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第二十二話 来訪者

〈目次〉

・第一節 美佐子と拓海

・第二節 お部屋

・第三節 告白


〜登場人物〜

・山崎結衣(19歳)

 山崎弘と美佐子の長女。意義人の姉。白鳥大学文学部。美白な肌と綺麗な茶色のロングヘア、美脚、丸い小顔が特徴。普段は青いワンピースを着ている。少しだけ女優として活動している。弟とよく喧嘩をしてしまうが、大切に思っている。


・山崎意義人(17歳)

 山崎弘と美佐子の長男で、結衣の弟。高校2年生。結衣と比較すると地味な顔立ちだが、似ている部分もある。姉とは仲良しだが、よく喧嘩もする。


・山崎弘(45歳)

 山崎義郎と文枝の長男で、結衣と意義人の父。容姿は、眼鏡をかけた地味な丸顔で、髪は少し薄く、小太りである。愛娘の結衣を溺愛している。


・山崎美佐子(42歳)

 田辺寛夫と優美子の長女で、結衣と意義人の母。顔は結衣と似ているが、結衣よりもほんの少し面長。髪型は、若干ウェーブがかかった茶髪。優しい性格。


・大橋拓海

 結衣の同級生の男子。黒髪で若干面長なタイプのイケメン。その瞳には、人を魅了する色気を帯びている。結衣に好意を持っている。

第一節 美佐子と拓海


 この日、ついに拓海が結衣の家にやってきた。「ピンポーン」とインターホンが鳴り、結衣は深呼吸をして玄関のドアを開ける。いつもの、お気に入りの青いワンピースに身を包んだ結衣は、少し緊張した面持ちで拓海を迎えた。


結衣「拓海、ようこそ。今日はよろしくね。」


拓海「お邪魔しまーッす!」


 拓海は、人懐っこい笑顔で結衣に挨拶すると、すぐにリビングへと足を向けた。美佐子が、早くもリビングで満面の笑みを浮かべて待っているのが結衣には見えた。美佐子の顔には「結衣の彼氏が来る!」という喜びがにじみ出ている。

 リビングへ上がった拓海は、美佐子の姿を見るやいなや、その甘いマスクを最大限に活かした笑顔を向けた。


拓海「結衣のお母さん、綺麗ですね。」


 拓海は、美佐子のウェーブがかった茶髪と、結衣を穏やかにしたような上品な顔立ちを褒めた。その艶やかな目は、まるで美佐子を射抜くかのようにまっすぐに向けられ、長年恋愛経験を積んできた美佐子さえも、その魅力に吸い込まれていくようだった。


美佐子「あら、拓海君。そんなこと言われたら、お母さん照れちゃうわ。」


 美佐子は、頬を赤らめながらも、まんざらでもないといった様子で嬉しそうに微笑んだ。拓海の、人を惹きつける天性の魅力は、美佐子に対しても遺憾なく発揮されている。結衣は、そんな二人の様子を少し離れたところから見ていた。


結衣(拓海、お母さんにも容赦ないわね…。)


 拓海の社交性と、人を魅了する術は、結衣が思っていた以上だった。美佐子がすっかり拓海のペースに巻き込まれている様子を見て、結衣は呆れると同時に、ほんの少しだけ嫉妬のような感情も芽生えるのを感じた。


美佐子「さあ、拓海君。どうぞ、そちらにおかけになって。何かお飲みになりますか?結衣、拓海君にお茶を入れてあげてちょうだい。」


 美佐子は、すっかり拓海のファンになったかのように、甲斐甲斐しく世話を焼こうとする。結衣は、そんな美佐子の言葉に「はーい」と生返事をしながら、キッチンへ向かった。


結衣(まさか、お母さんまで拓海に夢中になるとは思わなかったわ…。これじゃあ、私の方が蚊帳の外じゃない。)


 結衣は、お茶を淹れながら、拓海の予想以上の魅力を改めて認識していた。そして、このおうちデートが、一体どんな展開になるのか、少しばかり不安を感じ始めていた。

 結衣がお茶を淹れてリビングに戻ると、すでに拓海と美佐子は打ち解けた雰囲気で楽しそうに会話をしていた。美佐子は拓海のジョークに手を叩いて笑い、拓海は美佐子の話に真剣に耳を傾けている。まるで長年の友人のようだ。


結衣(すごい…お母さんも拓海も、コミュ力が高すぎるわ…。)


 結衣は、二人の会話の輪に入りきれない自分に、少しだけ置いてけぼり感を感じていた。そんな結衣の内心を知ってか知らずか、拓海が美佐子に尋ねた。


拓海「お母さん、結衣って家ではどんな感じなんですか?学校ではしっかり者なんですけど、意外と抜けてるところとか、あったりするのかなって。」


 拓海の質問に、美佐子はニコニコしながら答える。


美佐子「あら、拓海君、よく分かってるわね。結衣はねぇ、家では案外だらしないところもあるのよ。寝坊助だし、お部屋も…」


 美佐子が結衣の普段の様子を話している間、結衣は今まで見たことのない母親の表情に釘付けになっていた。穏やかながらも冷静に男性の相手をしてきた美佐子。結衣が高校時代に付き合っていた彼氏にも、美佐子はいつも温かく、しかしどこか冷静な態度で接してきた。それが、今はどうだろう。拓海の言葉一つ一つに、少女のように頬を染め、楽しそうに笑っている。その表情は、まるで初めての恋に浮かれる乙女のようだった。

 結衣は、拓海の魅力に夢中になっている美佐子の姿を見て、先ほどの嫉妬の気持ちを感じつつも、思わず笑いそうになった。


結衣(お母さん…!まさか、ここまで夢中になるとは…!私の彼氏ではないけどなのに…!)


 結衣が笑いをこらえていると、拓海が美佐子に、とんでもない一言を放った。


拓海「お母さん、みさちゃんって呼んでもいいかな?」


 その言葉に、結衣はこらえきれずに、ぷっと吹き出してしまった。美佐子も、拓海の突拍子もない発言に、一瞬動きが止まる。しかし、すぐに嬉しそうに顔を赤らめた。


美佐子「あらあら、拓海君たら。もう、大胆なんだから。」


 美佐子は、そう言いながらも、満更でもないといった表情で拓海を見つめている。結衣は、お茶を淹れたばかりのカップをテーブルに置き、笑いすぎて涙目になっていた。


結衣(みさちゃんて…!拓海、本当にすごいわ…。この人、本当に何者なの…!?)


 結衣は、拓海の恐るべき人たらしぶりに、感嘆のため息をつくしかなかった。この調子では、今日一日の主役は、自分ではなく、美佐子と拓海になりそうだ、と結衣は悟った。




第二節 お部屋


 美佐子と拓海のあまりにも盛り上がりすぎる会話に、結衣は痺れを切らした。


結衣「もう!拓海!私の部屋行こうよ!せっかく来たんだから!」


 結衣は、半ば強引に拓海を自分の部屋へ連れて行った。美佐子は、名残惜しそうにしながらも、二人の背中を見送った。


美佐子「あらあら、結衣ったら。拓海君、またねー!」


 結衣のマイルームは、普段なら読みかけの本が無造作に積み重ねられていたり、お菓子の袋が転がっていたりすることも少なくない。しかし、今日は拓海が来るということで、結衣は朝から大掃除を敢行し、完璧に片付けていた。散らかった本は本棚に収まり、床には埃一つ落ちていない。窓からは柔らかな光が差し込み、結衣の趣味が詰まった空間が広がる。

 部屋の中に入ると、拓海は興味深そうに部屋を見回した。


拓海「へえ、結衣の部屋ってこんな感じなんだ。もっと本とかたくさん散らばってるのかと思ってた。」


 拓海は、冗談めかしてそう言った。結衣は、少し顔を赤らめる。


結衣「失礼ね!一応、片付けたんだから!」


 結衣は、ベッドの端に座るよう拓海を促した。自分は、少し離れた椅子に腰掛ける。二人きりの空間に、わずかな沈黙が流れる。先ほどまでのリビングの賑やかさとは打って変わって、静かで、少しだけ甘い空気が漂い始めた。


拓海「結衣、なんか緊張してる?」


 結衣は、ドキリと心臓が跳ねるのを感じた。


結衣「別に、してないわよ。何よ、拓海こそ、お母さんに『みさちゃん』なんて言って、よくやるわね。」


 結衣は、照れ隠しにそう言い返した。拓海は、楽しそうに笑う。


拓海「だって、お母さん、可愛かったんだもん。それに、結衣の家に来たんだから、家族みんなと仲良くなりたいし。」


 拓海の言葉に、結衣の胸の奥がキュン、と締め付けられた。拓海の、真っ直ぐな言葉と、人を惹きつける魅力に、結衣は改めて抗えないものを感じる。

 拓海は、ベッドから立ち上がると、結衣の座る椅子の前にゆっくりと歩み寄ってきた。結衣の視線は、拓海の動きに吸い寄せられるように、彼を追う。拓海は、結衣の目の前でしゃがみこむと、結衣の顔を真っ直ぐに見上げた。


拓海「結衣。俺さ、結衣のこと…。」


 拓海の言葉の続きを、結衣はゴクリと唾を飲み込んで待った。部屋の中には、二人の心臓の鼓動だけが響いているようだった。

 拓海の言葉の続きを、結衣は固唾を飲んで待った。心臓の音がうるさいくらいに響く。しかし、拓海の行動は、結衣の期待とは全く違うものだった。拓海はベッドの方向に指差した。結衣は、拓海の意図が分からず、首を傾げた。


結衣「え?ベッド?何?」


 結衣の問いかけに、拓海は悪戯っぽくニヤリと笑った。


拓海「結衣、変な気起こすなよwww」


 その言葉に、結衣は顔を真っ赤にして拓海を睨みつけた。


結衣「なっ…!変な気なんか起こしてないわよ!拓海こそ、何を言い出すのよ!」


 結衣は、拓海の言葉に恥ずかしさと怒りがこみ上げた。拓海は、結衣の反応を見て、さらに楽しそうに笑う。


拓海「だって、結衣、今、俺が何を言うか、ドキドキしてたでしょ?」


 拓海は、結衣の心の声が聞こえているかのように、図星を突いてきた。結衣は、ますます顔を赤くして反論する。


結衣「そんなことないわ!私はただ、拓海が何を言いたいのか、って思っただけよ!」


 結衣の必死の否定に、拓海は再び笑った。


拓海「はいはい。で、話なんだけどさ。」


 拓海は、そう言うと、ベッドの方へ戻り、ポンポンとベッドを叩いた。

 拓海の言葉に、結衣の胸の奥が、再び温かくなるのを感じた。拓海は、さっきまでのおどけた様子とは打って変わって、真剣な表情で結衣を見つめている。結衣は、拓海の隣に座るべきか、それともこのまま椅子に座っているべきか、迷った。結局、結衣は、そっと椅子から立ち上がり、ベッドの拓海の隣に、少し距離をとって座った。


結衣「…で、話って何?」


 結衣は、心臓の音が聞こえないように、努めて冷静な声で尋ねた。拓海は、結衣の顔をじっと見つめたまま、ゆっくりと口を開いた。




第三節 告白


 結衣が緊張しながら拓海の言葉を待っていると、拓海は真剣な眼差しで結衣を見つめ、ゆっくりと、しかしはっきりと告げた。


拓海「俺はお前の彼氏になれなくても良い。ただ、これからも俺と一緒にいてくれ!」


 拓海の、予想もしなかった言葉に、結衣は息を飲んだ。彼氏になれなくても良い?一体どういうことだろう。結衣の頭の中は、疑問符でいっぱいになった。しかし、それ以上に、拓海の言葉の「これからも俺と一緒にいてくれ」という部分が、結衣の心臓を強く締め付けた。

 拓海の言葉は、まるで結衣の心の奥底に直接語りかけるようだった。彼氏、という枠にとらわれない、もっと深い繋がりを求めているかのような、そんな響きがあった。結衣は、拓海の真っ直ぐな瞳から、彼の真剣な思いが伝わってくるのを感じた。

 結衣は、一瞬、何をどう答えたらいいのか分からなくなった。彼氏という関係性を望まない拓海の言葉に、安堵のような、しかし同時に、もっと深い寂しさのような複雑な感情が入り混じる。結衣は、これまで拓海のことを「かっこいい人だけど、ちょっと強引かな」という程度にしか考えていなかった。しかし、今、目の前で語りかける拓海の言葉は、結衣の心を激しく揺さぶった。


結衣「…拓海…それって、どういう意味…?」


 結衣は、震える声で尋ねた。拓海は、結衣の手をそっと握りしめた。その手は、優しく、しかし確かな熱を持っていた。


拓海「結衣。俺は、結衣が俺のことをどう思ってるか、まだ分からない。彼氏とか、そういう形にこだわって、結衣に負担をかけたくないんだ。でも、俺は結衣のことが好きだし、これからもずっと、結衣のそばにいたい。友達でも、何でもいい。ただ、俺の隣にいてほしい。」


 拓海の言葉は、結衣の心を優しく包み込んだ。彼氏という関係にこだわらず、ただ隣にいることを望む拓海の姿勢に、結衣は戸惑いながらも、深い感動を覚えた。結衣は、拓海の手の温かさを感じながら、ゆっくりと顔を上げた。


結衣「拓海…そんなこと…」


 結衣は、言葉に詰まった。拓海の言葉は、結衣にとってあまりにも予想外で、そして、あまりにも優しすぎた。結衣は、拓海のまっすぐな視線から逃れるように、少しだけ視線を逸らした。


結衣(どうしよう…拓海って、こんなに真っ直ぐな人だったんだ…。私、拓海のこと、ちゃんと見てなかったのかもしれない…。)


 結衣の心の中には、拓海への感謝と、そして、これまで拓海に抱いていたイメージが覆されたことへの驚きが渦巻いていた。結衣は、拓海の手を握り返すこともできず、ただ、その場に固まってしまっていた。


 拓海とのデートの時間は、あっという間に過ぎ去った。名残惜しそうにしながらも、拓海は玄関で結衣と美佐子に別れの挨拶をする。


拓海「今日は本当にありがとう。結衣も、みさちゃんも、楽しかったよ。」


 拓海が、再び美佐子のことを「みさちゃん」と呼んだことに、結衣は思わず苦笑いしたが、美佐子は満面の笑みで応じている。拓海は、最後まで爽やかな笑顔を振りまき、甘い香りを残して、結衣の家を後にした。

 拓海の姿が見えなくなると、結衣は大きくため息をついた。リビングに戻ると、美佐子がソファに座って、満足げな表情で結衣を待っていた。結衣は、美佐子の隣にそっと腰を下ろす。リビングには、拓海の残していった甘い香りがまだほんのりと漂っていた。


美佐子「あら、結衣。拓海君、本当に素敵な方ね。」


 美佐子は、うっとりとした表情でそう言った。結衣は、美佐子の言葉に同意しながらも、複雑な思いを抱えていた。


結衣「うん…。まあ、ね。」


 美佐子は、結衣の返事が煮え切らないことに気づくと、少しだけ顔を近づけて尋ねた。


美佐子「何かあったの?拓海君と、うまくいかなかった?」


 結衣は、拓海から言われた「彼氏になれなくても良い。ただ、これからも俺と一緒にいてくれ!」という言葉を思い出し、胸が締め付けられるような気持ちになった。美佐子には、まだその言葉の意味が理解できないだろう。結衣は、どこから話すべきか迷いながら、ポツリと話し始めた。


結衣「うーん…。拓海君、なんだか、変なこと言ってたの。」


美佐子「変なこと?どんなこと?」


 美佐子の好奇心旺盛な視線が、結衣に注がれる。結衣は、正直に話すべきか、それとも曖昧にごまかすべきか、逡巡した。しかし、拓海の真剣な言葉を、誰かに話さずにはいられなかった。


結衣「あのね、拓海君が…『彼氏になれなくても良いから、これからも一緒にいてほしい』って…。」


 結衣の言葉に、美佐子は目を丸くした。美佐子の顔には、驚きと、そして少しの困惑が浮かんでいる。


美佐子「まあ…!そんなことを…。それって、プロポーズみたいじゃない。」


 美佐子の言葉に、結衣はハッとした。確かに、そう言われてみれば、まるでプロポーズのような言葉だったかもしれない。彼氏という関係性にとらわれず、永遠にそばにいたいという拓海の真剣な思いが、その言葉には込められていた。


結衣「プロポーズ…なのかなあ…。私、どうしたらいいか分からなくなっちゃって…。」


 結衣は、正直な気持ちを美佐子に打ち明けた。美佐子は、結衣の手をそっと取り、優しく握りしめた。


美佐子「結衣、拓海君は本当にあなたのことを大切に思っているのね。彼氏という形にこだわらない、というのは、それだけ結衣という人間そのものを愛している証拠よ。でも、あなたはどう思っているの?拓海君のことが好きなの?」


 美佐子の真っ直ぐな問いかけに、結衣は言葉に詰まった。好き、という感情が何なのか、まだ結衣にははっきりとは分からなかった。しかし、拓海と一緒にいると、心が温かくなるのは確かだった。彼の存在が、結衣の生活に彩りを与えているのも感じていた。


結衣「私…分からない…。でも、拓海君がそう言ってくれたのは、すごく嬉しかった…。」


 結衣は、正直な気持ちを美佐子に伝えた。美佐子は、結衣の言葉を優しく受け止める。


美佐子「そう。すぐに答えを出さなくてもいいのよ。結衣が本当にどうしたいか、ゆっくり考えてごらんなさい。でもね、拓海君のような素敵な男性は、なかなかいないわよ。」


 美佐子の言葉に、結衣は深く頷いた。今日の拓海は、結衣の想像をはるかに超える魅力と真剣さを見せてくれた。結衣は、拓海の残していった甘い香りを胸いっぱいに吸い込みながら、今後の二人の関係について、真剣に考え始めるのだった。


 拓海とのお家デートから二日後、出張に行っていた父・弘と、修学旅行に行っていた弟・意義人がそれぞれ帰ってきた。玄関のドアを開けた途端、まだかすかに残る拓海の甘い香りが、二人を出迎える。


弘「おー、ただいまー!ん?あれ、美佐子、香水変えたのか?なんか、甘い香りがするな。」


 鈍感な弘は、何の疑いもなくそう言った。結衣は、そんな父の言葉に内心苦笑する。やはり弘には、拓海の残していった香りが香水としか思えなかったようだ。

 しかし、意義人は違った。玄関に入ってすぐ、くんくんと鼻を鳴らし、訝しげな顔をする。そして、結衣の顔を見ると、急に不機嫌そうな顔になった。


意義人「な、なんか、男の匂いがする…。姉ちゃんの部屋から…。」


 意義人は、どうやら何かを察したようだった。結衣は、まさか意義人がここまで敏感だとは思わず、少し驚いた。意義人は、結衣をギロリと睨みつける。その目には、はっきりと焼きもちの色が浮かんでいた。


意義人「僕だって彼女作るからね!もう姉ちゃんなんかいいよ!」


 意義人は、そう言い放つと、プイッと顔を背けて自分の部屋へと入っていった。結衣は、そんな弟の言葉に、思わず吹き出してしまった。意義人に彼女ができる?今の意義人を見ていると、全く想像できない。いつも結衣の後をついて回ったり、小言を言ったり、そんな弟に彼女ができるなんて、まだまだ先の話だろう。


結衣「ふふっ。意義人ったら、可愛いんだから。」


 結衣は、そう呟くと、リビングでくつろぐ弘の隣に座った。


弘「おいおい、結衣。意義人をからかうのはやめてやれよ。あいつも、もう高校生なんだからな。」


結衣「大丈夫よ、パパ。私、意義人に彼女が出来るのは、応援してるんだから。」


 そう言いながらも、結衣の心の中では、可愛い弟に彼女ができたときのことを想像して、少しだけ複雑な気持ちになっていた。しかし、それ以上に、拓海から言われた言葉の意味を、もう一度じっくりと考える必要がありそうだと、結衣は改めて思った。拓海の残した甘い香りは、まだ結衣の周りに漂い続けている。




『山崎結衣の憂鬱』第二十三話につづく

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