
無知故だとそう思うが、ヒュドラもあの子供達の恐ろしさを知らない。ルードは目の下に隈を色濃く残し、頬はこけて酷くやつれた状態でスラム街を移動していた。
十二名いた仲間は八人に減っている。ワイルを抜いて三人が犠牲になった。昨夜から彼らは一睡もしていない。今後、安眠できるのかも分からない。
「る、ルードさん……ほんとにやるんですか?」
「やるしかねえ……お、俺は……俺は生きたまま食われるのは御免だッ!」
仲間達の悲鳴がまだ耳にこびりついている。
目を閉じると、瞼の裏にもがき苦しむ仲間の姿が鮮明に映ってしまう。
骨がバキボキと折れる音。食いちぎられる手足。目や鼻、口とあらゆる部位から血が吹き出す痛々しい惨状。
苦しみから地面に爪を立てて引っ掻き回す舎弟。ルードの名を叫びながら、助けを乞う彼らを見捨てなければならなかった自分。
ルード達の心をへし折った元凶、魔鼠は夜の闇に潜んで今も自分達を監視している。
やるしかない。これが終われば、解放を約束してくれたのだから。
王都を拠点に活動する四つの犯罪組織にはそれぞれ縄張りがある。スラム街の中央を占めるのが【ヒュドラ】で、東側にある風俗や酒場が立ち並んだ歓楽街を縄張りにしているのが【狂狼】である。
本来、ヒュドラの面々が歓楽街に立ち入る事はない。縄張りの侵犯は両組織を途端に緊張状態にするからだ。
王都最大の勢力を誇り、騎士団の人員を買収してある程度自由に動かせる【ヒュドラ】であっても、【狂狼】の支配地域には手を出してこなかった。
その理由は、【狂狼】のボスが鬼のように強いから。ただそれだけのシンプルな理由。
ボスは元ランク9の傭兵で、幹部達も多額の賞金がかけられた盗賊等の強者が揃っている。
そんな【狂狼】の支配地域にルード達は堂々と足を踏み入れた。
扇状的な格好をした娼婦達の客引きや裏路地から聞こえる嬌声。
酒場から聞こえる熱狂的な盛り上がり。
すれ違う人の数は多い。ほぼ男性だ。
石造りの街並みを暖色光の街灯が照らしていた。
「……そこのチンピラ共、待て。まさかとは思うが、ヒュドラのもんか? 道の真ん中を堂々と歩いてんじゃねえぞ、こら」
武器を携帯した二人組の三十代後半ぐらいの男達が前から歩いてきて怒鳴る。
彼らの腕には娼婦が一人ずつ寄り添っていた。
「おい、聞いてんのか、下っ端が。縄張りすら理解できねえか、鳥頭共」
酒に酔っているのか、二人組は赤ら顔でゲラゲラ笑い出した。
こいつらにするかと、ルードは仲間達に目配せした。
仲間達はごくりと生唾を呑み、バツが悪そうに視線を逸らす。
男の一人に胸ぐらを掴まれ、決心がついた。ルードは無心で手を横に振った。自分の行動が、どういう結果に発展するのか考えないように。
瞬間、風の刃が目の前の傭兵っぽい男の首を切り裂いた。
一瞬静寂に包まれたのち、首筋から鮮血を吹き出しながら男が後ろに倒れた。
一拍遅れて、娼婦や一般の客達の悲鳴が歓楽街に盛大に響き渡る。
「や、やっちまった……! はぁ、はぁ、やっちまったよッ!」
「てめえ、ガキがッ! よくもアルドを……! 戦争でも始める気か!?」
腰に下げたサーベルを抜いて、片割れが血走った目で斬りかかってきた。
剣速は常人の域を軽く凌駕している。明らかに異能持ちだ。
この至近距離では今から風魔法を使っても間に合わない。死を覚悟したルードの元に、どこからともなく現れた黒の巨体が割って入った。
魔鼠は尻尾でサーベルを止め、爪で男の身体を引き裂いてしまう。
「GZZZZZZZZZッ!」
更に阿鼻叫喚の地獄絵図になる。
特大の咆哮を上げ、魔鼠はついてこいと言わんばかりにルード達を一瞥した。
肩で呼吸をしながら、ルードは恐怖の具現化のような魔物に命を救われた事を奇妙に思う。
しかし気にしている場合ではない。彼は首を振ってから、死にたくない一心で石畳を勢いよく蹴りつけた。




