第十六話 明日香と史緒里
〈目次〉
・第一節 谷間
・第二節 ハイスペック女子
・第三節 燃費
〜登場人物〜
・山崎結衣(19歳)
山崎弘・美佐子夫妻の長女。意義人の姉。白鳥大学文学部。美白な肌と綺麗な茶色のロングヘア、美脚、丸い小顔が特徴。普段は青いワンピースを着ている。少しだけ女優として活動している。弟とよく喧嘩をしてしまうが、大切に思っている。
・山崎意義人(17歳)
山崎弘・美佐子夫妻の長男で、結衣の弟。高校2年生。結衣と比較すると地味な顔立ちだが、似ている部分もある。姉とは仲良しだが、よく喧嘩もする。
・山崎弘(45歳)
山崎義郎・文枝夫妻の長男で、結衣と意義人の父。容姿は、眼鏡をかけた地味な丸顔で、髪は少し薄く、小太りである。愛娘の結衣を溺愛している。
・山崎美佐子(42歳)
田辺寛夫・優美子夫妻の長女で、結衣と意義人の母。顔は結衣と似ているが、結衣よりもほんの少し面長。髪型は、若干ウェーブがかかった茶髪。優しい性格。
・山田茜
白鳥大学文学部。結衣の高校時代からの親友。髪型は黒髪ショート。生意気な顔をしている。悪戯好きな性格。
・中島明日香
白鳥大学文学部。結衣の高校時代からの親友。髪型は金髪ポニーテール。純粋で優しい性格。
・小川史緒里
白鳥大学文学部。結衣の高校時代からの親友。髪型はくるくるした紫髪。眼鏡をかけたインテリ風な顔。計算高い人物。
第一節 谷間
拓海とのデートから数日後。大学の空き時間、結衣と茜は仲良くカフェテリアでおしゃべりしていた。拓海は今日の授業をとっていないため休みだ。結衣は、いつもの青いワンピースを着ている。一方、茜はピンクの上着と長ズボンというラフな格好だ。二人の間には、いつものように他愛もない会話が弾んでいる。
茜は、結衣の豊かな胸の谷間に、面白そうにペンとカードを入れて遊んでいた。結衣は、くすぐったそうに身をよじりながらも、特に咎める様子はない。
茜「うっわ、めっちゃ便利やんwww ここ、財布いらずじゃん!ねぇ結衣、これ、ちょっとしたポーチ代わりに使えるんじゃない?」
茜は、楽しそうに笑いながら、ペンを出し入れしてみせる。結衣は、やれやれといった表情でため息をついた。
結衣「もう、茜ったら。いたずらやめなさいよ。落ちたらどうするの。」
そう言いながらも、結衣の表情はどこか嬉しそうだ。茜とのこんな馬鹿げたやり取りが、結衣にとってはいつもの日常であり、心地よいものだった。しかし、数日前、拓海と経験した出来事が、結衣の心には深く刻まれている。あの恐怖と、そして拓海の優しさ。茜には、まだ何も話していない。話すべきか、話さないべきか。結衣は、胸の谷間に挟まれたペンを見つめながら、そんなことを考えていた。
第二節 ハイスペック女子
結衣と茜が他愛もない話をしていると、突然、明るい声が結衣を呼んだ。
「結衣ちゃん(さん)!」
声の主は、中島明日香と小川史緒里だった。二人は結衣と茜の女友達で、いつも一緒にいることが多い。明日香は、結衣を見るなり満面の笑みを浮かべ、駆け寄ってきた。
明日香「結衣ちゃん、彼氏できたんだね。おめでとう!」
明日香は、純粋で優しい性格で、誰に対しても分け隔てなく接する。その言葉に、結衣は少し戸惑った。彼氏?いつの間にそんな話に…?
史緒里「彼氏に耽って課題を疎かにしたら困りますのよ。」
明日香の後ろからやってきた史緒里は、フッと鼻で笑うような表情で言った。史緒里は、計算高く、少し結衣のことを利用しようとする傾向がある。結衣が成績優秀なのを知っていて、何かと助けてもらおうとすることが多い。
結衣は、二人の言葉にますます困惑した。拓海とデートらしきことはしたけれど、あれは彼氏と言えるのだろうか?そもそも、拓海とはまだ、ちゃんと話していないことも多い。
結衣「え、彼氏…?な、何の事よ?」
結衣は、しどろもどろになりながら、とりあえず否定してみた。茜も、突然の二人の出現に目を丸くしている。
茜「え、結衣、彼氏できたの!?聞いてないよー!」
茜は、興味津々といった様子で結衣に詰め寄った。結衣は、タジタジだ。
結衣「だから、違うってば!何でそんな話になってるのよ!」
結衣は、顔を赤らめながら反論した。しかし、明日香と史緒里は、結衣の言葉を信じている様子はない。
明日香「だって、この前、拓海君とショッピングモールで一緒にいたの見たよ!ルイヴィトンのバッグも持ってたし、あれは絶対彼氏からのプレゼントでしょ?」
明日香の言葉に、結衣はギクリとした。まさか、見られていたとは。あの日の事を思い出し、結衣の顔はさらに赤くなる。
史緒里「そうそう。しかも、拓海君、あの後結衣さんのこと家まで送ってたじゃない。ラブラブすぎて、周りも見てられなかったわよ〜。」
史緒里は、からかうようにニヤニヤと笑った。結衣は、完全に墓穴を掘った気分だった。
結衣「な、何よ!あんたたち、見てたの!?」
結衣は、恥ずかしさで頭を抱えたくなった。茜も、驚きと興味で結衣をじっと見つめている。結衣は、どう弁解すればいいのか分からず、ただただ、顔を赤らめるしかなかった。
茜は、結衣の困惑した様子を見て、楽しそうに笑いながら、結衣の良いところを並べ立て始めた。
茜「でも結衣がモテるのは仕方ないかなぁ。顔は可愛くて、スタイル良いし、勉強もできて運動神経も良いし、あと、親戚にお偉いさんがたくさんいるし…。」
茜の言葉に、結衣は「もう、茜ったら!」と少し照れたように言った。自分ではそんな風に思ったことはないけれど、褒められるのは悪い気はしない。
明日香「私、結衣ちゃんに彼氏ができても、結衣ちゃんのこと応援するよ!」
明日香は、いつもの純粋な笑顔で、結衣にエールを送ってくれた。その優しい言葉に、結衣の心は少しだけ温かくなった。
史緒里「ええ、恋愛は自由ですわよ。課題さえ教えて下されば我々は何の問題も無いですから。」
史緒里は、いつもの調子で、ちゃっかりと課題の事を持ち出した。結衣は、呆れたように史緒里を見る。しかし、今はそれどころではない。皆が拓海を彼氏だと勘違いしている。結衣は、どうすればいいのか分からず、困り果てていた。
結衣「だから、彼氏じゃないって言ってるでしょ!拓海とは、ただの友達よ!」
結衣は、必死に否定したが、誰も信じてくれない。特に茜は、目をキラキラさせて結衣を見つめている。
茜「でもさ、結衣が男の人と二人でショッピングモールに行って、ルイヴィトンのバッグ買ってもらうなんて、普段絶対しないじゃん!拓海君のこと、結構気に入ってるんでしょ?」
茜の言葉に、結衣はドキリとした。確かに、普段の自分ならありえないことだ。しかし、あの時の拓海の優しさや、守ってくれた時の力強さを思い出すと、否定しきれない自分がいるのも事実だった。
結衣「そ、そんなことないわよ!たまたま、成り行きで…!」
結衣は、しどろもどろになりながら、必死に弁解しようとする。しかし、その言葉は、誰にも届かないようだった。明日香と史緒里は、もうすでに結衣と拓海の「恋愛」について盛り上がっている。
明日香「ねえ、結衣ちゃんと拓海君って、どこまで進んだの?」
史緒里「まさか、もう…きゃっ!」
史緒里は、口元を手で覆い、含みのある笑みを浮かべた。結衣は、二人の会話に、顔から火が出るほど恥ずかしくなる。
結衣「もう!あんたたち、いい加減にしなさいよ!何もそういうことじゃないんだから!」
結衣は、顔を真っ赤にして叫んだ。しかし、そんな結衣の反応が、さらに二人の好奇心を刺激しているようだった。結衣は、どうしたものかと頭を抱えた。拓海のことは、まだ誰にも話したくない。特に、あの日の出来事は。結衣は、口を開けば、あの日の出来事を話してしまうのではないかと思い、ぐっと口を閉じた。
第三節 燃費
茜は、結衣の恥ずかしがる様子を見て、さらに面白がって、今度は別の暴露話を始めた。
茜「結衣って超高性能だけど、燃費だけは悪いんだよねー。この前の授業中、朝ご飯食べてきたのに、すごい音でお腹鳴らしててさ。お腹鳴りすぎて先生も結衣の方見てたよ。うち、隣に座ってたからもう笑いが止まらなくてwww」
茜の言葉に、結衣は顔を赤らめる。あれは確かに恥ずかしい出来事だった。お腹が鳴りすぎて、先生にまで見られてしまったのだ。
結衣「もう!茜!それ、言わないでって言ったでしょ!」
結衣は、茜の腕をバシッと叩いた。しかし、茜は全く悪びれる様子もなく、楽しそうに笑っている。
史緒里「ええ、噂で聞きましたわよ。私はその授業には参加していませんが。確か、赤いハイヒールを履いた青いワンピースの…、ですぐに誰だか分かりましたよ。」
史緒里も、茜に便乗して結衣をからかい始めた。赤いハイヒールを履いた青いワンピースというのは、まさにあの時の結衣の服装だ。史緒里の言葉に、結衣はさらに顔を赤らめる。
結衣「史緒里まで!もう、やめてよ!」
結衣は、耳まで赤くなった。こんな風に言われるのは、本当に恥ずかしい。
明日香「もう、二人とも。結衣ちゃんも女子だから…。」
明日香は、結衣をかばうように言った。その優しい言葉に、結衣は少し救われたような気持ちになる。しかし、明日香の言葉も、茜と史緒里にはあまり響いていないようだった。
茜「だって、面白いんだもん!ねぇ結衣、今度お腹鳴ったら、拓海君の前でも鳴らしてみなよ。どんな反応するかなー?」
茜は、ニヤニヤしながら、またも拓海の名前を出してきた。結衣は、もうどうしようもない、という顔でため息をついた。
結衣「もう、本当にやめてよ!私、恥ずかしすぎて死んじゃう!」
結衣は、両手で顔を覆い、羞恥心に耐えるしかなかった。周りの学生たちも、結衣たちの会話に興味津々で、こっちを見ているような気がする。結衣は、早くこの場から逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
茜は、結衣が羞恥で身悶えするのを面白がり、さらに追い打ちをかけるように、スマホを取り出して、何か操作し始めた。そして、結衣の耳元で再生ボタンを押した。
「グゥゥゥゥ…」
そこから流れてきたのは、まるで飢えた猛獣の咆哮のような、とてつもなく大きな腹の音だった。結衣は、一瞬にして全身の血の気が引くのを感じた。あの日の悪夢が、まさかこんな形で蘇るとは。
結衣「あ、茜…!あんた、これ…!」
結衣は、怒りと恥ずかしさで震える声で茜を睨みつけた。しかし、茜はケラケラと笑うばかりだ。
史緒里「まさか、クールな結衣さんのお腹からこんな音が鳴るなんて。よっぽどお腹が空いてたんですね。良いですわ!私も、結衣さんのお腹を抑える姿見てみたかったです。」
史緒里は、結衣の弱みを握ったような顔をして、満足げに微笑んだ。その顔は、まるで獲物を見つけた狩人のようだ。結衣は、史緒里の計算高い視線に、ゾッと寒気を感じた。
カフェテリアに響き渡る自分の腹の音。周りの学生たちも、何事かとこちらを見ている。結衣は、もう耐えられなかった。顔は真っ赤になり、全身が熱い。今すぐにでも、この場から消え去りたい。
結衣「もう!あんたたち、こっち来ないで!!」
結衣は、叫ぶようにそう言い放つと、ルイヴィトンのバッグを掴み、カフェテリアを飛び出した。その足取りは、まるで逃げるように早かった。茜と史緒里の笑い声が、まだ耳の奥に残っているような気がした。
こんな恥ずかしい思いをしたのは、いつ以来だろう。拓海との一件で、心が少しだけ拓海に傾きかけていたけれど、こんな醜態を晒してしまった今、拓海にどう思われるのだろう。結衣は、走りながら、そんなことを考えていた。
『山崎結衣の憂鬱』第十七話につづく




