11.Midnight eve/何だか…むず痒い心地の夜です
「なんだか可愛らしいホテルですね。
どうして入り口に「衣装」があるんでしょうか?」
『やっぱりか………』
涼はラブホテルのことをよく知らなかったのだろう。
もちろん僕だって一度も入ったことなどない。
情報源なんて、大学に行ってれば嫌でも聞いてしまうからだ。
「フロントにもホテルの方は居ませんね。
…すみませーん!」
「ッ!?
り、涼…!
いいっ今時のホテルは、部屋を自分たちで選べるんだよっ!!!」
「えっ!?
そうなんですか?」
備えあれば憂いなしとはこの事か…。
一ヶ月ほど前、大学の食堂でご飯を食べてる時に近くにいた男子がたまたまラブホテルの話をしているのを何気に聞いていたのが今になって役立つとは………。
辺りを見渡すと、自分の言葉通りに部屋番号と写真がライトアップされた電光掲示板らしきものがあった。
「と……とりあえず適当な部屋にしようか……」
写真の下で光るランプを押すとランプは消え、入室済みと代わりに表記されていた。
「えっと……203号室だから……二階かな」
すぐ傍に設置してあるエレベーターから乗ろうとボタンを押した時だった。
「ッ!///」
ホテルを出ようとしていたカップルらしき二人の男女がボタンを押すと同時に出てきた為、不意をつかれた僕は思わずたじろぎ道を開けた。
「ッ……////」
恥ずかしくなって顔を伏せていると、カップルはクスクスと笑いながらそそくさとエレベーターを降りてくれた。
『もぅ………心臓に悪い………』
二階のボタンを押して狭いエレベーター内で僕と涼は到着を待つも、エレベーターはすぐ二階に着いた。
他の客と顔を合わせたくなかった僕は急ぎ足で狭い通路を歩き、目的の203号室を探した。
『…ここか』
数部屋ごとの部屋番号が書かれた部屋案内版に誘われるように歩くとすぐ目的の部屋は見つけられ、今か今かと部屋番号がチカチカと点滅していた。
初めてのラブホテルの入室ということもあり、僕は何があるのか分からないままただ鼓動する動悸に胃を痛めつつも部屋のドアを開ける。
「………わぁ…思ったより普通だ……」
中は至って普通のホテルの一室だった。
入ってすぐ右側にシャワールーム、突き当たりに快適に過ごせるふかふかベッドとソファー、ガラスのテーブルの前に壁掛けテレビ。
その脇には保存用の小さな冷蔵庫とウォーターサーバーも置かれていた。
「へぇ〜…。
思ってたより普通だ…」
「…?
何がですか?」
「ッ!?///
いやっ……外観が古そうだったから、中も同じ感じかなって…」
「あぁ…そういう事ですか」
後ろ手を組みながら涼は一室を興味津々に見て回っていた。
子供のように色々と見て回る涼に安心感を抱き、僕はベッドに腰掛けた。
その時、僕はここが「ラブホテル」だということを思い出させられた。
「ッ!!////」
ベッドの枕元に備え付けられている何かの機械を眺めていると、その脇に動画でしか見たことの無い電気マッサージ機とコンドームが一枚、鎮座していた。
「…何見てるんですか?」
「ッ!?///」
マッサージ機とゴムを見ているとそれに気付いた涼は興味を示してしまった。
「これは……なんでしょうか?」
偶然にも涼は備え付けられていた何かの機械の方に興味を抱いた。
「たぶん、照明のスイッチじゃないかな…?
なんか、それっぽいボタンとかもあるし…」
「ほぇ〜…」
四つん這いでベッドの上を進みながら涼は機械のボタンを一つ下げると、機械の両脇にあったランプが涼子の操作に合わせて照明を落とした。
「ほんとです!
スイッチの位置に合わせて照度を変えられるなんて、なんだかオシャレですね!」
「そ…そうだね…あはは…」
とにかくドギマギしつつキリキリと痛むお腹に僕は立つことさえしんどく感じ、涼にウォーターサーバーから水を汲んでもらおうと頼もうと思った時だった。
「これは……なんでしょう…?」
油断してた……と言うには程遠すぎるほど僕には余裕なんてなかった。
涼の声に振り返ると、涼の手にはマッサージ機が握られていた。
『ししししまったッ……!!!!
り……涼はこういうのには完全に無知識である故、どう説明すれば………って……』
そう。
冷静に考えてみれば、涼が持ってるのはあくまで「マッサージ機」。
ただそう教えればいいだけの事だった。
「そ…それはマッサージ機だよ…。
疲れてる人とか、身体の凝ってるとこに当ててマッサージするんだよ……」
「へぇ〜…そうなんですね!」
純粋な子供のように涼は目を輝かせる。
その無知さが今は羨ましい…。
「翔くん!
良ければ試してみませんか?」
ふんすと鼻息を鳴らして涼はワクワクしながらマッサージ機を握りしめていた。
「わ…分かったよ…。
じゃあ、お願いしようかな…」
しぶしぶ僕はベッドにうつ伏せで寝入った。
「これ、どう使うんでしょうか………あっ、これですね」
涼がマッサージの柄の部分にあったスイッチを入れると、マッサージ機が振動を始めた。
「すごい振動です…。
これを当てればいいんでしょうか…?」
「うん。
軽く背中とか肩に当てるだけでいいからね」
ゆっくりと振動を続けるマッサージ機を片手に僕の隣に近づく涼に少し緊張しつつも、マッサージ機が背骨辺りに静かに当てられる。
『ッ!?
……あっ、気持ちいい…』
死角から当てられ、且つ初めての体験ということもあり一瞬びっくりはしたものの実際、確かにマッサージ機と言うに恥じることは何もなかった。
「翔くん、気持ちいいですか?」
「うん。
他のとこにも当ててみて」
ゆっくりとマッサージ機が移動し、今度は首と肩の間に当てられる。
「あー…。
そこも気持ちいい……」
程よい振動が僕の緊張でガチガチになった肩周りを解してくれる。
いつの間にか僕は心底落ち着きを取り戻していた。
「いいですねこれ。
翔くん、お店で買いましょう!
あんまり高いのであれば「企業」から経費として買ってもらうのも…」
「ッ!?////
い、いやっ、そこまでしなくても大丈…」
思わず起き上がった僕のせいで涼は体制を崩し、ベッドの端に仰向けに倒れてしまった。
しかもその際に電源の入りっぱなしだったマッサージ機の強さが弱から強に変わってしまったらしく、僕にも聞こえるほどの強い振動音が涼のお腹で稼働を続けていた。
「ひゃん…!」
お腹に当たっていたマッサージ機の振動に涼が今まで聞いた事のない声をあげ、思わず僕はマッサージ機の電源を切った。
「だ…大丈夫か涼!?////」
涼はただ目を見開いて仰向けに倒れている。
僕の心配も虚しく、涼は至って普通に起き上がった。
「ごめんなさい。
予想外の刺激に身体がびっくりしちゃっただけです…」
「そ…そっか。
何も無ければいいんだ……」
これ以上は色々とまずいと判断した僕は、マッサージ機を元の場所に戻した。
「はぁ……。
僕、シャワー浴びてくるね」
「はい。
ごゆっくりどうぞです」
頭を冷やすのとまだ風呂に入ってなかったこともあり、僕はシャワーを浴びることにした。
浴室も全面、大理石やオシャレな石造りの壁と天井に囲まれ、中も十分すぎるほど広かった。
『浴槽も広いから、うちと違って満足に足も伸ばして入れるな…。
まぁ、家賃の安いアパートだから当然なんだけど…』
風呂にも入ろうかと思ったが、なんだか気が向かなかった僕は備え付けのシャンプーで身体を洗う。
普段は使わないコンディショナーも使って髪も洗うと、普段よりも香る髪に少しテンションが上がった。
『こんなにコンディショナーっていい匂いなんだな…。
普段は自分のことに気を遣わないから、コンディショナーも使ったことなかったけど、今度家でも使ってみようかな…』
そんな新鮮な気持ちにいつの間にか痛んでいたお腹も落ち着き、シャワーを浴び終えた僕は十分にさっぱりした。
『タオルも柔らかいし、ドライヤーも家のより風量もいいし……ラブホテルってすごいな…』
なんら普通のホテルと変わらない設備に感心しながら、僕は壁にかけられていたガウンを拝借した。
「これもすごく着心地がいい…。
なんか、お金持ちになった気分だ」
涼に自慢しようとガウンを着たまま涼の元へ戻ろうとドアを開けた直後だった。
『あんっ、あんっ、あんっ、あぁぁぁ…!』
「ッ?!!!////」
耳に入ってきた音声に思わず僕の足は本能的に走り出し、すぐさま本能的にテレビのリモコンを取ってテレビの電源を切った。
「ッ…………」
音声は思った通りテレビからだったらしく、電源を落としたことで音は聞こえなくなった。
リモコンの前で涼はまじまじと画面を見つめていた。
「り……涼…。
もしかして………今の……見た……?///」
画面が消えても涼は一点を見つめていた。
やがて意識を取り戻した涼は僕の声に反応した。
「……あっ、翔くん…。
シャワー、浴びたんですね。
…えっと………テレビを見ようと思ってリモコンの電源を押した時に、間違って何かのボタンを押したせいか……さっきの映像が………」
不覚だった。
ここはいうてラブホテル。
どんなに設備が綺麗で完璧で清潔であろうが……比類なきラブホテルだ。
だが、これは流石に予想外だった。
『しまった……。
ラブホテルならそういう動画とかもテレビで見れるんだ……。
てっきり、普通の番組しか流れないものと………////』
涼がどういうものを見てたのかは分からないが、さっき聞こえた音声からして間違いなくアダルドビデオだ。
マッサージ機やゴムはともかく、アダルドビデオともなれば誤魔化しは効かないだろう…。
「………」
涼はまるで理解しきれないと言わんばかりに目を見開いたまま呆けていた。
やがて涼は再び僕に返事をした。
「あの……翔くん…」
「ッ!?///
は、ハイッ…!!///」
ゆっくりと僕に目線を向けて涼は問う。
「…さっきの映像………男の人と女の人が裸で何かをしてたのですが……あれは……何なのでしょうか…?」
涼は目を見開いたまま僕に質問を投げかけた。
『どどっ、どうしよう…。
あんなの、涼になんて説明したらいいんだろうか…///』
アダルドビデオの意味を理解出来ない涼とその説明を出来ない僕。
まさに修羅場だった。
「えっと…………」
駆け巡る思考を蔓延らせ、僕は出来る限りオブラートに包んで説明した。
「その………あれはね………仲の良い男女がすることなんだ」
「仲の良い……?」
涼は理解出来ずただ呆けていた。
「だから………うん。
なんて言うか……大事な儀式みたいなものというか………」
ここに来て語彙力が壊滅的になっていた。
というか、アダルドビデオのことを説明しろなんて僕には荷が重すぎる。
「そう………ですか……」
どことなく涼もぎこちなくなっていた。
アダルドビデオの行為の意味を理解してか知らずか、やがてソファーに背中を預けた。
「涼…大丈夫……?」
どことなく暴走でも急にしだしそうになる気がして念の為、僕は涼の容態を伺った。
だが、涼の反応は僕の予想を覆した。
「それが…分からないんです。
さっきの映像を見た時、急に情報処理が追いつかなくなって………今でも処理しきれてなくて……情報異常かと思ったんですが、そうでもないみたいで………」
涼もまた、理解不能な異常にパニックを起こしそうになっていた。
「……とりあえず……寝よっか……」
その場の事態収集に、僕はそう言うことしか出来なかった。
『…眠れないッッ!!!!』
それもそう。
ここに来るまでに電車で寝落ちして、そのあとに慌ただしく終電から降りて家から遠いここに泊まる事になって………そりゃ眠れるわけなんてない。
『普段なら別々の部屋で寝てるのに、ラブホテルという事もあり僕の真隣に涼もいるし………落ち着いて寝れるわけないよ……』
時刻は日を跨ぎ深夜の二時過ぎ。
真っ暗な部屋のカーテンから傍の繁華街の灯りがチラッと見えるだけでそれ以外は暗くて見えなかった。
「…翔くん。
起きてますか…?」
僕に背中を向けて寝ていた涼が声をかけてきた。
「うん。
起きてるよ」
返事を返すも、涼は姿勢を変えなかった。
「ちょっと…お話しませんか?」
「いいよ。
僕も寝つけなかったから」
ようやく涼は仰向けになり、話を続けた。
「私ですね…さっきの映像のことを考えてたんです」
「ッ!///」
一瞬、思わずビクッとするも涼は気付いてなかったのかそのまま続けた。
「翔くんはさっきの映像の行為を仲の良い男女がする儀式みたいなものだって言いましたよね」
「う、うん……」
「…ずっと考えてたんです。
あの行為の意味を。
でも…どれだけ考えても理解出来ないんです。
何故、裸になる必要があったのか、何をしていたのか…」
「ッ……」
「…変ですよね。
たぶん、私たちには必要のないことのはずなのに……気になって仕方ないんです…」
そう言うと、涼はおもむろに僕の手を握った。
「ッ!?///」
不意に触れた涼の手は冷たくも僕に答えを求められてる気がした。
いや、その通りだった。
「翔くん。
あなたなら知ってるんですよね?
さっきの男女がしてた行為の意味を……」
真っ暗な闇の中で顔の見えない涼が僕の方を見る。
それでも恥ずかしさの勝っていた僕は涼の方を見れなかった。
「えっと………ぼ……僕も…詳しくは知らないと言うか……」
しどろもどろにはぐらかそうとするも、明確な答えを求めていた涼はむず痒そうに僕の手をマッサージするように触っていた。
『ちょッ……その触り方は色々と理性に響く…!!///』
まるで恋を知りたがってる女の子のように涼は変わらず僕の手を握ったり親指で手のひらをなぞるように触れる。
陰キャといえど年頃の僕にはあまりに色々と不味い…!///
「翔くんは嘘つきです。
ほんとは知ってるんですよね?」
不意に涼は上半身を起こすと、暗闇の中で服を脱ぎ出した。
「ッ?!!!////」
真っ黒なシルエットから乱暴に服が投げ捨てられ、やがて裸になったのであろう涼は僕の隣に密着してきた。
「ちょちょちょっ…涼ッ…?!!////」
ギュッと涼の冷たく細い腕が僕の右腕にしがみついてきた。
半袖から露出した素肌に彼女の色々と説明しがたい感触が伝わってきた。
「お願いです翔くん。
私にも……教えてくれませんか…?」
脚をスリスリと擦り合わせながら涼は僕に密着する。
まるで恥じらいなどない。
ただ純粋に、知識欲だけが彼女を動かしていた。
「ッ…/////」
僕は何も出来なかった。
僕がヘタレというのもあるが、アンドロイドの涼に手を出すなんてどうかしてる。
「……どうしても教えてくれないんですか?」
何故か意地になった涼は最終手段として……僕の上に乗った。
「ッ?!!!////」
最早めちゃくちゃだった。
しかも涼は僕の服をたくしあげた。
「りっ……ダメだよっ…こんなことッ…////」
「どうしてですか?」
「えっ…」
涼は至って冷静に、純粋に聞き返す。
「私は翔くんと仲も良いはずです。
翔くんも私のことを好きだと言ってくれました。
…それでも、まだ何か足りないと言うんですか?」
逃がさないと言わんばかりに涼は僕の両肩につかんで覆いかぶさった。
真っ暗な中で涼の顔がキスしそうな距離まで近づく。
「違うよ…。
涼は僕にとって大事なパートナーだよ。
涼子と同じくらい大事で大好きだよ。
でも………」
「私がアンドロイドだからダメなんですか?」
「ッ!!」
図星を突かれた。
僕は何も返せなかった。
「アンドロイドの私じゃ……あの行為の意味を知れないと翔くんは言いたいんですか?
あれは……人間同士じゃないと理解出来ないと言うんですか…?」
「ッ…///」
涼の右手が僕の胸に触れる。
もどかしくも求めるように、愛でるように愛撫するその手に僕はどうしようもなくなり………僕は……。
「………涼ッ…!!!////」
僕は押し倒すように涼を抱きしめた。
冷たい涼の温もりが全身に触れるも、僕の心臓は爆発寸前レベルにドキドキしていた。
「翔くんっ………」
涼は黙って僕のハグを受け入れる。
でも僕は、それ以上は何も出来なかった。
「涼…。
僕は涼も涼子のことも大好きだ。
二人は僕にとってかけがえのない存在だ…」
「………」
涼は黙って僕の話を聞いていた。
「君があの行為の意味を知りたがるのはもっともだ。
…でもね涼。
人間同士とかアンドロイドだからとかそんなのは関係ないんだ。
あれは仲の良い男女が……本当に大事な時にすることなんだ」
「本当に…大事な時……」
「僕にとって今この瞬間もすごく大事だよ。
隣に涼が居てくれるだけでも嬉しいのに、涼は僕を求めてくれる。
そんなの……男として嬉しいに決まってるよ」
「翔くん………」
涼は少し位置を下げ、僕の胸に耳を当てた。
「……翔くん、すごくドキドキしてます…」
「…涼が僕を求めてくれたから、嬉しいんだよ」
僕は涼の頭をなでる。
涼は安心した子供のように僕の愛撫に身を預けていた。
「私、翔くんのこの手が好きです。
翔くんの気持ちが不思議と伝わるんです。
本当に大事にされてるって…安心しちゃうんです…」
「言ったでしょ。
僕は涼のことも大事だって」
「そう…でしたね………」
やがて涼はそのまま寝入った。
涼が寝入ったのを見計らってから僕は彼女に布団をかけ、一旦ベッドから出てウォーターサーバーから一杯水を飲んだ。
「はぁ……」
ようやく脳が落ち着きを取り戻し、ほんの少しカーテンを開いて外を覗くと、夜中にもかかわらず繁華街のネオンライトは煌々と眩しいくらいに輝いていた。
「翔…くん……」
涼の寝言に誘われるようにカーテンを閉め、僕は再び涼の隣に入った。
『もし、今隣にいるのが涼子だったら……さっき上に乗られた時、僕はどうしてたんだろう……』
さっきのは年頃の僕には十分すぎるほど刺激が強すぎた。
ましてや、ここはそもそもラブホテルだ。
そういう事をするための場所なんだから、本来は間違った事でないが…。
『ごめんね…涼…』
すやすやと眠る涼の頬にキスをし、僕も眠りについた。
「……んぅ…。
朝か……」
数時間後、僕は再び目を覚ました。
「おはようございます、翔くん」
涼の声はソファーの方から聞こえ、起き上がると彼女はソファーに腰を据えてテレビを見ていた。
「ッ!!///」
夜中の出来事とその前のアダルドビデオの件を思い出しテレビを見るも、映し出されていたのは至って普通の情報番組だった。
「あはは。
昨日のはもう見てませんよ。
大事な時にすること……ですもんね?」
そう言う涼も昨日脱ぎ捨てていた服を着直し、僕を小馬鹿にするように笑っていた。
「……そうだね」
色々と落ち着いた状況に胸を撫で下ろし、僕はベッドから出た。
「もうちょいしたら帰ろうか」
「そうですね。
…でしたらシャワーを浴びてはどうですか?
朝にシャワーを浴びると健康にも良いらしいですよ」
「そうなんだ。
じゃあ浴びてこようかな」
涼の言葉に甘え、僕は朝シャンを浴びることにした。
またシャワーを浴びてる間に何かよからぬ事がなければとも考えたが、流石に考えすぎだろうと僕はそれ以上は考えるのをやめた。
程なくしてシャワーを浴び終えて戻ると、涼がなにやらメニュー表を見ていた。
「翔くん。
ここ朝食も頼めるみたいですよ」
「そうなの?
じゃあ、何か軽く食べようかな」
涼からメニュー表を受け取り、注文表を眺める。
「…じゃあ、この「おにぎりセット」にしようかな」
「それでいいんですか?
翔くんには足りなくないですか?」
「まぁお腹は空くと思うけど……帰ったら涼のご飯が食べたいからさ」
「…!
もぅ……翔くんはわがままですね」
言葉では皮肉交じりながらも、その顔は満更でも無さそうだった。
「これ、フロントに電話で注文すればいいのかな…?」
「いえ、注文する料理に該当する数字をテレビの注文表から頼めるみたいですよ」
そう言うと涼は慣れた手つきでテレビ画面に注文表を表示させた。
「へぇ〜。
今のラブh………ホテルってすごいんだな…」
感心しつつ涼の言う通りに注文番号をテレビに打ち込むと『ご注文ありがとうございます』と表示され、その十数分後に部屋のインターホンが鳴り響いた。
「私、取ってきますね」
入り口にご飯を取りに行く涼の後ろ姿を見届けてから僕は再びテレビを眺める。
『こっちでは流れてない地方の番組もあるんだな……』
そんな事に感心しながらチャンネルを変えていた時だった。
『あっ、そこっ、出ちゃうからぁ…!』
「ッ?!!!////」
適当にチャンネルを回していると、間違ってアダルドビデオのチャンネルを開いてしまい、僕は慌ててチャンネルをニュース番組に戻した。
「翔くん、持ってきましたよ」
「ッ!?///
あ、ありがと………」
涼には気付かれてなかったらしく、涼は持ってきたおにぎりセットをテーブルに置いてくれた。
「ゴホン…。
……美味しそうだね」
小さめのおにぎり四個に唐揚げが二個、たくあんとしば漬けが少々のおにぎりセットは今の僕にはちょうど良い量だった。
「いただきます」
綺麗な三角おにぎりはそれぞれ鮭と辛子明太子、おかかにツナマヨという欲張りには良さげなバリエーションだ。
「…美味しい」
僕の反応に隣に座る涼が頬杖をつきながら横目で僕を見るも、すぐテレビに視線を戻した。
『涼…怒ったかな…』
涼は基本的に僕に献身的だ。
料理も絶対手を抜かないし、家事も頼まれ事も断らない。
褒めたり僕が喜べば素直に喜んでくれる。
だが、自分以外の人が作った料理(特に女の人)や僕にプレゼントをくれたりした人(主に女性)に対しては少し機嫌を悪くしたりする。
『でも、それだけ涼も人間らしくなってきたってことだよね』
そりゃ、僕が涼だったら同じ気持ちにもなるだろう。
今ならそれを理解出来る。
僕は唐突に涼の頭をなでた。
「…?
翔くん……?」
涼はわけも分からず疑問の表情を浮かべる。
「帰ったら、とびっきり美味しいもの作ってね」
「翔くん…。
……もちろんです♪」
涼は笑顔で受け応える。
その屈託のない笑顔に思わず僕も微笑ましく感じた。
「…ごちそうさま。
軽くお腹も膨れたし、そろそろ帰ろっか」
「じゃあ私、精算機で先に支払い済ませてきますね」
「えっ…?
涼、お金持ってるの?」
「…正確には、こういった緊急時にお金が必要になった場合のためにクレジットカードを常備してました。
「企業」から経費として落としてもらうのには十分な理由になりますからね」
そう言いながら涼はどこからか取り出したクレジットカードを精算機に通し、精算を済ませた。
『それって「企業」に僕たちがラブホに泊まったことがバレちゃうんじゃ…(汗)』
とは考えたものの、実際は何も無かったがゆえ、ここはノーカンと言え………るのだろうか……。
『まぁ、実質何も無かったしな……』
手荷物をチェックしていると、精算を済ませた涼が戻ってきた。
「翔くん。
今日は何の日か知ってますか?」
「え……クリスマスでしょ。
イエス・キリストの誕生祭だよね」
最もらしいことを答えるも、涼の反応は少し違った。
「そうですけど……クリスマスは、サンタさんがプレゼントを良い子に持ってきてくれるそうですね」
「まぁ…そうだね」
上着を着ながら返事をするも、涼は後ろ手を組みながら質問を続けた。
「良い子って、何歳までなら許容範囲なのでしょうかね?」
「正確な数字は特にないよ。
そもそもサンタ・クロース文化はこっちとは関係ないし、日本人はそういうイベントとかお祭り行事が好きだから…」
『チュッ…』
僕の言葉を遮るように突然、涼が僕の頬に一瞬キスをしてすぐ離れた。
「ッ………////」
僕が唖然と涼に振り返ると、涼は口をなにやらもちゃもちゃと動かしていた。
「「ほっぺにご飯粒がついてる」ことに気が付かない翔くんは悪い子ですので、涼サンタはイタズラしちゃいます♪」
ペロッと舌なめずりをし、小悪魔女子のように涼はウィンクをしながら笑顔を浮かべた。
「ッ…………涼ぉぉぉぉぉーー!!!////」
「あはは♪」と僕から逃げるように涼は入り口に走っていった。
「もぅ……心臓に悪い…////」
涼子に比べたら涼は本当にアグレッシブだ。
おしとやかでお母さんのように優しかった涼子に対し、まるで幼なじみや義理の姉か妹のように時間が経てば経つほど僕との距離感が自然と近くなり、イタズラの内容も狡猾かつ大胆になっていく。
『でも……僕はどちらも好きで嫌いになれない』
追いかけられるのを待っていたのか、涼は入り口で忙しなくパタパタとその場で駆け足を踏んでいた。
ちょっと悔しい気分に苛まれながらも僕は荷物を持って涼の元へ向かう。
「びっくりしました?♪」
「おかげさまで」
僕の皮肉に涼は大成功だと言わんばかりに楽しげにはにかむ。
「涼…」
涼のイタズラのお返しに僕は涼を抱きしめる。
もちろん、涼は軽くパニックを起こしていた。
「しょ…翔くん…?」
抵抗はされない。
だから彼女の耳元で囁いた。
「…メリークリスマス、涼」
「…!」
状況を察してか知らずか、遅れて涼も僕の背中に手を回して言った。
「…メリークリスマス……翔くん…」
僕のハグを堪能するように涼は僕の胸に顔をスリスリと擦っていた。




