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21 3人は船旅を大いに満喫した

 俺達がアドムの漁港から出発して、3日が経過した。

 航海の旅は今のところ順調で、前のような巨大な魔物が出現するようなルートは通らないため、船が半壊するようなクレイジーな事態にはなっていない。

 いや、もうあんな思いは御免だし。

 

 ゴーマのおっちゃんが言うには、俺達が船の上で決めた次の目的地・・・モントロール地区(旧称青森)の中継地点である、ルルカス地区(旧称函館)の漁港にたどり着くまで、後2日かかるらしい。

 それまではぶっちゃけ、俺達は何もやることがない。

 何せ今回は臨時のバイトとしてじゃなく、お客として船に乗せてもらってるからな。


 ただし、ここは客船ではなくただの漁船だから、娯楽は一切ない。

 みんな仕事、仕事、仕事だ。


 いずれこの星から出る種のために、もっともっと俺達には資源が必要だ。

 だから海では魚を乱獲するし、船の燃料も遠慮せずに使う。

 大昔は地球の環境保護という名目で魚の乱獲が禁止されてたけど、もう俺達はこの星の心配をしている場合じゃなくなった。

 この星は、戦争で汚れすぎてしまったから。

 でも、人が生きるためにはやっぱり食料が必要だし、火を燃やしたり木を切らなくてはいけない。

 文明の発展は、この星の自然とは共存出来ないのだ。


 この星は俺達の・・・命の母だ。

 だけど、母親に守られる時期はもう終わった。

 いずれ、命は巣立ちしなくてはいけない。

 星に依存してはいけないのだ。

 だから俺達は、母親をボロボロにするという暴挙も厭わず、先に進むのだ。

 そんなことを考えつつ、俺は船員が慌ただしく働く甲板で海を眺めていたら・・・


 「クロロさん、そこで何やってるんスか?」


 後ろから、大きな木箱を持ったパダシリが声をかけてきたのだった。


 「よお、ダリ~。仕事頑張ってんな」

 「パとシを抜いたせいで、僕の名前が倦怠感溢れる名前になってるっスよ!?」

 「いや、お前ダルそうに荷物運びしてたからさぁ」

 「ダルそうに仕事なんかしてたら、船長にもっとしごかれちゃうっスよ」

 「ああ、仕事に対しては厳しいもんな、あのおっちゃんは」

 「・・・よくゴーマ船長のこと、おっちゃんだなんて言えますね」

 「ん?普通じゃないか?」

 「超の付く大企業の取締役っスよ、船長は」


 ふぅん。

 そうだったのか。


 「確か・・・エマ・フォカロル水産会社だったっけか」

 「そうっス。世界を股にかける一流の企業っスよ」

 「でも、興味ないな。俺からしてみれば、おっちゃんは俺の友達としか見れないよ」

 「いやぁ、クロロさん大物っスね」

 「お前の男のシンボルは小物だよな」

 「・・・クロロさんはエレファント級の男前だったっスね」


 前にこいつの全裸を船の更衣室で見たことがある。

 その時、妙にコソコソ下着を脱ぐもんだから、無理矢理引っぺがしたのだ。

 そうしたらこいつのジョニーは、皮に包まれた小さなジョニーだったのだ。


 「お前はポークビッツ級の男前だったな」

 「ポークビッツってなんスか!?僕のシンボルは食べ物っスか!?」

 「いや、間違った。正しくは訳アリのポークビッツだな。正規品としては販売出来ないから、女の人にも食べてもらえないような」

 「僕の一生のパートナーを加工不良品扱いっスか!?そんな風に言うなんて、酷すぎる!!」

 「いやいや、その分安く消費者にお前のポークビッツを販売出来る。いつかはお買い得だとか言って、どこかの誰かが買ってくれるさ」

 「大概そういう商品に食いつくのは、主婦のおばちゃんっスよ!?」

 「その人達に買ってもらわなきゃ、お前は売れ残りのフードとして、豚の餌になっちまうんだぞ?」

 「そんなの嫌だあああああ!!!!!」


 パダシリは泣きながら、木箱を抱えてどこかへ走り去っていった。

 ああ、面白いなぁ。


 「・・・おいおい、あんまりおっちゃんの船員をいじめるなよ?」


 パダシリが逃げて行った方向から、ゴーマのおっちゃんが現れた。

 やれやれ、といった顔で。


 「いや、あまりにもアイツのジョニーが(いえ)に引きこもってるから、哀れで」

 「ああ、なるほど。ジョニーの引きこもりはおっちゃんも困っててなぁ。オンラインゲームばっかりやってるから、パダシリも困っていやがる」

 「課金してばっかの廃人プレイヤーなんだろ?」

 「そうなんだ。不眠貫徹5日間プレイなんか楽勝だろう。だからロクに仕事もしやがらねぇ」

 「むう、パダシリも悪いんだよな。ジョニーに仕事の斡旋をしないから・・・」

 「職業訓練はちゃんとやってるんだぜ?しかも毎晩。ジョニーはホワイトカノンを最低1発はスプラッシュスマッシュしているのさ」

 「・・・それもこれも、パダシリが彼女を作らないからなんだろ?」

 「おっちゃんもそこで悩んでるんだよ」


 むぅむぅ2人で悩む、男2人。

 後ろでは何やってんだあの2人?みたいな怪訝な顔で、船員達が俺達を横目で見ながら仕事をしていた。

 ま、何もしないなら部屋にこもってろって話だよな。


 「おっちゃんがパダシリに彼女紹介してやればいいじゃん」

 「いや、おっちゃんだって女を紹介したことはあったぜ?だがな、その度にパダシリは必ず振られたんだ」

 「まさか・・・」

 「そう、パダシリのスモールボーイのせいでな」

 「・・・そうかぁ」


 なら、どうしようもないな。


 「なあ、あんちゃん」

 「何だよ?」

 「パダシリの彼女に、ハルカお嬢ちゃんを紹介してやってくれないか?」

 「・・・はい?」

 「別にあんちゃんの彼女ってわけでもないんだろ?」

 「・・・」


 その言葉を聞いて、何か・・・もやっとした感じになった。

 上手く言葉に出来ないけど、何だか嫌な感じ。

 でも、ハルカが俺の彼女じゃないのは事実だ。


 「・・・いいよ」


 そこには見栄っぽいのが混ざっていたような気がする。

 サリアのことは別にただの仲間の関係だし、みたいな感じで。

 なんか、素直じゃないなと俺は自分で思ってしまった。

 だからって、嫌だなんておっちゃんに言うことはないが・・・



 ---



 ってことで、ハルカのいる部屋までやってきた。

 俺とパダシリの2人で。

 おっちゃんと話したことをそのまんまパダシリに話し、そのまんまここまで連れてきた。

 おっちゃんはというと、俺にパダシリを押し付けて、どこかへと行ってしまった。

 サリアは別の部屋でお昼寝中だ。

 まあ、都合はいいな。


 俺はハルカの部屋のドアをノックする。

 コンコンとした音の後、「誰ですか?」と声が聞こえた。


 「俺だよ俺」

 「・・・オレオレ詐欺ですか?」

 「お前を詐欺してどうするってんだよ!?俺だよ、クロロだよ!」

 「ああ、そうでしたか」


 直後、ドアが開かれる。

 開けたのはもちろんハルカで、部屋には誰もいないっぽい。

 ますます好都合だな、これ。

 ・・・なんかムカついてきたぞ。


 「ん、クロロと・・・パダワン?」

 「僕の名前はパダシリっスよ!?その名前だと、銀河共和国の騎士でライトなセーバーを扱う連中の弟子みたいじゃないっスか!!」

 「お前は選ばれし者だった!!シ〇を倒すはずのお前がシ〇につくとは!!」

 「あんたが憎いぃっ!!とか言ったりはしないっスよ!!」

 「ええ~。そのままマグマで全身を燃やされれば良かったのに」

 「そこからダース〇イダーになるってオチっスか!!」

 「いえ、そのまま死んでください」

 「監督のジョ〇ジも真っ青なストーリー展開っスね!?」

 「真っ青になるような真っ黒ストーリーが私の好みですから」

 「・・・僕、怖いのでこれで失礼しますね」


 そう言って、悲劇のパダワン扱いされたパダシリが逃げようとするが、俺がガッチリ肩を掴んで阻止する。

 これはおっちゃんへの義理だ。

 決して俺が進んでやっているわけじゃない。


 「どうしてっスか!?逃がしてくださいぃぃ!!」

 「待て待て待て!お前はハルカが嫌いなのか!?」

 「嫌いなんじゃなくて、怖いだけっス!!」

 「・・・私、散々な言われようですね」


 いや、殆どお前の自業自得じゃん・・・


 「まあまあ、落ち着け。お前も悩んでたんだろ?」

 「・・・それはそうっスけど」

 「なら、ここでハルカから逃げんな。ここで逃げだしたら、もうお前のジョニーは就職出来ないと思え」

 「ぼ、僕のジョニーが?」

 「そうだ、ここはハローワークだと思え!仕事を斡旋してもらって、面接して、見事内定を勝ち取るんだ!」


 いや、自分でも何の例えだよと思うのだが、この際どうでもいいや。

 おっちゃんの義理さえ果たせば、こいつのジョニーがニートだろうと別に関係ないし。

 ・・・我ながら、俺って酷い奴だな。

 まあ、パダシリなら立ち直りも早いだろう。

 大丈夫さ、こいつなら。


 「・・・はい!僕、頑張るっス!!」


 ほら、簡単に乗ってきた。

 こういう単純さがある奴は、案外タフなのだ。


 俺はパダシリと一緒に部屋の中へ入った。

 心なしか、パダシリがモジモジしている気がする。

 気持ち悪いなぁ。


 「・・・普通の客室なんスけど、ハルカさんが使ってるとなんか興奮するっスね」

 「お前そんなこと言ってると、目の前の読者から脇役変態キャラだと認知されるぞ」

 「目の前の読者って誰の事っスか?」

 「お前が絶対に一生会うことのない、別の世界の奴らさ」

 「・・・?」

 「ま、分かんなくていいよ」


 そう言いながら、俺達は部屋の中心に置かれていたイスに座る。

 俺とパダシリは隣同士、ハルカは対面という形だ。


 「それで、何の御用ですか?」

 「・・・(照)」

 「・・・おい、パダシリ」


 パダシリが照れているので、肩を揺らして催促する。

 ここに来る前に、パダシリにはハルカと恋仲になるチャンスを与えてやると言ってある。

 俺が提供することは、パダシリとハルカを対面させることだけ。

 後は、この2人に任せるだけでいい。

 だから俺はここから出てってもいいのだが・・・何となく気になって、退室する気になれない。

 何でだろうね?


 「ハルカさん・・・僕、ハルカさんとお友達に・・・」

 「キモいです」

 「・・・は?」

 「キモいです」


 あっ。

 ハルカの奴、俺達の雰囲気でパダシリが何をしたいのか悟ったな?


 「僕、まだ何も言えてないっスよ!」

 「言わなくて結構。私の美しいこの美貌に惚れて、恋仲になろうと言うのでしょう?」

 「ぶほっ!?」


 思わず俺は吹いてしまった。

 やべえ。

 もう結末が見えてしまっている。


 「・・・はひ?」

 「いや、はひ?ではなくですね、貴方は私と恋仲になりたいのでしょう?」

 「は、はいっス」

 「貴方のポークビッツ・ジョニーはたくましいですか?それとも粗悪品ですか?」

 「!?」


 パダシリは驚愕していた。

 何故、ハルカが下ネタを?

 そういった疑問が彼の中で渦巻いているはずだ。


 俺も何でハルカがこのネタを知っているのかは気になる。

 甲板で、俺達の話を盗み聞きしていたか?

 ・・・ううむ。

 俺が想像を膨らませていると、部屋の奥に設置されていたクローゼットから微かな視線を感じた。

 よく目を凝らして見てみると・・・うおお!?

 クローゼットの隙間から、ニッコニコな顔して部屋をこっそり覗くゴーマのおっちゃんがいた!!!


 「おいおい・・・」


 俺はハルカの方を見てみる。

 すると、彼女はクローゼットの方を一瞬だけ見て、俺に目線を合わせた。

 ・・・なるほど。

 これ、ハルカとおっちゃんの共同ドッキリかいな。


 ああ、もう。

 こいつら、ただパダシリを弄りたいだけなのか。

 ・・・俺と同じように。

 なら、別にいいか。

 俺も乗っかろ。


 「あの、クロロさん。俺のポークビッツ型のジョニーがなんでハルカさんにバレて・・・」

 「それは・・・恋の就職試験だからだ」

 「恋の就職試験っスか!?」

 「お前、今まで不甲斐ないジョニーのせいで、女から軒並み振られてきたんだろ?」

 「はいっス・・・」

 「なら、告白する女にジョニーの惨状を知られた上で、告白に臨むべきなんじゃないのか?ありのままのお前を知ってもらった上で、告白相手からOKをもらうのがお前の真の内定なんじゃないのか?」

 「・・・!!!」


 パダシリは衝撃を受けていた。

 今までそんな発想をしたことがないよ!なんて思っているのがバレバレなくらい。

 正直、面白かった。

 クローゼットがガタガタ揺れて、ぷすすとか笑い声を我慢する音が聞こえている。

 ハルカは無表情だったが、さっきから頬が震えている。

 哀れだな、ジョニー。

 いや、パダシリよ。


 「そ、そんなこと、僕に出来るんスかね・・・」

 「出来る!お前のジョニーは、今からハリウッドスターだと思い込め。そうさ、ジョニーデ〇プなんだよ!そして俺のウインナーはニコラスだ。けど、お前のために、今からニコラスケ〇ジなってやる!」

 「クロロさんのウインナーが・・・ニコラスっスか!!」

 「そうだ!かつてジョニーはニコラスに世話になった!だから俺のニコラスも、お前のジョニーを応援してやる!!」


 そう言って、俺は立ち上がる。

 パダシリも同時に立ち上がった。

 パダシリのジョニーも立ち上がった。

 その状態で、彼はハルカに向き直る。

 ジョニーの形状が、輪郭がもう彼女に丸見えなのであった。

 けど、いいのだ。

 ハルカにありのままの自分を見てほしい。

 その一心だったのだから。


 ああ、なんと美しいのだろう。

 そして勇ましい。

 だが、客観的に言うのならキモかった。

 だってそうだろ?

 ボッキッキした小さなバイオニックなテントが、女性の前に突き出されたのだ。

 これがキモくないはずがない。


 「ハルカさん、僕は・・・僕のジョニーはこんなんだけど・・・!!僕と、友達に・・・」

 「キモいです(笑)」

 「・・・は?(絶句)」

 「キモいです(大笑)」

 「・・・どうして?」

 「普通、親しくもない女性に粗末なアイザックニュートンを見せつけないと思いますが?」

 「ニュートンって・・・童貞を生涯貫いた、あのニュートン?」

 「そう、ニュートン力学と童貞で有名な、あのニュートンです」

 「何故、ニュートン?」

 「貴方が不能野郎だから?」


 彼女の言葉を、彼は噛みしめる。

 徐々に顔面は蒼白になっていき・・・


 「あ・・・ああ・・・」

 「おい、どうしたパダシリ!」

 「うわあああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」


 パダシリの精神が、限界を迎えたのが分かった。

 彼は、もう、ダメだ。

 彼は涙すら流すことなく、もはや無表情だった。

 世の諸行無常を噛みしめていた。

 爆笑しすぎて、クローゼットから転げ落ちたおっちゃんの姿を見てしまったからだ。


 彼は悟っただろう。

 これは茶番だったのだと。

 おっちゃんの暇つぶしに付き合わされただけなのだと。

 その証拠に、ハルカも顔を両手で隠しながら爆笑していた。

 俺も笑いそうだった。

 けど、哀れなパダシリのために我慢してやった。


 「クロロさんも・・・僕を騙してたんスね!!!!」

 「いや、そんなことはない。俺の心は純粋さで満ち溢れている」

 「嘘だああああぁぁぁぁぁ!!!!!」


 彼はダッシュで部屋を飛び出していった。

 後に残ったのは、俺とハルカとおっちゃんだけ。


 「ガハハハハハハハ!!!パダシリの奴、いいリアクションしやがって!!ああ、おもしろ!!」

 「クスクス・・・本当に弄るのが楽しい悪魔さんですね?」

 「だろ?お嬢ちゃんとは気が合うなぁ」


 パンッと手を打ち付ける。

 2人とも悪意に満ち満ちた顔をしていた。


 「・・・お前ら、パダシリから絶交されるぞ?」

 「大丈夫だ。今回のドッキリで108回目だ。こんな風に毎回パダシリはドッキリに引っかかってるのさ」

 「・・・酷でぇ」


 Sだ。

 このおっちゃん、人をからかうタイプのSだ。

 質が悪いやつだ。


 「私も最初っから、彼と付き合う気はありませんでしたよ」

 「・・・そっすか」


 素っ気なく返事した俺。

 何だろう?

 ちょっと安心した俺がいた。


 「・・・安心しました?」

 「いや、別に」

 「んん、そこでちょっと反応してくれないと、私が嫌だなぁ・・・」

 「・・・どういう意味だよ」

 「そういう意味ですが?」

 「それって・・・」

 「言っておきますけど、家族って意味でですよ?」

 「あ、ああ!そうだよな!うんうん、その通り!俺もそう思ってたのさ!」

 「・・・はぁ」


 俺が取り繕うように早口で答えると、彼女は溜息を吐いた。

 俺、一瞬アホなことを考えてたな・・・

 まさか、そんなことあるはずがない。

 だって、俺達は”家族”だ。

 彼女の言う通りだ。


 「おやおや、おっちゃんはお邪魔かな?」


 ニヤニヤとおっちゃんは俺達に話しかける。

 俺はそんな顔面にパンチしてやりたくなったが、グッと堪える。


 「俺、もうおっちゃんに義理を感じることはないわ・・・」

 「おっちゃんはまだまだ感謝し足りないくらいだがな」


 そう捨て台詞を吐いて、おっちゃんは部屋から堂々と出て行った。

 少し経ってから、「お~いパダシリィ!」とか聞こえたから、多分フォローに入ったんだろう。

 何をどうフォローするのかは知らん。


 「・・・俺達、家族だよな?」


 確認するように、俺はハルカに言った。


 「家族って、何でしょうね?」

 「何って・・・」

 「例えば、家族ってお互いに助け合う関係でしょう?」

 「・・・そうだな」

 「だから、血縁だけが家族じゃない。家族という意味は、もっと広いと思うんです。赤の他人が家族にだってなれる。クロロとサリアがお互いに家族としたように」

 「まあ、な」

 「でも、もっとシンプルな家族もある」


 そう言って、彼女は俺に近寄る。

 顔と顔が接近する。

 それは、艶めかしくて・・・でも、神聖で・・・


 「例えば、結婚、とか」

 「・・・」

 「元は他人だった男女がお互いを信頼し、人生の苦難を乗り越え、助け合う。そして、家族になる。それも家族なんです。ねえ、クロロ。クロロが言ってた家族を作るんだって言葉、どういう意味で言ったんですか?」


 お互いの唇が触れそうな距離。

 少し動いてしまえば、俺達の関係が変わってしまう距離。

 いや、でも俺が彼女にキスしたって、”家族”の関係が変わるわけじゃない。

 キスしても、キスしなくても家族だ。

 そんな、微妙な関係。


 「・・・正直、分からないよ。俺は・・・家があって、人がいるなら・・・そんな場所で生きたかったから・・・」

 「・・・」


 静寂の時。

 けれど、濃密な時。

 たった数秒が、1分にも感じられたその時・・・


 「・・・私がなんでクロロについて行こうと思ったか、分かりますか?」

 「それは・・・旅芸人と一緒に、行けなくて・・・」

 「寂しかったから、です」

 「ああ・・・」

 「女の寂しさって、肌が寒いってことでもあるんです。男の人の、温かさが欲しい時って、あるんです」


 ああ、それは・・・


 「ちゃんと”家族”、してくれますかって、私言いましたよね?」

 「・・・言ってたな」

 「もう1回聞きますけど、クロロにとっての家族って、何ですか?」


 そう言って、彼女は俺の返答を待つことなく顔を離す。

 淀みなく、ハッキリと彼女は笑顔でこの部屋を去った。

 多分、サリアの部屋に行ったんだろうが・・・


 「・・・考えてなかったな。家族がどんなかって」


 彼女が何をしたいのか、俺は理解することが出来ないまま・・・

 俺も部屋を出たのだった。

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