餃子、それとも?(コミカライズ3巻記念SS)
私が今住んでいるこの世界のこの国は、近世ヨーロッパ寄りの風土と文化。
世界地図は見慣れぬ形で、いわゆる日本的な文化圏の国との交流も、私の知る範囲では無いっぽい。
したがって食生活も西洋寄り。野菜はおなじみのものがたくさんあれど、和食に使う調味料や加工品――味噌、醤油、鰹節などはまだ見たことがない。
あ、豆はある。私の知っている大豆そのものではないものの、いろんな種類の豆はあるんだ。
だから麹やにがりをどうにかできれば、味噌や豆腐は作れそう……ではあるのだけれど。
ミーセリーに来て半年以上が過ぎた今も、そこまでしてアグレッシブに日本食を探求しようという気にはなっていない。
アデレイド様のごはんはいつでもおいしいし、知らない食材は興味深いから、新しいレシピを試したり、あるもので工夫するのが楽しくて忘れていた、というのが近いかも。
そんな毎日を送っていた私なのだけど――唐突に、餃子が食べたくなった。
いや、餃子って和食じゃなく中華だよねとは自分でも思ったけど、あれだけ日本の食生活に根付いてたら、カレーと同じく国民食といっていいと思う。
とにかく、餃子が食べたくて仕方がない。
おにぎりはそこまで恋しくないのに……あれだな、多分ここで「お米」はまだ見たことがないから、お米系は最初から諦めているんだろう。
その代わり小麦粉は毎日使っているからね。捏ねれば餃子の皮も出来ちゃうもんね。
――というわけで、本日は勢いに任せて餃子を作り始めてしまった。
パン用の粉、つまり強力粉に水を少しづつ加え、全体に水分が馴染んで粉っぽさがなくなるまで捏ねる。
ひとまとまりにして濡れ布巾を掛けて三十分ほど休ませたら、手のひらの付け根を使ってしっかりとまた捏ねて……よし、ツヤツヤ生地の出来上がり!
餃子の生地はパンと違って発酵も必要ないし、案外簡単なんだよね。
コロコロと細長く伸ばして、包丁でトントン。
金太郎飴を作るみたいに等分にしたら、麺棒で丸く伸ばして、具を包んでいく。
中に包む餡は、日本ではひき肉に白菜やキャベツ、ニラなんかが定番だけど、餃子は懐が深いので実は何でも包めちゃう。
きのこやきゅうり、フェンネル、トマトなんかも大丈夫。そぼろに炒めた卵を入れてもいいよね。
本日は、みじん切りにしたニンジンと刻み肉を餡にした。やっぱり常備菜は面倒がないし、馴染みのある野菜のほうがアデレイド様たちは抵抗ないかなあって思って。
そう、アデレイド様や先生は餃子は初めて。ナイフとフォークの出番にならないように、一口でぱくっといける小さいサイズにしてみた。
椅子に座ってちまちまと餡を包む私の足元では、バディがパサリと尻尾を揺らしている。
ちょくちょく見上げてくる彼と目が合うけど、今は手がふさがっていて撫でてあげられないのが残念。
あとでね、と声なき声で話しかけると「分かってるよ」とでも言いたげに、フンフンと足に鼻面をつけてくる。
うう、かわいい! もう、いい子! 大好き! バディには調味しないのを用意するから待っててね。
粉と水で作る自家製の皮は、市販のものよりも少し厚めでもっちりとした食感になる。これは焼くより茹でるほうがいい……そうして、ニンジン入りの水餃子が出来上がった。
うん、つやっとした生地からニンジンのオレンジ色がところどころ透けて見えて、色合いもきれい。
ん、あれ?
でも……なにで食べよう?
しまった、すっかり失念していた。
普段なら酢醤油だ。しかし、ここにはワインビネガーやリンゴ酢はあれど醤油はない。もちろんラー油や七味唐辛子もない。
中の具に塩で薄味は付けているけれど……とりあえずひとつ試食。うん、おいしい。
でも、このままじゃやっぱりちょっと物足りないかも。
え、本気でどうしよう?
ぴたりと動きが止まった私を不思議そうに見上げるバディと目が合った。
……バディ、アイデアちょうだい!?
§
「あら、これは……ダンプリングみたいだけど、ああ、具を包んでいるのね。ふふ、ひだが付いて変わった形で面白いわ」
手が込んでいるし美味しいわね、とアデレイド様に褒められて小さくガッツポーズ。
はい、本日の夕食である餃子は結局、お皿の上でトマトソースを纏っている。
一口サイズでもちもちの生地の中は、肉汁たっぷりの具が詰まっている。
それに合わせたのは、さっぱりしつつ旨味がぎゅっと濃縮されたトマトのソース……ええ、間違いなくおいしいです。
でも、ですよ。
これって餃子というより、もはやラビオリだよね?
おかしい。餃子のはずがイタリアンになってしまった。
ま、まあでも、餃子そのものは作れたものね。
これはこれで美味しいし、アデレイド様にも褒められたし、先生やマークもパクパク食べてるし。「こんなはずでは」を知っているバディも、ご機嫌でギョーザ風スープを食べてるし。
――と、最終的に成功か失敗かよく分からなくなったこの日の餃子チャレンジだけど、それなりに満足したのだった。
お読みいただきありがとうございました。作者の小鳩です。
本日2021/02/05「森のほとりでジャムを煮る」拓平先生によるコミカライズ3巻(最終巻)の発売日を無事に迎えることができました。
ここまでこられたのも、読んでくださった方々と応援してくださった皆様のおかげです。
漫画は、小説1巻のラストシーン(WEBの25話)までを描いて頂きました。というわけで、このSSもその頃〜WEB本編終了後くらいです。
久しぶりのSSがごはんの話題ですみませんというか、やっぱりというか……コミカライズ3巻についている描き下ろし漫画は、もっと恋愛していますよ!
マーガレットたちのお話もまた書きたいなと思いながらも、なかなか手が回らないでおりました。
いただくリクエスト等はいつだってとても嬉しく「いつか」の参考にしています。
またここに追加できる日を私自身心待ちにしつつ、このお話で出会えた皆様に、変わらぬ感謝を込めて。
ありがとうございます!
小鳩子鈴
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コミカライズの情報は試読もある公式サイトでご覧になれますので、チェックしていただけますと幸いです。
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