第10話 二人の転校生(その3)
ケイトが校舎の屋上に上って行くと、そこには、すでに影山咲の姿があった。
手すりに両手を凭れかけて、時折吹いてくる風に髪が乱されるのを全く気にすることなく、遠くの景色でも眺めていたのか、まっすぐ前を見つめていた。
ケイトがやって来た気配に気づくと、ゆっくりと体ごと振り向いた。
「あなた、黒の魔法少女のリーダーとしての自覚は持っているのかしら?」
この人は、いきなり何を言い出すのだろうかと、ケイトは思った。
リーダー?? 自分はいつリーダーに選ばれたのだろうか?
「ちょっと待ってください。
私が黒の魔法少女のリーダーって、どういうことですか?」
「あなた、エミさんから何も聞いてないの?」
「私、昨日の誕生日に魔法少女に選ばれたばかりで、いろいろなことが。まだよくわかってないんです」
「……」
今度は、サキの方が訝る番だった。
*
影山咲が魔法少女に選ばれたのは、ケイトが魔法少女に選ばれた日よりも、3か月前のことだ。
ケイトと同じように14歳の誕生日、学校から帰宅する途中の道の前にふいにエミが現れた。
「あなた、影山咲ちゃんね?」
「誰ですか、おばさんは?」
「……ちょっと、おばさんは、ないでしょ?
まだ独身なんですからね、……まあ、いいわ。
私は、エミ。魔法使いよ。
エミ“お姉さん”または、エミさんとお呼びなさい」
「それで、エミさん、何の用ですか」
「突然ですが、あなたはこの度、魔法少女に選ばれました。
おめでとうございまーす。
……って、あまり嬉しそうじゃないわね」
「いきなりそんなこと言われても、よくわかりません」
「そりゃ、そうよね。
あなたは、今年私が選ぶ、五人の魔法少女の三人目に当たるの」
こうして、黒い魔法少女の一人に選ばれたサキは、エミから魔法少女の簡単な歴史から、黒い魔法使いと白い魔法使い、そしてその両方の魔法少女について、それぞれの因果関係などを聞かされた。
それらの話の中で、サキが最も関心を持ったのが、これから数か月先に選ぶ予定だという、四番目の魔法少女についてだった。
「たぶん、彼女は、五人の魔法少女のリーダーとなる人物のはずよ」
サキは、リーダーとなる魔法少女がすでに決まりかけていることに胸がざわつくのを抑えきれなかった。
それは一種の嫉妬に近い感情と言えたかもしれない。
(リーダーがすでに決まっている? ということは、自分がリーダーになる可能性はもうないということ?)
影山咲は、昔から負けず嫌いだった。
現在、中学校で所属している水泳部のキャプテンを務めていたし、それは、周りからの推薦ではなく、自分から率先して名乗りを上げたものだった。
もちろん、キャプテンを名乗るからには、実力が伴っていなければいけないということも、十分に自覚している。
誰よりもよく練習したし、実際、自由形、クロールでは、クラブの誰よりも速いタイムを叩き出していた。
「その“浅吹蛍糸”って子は、凄い実力の持ち主なんですか?」
「それは、まだわからない。
彼女が魔法少女になってみないと、何とも言えないわ。
でも、今のところ、事前の調査では、抜群の適性を持っていそうな子のようね」
エミはそう言うと、試すような眼付きでサキの方をちらっと見た。
そして、魔法少女に選ばれてから一週間後。
魔法少女としての実践的なスキルをほぼマスターし終えたサキは、別れ際にエミに尋ねた。
「エミさん、そのリーダー候補となる、浅吹ケイトという子の通っている中学校の名前を教えてもらえませんか」
「え、どうするつもり、まさか、殴り込みに行くんじゃないでしょうね?」
「いえ、そんなつもりはありません……」
影山咲は、ケイトの通っている“東岬みらい中学校”へ転校することに決めたのだった。
*
(まさか、エミさん、私を騙したわけじゃ……)
考えてみれば、リーダー候補というだけで、もしかすると、昨日魔法少女に選んだ時点で、この子には適正がないと、エミさんは判断したのかもしれない。
現に、今目の前に対峙しているケイトには、リーダーとしての風格やオーラというものが感じられない。
「まあ、いいわ。あなたがどれぐらいの魔法少女なのか、今から試させてもらうわよ」
そう言うなり、サキは胸の前でパッと右手を握るような仕草を見せて、マジック・ワンドを取り出した。
エミが持っているものとも、ケイトが持っているものとも、長さは同じぐらいだが、色やデザインが若干異なる“杖”だった。
「Verwandle dich in dein wahres Selbst (真の自分の姿に変身せよ)」
エミから教わった呪文を、流暢な発音で唱えると、サキの姿は、一瞬、頭上に輝く太陽に負けないほど眩しい光を放ったのち、黒の魔法少女のコスチューム姿となって、再び現れた。
黒を基調としているのはケイトのものと同じだが、デザインが少し異なっており、スカート丈はケイトのものより少し長めで、大人びたサキの雰囲気にとても合っていた。
「うわあ、サキちゃん、格好いいなぁ」
その美しさにケイトが見とれていたので、サキは照れ臭くなって思わず赤面した。
「ど、どうしたの? あなたも、早く変身しなさいよ」
「ちょっと待って、そういえば……」
ケイトは、アカリも、ここへやってくることを急に思い出した。
「浅吹さん、それに、影山さん、だったかしら?」
ちょうどその時、ケイトとサキの二人の後ろに、白の魔法少女、桐谷アカリが姿を現した。
校舎の屋上に上ったアカリは、制服姿のケイトと、すでに変身しているサキの姿を見て、二人の間の不穏な空気を読み取った。
「何やらお取込み中のようね」
だが、二人の間に何かあったとしても、そうした事情は、自分には直接関係はない。
「まあ、いいわ。
私としては、あなたたちと無益に戦うつもりはありません。
お互いのことはまだよく知らないし、少しお話がしたいと思って来たのよ」
アカリとしては、できるだけ誠実に話すつもりだった。
「へえ、随分、殊勝なことをおっしゃるのね。
白い魔法少女さん、あなた方の目的は、黒の魔法少女を葬り去ることだと聞いているわよ」
サキは、アカリとは初対面だったが、その顔や姿を雑誌で見た記憶があった。
彼女はすでに読者モデルとして活躍中だが、自分も街に買い物に出かけたときに、スカウトから声を掛けられたことが度々あった。
読者モデルという職業に別段憧れたことはないが、持って生まれた負けず嫌いのせいか、彼女を見ていると、妙な対抗心が湧き出てくるのを抑え切れなかった。
「待って! それはあなたたち次第です。
私は、シズカさんから、あなたたちが“悪”の魔法使いの一味と聞かされていたので、そう思っていたことは確かです」
「悪? 私たちが?
あなたたちが白の魔法少女というのは、“生”を司る魔法を用いるからで、私たちが黒の魔法少女というのは、”死”を司る魔法を用いるからよ。
悪とか、正義とか、そんな概念とは関係ないわ」
ケイトは、サキが自分たちの魔法を“シ”の魔法と呼んだことに、不安を覚えないわけにはいかなかった。
確かに、悪とか、正義とかは関係ないかもしれない。
だが、死を司るというのは、どう考えても、死神とか、悪魔とか、そうしたマイナーなイメージしか浮かんでこない。
一方、白の魔法少女が司るのは、“生”の魔法らしい。
どうみても、あちらの方がメジャーだし、正義のイメージではないか。
「サキちゃん、私、いやだあ」
ケイトはふいに哀しい気持ちになって涙が溢れそうになった。
「な、なんで泣くのよ? そんなんじゃ、あなた、リーダーになれないわよ」
サキは涙ぐむケイトを見て、イライラした。
「いいこと、ケイト、黒の魔法少女の使命は、その力を使って、この世界の“悪”を抑えることにあるのよ。
むしろ、逆。私たちは、悪とは正反対の正義の魔法使い(マジック・キャスター)なんだから」
サキはワンドを握り直して、ケイトよりも、むしろ、アカリに説明するように言った。
「問題は、そこです。
“悪”を懲らしめるのは、私たちの仕事ではありません。
私たち魔法少女は、人々が幸せに生きていくために、その魔法を用いるのです」
アカリは真っすぐにサキを見据えながら続けた。
「ですが、黒の魔法少女という存在がすでにあるのは、仕方ありません。
変な譬えですが、この世の中には、古くは刀剣とか、銃、爆弾やミサイルなど、さまざな武器があります。
それは“抑止力”として用いられるのは、もう存在している以上、ある程度仕方ありません。
ですが、それが実際に殺人兵器として使われるのであれば、放っておくわけにはいきません」
「あら、本音が出たわね。
それで、私たち黒の魔法少女を危険な兵器と認定して、葬り去ろうというわけなのね」
そう言うと、サキはマジック・ワンドを構え直した。
アカリも、そしてサキも、もうこれ以上の話し合いは無駄だと思っていた。
サキが攻撃してきそうな気配を感じて、アカリはその場を飛び退いた。
と同時に自らのマジック・ワンドを取り出すと、空中で後ろに一回転を決め、その姿勢のまま、変身を行った。
アカリの変身は、無詠唱だった。
呪文や詠唱ではなく、空中で体を回転させることが、変身のためのトリガーとなっているらしい。
昨夜見たアカリの白いコスチューム姿が、白昼の元でさらに鮮やかさを増して現れた。
ケイトは、黒と白の魔法少女の二人が、漫画やアニメのように対峙しているのを間近で見せられて、ある意味感動を味わっていた。
(うわあ、やっぱりアカリちゃんも格好いいなぁ)
ふと、ケイトが何もせずに、ぼおっと立っているのを見て、アカリもサキも、ケイトに向かって無言で促していた。
「何してるの、あなたも早く変身しなさい」
「え?」
ケイトは、自分がなぜここで変身するのか、その意味がわからなかった。
変身して、いったい誰と闘うのか。
もちろん、状況的には、白の魔法少女のアカリちゃんと闘うのだろうが、ケイトには闘うだけの明確な理由がなかった。
「ちょっと、待って、二人とも」
ケイトが躊躇しているのを見て、サキは半ば諦めていた。
(彼女に黒の魔法少女のリーダー役は、絶対に務まらない)
そんなことを思いながら、制服姿で突っ立っているケイトを横目に、アカリに向かって先制攻撃を仕掛けていった。
一方のアカリは、サキが前に出たと同時に、ワンドを振って攻撃に出た。
昨夜ケイトに行ったのと同じ、皮膚にショックを与える電撃に近い魔法だ。
本来、白の魔法使いの技は攻撃向きではない。
生体エネルギーを凝縮したものを攻撃の代用として用いているため、肉体への効果はさほど強くない。
だが、当たれば、電気ショックと同じで、確実に苦痛を与えることができる。
だが、そのタイミングが遅すぎた。
サキは素早い動きでアカリの攻撃をかわすと、肉弾戦を臨むかのように、アカリの間近まで近づき、マジック・ワンドを直接相手の胸に当てて魔法を放った。
「きゃあ!」
サキの攻撃に、アカリは悲鳴を上げて体を捩った。
「いったい、何が起きたの?」
ケイトは、サキの攻撃が肉眼で見えないので、何起きたのか、皆目見当が付かずにいた。
「どう? 電気ショックのような刺激はないけれど、ちょっとしたものでしょ?」
サキは蹲ったままのアカリを見下ろすようにして勝ち誇ったように言った。
やがて胸を攻撃されたはずのアカリは、耳の辺りを抑えながら、よろよろと立ち上がった。
「物凄い”音”がしたわ」
サキが得意とする魔法は、音を操る魔法だった。
ケイトの耳には届かなかったが、サキが掛けた魔法は、音の“波動”をアカリの身体に直接叩き込み、極間近で爆弾の破裂音を聞くような効果を与えていた。
まだ耳がキンキンしたままだったが、このまま怯んでいるわけにはいかない。
相手のスキを見て、アカリは再び、電撃魔法を放った。
「うっ!」
アカリの攻撃は、サキの脇腹の辺りに今度は確実にヒットし、逆にサキが体を捩って跪く番だった。
その時だ。
「二人とも、辞めてください!」
ケイトが叫ぶように懇願した直後だ。
(うっ??)
アカリとサキは、二人とも驚かずにはいられなかった。
二人同時に金縛りにあったように、身体が硬直状態に陥っていた。
何が起きたのか、二人だけでなく、実際に“技”を仕掛けたケイト本人もよくわからなかった。
ケイトは、まだ制服姿のまま、魔法少女に“変身”していなかった。
にも拘わらず、彼女の一声で、二人の魔法少女が動けなくなってしまったのだ。
「あれ?」
が、それはわずかな間の出来事だった。
時空そのものがロックされてしまったかのような状態だったが、氷がたちまち溶けたかのように、二人の身体もすぐに元のように動かすことができるようになった。
(この子、もしかして、私たち以上の魔力を持っている?)
アカリとサキは二人とも、ケイトに対して同じような感想を抱いていた。
*
『サキ、ケイトちゃん、聞こえる?』
『あ、エミさん』
ケイトが無意識にかけた魔法に、三人が茫然と佇んでいると、黒い魔法少女の二人だけにエミからの“呼び掛け”が聞こえた。
しかし、なぜ、サキは呼び捨てで、ケイトは“ちゃん”付けなんだろう、二人とも少し疑問に感じた。
「今度は、何なの?」
当然のことながら、アカリには、エミの呼び掛けは聞こえていない。
心の中で会話している相手の様子に、アカリがイラついた。
『二人は、“一緒”のところにいるのね?
ちょうどよかったわ。
緊急事態よ、すぐに来てちょうだい』
エミの言葉にサキの顔色が変わった。
それを見て、ケイトにもそれが只ならぬことだとわかった。
「何をぐずぐずしてるの、早く変身して」
サキに言われて、ケイトは慌ててマジック・ワンドを取り出すと、
「えい!」と唱えて胸の前で振った。
ケイトは自分でも驚いたことに、その一言で、無詠唱に近い形で、黒の魔法少女の姿に変わっていた。
サキは内心驚いていたが、今はそんな場合ではない。
エミが緊急事態というからには、かなりヤバイ事態に違いない。
「桐谷さん、ちょっと急ぎの用ができたので、また今度、決着を付けましょう」
サキはケイトの手を引っ張るようにして、校舎の屋上から飛び立った。
「あ、待ちなさい」
アカリは、先ほど受けたサキの攻撃が未だに耳の中に響いており、二人を追いかける気力が残っていなかった。
彼女たちが飛び去った方向を見定めると、アカリはアカリで、白い魔法使いのシズカに“念”を送った。
〈シズカさん、聞こえますか?
黒い魔法少女たちが、再び何やら始めるようです〉
〈わかりました、こちらでも情報はキャッチしています。
“現場”には、マリとコトネの二人を向かわせますので、あなたは少し体を休めてから、そちらに向かってください〉
シズカとの通信を終えると、アカリは変身を解き、溜息をついて、屋上の床の上に座った。
「それにしても、浅吹さんって、本当に黒の魔法少女なのかしら……」
しばし体を休めながら、シズカは自分が感じた疑問を思わず口にしていた。




