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30 みんなはルーナの家で朝食をとった

 俺達を追っている者達・・・処刑人。


 処刑人達の仕事は、俺ら危険指定者の捕獲や殺害、全滅指定者の殺害だ。

 で、彼らはみんな、例外なく驚異的な威力や効果を誇る魔法を所持している。

 それこそ、時間をかければ街1つを破壊出来るくらいには。

 じゃあ何でそんなに強いのかと言えば、彼らは元々危険指定者だったからだ。


 そう。

 俺達みたいに危険な魔法を持っている、社会的に隔離されていた者達。

 普通、危険指定者ってのは余程のことがない限り、軟禁生活や独房入りを強制される身だ。

 けど、本人の人格や魔法の脅威度を審査されて外での使役に問題がないと認定されたら、外に出られる。

 ・・・処刑人として。


 審査の最も重要な基準は、いざ暴れた際、被害が出る前に迅速に始末出来るかどうか、らしい。

 始末ってのは、殺すことと同じだと思っていい。

 もし処刑人としての仕事から逸れて、無益な破壊活動をした場合、他の処刑人達から一斉に殺しにかかられるらしい。

 これじゃあ処刑人達は、お互いをお互いに監視しあっているようなものだ。

 だから逆らえない。

 逆らったら殺されてしまうからな。


 誰にも迷惑をかけた覚えがないのに、こうやって傷付けられて。

 だから必死に身を守って。

 そして結局、殺されてしまう。

 身を守った罪のない猛獣が、人間に撃ち殺されてしまうことのように。


 作物を荒らしたとか、人を殺したとか、そんな感じであっけなく殺されてしまう。

 でも、1番最初にいらないちょっかいを出すのはいつも人間だ。

 人間こそ、邪悪の化身。

 けど、そんな在り方さえも今の世の中では肯定してしまえる。

 

 酷いよな。

 俺達みたいな障害者・・・化け物に対して、他者はこうも厳しい。


 世界は悪意に満ちている。

 だから、必死に守らなくちゃな。

 生かさなきゃな。

 ・・・家族を。


 そんな家族の前に現れた、ルーナという雪女みたいな悪魔。

 彼女が言うには、自分は元処刑人の危険指定者なのだという。


 「・・・元処刑人?」


 俺がそう言うと、ルーナが神妙な顔をして頷いた。

 元処刑人ってことは、もう処刑人じゃないってことだ。

 でも、処刑人は全員死ぬまで処刑人だ。

 例外はない。

 つまり、少なくとも彼女は普通じゃないってことぐらいは分かる。


 「処刑人は危険指定者から選抜、教育された者の集団ってことは知ってるでしょ?」

 「まあ、そのくらいは」

 「私、処刑人を勝手にやめて、今追われてるのよ」

 「・・・本当か?」

 「だからリスクを負ってまでして貴方達を助けてるんじゃない。同じ身の上なんだから」

 「・・・すまん」

 「別にいいわよ」


 俺の謝罪にも、彼女は即答。

 恐らく、俺がこんな反応をすることにも予想出来ていたんだろうな。

 何を言っても、テキパキと答えられそうで調子が狂うな。

 他者との会話ってまず、試行錯誤から始まるものだから。


 「にしてもお前、どうして処刑人をやめたんだよ?」

 「知りたい?」

 「そりゃあ知りたいさ」

 「・・・全然悪いことをしていない誰かを、殺すことにうんざりしたのよ」


 それは、重い言葉だった。


 「大体100人かしらね、私が殺した数は。誰もが無抵抗な状態で泣いていたわ。捕獲じゃなくて、殺すことが私の場合殆どだったから」

 「だから、やめたのか」

 「そうよ。いくら社会のためって自分の殺人を正当化してみても、罪の意識は拭い切れなかったからね」

 「・・・当たり前だ。社会のためにってのは、社会を作った者のためにってことなんだから」

 「その通り」


 特に否定するわけでもなく、俺を真正面から見据えて言う彼女。

 そんな程度のことは、既に何回も考えたって感じだった。

 所詮、他者は他者。

 自分は自分だ。

 他者が作ったルールの中で苦しむことが出来るのは、自分があればこそ。

 結局自分の意思に従った方が、自分のためになる。


 「貴方も、誰かを殺した目をしてるわね」

 「分かるのか?」

 「死の瞬間を見た奴ってね、他の人とは明らかに雰囲気が違ってくるものだから。話してても貴方が異常だってのはよく分かるわ」

 「・・・理解者、ねぇ」


 殺しに共感を覚える奴は、普通いない。

 だって同じ思いを抱くためには、誰かを殺さなくちゃいけないからだ。

 既に死んだ遺体じゃなく、既に死んだ動物の死体じゃなく、死の瞬間を見ること。

 それが俺達の死生観を変える。

 圧倒的に。

 ペンキをぶちまけたみたいに。

 そんなことを経験した奴に巡り合える確率はそう多くはなく、故に俺は少し驚いた。


 「お前・・・」


 俺が言いかけると、ギィと音を立てて、扉が開いた。

 サリアだった。


 「お、サリア」

 「お兄ちゃん!!」


 そう叫びながらガバッと俺に抱き着いてきた。

 この子、だんだん密着することに抵抗なくなってきたな。


 「目さめたんだ!」

 「ああ、そこの・・・ルーナのお陰で」

 「よかった・・・本当によかった」 


 顔をウリウリと俺の腹に埋めてくる。

 ・・・心配させてしまったみたいだな。


 「・・・私、お邪魔みたいだから、話はまた明日にしましょ」


 ルーナがさっさとドア歩いていく。

 こういう雰囲気が苦手なのだろうか?


 「なあ」

 「ん?」

 「・・・ありがとうな」

 「・・・どういたしまして」


 俺の方を見ることもなく、彼女は廊下へと出て行った。



 ---



 翌朝。

 俺はベットから起きて、リビングで朝食を取っていた。

 人が20人集まってパーティーをしても、窮屈しそうにない広さ。

 隅に暖炉、壁に数点の絵画、中央にダイニングテーブル。

 そんな広々とした室内に、俺とハルカとサリアとルーナのたった4人、ちょこんとイスに座ってテーブルを前にしていた。


 「・・・どうぞ?」


 テーブルに置かれた朝食を見ていると、ルーナが俺達にそう言った。

 ちなみに、テーブルに置かれているのはパンとコーンスープとサラダだった。

 シンプルではあるが、ベストなチョイスだ。


 「いいのか?」

 「何が?」

 「食べても」

 「なに遠慮してるのよ」

 「いや、だって・・・」

 「だってだってなんだもん」

 「キューティーなハニーかよ!?」


 こいつ、いきなり何言いだすんだよ。

 クールキャラじゃなかったのか?

 俺が困惑していると、ハルカがルーナを嬉しそうに見ていた。


 「ルーナのその流麗なボケっぷり、やりますね!」

 「クールキャラだとクロロ?さんが勝手に思い込んでいたみたいだから、少しばかし脅かしてやろうと思って」

 「キャラ崩壊しそうでしない微妙なバランスが、またグットです」

 「・・・分かってるわね」

 「ルーナも」


 ガシッと腕を組み交わす両者。

 あれ?

 ハルカとルーナは相性悪いと思っていたんだが、そうでもないのか?

 と言うかお前にまでボケ役に回られると、ツッコミ役の俺の処理が追い付かないんすけど。


 「お姉ちゃん達、クロロお兄ちゃんが寝てる間に仲良くなってたんだよ?」

 「サリアもか?」

 「うん。たまにね、ルーナお姉ちゃん面白いから、笑っちゃうの」

 「女子女子してんなぁ」


 俺のツイートが気に入らなかったのか、櫂を使って船を漕ぐが如く俺の前へズイッと乗り出すハルカ。


 「普通の女子トークを分かってませんねぇ、クロロは」

 「ん?今のがそうじゃないのか?」

 「のんのん。こんなの男女共用の無難なトークじゃないですか」

 「なら女子トークってなんだよ」

 「通常ならば、男性の目の前で公開するようなことではないのですが・・・まあ良いでしょう」


 ハルカはルーナとアイコンタクトをして、以心伝心でもしてなきゃここまで息を合わせられないだろうと言える程の、軽快な話術を披露した。


 「あらルーナ奥さん」

 「まあ、ハルカ奥さん。調子はどう?」

 「うーん、お通夜が長引いちゃって、寝不足で疲れたわ」

 「あらま、そういえばハルカさんのお父様が亡くなったんでしたっけ?」

 「そうなのよ。親戚連中がお酒を飲んでわいわいやってたものだから・・・こっちもいい迷惑よ」

 「大変だったわねぇ。でも、お父様が亡くなられて・・・お気の毒に」

 「全然よぉ。あんな父親、死んでも別に悲しくもないもの。借金ばっかりしちゃって」

 「噂には聞いてたけど、パチンコ、やってたの?」

 「そうそう、4円パチで大当たりの15連チャンで大勝してた時はいいんだけど、やっぱり勝てないことの方が多くて、遂には100万円の借金まで抱えちゃって」

 「その負債はどうしたの?」

 「遺産相続の時に、全部返済したわ。ああもう、死んで後にまで私に迷惑をかけないでほしかったわ」

 「私も不安になってくる話だわ」

 「あら、ルーナ奥さんも?」

 「最近うちのクロロおじいちゃんも、スロットにはまりはじめちゃって」

 「あらイヤだわ。最初に大勝ちしたら、後から引っ込みがつかなくなるわよ」

 「ええ、ホントよぉ。しかも最近認知症気味なのよね。同じことを2回聞いてくるし。イライラするわ」

 「老人ホームにでも入れておけばいいんじゃない?」

 「けど、認知症が原因でホームに入れられるのをイヤがってるのよ。ほら、あの歳の人って、無駄にプライド高いところあるじゃない?」

 「それじゃあ、申し込みも出来ないの?」

 「そうなの。だからいちいちクロロおじいちゃんの世話をしなくちゃいけないから、大変で・・・」

 「シモの方の世話までしなくちゃいけないレベルなら、無理矢理申し込んだ方がいいわよ。寿命まで世話してたら、こっちの気力が持たないわよ」

 「そうよねぇ。そうしようかしら」

 「そうよそうよ」

 「オホホホホホホ」

 「オホホホホホホ」


 そこで一回コホンとハルカが間を置いて、俺を見た。


 「これがパーフェクトな女子トークというものです。これで満足ですね」

 「いやいやいやいやいや!!!!」


 俺は全力で首を横に振り、手も横に振る。


 「なにナチュラルに完璧な女子トークしてやりましたよ、はい終わり!みたいな雰囲気出してるんだよ。こんなんで俺がスルーしてくれるとでも思ったか!!」

 「ええ。それじゃあ、早速朝食を食べ・・・」

 「させませんよ!?このまま目の前の読者を置いてきぼりにするつもりか!!」

 「私は読者を追い抜く風になりたいのさ!夜露死苦ぅ!」

 「何暴走族っぽいこと言ってんの!?」

 「よし。それじゃあ、早速朝食を食べ・・・」

 「させるかぁぁぁぁ!!!!」


 俺はあらん限りの声量でハルカを制する。


 「ええー・・・さっきの女子トークのどこが気に入らないと?」

 「まず言わせてもらうが、あれは女子トークじゃない。奥さんの井戸端会議だ!しかも内容がリアルに生々しいやつ!!」

 「どこが生々しいんですか?ただパチンコの借金返済とか、ボケ老人予備者を老人ホームにぶち込んじゃえってぴゅあぴゅあな話をしてただけじゃないですか」

 「どこがピュアだよ!!むしろインピュアだよ!ドロドロだよ!!」

 「コレステロールが高いんですよ。もう少し善玉を取らないと」

 「血液がドロドロなんて話は誰もしていない!!そうじゃなくて内容がドロドロなんだよ!!しかも何気に俺がボケ老人だったじゃねえか!!」

 「だって事実でしょう?」

 「違うよ!?全くの嘘じゃん!!俺、今若いじゃん!!」

 「はいはい、妄想発言はここまでにちまちょうね?クロロおじいちゃん。あらイヤだ、またお漏らししちゃってぇ(笑)」

 「・・・俺、くじけそうなんだけど」


 俺はルーナとサリアの方を振り返る。

 彼女達は仲良く朝食を食べていた。

 無視っすか。

 シカトっすか。

 放置プレイっすか。

 いつの間にか、ハルカも朝食を食べてるし。


 「クロロ、ドンマイ」

 「元凶たるお前に言われたくないわ!」

 「どうどう。暴れないでください」

 「俺は馬かよ!」


 言いながら、俺も食事に参加する。

 体感的にはそんなんでもないが、なにぶん数日寝てたからな。

 腹がペコペコだった。


 ガツガツパンを食っていく。

 コーンスープにパンを浸すと美味いな。

 うん、味も丁度いい感じ。


 「・・・クロロさん?」


 ルーナが行儀よく食事しながら、俺に話しかけてくる。

 普通、食事の最中に話が絡むと行儀は悪くなるものだが、彼女に至ってはそれがない。

 優美な作法を貫いている。

 ・・・高貴な生まれなんだろうか?


 「クロロって呼び捨てでいいよ」

 「では、クロロ」


 改まって、彼女が続ける。


 「食べながら、今後の話でもするわよ」

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