32 4人はベメントに到着した
俺達はモントロール(旧称青森)から、ベメント(旧称弘前)までの道を進むことになった。
前世界で国道7号線と呼ばれていたルートを歩くのだ。
国道7号線は内陸に存在する道路で、今は路面が魔物に荒らされてボロボロになってるって話だ。
もっぱら今の時代は物資の輸送に魔法での空輸が使われてるから、陸路で運ぼうなんて奴は殆どいない。
街から街へ移動する時も同様だ。
何故かって?
そりゃあ魔物がいるからだろう。
俺みたいに攻撃系の魔法を持ってる奴は少ない。
サポート系の魔法が殆どだ。
だから、魔物に襲われたら攻撃も出来ずに食われてしまう恐れがある。
危険なのだ。
ま、そういう理由で、街を移動するならみんな空路って時代だ。
俺達みたいに、歩いて旅しようって奴は・・・滅多にいない。
そんな道を俺達は歩く。
ここなら処刑人にも見つかる危険性は少ない。
その代わり、魔物がすごい多いけど。
道中に出現する魔物の担当は・・・俺だ。
やはり、俺だ。
こういうのは男がするものなんだってハルカとルーナが言い出して。
そんで俺が命削って3人娘を守ってる。
いや、女の子を守るのは別にいいんだ。
それは納得してる。
けどな、1つだけ我慢出来ないことがあるんだ。
それは・・・
「なんで俺が必死こいて戦ってるのに、お前ら3人は後ろで楽しそうにトランプしてるわけ!?」
しかも、わいわい楽しく。
女子会かっての!!
そんな怒った俺を見て、サリアが涙目に・・・
「・・・ご、ごめんなさい、お兄ちゃん・・・ごめっんっなさぃぃ・・・」
「うおおお!?違うんだよサリア!俺はハルカとルーナに対して怒ったんだよ」
俺、必死に弁明。
そんな様子を見て、ゲラゲラ笑うゲスなハルカ。
「あ~あ。クロロ、ついにサリア泣かせちゃいましたね。これじゃあ死んだノートムに顔向け出来ないですね?」
「おいぃぃ!!そこで死んだ奴の名前だすのは卑怯じゃね!?」
「でも、事実でしょう?もしノートムがいたら、今の状況に対して何を言うんでしょうね?」
「容赦なく人のトラウマ突いてくるハルカに俺、啼泣しそうやわ」
横で話を聞いていたクールビューティー姉さんであるところのルーナが、このタイミングで顔を少しかしげて・・・
「ふぅん・・・そんなトラウマがあるんだ、クロロって」
「そうなんですよ。クロロは前にですねぇ・・・」
「言うな言うな!!本人の目の前でトラウマを軽々しく漏らすなよ!」
「びぇぇぇん!!!お兄ちゃんがサリアのこと無視するぅぅ!!」
「ぬおお!?ご、ごめんサリア!!お前のこと決して無視してたわけじゃなくてな?」
「あ~あ。クロロ、またサリア泣かせちゃいましたね。これじゃあ死んだノートムに顔向け出来ないですね?」
「会話がエンドレスループ!?なにこの地獄!!!」
「・・・騒がしいわね、この人達」
サリアはわんわん泣きながら。
俺はそんなサリアを慰めようとあたふたして。
ハルカは俺に横からちょっかいを出して。
ルーナはくだらなそうに、でも笑いながら先を行き。
そんな感じで、旅を楽しんでいた。
なんだかんだで、な。
---
数日後、俺達はボロボロに荒れた道路を歩き続け・・・
「着いたな、ベメント地区」
そう。
目の前には、町があった。
ただし、ど田舎の町だけど。
以前はここにビルとかがあったらしいんだけど、今は昔ながらの民家しか存在していない。
てかその民家ですら廃屋が大半をしめている。
人っ子一人いやしない。
簡単に言えば、ベメント地区はゴーストタウンだった。
「・・・なんでここ、こんなに人がいないんですか?」
ハルカの質問。
まあ、ハルカはシーリエの街から出たことがなさそうだから、こういう世界の事情にも疎いのかもな。
彼女の質問に答えたのは、物知りそうなルーナだった。
「街の方が暮らしやすいからよ。人口が密集していないと、簡単に魔物に襲われるから」
「・・・じゃあ、ここには誰もいないんですか?」
「そうとも言えないわ。昔、こういう場所に危険指定者が隠れ住んでたことがあったから」
ま、私が殺しちゃったけどね、と彼女が最後に呟く。
その表情は、やはりどこか悲しげだ。
「まあ、こういう場所に住むのは危険な魔物にも対処出来るような奴しかいないから、なんにしたって注意が必要なのよ」
「そういうわけで、俺が先頭を歩くってことだな」
一応ルルカス地区のギルドから得た情報では、町の住人は全員別の地区に移住しているらしい。
表向きは、誰もいないことになっている。
俺は機械しながら前進していく。
ある程度緊張感を持ちつつ、一行は町に入った。
この町には昔、大きなお城があったらしいが、そこはとっくのとうに焼けて消失していた。
・・・魔物のせいだ。
町一帯がゴーストタウン化してしまうほど、魔物の侵攻ってのは激しい。
けど、それでも命の膜が旧日本全体を覆っているからまだマシなのだ。
もし命の膜がなくて、滅んだ外界から魔物の大群が襲ってきたとしたら・・・
いずれ、その時は来るだろう。
命の膜の維持は魔法だ。
だから、命を使う。
命は有限だ。
有限だからこそ、俺達は旅立たなくちゃいけない。
この星から。
命はいずれ、巣立ちしなくてはいけないのだから。
「・・・誰もいないみたいだな」
「と、思わせておいてからの~?」
「ハルカ、お前のノリには付き合わないからな?」
「と、言いつつの~?」
「しつこいわ!一体お前は俺に何を言わせたいんだ!?」
そんな俺のツッコミを聞いて、軽く睨むルーナ。
静かにしろって目だった。
しかも、俺だけ睨めつけてるし。
なんか納得いかないんですけど・・・
ハルカはなんか勝ち誇ったかのような顔をしていた。
サリアは俺に向かってしーって静かにするようにかわいく注意していた。
俺、3人娘の尻に敷かれてるんじゃね?
・・・しぶしぶと歩き出す俺。
町の中は、錆の臭いが所々で滞留していた。
錆は鉄が酸化したものだ。
が、この町は木造建築の半壊している平屋が大半を占めている。
建築物の材料が錆びた臭いではないのだ。
では、何でこんな臭いが町中に漂っているのか?
俺の目の前には、赤い水たまりがあった。
まるで、汚れた赤色のペンキをぶちまけたみたいに。
・・・血だった。
血は凝固することもなく、錆の臭いを発生させる要因となっていた。
時を経ても固まらない血。
俺はそれを見て、ピンときた。
これは、魔物の血だ。
魔物の血は固まらない。
何故なら、魔物の血中には凝固因子が存在しないから。
血ってのは、傷を塞ぐことで失血による死を遠ざける役目がある。
そうすることで生存確率を大幅に底上げするのだ。
が、魔物はそんな機能を必要としない。
何故か?
魔物は使い捨ての存在だからだ。
血が流れたら、そのまま失血して死んでもいいのだ。
だって、いくらでも後釜を作りだせるのだから。
では、誰が魔物を作り出しているのか?
人間や天使、悪魔ではない存在。
・・・星だった。
魔物は、星が産み出している。
そして魔物はこの星を蝕んでいる。
星の自傷行為。
果ては・・・自殺。
星は、人間と天使と悪魔の旅立ちを望んでいる。
命の旅立ちを、心待ちにしている。
巣立ちの時を促している。
母親のように。
成人した子供を解き放つように。
巣で育ち切った鳥が、初めて飛ぶことを覚えるように。
地球は自らを殺すことで、俺達を・・・命を拡散させようとしている。
宇宙という、広大な暗黒世界へ。
新しい可能性を模索する旅へ出発するために。
だから、魔物は作り出される。
自然を壊し、他の命を殺し、例え自身が死ぬことになっても。
新しく星に作られ、俺達が星から出発するために、過酷な淘汰を繰り返す。
・・・生物淘汰だ。
つまり魔物は、厳密に言えば俺達の味方って話。
だって、星の意思に従って俺達を殺そうとしているのだから。
自然が滅び、星を捨てる時は目前まで迫っている。
・・・俺達は急がなければならない。
開拓を。
悠久なる旅を。
世界を超えて。
それを望む星から遣わされた魔物の血。
どこかできっと殺されたのだろう。
じゅくじゅくと赤黒い血が大地に染みんでいくのが分かる。
・・・汚染されているのが分かる。
魔物の血液は汚染物質のオンパレードだ。
この血は木を腐らせ、大地のエネルギーを枯渇させる作用を持つ。
俺達の周囲にある、木造建築の家が半壊している理由。
知的生命体が街中に魔物を侵入させたくない理由でもある。
「・・・魔物がここで殺されてる理由は?」
「ここに誰かがいたから、でしょうね」
淡々と答えるルーナ。
今の彼女からは、心のぬくもりというものを感じることが出来ない。
・・・非常に非情に見える。
ああ、血の赤と冷気の青は印象が悪すぎるんだな。
そんな心の機微にまだ疎いサリアは、楽観的にシリアスな俺へ話しかける。
「誰がいたの?」
「・・・いい奴か、悪い奴」
「いいやつって?」
「俺達みたいな社会のアウトサイダー、かな」
「じゃあ、わるいやつって?」
「社会を守る正義ヒーローってとこかな」
「あら、子供に皮肉を言うものじゃないわよ?」
ルーナがクスクスと妖艶に笑う。
それもまた、アウトサイダーにしか出来ない笑い方だ。
「・・・サリア達、この町から出るの?」
「いや、もう夕方だからな。ここで泊まろう」
「魔物さんはどうするの?」
・・・やけに質問が多いな、サリアは。
見ると、彼女の表情が少しだけヒクヒクと動いていた。
心の不安を隠すような、そんなような。
・・・ああ、今気付いた。
サリアが楽観的なわけないだろ。
この子、怖いんだ。
だから聞くんだ。
何度も、何度も。
怖いよな、そりゃあ。
だってまだ子供だもの。
ノートムの死を飲み下した、賢い子だもの。
・・・ごめんな、サリア。
「俺がサリア達を守るよ」
「じゃあ、お兄ちゃんは?辛くないの?」
「・・・」
答えられなかった。
サリアは俺の心配もしていた。
そういう点でも、きっと怖いのだ。
だから、答えられなかった。
答えられるはずがない。
多分俺の寿命は本来の量の半分を切っていることを。
分かる。
今まで使ってきた、強大な魔法の代償。
多からず、少なからず。
正確に、冷酷に俺の命は支払われていた。
等価交換。
まあ、俺自身は納得してるさ。
けど、サリアがそのことをどう思うのかは別だ。
恐らくだけど、サリアは分かってる。
だから俺は答えられない。
「・・・野宿の準備をしましょ?」
淀んだ空気を払うように、明るいハルカの声が周囲に弾んだ。




