第二十一話 豪華な来客
〈目次〉
・第一節 水野社長
・第二節 社長の重圧
・第三節 御家柄
〜登場人物〜
・山崎結衣(19歳)
山崎弘と美佐子の長女。意義人の姉。白鳥大学文学部。美白な肌と綺麗な茶色のロングヘア、美脚、丸い小顔が特徴。普段は青いワンピースを着ている。少しだけ女優として活動している。弟とよく喧嘩をしてしまうが、大切に思っている。
・山崎意義人(17歳)
山崎弘と美佐子の長男で、結衣の弟。高校2年生。結衣と比較すると地味な顔立ちだが、似ている部分もある。姉とは仲良しだが、よく喧嘩もする。
・山崎弘(45歳)
山崎義郎と文枝の長男で、結衣と意義人の父。容姿は、眼鏡をかけた地味な丸顔で、髪は少し薄く、小太りである。愛娘の結衣を溺愛している。
・山崎美佐子(42歳)
田辺寛夫と優美子の長女で、結衣と意義人の母。顔は結衣と似ているが、結衣よりもほんの少し面長。髪型は、若干ウェーブがかかった茶髪。優しい性格。
・水野忠勝(60歳)
水野財閥第二代総帥。株式会社水野現社長。創業者水野忠義の長男。子供は三人(二男一女)いる。銀髪で品格のある男性。資産家。優美子の弟で、美佐子の叔父、結衣の大叔父にあたる。
・水野忠義(故人)
水野財閥初代総帥。華族(旧大名家)の出身。戦後、水野財閥を創業した。結衣の外曾祖父にあたる。
第一節 水野社長
拓海のお家デートの誘いから数日後、昼食を済ませた母娘がダイニングテーブルを片付けていると、美佐子は急に慌ただしく立ち上がった。
美佐子「あ、そうそう!お茶の用意をしなくちゃ!結衣、今日重要なお客様がいらっしゃるのよ。」
美佐子は、普段の穏やかな表情とは違い、少し緊張した面持ちで茶器や高級そうな饅頭を用意し始めた。結衣は、そんな母親の様子を見て首を傾げる。
結衣「重要なお客様?誰が来るの?」
「ピンポーン!」
その時、玄関のチャイムが鳴り響いた。美佐子は、急いで身だしなみを整えると、玄関へ向かった。結衣も、何となく気になってリビングから玄関の方を見守っていた。
ドアが開くと、そこに立っていたのは、シルクハットを冠り、上品な紺色の紳士服を身に纏った、60歳ほどの男性だった。銀髪を綺麗に整え、冷静で知的な雰囲気を漂わせている。一目で、相当な地位にある人物だということが分かった。
美佐子「忠勝叔父様、お忙しい中お越しいただき、ありがとうございます。」
美佐子は、深々と頭を下げた。結衣は、その名前に聞き覚えがあった。水野忠勝…確か、『水野財閥』の現当主で、大企業の社長だったはず。でも、なぜそんな大物が、うちに?
水野忠勝社長は、静かに頷くと、靴を脱いで家に上がった。
水野社長「美佐子、久しぶりだな。元気そうで何よりだ。」
その落ち着いた低い声には、威厳と品格が感じられる。結衣は、リビングで緊張しながらその様子を見守っていた。
美佐子「結衣も、ご挨拶を。」
美佐子に促され、結衣は慌ててリビングから出てきた。
結衣「は、初めまして…結衣です。」
結衣は、ぎこちなく頭を下げた。忠勝は、結衣の顔をじっと見つめると、小さく微笑んだ。
水野社長「ああ、結衣ちゃんか。美佐子から話は聞いている。大学生になって、立派に成長したな。」
忠勝の言葉に、結衣は少し戸惑った。なぜこの人が、自分のことを知っているのだろう?
実は、結衣の母方の祖母である優美子は、水野財閥の創業者・水野忠義の娘である。そして、この忠勝は、忠義の長男で、優美子の弟。つまり、水野社長は、美佐子の叔父にあたるのだ。結衣にとっては、大叔父ということになる。
結衣は、その事実を改めて思い出し、目を丸くした。自分の家族に、こんな大物がいたなんて…。
第二節 社長の重圧
リビングに移り、美佐子が用意したお茶と上等な饅頭が並ぶテーブルを囲んで、三人は腰を下ろした。結衣が想像していたような堅苦しい雰囲気とは裏腹に、忠勝と美佐子は、まるで久しぶりに会った家族のように、自然体で楽しそうに話し始めた。
美佐子「忠勝叔父様、相変わらずお元気そうですね。最近、テレビでもよくお見かけしますよ。」
水野社長「はは、年を取ると、どうしても表に出る機会が増えてしまってな。美佐子の方こそ、昔と全然変わらないじゃないか。まるで学生時代のままだ。」
忠勝は、穏やかな表情で美佐子を見つめた。その様子を見て、結衣は少し驚いていた。大企業の社長という立場にいる人が、こんなにも気さくに話すものなのだろうか。
忠勝は、お茶を一口飲むと、懐かしそうに話し始めた。
水野社長「美佐子、覚えているか?君の父…寛夫さんは、本当に勉強に厳しい人だったな。君も修司も、勉強道具以外は何も買ってもらえなくて、いつも可哀想だと思っていたよ。」
美佐子は、苦笑いを浮かべながら頷いた。
美佐子「ええ、覚えています。お父さんは、『学問こそが人生を豊かにする』って、いつも言っていましたから。でも、忠勝叔父様がこっそり色々買ってくださったおかげで、随分助かりました。」
水野社長「あの時は、義兄さんに見つからないように、随分気を遣ったものだ。でも、子供が欲しがるものを買ってあげられないのは、やはり辛いからな。」
忠勝は、優しい眼差しで美佐子を見つめた。そして、結衣の方に視線を向ける。
水野社長「結衣ちゃんが生まれた時は、本当に可愛くてな。よく家に見に行かせてもらったものだ。あの頃は、まだこんなに大きくなるとは思わなかったが…。」
結衣は、自分が赤ん坊の頃に、この立派な大叔父が見に来てくれていたという事実に、心が温かくなった。しかし、彼の表情が、ふと曇った。
水野社長「ただ、最近は…家族の問題で、なかなか大変でな。水野家は一族が多いから、どうしても後継者問題や財産分与で、色々と…骨肉の争いが絶えないのだよ。息子もいるが、それでもなかなか複雑で。」
忠勝の言葉に、美佐子も結衣も、表情を引き締めた。大企業を背負う立場の重圧と、家族間の複雑な関係。結衣には想像もつかない世界だった。
美佐子「そうでしたか…。大変ですね、忠勝叔父様。」
美佐子は、心配そうな表情で忠勝を見つめた。結衣も、この優しい大叔父が、そんな辛い状況にいることを知り、胸が痛んだ。
第三節 御家柄
最初は緊張して口を挟むことができなかった結衣だったが、次第に二人の会話のペースを掴み、持ち前の高いコミュニケーション能力を発揮し始めた。美佐子が忠勝の若い頃の面白いエピソードを披露すると、結衣は質問を挟み、社長の興味を引き出す。
結衣「ええ!忠勝おじさまがそんなお茶目な一面があったなんて!今の落ち着いた雰囲気からは想像できませんね!」
結衣がそう言うと、忠勝は穏やかに笑みを浮かべた。
水野社長「はは、昔は私もやんちゃな少年だったものだよ。美佐子も、子供の頃はよく私の後ろをチョロチョロとついてきて、可愛かったものだ。」
美佐子「もう、忠勝叔父様!そんな昔の話はいいじゃないですか!」
美佐子が照れたように言うと、結衣は楽しそうに笑う。結衣の明るい笑顔が、場の雰囲気をさらに和ませていく。
結衣「でも、そうですよね。お父さんとお母さんから、寛夫がすごく厳しかったって話はよく聞きます。忠勝おじさまが、お母さんに色々なものを買ってあげていたなんて、すごく優しいですね!」
結衣の言葉に、忠勝は満足そうに頷いた。普段、大企業のトップとして厳しい判断を下す彼も、家族との温かい交流には心を許しているようだった。
結衣は、話題を巧みに操りながら、忠勝の過去の経験や、経営哲学、そして世界情勢に対する見識など、多岐にわたる話を引き出していった。結衣の質問は的確で、話を聞く姿勢も真剣だったため、忠勝も結衣との会話を楽しんでいるようだった。
結衣(ふふん、やっぱり私のコミュ力は伊達じゃないわよね。意義人なんかじゃ、こんな風に大叔父様と話すなんて、絶対に無理だろうなぁ。)
そう心の中でほくそ笑む結衣。意義人がもしこの場にいたなら、ゲームをしながら上の空で相槌を打つか、そもそも会話に参加することすらできなかっただろう。結衣は、自分が家族の一員として、忠勝との関係を良好に築けていることに、ささやかな優越感を覚えていた。
美佐子も、娘が叔父と楽しそうに話しているのを見て、嬉しそうに微笑んでいた。普段はなかなか聞けない忠勝のプライベートな話や、結衣の意外な一面を見ることができ、美佐子にとっても楽しいひとときとなっていた。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、忠勝が腕時計に目をやった。
水野社長「そろそろ私もおいとましよう。長居をしてしまってすまなかったな、美佐子、結衣ちゃん。」
忠勝は立ち上がると、シルクハットを手に取った。結衣と美佐子も、それに合わせて立ち上がる。
美佐子「いいえ、とんでもございません!お忙しい中、わざわざお越しいただいて、ありがとうございました。」
結衣「今日は、色々とお話が聞けて、とっても楽しかったです!」
結衣は、心からの感謝を伝えた。忠勝は、二人の顔を優しい眼差しで見つめ、ゆっくりと頷いた。
水野社長「うむ。私も今日は良い時間だった。結衣ちゃんが、これほどまでに聡明な女性に成長したことに、感銘を受けたよ。」
その言葉に、結衣は少し照れたように頬を染めた。
水野社長「さて、これから私は、姉のところに顔を出してくる。そして、その足で、母の元へもな。」
忠勝は、そう言って玄関へ向かった。美佐子と結衣も、その後を追う。
結衣「優美子のところですか。おばあちゃんも、忠勝おじさまが来てくれたら喜ぶでしょうね。」
美佐子「お母さんも、忠勝叔父様のこと、いつも気にかけているからね。」
結衣の脳裏には、優雅で気品のある祖母、優美子の顔が浮かんだ。そして、忠勝の次の言葉に、結衣は驚きを隠せない。
水野社長「ああ。そして、母・寿満子も、元気でな。もう88になるが、まだまだ矍鑠としているよ。」
忠勝の言葉に、結衣は思わず目を見開いた。寿満子は、美佐子の祖母であり、結衣にとっては曾祖母にあたる人物だ。結衣は、曾祖母がまだ健在で、忠勝が定期的に会っていることに、改めてこの水野家の繋がりと歴史の深さを感じた。
結衣「ひいおばあちゃんが、まだお元気なんですか…!」
結衣は、驚きと同時に、曾祖母に会ってみたいという思いが募った。
美佐子「ええ、忠勝叔父様が、いつも気にかけてくださっているからね。お母さんも、寿満おばあさまも、忠勝叔父様のことは本当に頼りにしているのよ。」
美佐子は、誇らしげに忠勝を見上げた。忠勝は、そんな美佐子の言葉に、フッと小さく笑みをこぼした。
水野社長「それでは、また会おう。結衣ちゃん、学業に励むように。美佐子、また連絡する。」
そう言って、忠勝は玄関のドアを開けた。結衣と美佐子は、深々と頭を下げて見送った。
結衣「ありがとうございました!」
美佐子「お気をつけて!」
忠勝の姿が見えなくなると、美佐子は大きくため息をついた。
美佐子「ふぅ、無事に終わってよかったわ。それにしても、結衣が忠勝叔父様とあんなに話が弾むなんて、本当に驚いたわ。」
美佐子は、改めて結衣の方を見た。結衣も、胸いっぱいに膨らむ興奮と、新たな発見に目を輝かせている。
結衣(まさか、こんなすごいご縁があったなんて…。そして、ひいおばあちゃんがご存命だなんて…。私って、一体どれだけすごいお家柄なの?)
結衣は、自分のルーツに、これまで以上の興味と誇りを感じていた。そして、いつか曾祖母に会ってみたいと、強く思った。
忠勝を見送った後、結衣は改めてリビングに戻った。美佐子がお茶を片付けている間に、結衣は自分のスマートフォンを手に取った。画面を見ると、数件の通知が表示されている。
結衣(あら?)
一番上に表示されていたのは、茜からの不在着信だった。2時間前。いつもならすぐに気づくはずなのに、忠勝との会話に夢中になっていて、全く気づかなかった。そして、その下には茜からのLINEメッセージもいくつか届いていた。
〜茜からのLINE〜
「結衣、何してるー?」
「既読つかないけど生きてるー?」
「もしかして、イケメンとデート中とか?!」
「返事しなさいよー、心配じゃん!」
「なんかあった?!」
矢継ぎ早に送られてくる茜からのメッセージに、結衣はフッと笑みをこぼした。心配しているのは分かるけれど、相変わらず騒がしい子だ。忠勝との会話に夢中になっていたことを考えると、少し申し訳ない気持ちになった。
結衣(全く、茜ったら大袈裟なんだから。)
結衣は、すぐに茜に返信しようと画面をタップした。
結衣「ごめん、茜!ちょっと親戚の人が来てて、返信できなかったの。」
そう打ち込みながら、結衣はふと、忠勝との会話で得た新しい発見を茜に話したら、どんな反応をするだろうかと想像した。大企業の社長が親戚だとか、曾祖母がご存命だとか、きっと目を丸くして驚くだろう。そして、また「ザッキーってやっぱりお嬢様なんだねー!」なんて、からかってくるに違いない。
結衣は、そんな茜の反応を想像すると、少しだけ面白くなった。早く茜や明日香、史緒里にもこの話をしてあげたい。そう思いながら、送信ボタンを押した。
そして、結衣はもう一度、水野財閥の当主である大叔父との会話を思い返していた。彼が抱える骨肉の争い、後継者問題。そして、その背景にある水野家の歴史。自分がその血を引いているという事実が、結衣の中で少しずつ、大きな意味を持ち始めていた。
結衣(なんだか、私の周り、最近色々と動き出してるみたい。もうすぐ拓海が来るし、大叔父様もいらしたし…。これからどうなるんだろう?)
結衣の胸には、新しい出会いと発見への期待と、未来への漠然とした予感が入り混じっていた。
『山崎結衣の憂鬱』第二十二話につづく




