第39話 魔女たちの最后の楽園(その2)
「ちょっと人聞きの悪いこと言わないでね、ハンナ。あなたが謝る必要なんてないでしょう」
ハンナが膝を付いて頭を下げている様子にアリスは不機嫌そうに言った。
「アオイちゃんは、無事なんですか? ハンナさん」
「勘違いしているようだけど、ハンナもアオイも、別に幽閉しているわけじゃないわよ。ここで普通に暮らしているだけだから」
ケイトが心配顔で尋ねるので、アリスが付け足すように言った。
「ハンナ、いつまでも、そんな恰好してないで、早く案内してあげなさいな」
アリスが犬でも追っ払うように、しっしっと手を振った。
それに促されて立ち上がったハンナは、「こちらへ、どうぞ」とメイドのような仕草で、ケイトを奥の方へと案内した。
広間のような巨大な空間からは、四方八方に別の間へと通じる入り口が開いていた。
それがどこに通じているのか、ケイトにはさっぱりわからなかったが、行き交う魔女たちは、慣れているようで、それぞれ目的の通路へと向かってスムーズに歩いていた。
先頭を歩くハンナはケイトを案内する間、終始無言だった。
ケイトには訊きたいことが山ほどあったが、今のハンナに語り掛けるのは無理な感じだ。
通路を抜けると、そこは先ほどの広間と同じぐらい天井が高く、広い場所だった。
違っているのは、長いテーブルがいくつも並んでいて、ところどごろに人々が座っている。
ちょうどお昼の時間だろうか。それぞれのテーブルの上には、皿やスプーン、フォークなどを載せたお盆が乗っている。
「ここよ」
ハンナが案内した場所は、どう見ても食堂だった。
ケイトは、辺りを見回して、あるテーブルの一角に見覚えのある顔を見つけた。
「アオイちゃん!」
思わず叫んだ先に、従妹の葵が座っていた。それも一人ではなく、仲間らしき二人の女の子と談笑中だった。
「あれ? ケイトちゃん?」
ケイトの顔を見つけたアオイは、パスタを巻き付けていたフォークを皿に置くと立ち上がった。
ケイトはアオイの元に駆け寄ると、手を取り合って、二人でぴょんぴょん飛び跳ねた。まさに再会を喜び合う少女の姿、そのものだった。
「これは、どういうこと?」
まるで学校の食堂にいるかのようなアオイの様子に、ケイトが尋ねた。
「私から説明します、いいでしょ、アオイ?」
ケイトの後からゆっくりと歩み寄ってきたハンナが話し始めた。
「私とアオイは、アイオンの残党が再び動き出したという情報を掴んで、この場所にたどり着きました。
それまで、アイオンには魔女がいるというのを噂で知っていましたが、それがかつての自分の仲間のアリスだというのは、全然知りませんでした」
ケイトとハンナは、アオイと数人の仲間らしき少女がいたテーブルに加わり、話を始めた。
アオイと一緒にいた二人は、遠慮した様子で「それじゃ、私たちは、これで……。じゃあね、アオイ」と手を振って席を外した。
「初めは潜入して相手と闘うつもりでここに乗り込んできたんですが、ご覧の通り、ここはアジトというよりも、魔法使いたちが集まってごく普通に生活を営む場所だったんです」
「ちょっと待ってください。アリスさんの話だと、アオイちゃんの魔力を奪って、ゴーレムを作ったと言っていましたけど、それも嘘だったということですか?」
「それは嘘じゃありません。ゴーレムは、ここにいる魔法使いのみんなが魔力を注いで作り上げたものです」
「アリスさんの話だと、そのゴーレムを使って、人類を滅ぼすということですけど、なんでそんな恐ろしいことに協力しようと思ったんですか?」
「ケイトさん、アイオンの目的についてはアリスから話を聞いていると思いますが、初めは私たちも、人類を殲滅するなんて、とても馬鹿げているし、協力なんてできないと思っていたんです」
「それじゃ、なぜ……」
「でも、よくよく考えてみてください。
人類のこれまでの歴史はいわゆる“戦争”歴史と言っても過言ではありません。戦争とは、人と人との戦いであり、いわゆる殺し合いです。そしてそれは今も世界中のあちこちで続いています」
「私も、そういう歴史は学校で習いました。そうした戦争はよくないことだと思うし、できればなくなってほしいと願っています」
「あなたは、まだ若いし、そうした理想を持っていることはわかります。でもね、ケイトさん。人々はやっぱり愚かで、こうした争いごとは、未来永劫なくならないと、私は思うんです」
「何を言っているのか、よくわからないんですけど……」
ケイトは混乱していた。
「このまま人類が戦争を続けていけば、当然のことながら、争いを好む愚かな者が生き残るわけです。これでは、同じことが繰り返されるだけ。人類は滅ばないにしても、今よりも悪くなるだけです」
周りで食事を楽しんでいた魔女たちのざわめきがいつの間にか止んでいた。ハンナとケイトの会話を聞きつけ、耳を傾けているようだった。
「いつまでたっても争いを止めない愚かな人類は、一度滅んでやり直すべきだと、私もアオイも、ここに来てそう思うようになりました」
「確かに争いを好む人もいるかもしれませんが、この世界には平和を願う人もたくさんいます。そうした人も巻き添えにしていいとは思えません」
「甘いですね、ケイトさん。どんなに平和を願おうとも、ある一つの国が戦争を始めたら、それを個人で食い止める方法などありません。それどころか、国から招集を受けたら、兵隊として参加しなければならないんですよ。つまり、どんなに綺麗ごとを言っても、戦地に送り込まれて、殺し合いに参加しなければいけないんです」
「でも、人類を滅ぼすというのは、そうした戦争をしている人たちと一緒じゃありませんか」
「そうですよ」
ハンナが勝ち誇ったようににやりと笑った。
「どこかの国が戦争で人を殺すのと、アイオンが人類をリセットするために人を殺すのと、何も違いはないんです。
ケイトさんは、魔法少女になって、悪を懲らしようと思っているわけでしょう?
一人や二人の悪党を懲らしめたところで、世の中は何も変わりません。それよりは、根本から糺さないと駄目なんです」
ケイトは反論しようとしたが、理屈ではハンナさんには敵わないと感じた。
救いを求めるようにアオイの方を振り向いたが、彼女はハンナに同意するように、ゆっくり首を縦に振るだけだった。
(騙されてはダメよ、ケイト)
頭の中に“何者か”の声が響いてきた。聞き覚えのない女性の声だ。機械的に加工された声のようで、テレパシーのように響いてきた。
(誰ですか?)
ケイトも心の中で相手に尋ね返した。
(それは、“本物”のハンナじゃない)
「本物じゃない?」
相手の声に思わず、口から声が漏れた。
「誰と話してるの? ケイトさん」
ケイトの様子を見てハンナの顔色が変わった。
(あなたはアリスの魔法で“幻覚”を見せられているのよ)
ケイトは、頭に響いてくる声に促されて周りを見回した。
テーブルにいた少女たちの姿が先ほどよりも霞んでいた。
「しっかりしなさい、ケイト」
今度は、頭の中ではなく、実際の声が聞こえた。加工された声は元のままだ。
まだ、ぼんやりとした頭で薄く目を開けると、前方には、アリスと、もう一人の魔法使いが向かい合って立っていた。
最初は、エミが助けに来てくれたと思ったが、そうではない。
黒髪に黒い衣装から女性とわかるが、表情はわからない。顔には目のところだけ切り抜いたような白い仮面を付けていた。
(仮面の魔女? どこかでその“呼び名”を聞いたような気がする……。
そうだ、確か、ナーシャの戦闘機を魔法でコントロールしていた犯人は、仮面の魔女だったと、ナーシャ自身が語っていたはずだ。
ナーシャを襲った犯人が、なんでアイオンの魔女と向かい合っているのだろうか? 仲間割れでもしたのか?)
ケイトはアリスの魔法がまだ解け切っていないぼんやりした頭でそのように考えていたが、やがて自分の身体が何かで拘束されていることに気づいた。
どうやら紐のようなもので椅子に縛り付けられているようだ。
辺りを見回すと、そこは薄暗い部屋だった。天井はある程度高いが、周りの壁は煉瓦を敷き詰めたような感じで殺風景な場所だ。
一体どこからが幻覚なのか、はっきりしない。
きっと、水中の緑の楽園までは本物で、地下の階段を下りていったときに、魔法にかかっていたのかもしれない。
それを考えると、ハンナさんだけでなく、あの食堂にいたアオイちゃんも本物じゃなかったのか。
せっかく再会できたと思ったのに、がっかりだ。
「あなた、まだ私たちの邪魔をする気?」
仮面の魔女を前にして、アリスはこれまでにないほど真剣な表情を見せていた。
すでに戦い始めていたようで、アリスは怪我でも負ったのか、右手で左腕を抑えている。
その時だ。
「見つけたよ、仮面の魔女!」
今度は聞き覚えのある声がした。
前方にもう一人、アリスとは異なる色の金髪をなびかせて、ナーシャが現れた。
「ナーシャ!」
「ケイト、あなた、掴まっていたのね」
ナーシャが縛れているケイトに気づいたが、前方の二人の魔女のただならぬ様子に気づき、動きを停めた。
「あなたは、誰よ?」
仮面の魔女に続いて現れた少女に、アリスが苛々した面持ちで尋ねた。
「私は、アナスタシア・ロマーノヴィッチ・メリニコヴァ。師匠のハンナと親友のアオイを助けにきたね。
ところで、これはどういうこと?」
仮面の魔女を追ってここまでたどり着いたナーシャにも、この場の事情がよく呑み込めなかった。
戦闘機襲撃の犯人だと思っていた仮面の魔女の正体は、アイオンの魔女アリスではなかったのか?




