17.BIGBANG WARS/新キャラ登場…でいいんでしょうか?
今日は五月十八日。
長らくもあっという間の冬も過ぎ、寒暖差がまだあるも昼間ともなれば春の暖かさが人々の足を外へと連れ出させるこの時期。
『涼は定期メンテナンスとかでどっか行っちゃったし、家には僕一人…。
特にやることも無いしな……』
家の事は涼が全てこなしてくれている。
たまには僕もちょこっと手伝うこともあるが、その多方は涼が一人で担ってしまってるゆえ、基本的に僕は皆無だ。
『大学も今日は休みだし、行きたいこともないしな…。
でも家に一人というのも暇だ…』
結局、痺れを切らした僕は、近くの本屋へと足を運んだ。
『なんやかんやで色々買っちゃったな…』
本屋で適当に本を眺めてたとは言いがかり、気が付けば僕の手は本能的に気になった本に伸び、結局五冊ほど文庫本と小説を買い込んでしまった。
「涼の為にお菓子の本も買ってみたし、とりあえず罰当たりにはならない…よな?」
身に覚えのない不安をよぎらせながら家路を歩いていた時だった。
『…あの人……どうかしたのかな…?』
僕の視線の先で茶髪のセミロングぐらいの女性が公園の芝生の上で四つん這いになって何かを探していた。
「…すみません、何か探してたんですか?」
どことなく放っておけなかった僕は声をかけてみた。
するとこちらに振り返った女性はひどく僕を睨みつけていた。
「ッ!?
ごごっ、ごめんなさいっ!
別に、ナンパとかそういうのじゃなくて………」
声をかけられたことに不快感を感じたのだろうと思った僕はすぐさま謝った。
だが、女性の反応は予想を大きく裏切った。
「…あぁ、ごめんなさい。
実は今、コンタクトを落としてしまって探してたとこだったんです。
よろしければ、一緒に探してくれませんか…?」
女性の返答は思ったよりも物腰の柔らかい優しい声だった。
「あっ、そうだったんですね…!
じゃあ、僕も一緒に探しますね」
誤解が解け、僕も女性と一緒にコンタクトを探すことにした。
「この辺で落としたんですか?」
「それが……そこのベンチから立ち上がって歩いてる時に落としたみたいで……正確な位置は分からないんです」
「じゃあ僕、ベンチ付近から探してみますね。
お姉さんはそちらをお願いします」
「すみません…」
お姉さんの示唆したベンチ付近をくまなく探すも、コンタクトは一向に見つからなかった。
『困った…。
コンタクトって透明で小さくて割れやすいものだからな…。
下手に歩き回ると踏んじゃう可能性もあるし………………』
その時、僕の視線は何故かお姉さんの方に釘付けになった。
何故ならば………。
『……あれって………コンタクト………だよね……???』
一体何がどうなればそうなったのか……僕が見つけたコンタクトは、まさかの「お姉さんの腰の上」で太陽の光を反射していた。
「ッ………」
やましい気持ちを殺しながらゆっくりとお姉さんに近づきそっと確認するも、間違いなくお姉さんが探していたであろうコンタクトレンズそのものだった。
『一体どういう物理法則でそんな所に……(汗)』
とはいえ、こういう時どう声をかけるべきか…言葉しだいではセクハラになりかねない。
色々考えた末、僕は正直に申し出ることにした。
「あのぉ…………腰の上にコンタクト乗ってますよ…?(汗)」
「えっ…?
すみません、どの位置ですか?」
不意に上半身を起こしてしまい、お姉さんの腰からコンタクトがポロッと落ちた。
「ッ!?」
なんかそんな気がした僕は反射的にコンタクトが落ちた瞬間に彼女の腰沿いに手を添え、落ちたコンタクトは僕の手のひらの中に収まった。
「ッ……良かった……割れてない…」
右手に収まったコンタクトレンズにホッと一安心………もつかの間。
「あの…コンタクトありました……あららっ…」
「ッ!!?」
起き上がりながらこちらを振り向こうとしたお姉さんがこちらに体制を向けながらよろめきながら倒れてきた。
幸い、お姉さんが両手を地に立てたことで僕とお姉さんがぶつかることはなかったが……。
『ちっ、近すぎるッッ…!!////』
まるでゲームのラッキースケベ展開よろしく、僕とお姉さんの顔は鼻が触れそうな位置で止まった。
「あら…ごめんなさい。
今どきますね」
そう言ってお姉さんはゆっくりと僕から離れた。
『いや……この人メンタル強すぎるッッッ!!!!////』
なんだか、立場逆転というべきか弱肉強食と見られるもの(?)か、色々と僕が顔を覆いたくなるザマだった。
「ありがとうございます。
私、小さい頃から片目だけ近視で……酷いときは酔っちゃうこともあって…」
「そうだったんですね…」
お姉さんからコンタクトレンズを見つけてくれたお礼だと言われ、傍にあった自販機でジュースを一本奢ってもらい二人でベンチに座って話をしていた。
「ちなみになんですけど、お姉さんはここで何をしてたんですか?」
お姉さんもまた、自分用に買ったカフェオレを片手に僕との会話に興じていた。
「実はですねぇ………私、ここでネタを考えてたんですよ」
「ネタ?
もしかして、お笑いとかやってたりするんですか?」
このほんわかした雰囲気ではさすがに違うんじゃないか。
そう思うも、僕の予想は思わぬ方向に捻じ曲げられた。
「いえ、そうではなくて……実は私、小説家を目指してるんですよ」
「あぁ、小説家なんですねぇ……………ッッ!!!?」
脳が一瞬、理解できていなかった。
ようやく彼女の言葉を理解した頃には僕は思わずベンチから立ち上がっていた。
「あ、私はあくまでアマチュアで書いてるだけで、なんならデビューも出来てないんで貴方が思ってるより大層な身分じゃないですよ」
「あぁいえっ、そうじゃなくて………」
一度冷静さを保つべく、僕はオレンジジュースを一口飲んで口を潤す。
「……実はですね、僕も小説家に憧れてたんですよ。
だから、アマチュアでもこうして本物の小説家に会えたことが嬉しくて……」
「えっ!?
貴方も小説家になるんですかっ!?」
僕の小説家志望に今日イチであろう叫声をお姉さんは思わずあげた。
「いえっ、あくまでなりたいと思ってるだけで作品とか書いたりはしてなくて…」
「そうなんですか…。
…あの、お名前聞いても良いですか?」
「あぁごめんなさい。
僕は佐山翔太と言います。
お姉さんの名前……ペンネーム聞きたいです」
「私は、深山香苗。
ペンネームは「ディープマウンテン・香」です」
「でぃ………(汗)」
色々とツッコミたい気がしたが………僕は考えることをやめた。
「その…ディ………深山さんはどういった小説を書いてるんですか?」
「実は私……SF物の小説を書いてるんです」
「えっ!?
えすえ……!?」
僕が驚くも、深山さんは至って平常心だった。
「イメージ合わないですよね。
でも私は、小さい頃に両親がよく見ていた洋画の……特に宇宙戦争もののアクション映画が好きだったんです。
戦艦同士から飛び交うビーム光線、障害物を駆けながら撃ち合う銃撃戦、色んな種類の剣や刀を使った白兵戦………そのどれもが幼い私には眩しく見えたんです」
「なるほど…」
「だから私、小説家を志したのは大学に入ってからなんです。
高校は色々あって………」
「えっ!?
深山さんって大学生なんですか?
僕も大学行ってるんです!」
「正確には今年の四月までですけどね。
佐山さんも大学生なんですか?」
「はい。
今年四年になるんで来年僕も後追いです。
深山さんは、何かお仕事を?」
「一応、本屋でアルバイトを…隣町のですけどね」
「そうなんですね。
僕は喫茶店でアルバイトをしてます」
「そうなんですねぇ」
話の腰を折るように深山さんは足をピンッと伸ばしながら背伸びをした。
「あの…よろしければ深山さんの小説を読んでみたいのですが…」
「?
原稿ならここにありますけど…」
「っ!?
是非とも読んでみたいです!」
僕が目を輝かせてお願いするも、思ったよりも深山さんの反応は暗かった。
「…実はそれ……さっき、出版社に見てもらってボツになった作品なんです」
「えっ……」
深山さんはさらに表情を暗くした。
「編集の方に言われました。
「貴方の作品はテンプレ展開が多すぎる」とか「先が読みやすすぎてワクワク感が起きない」とか「展開の開きどころが掴めない」とか……」
「……」
僕は何も答えれなかった。
こういう時、励ましの言葉は何も意味を成さないのを知ってるから。
「私……小説家の夢…諦めようと思ってるんです」
「ッ!?
どうして…!」
思わず叫びながら立ち上がってしまった。
はっと我に返った僕は静かにベンチに座り直した。
「「貴方の作品に対する情熱は伝わる。
けど、読者が見たいのは貴方の「理想」ではなく「作品」なのです」と。
自分の書きたいものだけを書いてそれがウケるなら、世の中もっと多くの作品がヒットするはず。
貴方の作品はただの自己満足だって………」
途中から深山さんは泣き出してしまった。
思わず彼女の背中をさすろうと手が伸びるも、何となく僕は手を引っ込めた。
「深山さん。
宜しければ僕にも作品を見せて欲しいです」
改めてお願いすると、深山さんはぐずりながらもカバンから原稿を取り出した。
「いいですけど……あまりオススメはできませんよ…?」
「深山さんが丹精込めて書いた作品であるなら、是非とも読みたいです」
少し強めにお願いすると、深山さんはしぶしぶ原稿を僕に渡してくれた。
「っ………」
深山さんは不安そうな顔付きで胸に握り拳を当てながら僕の反応を伺っていた。
僕はそんな深山さんの視線すら気にならなくほど小説に没入していた。
時は25XX年。
地球は未知の異星人との最初にして最後となるであろう宇宙戦争を目前にしていた。
敵は各銀河でその名を馳せ、彼らの手にかけられた星々はたちまち支配されるか、破壊の一途を辿るしか無かった。
星の先住民たちは一体残らず根絶やしにされ、彼らの元に投降する手段すら選ばせられなかった。
そんな奴らが次に目をつけたのは地球だった。
「やってやる…!!
この星を……地球を守ってやるんだ!!!!」
「クソッタレどもが!!
冗談は顔だけにしやがれってんだ!!!」
「中島ァ!
曲射型ビーム砲の準備はまだなのかっ!!?」
「クッソがァァァッ……!!!!」
「アキラぁぁぁーーーッッ!!!!」
奴らに慈悲など有り得ない。
立ち塞がるものは全てが敵。
女・子供、無力であろうが破壊するのみ。
だからこそ、戦士たちは立ち上がった。
「ブッ殺してやるッ!!
せめて奴らの母艦に風通しを良くする風穴開けてやるッッ!!!!」
「間宮ッ………アリサのこと……頼む…………」
「岡島ぁッ…………。
てめぇ……なに嫁のこと俺に任せてトンヅラこいてんだよちくしょうめぇっっ!!!!」
「っしゃぁっ!!!
奴らのドタマにデカい花火ぶちまけてやる!!」
「ッ!?
艦長ッ、九時の方向、ワープエネルギー粒子を確認!
…これは………敵の本艦ですっ!!!!」
「ようやく姿を表したか……。
全機、攻撃を避けつつ、敵本艦に打撃を与えろ!
少しで良いッ、時間を作ってくれ!!」
「ぐあぁぁぁっ…!!
左翼中破ッ……このままお陀仏するぐらいなら、せめて奴らの母艦にキスしてやるっ!!!!」
「よせっ、玉木ッ!!!!
無理してでも艦橋に戻ってこい!!!!」
「…愚カナ「アーノイド」共ヨ。
抵抗ハ無様ナ悪足掻キニ過ギン。
大人シクオ前タチノ星ヲ渡セ」
「これがッ………俺たちの…最後の一撃だあぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁッッッッ!!!!!!」
「うっぐ……えぐっ……うぅ"………」
「ッ!?
大丈夫ですか佐山さん!?」
原稿を読む最中にいきなり僕が泣き出すもんだから、深山さんは慌てて持っていたハンカチを僕にくれた。
「ずびっ………すみません…。
なんか……思ってたよりすごくシリアスで、すごく感情移入しちゃって………」
「…感動していただけたのであれば嬉しいですが……」
すぐに深山さんは表情を暗くした。
これだけの書き込み様だと、相当自信があったのだろう。
「…一つ聞いてもいいですか?
この作品、登場するキャラクターが沢山いるのは分かるとして、あまりに死ぬキャラクターが多い気がするんですが…」
「それに関しては、私がSF作品を書く上でより「リアリティ」を追求したかったからです。
戦争とは言わば「命のやり取り」です。
食うか食われるか、やるかやられるか…そんな選択手段しかないのが戦争です。
だからこそ、敢えて敵の特徴を無慈悲な戦闘集団にすることで、よりその選択手段を縮めることでリアリティを近づけたかったんです」
「なるほど……」
深山さんの意向は分かった。
でも、確かにこれでは…。
「深山さん。
僕はこの作品、好きです。
深山さんの言う戦闘機同士の絶え間ない撃ち合い、戦艦同士の一騎打ち、撃墜された仲間の無念を怒りに変えて戦う姿……すごくワクワクはしますが………これじゃ、確かに世間ウケは難しいかもです」
「ッ!?
そう…ですか…」
一瞬、表情を明るくするも、すぐさま折り入った僕の辛口コメントに深山さんは再びうつむいた。
「確かに、深山さんの作品はすごくSFの魅力を引き出してます。
こういうのが好きな人なら全然良いと思います。
ただですね………僕から言わせてもらうと、この作品はまるで出てくる登場人物、全員が主役みたいに見えて誰がメインになってるのか分からないです」
「メイン…?」
「はい。
作品というものは、必ず「主役」の立ち位置になる人物、道具、事件が成り立つんです。
それを主軸とし、ストーリーが展開されるからこそ、話は順当に分かれ道を辿りながらも事の顛末に自然と迎えるんです。
ですけど、この作品だとみんなが主役なのか、敵の異星人を焦点に当てているのか掴みどころがないんです。
誰がどんな立ち位置かも分からないままでストーリーが進むと、新たな敵や状況の展開に読者は混乱すると思います。
この作品だと、それこそ最後に敵の母艦に最後の一撃を撃ったキャラクターになるべく焦点を当ててストーリー展開すれば、少しは読みやすいと思います」
「佐山さん………」
いつからか、深山さんは僕に感動以上の眼差しで僕の意見を聞いていた。
「あっ…ごめんなさい!
つい、調子に乗っちゃって……」
「いえっ!
読者の意見を貰えたのは初めてなうえ、佐山さんの言葉はすごく筋が通った意見でしたので……ちょっと感動しちゃいました…」
「ありがとうございます…。
…それこそ、新しい観点を入れるのはどうですか?
最後の一撃を撃ったキャラクターには実は恋人がいて、戦いの最中で敵に連れ去られるも、激戦の中、死に物狂いで恋人を助け出すとか…。
リアリティとは程遠くなりますが、そういう恋絡みは女性ウケも良くなると思いますよ!」
「恋愛…………」
途端に深山さんは僕から目線を外した。
何か良からぬ地雷を踏んでしまったのかもしれない。
「あの……もしかして、深山さんは恋愛とか苦手だったりします…?」
僕みたいに過去のトラウマから恋愛恐怖症や未経験というのは無くはないはず。
であれば、悪い事を聞いてしまったか…。
「苦手……ということはないです。
ただ……」
「ただ…?」
深山さんは不安げに僕に視線を向けた。
「私………恋愛というものが……よく分からないんです……」
「え…?」
ここに来て予想外の返答だった。
さすがに僕もどう返せばいいか分からなかった。
「私自身は誰かを好きになったりしたことはありません。
強いていえば……「告白されたこと」はあります…」
「そうなんですか!?
深山さん綺麗ですもんね。
ちなみに、それはいつ頃のことですか…?」
少しはやしたててみるも、深山さんは一向に表情も変わらなかった。
「…高校時代です。
相手は……二つ年下の「女の子」でした…」
「ッ!?」
予想外の展開に僕が豆鉄砲を食らった気分でいると、深山さんは過去の恋愛事情を語り出した。
あれは私が高校三年の、ちょうど五月…今時期ぐらいでした。
私は進学予定でそこそこ勉強していましたが、人付き合いははっきり言って皆無でした。
普段からぽけーっとしてる私は、陰で「男の気を惹くためのあざとい手段」とか「何を考えてるか分からない宇宙人」と言われてました。
別に私は持ち前の性格で過ごしてるだけで、気になる男の子もいませんし宇宙人になる気もありません。
それでも、あの当時はだいたい女子は仲良しグループを作ったりで自然と派閥が出来たりしてたので、どこにも属さない私はある意味はみ出しものでした。
そんな私に、ある日転機が訪れました。
それはいつも通りの放課後のこと。
「…あら?」
私の下駄箱に一枚の手紙が入ってました。
何の手紙か考えもせず私は手紙を読むことにしました。
『深山先輩へ。
あなたに伝えたいことがあります。
明日の放課後、屋上で待ってます』
その内容でこれが告白の呼び出しだと気付きました。
宛名は書いておらず、先輩と書いてるとこから後輩の子だと予想しました。
ですが、ふと私はあることに気になりました。
『この手紙の字だと…まるで女の子のような…』
薄く小さな字体は男の子が書く字とは思えませんでした。
もしかしたら、女の子のように優しい字を書く男の子……そう思いました。
翌日の放課後、私は約束通りに屋上に向かいました。
「ッ………」
不思議と緊張しました。
昨日までさほどどうとも思ってなかったのに、ドアの前に立った途端、やけに胸がドキドキしてきました。
意を決して私はドアを開けました。
「………」
夕日が照らす空の元、鉄柵に囲われた屋上の真ん前に立っていたのは……「女の子」でした。
「…深山先輩。
本当に来てくれたんですね。
あの手紙……見てくれたってことですよね?」
逆光で少し顔が見えにくかったが、その子は健康的に日焼けしていたのは分かりました。
「私、一年の「清水初華」っていいます。
陸上部やってます。
その……今日は……先輩に…折り入ってお話が……」
私は基本的に他人に興味が持てません。
だから周りの友達が同じクラスや学年違いの男の子のトークで盛り上がっても私一人いつもついていけませんでした。
ましてや、年下の女の子など尚更…。
ただ、強いていうなれば……。
「そのっ…………先輩に一目惚れしました…!!!
女の私でも良ければ、付き合って欲しいですッ!!!!」
真っ直ぐでした。
下心など見えないほど、まるで彼女を照らす夕日と同じぐらいに彼女もまた輝いて見えました。
「……一つ、いいですか?」
「ッ…!
はいっ……」
不安げな顔で清水さんは私を見つめていました。
まるで怯える子犬のように。
「…どうして私なんですか?」
純粋に疑問でした。
年頃の女の子であれば普通、男の子に目がいくものだと思っていたので。
「…以前、先輩が雨の中、学校の花壇のチューリップに話しかけてるところを見かけちゃったんです。
その時の先輩が……すごく魅力的に見えて……気付いたら、先輩の事ばかり考えるようになっちゃって…///」
『雨……チューリップ…………もしかしたら、あの日でしょうか?』
薄ら覚えはありました。
確かにその日は雨でしたね。
ですが私は別にチューリップを愛でていた訳ではありませんでした。
『あれはただ、水溜まりで溺れてたミミズを助けて、傍の花壇に避難させた際に植えられていたチューリップに「少しだけお邪魔させてください」って語りかけていただけで……』
そう伝えようとした時でした。
「…!」
清水さんの目に涙が滞り、大きな瞳が不安げに私を捉えていたのです。
あまりに綺麗すぎるその瞳が私には眩しすぎました。
「……ごめんなさい」
「ッ!?」
気が付いたら私はおもむろにそう口にしていました。
予想通り清水さんはショックに再び綺麗な瞳を歪ませてしまいました。
「……私じゃダメなんですか?
私が…女だからですか…?
それとも、先輩には付き合ってる人とか片思いの人がいるとか……」
知りたがる子供のように清水さんは質問を投げかけるも、その純粋な心意気が逆に辛かったです。
「いえ。
全部違います」
「ッ!
じゃあどうして…!!」
彼女はあまりに純粋すぎました。
多分、誰かと付き合ったことがないのかもしれません。
だから余計辛かったです。
「…私は、誰とも付き合うつもりはありません。
どんなにかっこよくても、お金を持ってても、才能があっても……私は誰とも付き合う気はありません」
「ッ………」
清水さんはやがて棒立ちで涙を流しました。
大きく綺麗な瞳が涙で覆われ、より美しく見えました。
『私が傷つけてしまった…。
あの大きくて純粋な瞳を…』
やるせなくなった私がその場から立ち去ろうとした時でした。
「ッ……待ってくださいッッ!!」
突然の清水さんの牽制に思わず足が止まりました。
ゆっくりと私は彼女に振り返りました。
「…すみません。
先輩がどういう理由で誰とも付き合わないかは詮索しません。
ですけど……先輩とお友達になることはいいですかっ!?」
「えっ……友…達……?」
ゆっくりと清水さんは私に近寄ってきました。
二〜三歩距離を開けて私を見上げてくるその小柄さはより彼女の可愛らしさを魅せていました。
「付き合えなくてもいいです。
だったら、せめて先輩と仲良くしたいです!
私……こんなんで先輩のこと…諦めたくないです……」
両手で握り拳を作りながら清水さんは俯いてました。
ぽろぽろと小さな涙の粒が彼女のスニーカーを濡らしていました。
「…………分かりました」
「え……?」
放っておけなかった。
彼女の純粋さを私の手で壊したくありませんでした。
「友達ならかまいません。
その代わり、私は特に何もしませんよ。
人付き合いも苦手ですし……」
そう言うも、清水さんはぱあっと笑顔を浮かべました。
「いいですっ!
全然かまいません!
私、先輩とお友達になれるだけでもすごく嬉しいです…!!」
今度は涙を流しながらも笑顔を浮かべる彼女の純粋さに胸が痛くなりました。
すると清水さんはおもむろに私の手を取りました。
「これから、よろしくお願いします!
先輩!」
上下の歯が見えるほどにおおらかな笑顔を浮かべる彼女に私はどんな気持ちで向き合えばいいのか………分からずじまいでその場を凌ぐこととなってしまいました。
それからというもの、清水さんは度々私の元へ来ました。
「先輩。
お昼一緒に食べませんか?」
「清水さん…。
……いいですよ」
初めは少し馴染まなかったが、時が経つにつれてそれが当たり前のこととなってくると、自然と私は不愉快な気分は無くなってました。
「先輩、今日部活ないんで一緒に帰りませんか?」
「こんにちは先輩!
今日もきれいですね」
「先輩、荷物私も持ちますよ!」
ことある事に清水さんは私に積極的に接してくれました。
いつからか、私は清水さんの健気さが嬉しく感じることもありました。
ですが、二年、歳の離れた私は先んじて別れの卒業式が来ました。
『今日でこの学校ともお別れ…。
清水さんはどうするのでしょうか…』
世話になった学校や先生たちとの別れは何ともありませんでした。
気がかりがあるとすれば……。
「……先輩っ!」
在校生に見送られ、私が校門を出ようとした時でした。
「…清水さん」
肩で呼吸をしながら清水さんが私の背後から声をかけてきました。
「…黙って行っちゃうなんて寂しいですよ。
お別れの言葉ぐらい、言わせてくださいよ」
雰囲気で気付きました。
清水さんは涙をこらえていました。
その証拠に、彼女は震える手を後ろで隠していました。
「清水さん。
今までありがとうございました。
清水さんのお陰で私、少しだけ学校生活が楽しかったです。
あなたとの思い出は、きっと忘れません」
そう言って私は彼女を抱きしめました。
周りで様子を見ていたガヤが野次を飛ばすも、私たちは気になどなりませんでした。
「ッ……先輩っ……うぐっ……」
清水さんは泣きながらも噛みしめるように私の背中に手を伸ばし、離したくないと言わんばかりに私を抱擁してくれました。
やがて清水さんは自ら離れ、涙を拭きながら言いました。
「……先輩は、これまでで少しでも私に惹かれましたか?」
「…!
それは…………」
上手い言葉が見つかりませんでした。
全くそんなことは無いとは言えないとはいえ、その逆もまた然りだったゆえ。
「……いや、いいんです。
私、色々と吹っ切れたんで」
清水さんは私から少し距離を空けて笑った。
「先輩のことは、今でも好きです。
今すぐ付き合いたいです。
でも……先輩の隣には、きっと私じゃない人がいるべきなんだって」
「っ!?」
私が反論をしようとするも、それを察してか知らずか、清水さんは私に背を向けてしまいました。
「…先輩。
一つだけ、わがまま言ってもいいですか?」
「……何でしょうか…」
背を向けたまま清水さんは言いました。
「………一回だけ……私のこと「初華」って呼んでください」
「…!」
清水さんは振り返りませんでした。
いえ「振り返れなかった」のかもしれませんでした。
「……いっ…………初華っ………」
不思議と言葉を発しずらかった。
清水さんは間を空けてようやく振り返った。
「………ようやく「初恋の人」に名前で呼んでもらえました。
…嬉しいです………「香苗先輩」……」
「ッ!!」
返事を返す際に振り返った清水さんは、あまりに幸せなのか悲しいのか分からない笑顔を涙を流しながら言いました。
そして清水さんは生徒玄関に駆け込み、やがてその後ろ姿は見えなくなってしまいました。
「………また……あの時と同じ………」
彼女に告白されたあの日、清水さんはあの大きく純粋な瞳から涙を流していました。
『私が………あの「純粋さ」を傷つけてしまった……』
私にはあまりに眩しく穢れのない純白な瞳。
だからこそ………私が傷付けるのが何より嫌でした。
どうしようもなくなった私はその場から逃げ出すうさぎのように家へ走って帰りました。
「それからです。
私はより誰とも関わりを持たないようにしたんです。
あの時、清水さんを傷つけてしまったことで尚更、恋愛感情というものが理解できなくなりました」
「………」
深山さんの過去話は予想以上に複雑なものだった。
正直、どう返せばいいか分からなかった。
「変……ですよね。
自分でもわかってるんです。
それでも…私には、あの子の涙はそれだけ綺麗なものに見えたんです……」
再び深山さんは泣き出してしまった。
僕もまた、深山さんの卒業式の別れの瞬間を想像したら、自然と涙が出てきた。
「……すごくいい子に好かれたんですね」
そんな切り出しが精一杯だった。
「…はい。
ですけど…私が傷つけてしまったせいで、あの子の純粋さが失われたと思うと…私………」
「それは違うと思います」
「え…?」
突然の粛清に深山さんは思わず泣くのをやめた。
「正直、深山さんが何を思って清水さんを傷つけたと思ったか僕には分かりません。
多分、清水さんもこうなると半ばわかってたと思います。
それでも、告白を断っても仲の良い先輩・後輩の関係を保ってくれた深山さんにはきっと清水さんは感謝してると思います。
ですから……深山さんはきっと「綺麗な終わらせ方」をしたと少なくとも僕は思います」
「綺麗な……終わり方…」
涙を流しながら深山さんは僕を凝視した。
やがて理解してくれたのか、深山さんは涙を拭いながら小さく微笑んだ。
「…私には、あの子の瞳はすごく綺麗な…ダイヤモンドのように輝いて見えたんです。
まるで穢れを知らない、純度の高い宝石のように…。
だからこそ、あの子の瞳から涙が流れた時、より麗しく綺麗に見えてしまったんです。
でもその様が、まるで欠けたダイヤモンドの破片のように見えてしまったんです…」
まるで小説のワンシーンを語るような深山さんの口調に思わず僕の背筋がゾワっとした。
「きっと、清水さんは深山さんとの関係を良い思い出だと思ってくれてますよ。
だから…そんな一方的に傷付けたなんて思っちゃダメですよ」
鼻をすすりながら深山さんは頷いてくれた。
「…ありがとうございます佐山さん。
私、ずっとこの事で頭がいっぱいで……だから小説もワンパターンになってたのかもです。
…自分の趣味に逃げることで、忘れようとしてたのかもしれません」
「忘れちゃダメですよ。
清水さんにとっては、きっと良き思い出のはずですから」
僕の励ましに深山さんは自然と笑みが豊かになっていた。
「…すごいですね佐山さん。
そんなに優しいのなら、きっと佐山さんの恋人になれる方も幸せに笑えるでしょうね」
「どう……ですかね…」
一瞬、涼子のことを打ち明けようかと思ったが、何となく今は違う気がした僕はまだ内緒にしておくことにした。
「きっとそうですよ。
佐山さんの言葉はどれも的を射てるのに、不思議と優しくて暖かみがあるんです」
「そう…ですか。
ちょっと恥ずかしいですね…」
クスクスとイタズラ好きなお姉さんの様に深山さんは笑った。
どこか色っぽくて不思議な雰囲気のある深山さんはすごく魅力的に見えた。
「佐山さんは、恋愛したことありますか?」
「っ!?」
予想外の投げ槍だった。
どう切り出そうか迷った挙句、僕は涼子のことは伏せることにした。
「無いことは…ないです。
ただ……叶わなかった恋愛…と言いますか…」
「そうだったんですね…」
少し寂しそうに深山さんは僕から視線を外した。
「…でも、佐山さんの優しさは必ず誰かを救えます。
それだけの魅力と力が佐山さんにはあります。
ですから…佐山さんも、もし恋愛に対して少し躊躇いがあるなら、それは捨てた方がいいと思います。
佐山さんは………すごく魅力的ですから…」
途中から恥ずかしくなったのか、深山さんは言葉を詰まらせた。
「ありがとうございます。
僕も深山さんの抽象表現も、優しい雰囲気もとても綺麗だと思います」
「…!」
お返しに僕も深山さんのことを褒めると、深山さんは驚いたように僕を凝視した。
「あぁいやっ、そのっ………なんと言うか…深山さんは自分の魅力に気付けてないだけで、本当はすごく優しくて綺麗で素敵なお姉さんみたいというか…///」
自分で言ってて恥ずかしくなった僕は途中から顔を背けながら言った。
それでも深山さんは何も言わなかった。
「あっ、僕そろそろ帰りますねっ!
…どうか、諦めず小説家デビュー頑張ってください!
………それと、デビューしたらファン第一号は僕ですからねっ!」
「あっ…佐山さん……!」
無言の空気に耐えられなくなった僕は思わず家に逃げ帰った。
少し離れた位置から深山さんに叫ぶも、深山さんは少し寂しげに手を振り返してくれた。
『頑張ってください深山さん。
あなたが小説家デビューしたら、必ず本も買いますから。
…僕も負けてられないな』
深山さんとの会話で触発された僕は、急ぎ家に帰って小説を書くことにした。
「行ってしまいました……」
まるで木製のパチンコから放たれた球のように佐山さんは行ってしまいました。
『何でしょうか…。
佐山さんに綺麗だと言われた時、なんだか胸の奥がチクチクとするような感覚が…』
いつもぽーっとしてる私が更にぽやーっとするような感覚。
それが何なのか、私には理解できませんでした。
「佐山さん………」
不思議と佐山さんの顔が脳裏に焼き付いた。
今日初めて会ったのに、まるで洗脳されたかのように彼の優しい顔や声が頭から離れなくなりました。
『これが………「恋愛」…何でしょうか……』
そう考えた途端、不自然に顔が熱くなり私は思わず立ち上がってしまいました。
『もしこれが「恋愛感情」ならば、もしかしたら……』
私は思い立ったように家へと帰りました。
理由は勿論…。
「今度こそ、小説家デビューしたい…!」
部屋のデスクに座り、ボツになった原稿を出して一度流し読みをしました。
『アキラが主人公で、恋人役に新しく「リエ」を追加しましょう。
そして、アキラは窮地に追い込まれてこそ、リエを思って強くなる……これでいきましょう!』
新しい原稿用紙に作品の流れを新しく構成します。
バトルメインの、時々恋愛シーンも含めて…。
「………」
不意に私の視線はデスクの傍らに置いている写真に向けられました。
たった一枚だけの清水さんとのツーショット写真。
写真の清水さんは本当に幸せそうに私とピースをしていました。
『…ごめんなさい。
いつか、あなたにも素敵な人が会いに来てくれることを願っていますね……「初華」…』
かつての良き後輩に懺悔と感謝をしつつ、私はペンを走らせます。
不思議とペン先は意志を持ってるかのように私の考えとは関係なく自ら文字を刻みました。
『アキラ…!』
『リエ…!』
途中、二人が戦火の中で手を伸ばし合うシーンで急にペンが止まりました。
『っ………』
二人が手を伸ばし合うシーン。
その後が、どうしても浮かびませんでした。
私は一度原稿から離れることにしました。
『佐山さんなら、この後どう綴るでしょうか…』
勢いで書いてたとはいえ、ピタッと止まってしまった状況にどうしようか考えていた時でした。
『僕も深山さんの抽象表現も、優しい雰囲気もとても綺麗だと思います』
佐山さんにそう言われた時、不思議と思考回路が意図せず止まりました。
…何故でしょうか。
佐山さんにそう言われた時、今まで感じたことの無い胸の高鳴りを感じたような……。
「佐山さん………」
少し頭がふわふわするものの、私は勢いで再び原稿にペンを走らせました。




