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43 死の直前、俺は目を閉じた

 ああ、そうか。

 私は負けたのか。

 あの女の悪魔に。


 ・・・負けたのか。


 キングリッチは粉々に砕け散り。

 私は地面に落下して・・・瀕死の重体。


 全力で戦った。

 だから悔いはない。

 死んでもいい。

 ただ、心残りがあるとすれば・・・ネロのこと。


 ネロはどう思っていたのだろう?

 私をどう思っていたのだろう?


 ネロは私に無条件でついてきてくれた。

 こんな陰惨な洞窟の中で、ずっと・・・ずっと・・・


 辛くなかっただろうか?

 苦しくなかっただろうか?


 ・・・いや。

 辛いに決まっている。

 苦しいに決まっているだろう。


 何が良くてこんな魔物の巣窟に住むというのか。

 好き好んで危険指定者になったわけじゃない。

 自ら進んで世界に復讐しようとしたわけでもない。


 全部、外の奴ら・・・健常者達から疎まれた結果じゃないか。

 ただ、私達は・・・普通に、笑顔で暮らしたかっただけだ。

 だからサーカス団に入ったのに。


 サーカス団のみんなは死んでしまった。

 団員達の夢は全て壊れてしまった。

 そして今、私が世界に復讐する願望も失われつつある。


 ああ・・・

 何故だろう?

 こんなにも悲しみに満ちた人生だったというのに。

 今は心穏やかだ。


 なに1つ夢など叶っていないのに。

 ただ、今はネロのことだけが心配だ。


 そうなんだ。

 ネロのことが大切なんだ。


 世界の復讐とか、本当はどうでも良かった。

 ネロと一緒にいる為の口実だった。

 家族として在り続けるための理由だったんだ・・・


 ネロ・・・

 ネロはどこなんだ・・・


 私はここにいる。

 でも、ネロはどこにいるんだ?


 目が、見えない。

 体も動かせない。


 ・・・眠い。

 それでも彼を求め続ける。


 顔が見たい。

 ただ、それだけでいい。


 安心したい。

 心の拠り所を・・・再確認したい。


 だって、家族だろう?

 家族なのだから。

 一緒にいたいって思うのが普通だろう。


 そんな、どこにでもあるような・・・普通の幸せを望むことの何が悪いというのか。

 彼も、同じことを思ってくれているだろうか?


 ああ、さびしい。


 さびしいよ。


 ねろぉ。


 私は、こんなにも1人だ。


 君がいてくれなければ。


 私は・・・


 ネロ・・・


 ねろ。


 「ネロぉ!!!!!」














 「・・・いるよ、ここに」






 ・・・彼はいた。

 すぐ、近くに。

 彼の吐息を感じる距離に。


 「ああ、そこにいたのか」

 「ずっと、膝枕してたじゃないか」


 そうか・・・


 「私は、そんなこともわからなかったのか」

 「膝枕か?」

 「いや、お前が・・・私を見捨てないでくれていることに」

 「そんなの当たり前じゃんか」

 「それは本当に当たり前のことなのか?」

 「それは・・・どういう意味?」

 「家族でも裏切られることはたくさんあるよ。それも割と、たくさん」

 「・・・うん」

 「危険指定者なら、なおさらだろう?」


 私達は、異常者だ。

 異常者が、家族を築いて良いものなのだろうか?


 他者から見ればさぞ、歪な関係だったろう。

 それでも私は別にいいんだ。

 悔いはないから。

 だけど・・・


 「お前は・・・どうなんだ?」


 色々な意味を込めて、そう言った。

 純粋な気持ちで。

 祝福ではない。

 憎悪でもない。

 ただの言葉だった。


 「・・・モアには感謝しかないよ」

 「・・・本当に?」

 「嘘なんか吐いてどうするんだよ」

 「私に同情して、そんなことを言っているのではないのか?」

 「家族に同情なんかしない。同情する暇があったら、そんなこと考える前に助けてる」

 「なんで・・・」

 「決まってるさ。ボクが同じように、こうしてモアに助けてもらったからだよ」


 ・・・思い出す。

 彼を助けた日のことを。


 確か、あれは・・・

 何の理由も、口実も作ることなく・・・

 ただ、助けたいと・・・

 ただ一心に、そんなことを思ったのだったっけか・・・


 「ボクも最初モアに助けられた時、モアと同じこと考えてたんだよ?」

 「・・・そうか」


 そんなことを、思っていたのか。

 想ってくれていたのか。


 納得した。

 満足した。

 充足した。

 安心した。


 それだけだった。

 それだけで十分だった。


 「・・・」

 「モア?」

 「・・・」

 「モア!!!」

 「・・・」

 「そっか」

 「・・・」

 「さようなら・・・モア」



 ---



 ルーナはキングリッチとの勝負に勝ったようだった。

 代償として、魔法が殆ど使えないほど体力を消耗しているようだったが。


 「・・・大丈夫か?」

 「大丈夫そうに見える?」

 「いや、見えない」

 「なら、大丈夫じゃないのよ」


 にしては、相変わらずの憎まれ口じゃないかよ。


 「で、どうするの?これ」


 コアと呼ばれるクリスタルに閉じ込められたハルカとサリアを指さすルーナ。

 彼女達は眠り続けている。

 呑気そうに見える。

 苦しそうにも見える。

 いずれにしても、俺は助けてしまうだろう。

 そこが俺の悲しいサガであり、生きる意味の1つだろうから。


 「俺が助けるよ」

 「それこそあなた、大丈夫なの?」

 「大丈夫そうに見えるか?」

 「・・・見えるわ」

 「はは・・・お前、本当にキツイ性格してるわ」

 「でしょう?」

 「最っ高だね」


 ありったけの力を込めて、黒い魔法を発動した。

 クリスタルの周囲を黒い渦が包んでいく。

 可視化された奇跡が、彼女達の目覚めの一助となることを目的として。


 世界は奇跡で満ちている。

 そういう当たり前のことを知覚し、自覚し、肉体に受け入れ、ただ自分の願いを込めて放てばいい。

 そんなプロセスの1つ1つに敬意を込めて。

 命を吹き込んで。

 過酷な星を生き残る為の、生存方法として。

 俺達はこう呼んだ。


 ・・・魔法、と。


 「あああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」


 星からコアに送信される命の量は莫大だ。

 コア本体を消すには、この周囲に漏れた命を押しのけながら消さなければいけない。

 本体を消せさえすれば・・・


 「届けぇぇぇ!!!!!!」


 ギシギシと空間が歪む。

 命と、命とは真逆のモノが対衝突を起こし、異常な空間が形成される。

 ガラスが割れるような、パリパリとしたひび割れの音が聞こえてくる。


 その空間に何かが無くなると、世界はそれを補填しようとする。

 周囲の全てはその空間の穴に吸い込まれ、再構成されていく。

 まるでブラックホールのようだ。


 ブラックホールの中は、超重力の塊である。

 この世の物理法則が一切通用しない無限大の重力と密度。

 無限に飽き足らず、全てを飲み込む不可視の特異点。


 俺の能力の本質はそれだ。

 命と呼ばれる、物理法則を無視したモノで何もない空間を作り出し、補填の速度をコントロールしている。

 だから命を使って無を無理矢理剣の形に維持することが出来るし、何もかもを吸い込むことはない。

 ・・・奇跡に捧げる命があれば、の話だが。


 「・・・ああ?」


 違和感を感じた。

 突然。

 唐突に。


 あれ?

 なんで?


 ・・・そもそも。

 コアとは命の塊ではないのか。

 俺の魔法は命を消せない。


 なら。

 なんで俺の魔法でコアを消せているんだ?


 「焔炎小心遠心ダダダダセムリム雅維持僭越醍醐・・・」


 声が拡散した。

 この声は前に聞いたことがある。

 これは死神の声。

 サリアの魔法・・・!!!


 「クロロ!!」


 ルーナの制止。

 俺を止めようと動き出す。


 「ガガロロロロロロ」


 死神がその手に大鎌を出現させた。

 自身がサリアの命で構成されているように。

 大鎌も命で作り出したのだろう。


 これは・・・あれだ。

 中二病的な言い方をするならば。

 命を刈り取る形をしていた。


 死神が鎌を振るう。

 俺の胸をめがけて。

 心臓の部分。

 人体の急所。


 死。

 そんな言葉が俺の頭の中で反芻した。


 全ての動きが遅く感じられる。

 スローモーションだ。

 これ、走馬灯?


 「・・・嘘だろ?」


 鎌が・・・刺さるっ!!


 「いっ!?」


 集中力が切れて、黒い魔法が解除される。

 空間の歪みが修正され、魔法によって失われた世界の穴が補てんされていく。

 周囲の空間を引きずりこみ、穴を埋めていくのだ。

 穴に世界全体が引きずられる。


 世界が、ズレた。

 ズレた分、鎌の位置と俺の位置に差異が発生する。

 鎌が俺の横の地面に突き刺さった。

 ・・・助かった。


 俺は瞬時に黒い剣を生成する。

 この死神は危険だ。

 なにせ炎の処刑人、ヴァネールを退けた奴なのだから。


 死神の出現。

 これはきっと、サリアの魔法の暴走によるものだろう。

 コイツは周りの者を見境なく襲う可能性が高い。

 というか今、俺が襲われてる。


 俺は死神に向けて剣を投げた。

 それを難なく命の鎌で弾き返す死神。


 消滅と誕生の効果が相殺されたことによる、黒い魔法の無効化。

 俺の魔法は状況によっては、物質を消しきれないことがある。

 命の密度の濃さに、消滅の速度が追いつかない場合だ。


 俺の魔法は、命とは性質が真逆のものだ。

 命の密度があまりに濃いと・・・消しきれない。

 だから俺の黒い剣も弾かれる。


 ああ、相性が悪いな。

 そう思った。


 思った瞬間、背後からうめき声が聞こえてきた。

 アンデッドだ。

 モアだった。


 「モアは殺したはず?」


 ルーナの歪な疑問形。

 困惑が凝縮された声だった。


 「ヴぁ・・・」


 まだ新鮮な肉体。

 でも死んでいる。

 故に、生々しい。

 黄泉に染まりきらない、醜い生の臭いをほのかに感じた。


 「モアぁ・・・一緒に行こう。どこまでも行けるよ・・・」


 アンデッドの後方でネロが狂言を吐いていた。

 明らかに狂っている。

 仲間が死んで、気が狂ったのか・・・


 しかも、殺したはずのキングリッチでさえ再生が完了していた。

 ネロを肩に乗せて、こちらに歩いてきている。

 2度も死んだ者を、更に生き返らせるなんて・・・

 いくら危険指定者とは言え、常軌を逸している。


 「やばい・・・やばいぞこれ」


 死神とアンデッドに挟まれた形だ。

 俺の体力はもう限界に近い。

 まともに戦える状態ではない。


 ダンジョンの出口に逃げるならば、アンデッドとキングリッチを。

 ハルカとサリアを助けたければ、死神をどうにかしなくてはいけない。


 ゲームオーバー。

 そんな言葉が脳裏をかすめる。


 ああ、やばい。

 ダンジョンの出口から大量の魔物がなだれ込んできている。

 数は数百を超えている。


 ネロはきっとこう思っているのだろう。

 ここで死んでもいいから、絶対にみんなを道ずれにしてやると。

 

 ・・・分かる。

 共感出来る。

 出来ないはずがない。


 だって、家族だもの。

 心の支えを失ったのだもの。


 そりゃあ崩れるよな。

 自分の心。


 俺だってそうだ。

 ルーナやハルカ、サリアが死んだらどうなるか分からない。

 狂ってしまうかもしれない。

 死んでしまうかもしれない。


 だからモアが死んだ原因を作った俺が死ぬのは一向に構わない。

 けど、何とか他の3人を助ける方法はないものか。

 多分、それだけが後悔だ。


 死神が迫る。

 背後の魔群がキングリッチを中心にして襲いかかってくる。


 俺は目を閉じた。

 祈ること以外、出来ることが何もないからだ。


 ルーナはまだ抵抗する気のようで、両手に氷を作りだしている。

 もしかしたら、彼女だけは生き残れるかもしれない。

 ・・・俺達の生死を度外視すれば。


 俺達を守りながら、この魔群をどうにか出来るとは思えない。

 どうしたって死傷者は出てしまうだろう。

 まず確実に、俺は助からない。


 「・・・なあ、ルーナ」

 「なによ」

 「俺はいいから・・・ハルカとサリアは守れよ」

 「うるさいわね。全員守ってあげるから大人しく座ってなさい?」


 虚勢だとすぐに分かった。

 でも、もうどうしようもない。

 なるようになるしかない。


 出来ることは全部やった。

 やりきった。


 だから。

 俺は。

 大人しく魔物達に八つ裂きにされるのを。


 ・・・ただ、待つのさ。


















 ・・・その時は来なかった。

 いつまでたっても痛みがない。

 まだ、死んではいない。


 まぶたの裏から強い光を感じた。

 どうしてだろうか?

 疑問に思って、目を開けてみた。


 ダンジョンの天井が崩落していた。

 轟音が鳴り響いている。

 天井から差し込む日の光。

 それに混じって、紅蓮の炎が舞い踊っている。


 見たことがある、その業火。

 薪を燃やし、灰すら残さぬ超現象。


 宇宙における最高温度には限界がないという。

 だから、火というものはこれほどまでに絶対的な現象になりうるのかと。

 疑問視する瞬間すら訪れず、俺は悟った。

 これが・・・これこそが、現象の原初にして頂点の1つなのだと。


 「死神ぃ・・・!!今度こそ我が殺しに来たぞ!!!!」


 炎の処刑人、ヴァネールが地上からダンジョンに風穴を開けながら、そう叫んだ。

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