第十四話 拓海の怒り
〈目次〉
・第一節 怒りの一撃
・第二節 巧みにかわす
・第三節 油断
〜前回のあらすじ〜
関白堂で買い物を楽しむ拓海と結衣。結衣は、拓海の男気溢れる行動に心が動かされ、彼に対する負の感情は薄れていく。買い物を終え、二人は夜道を歩いていく。
〜登場人物〜
・山崎結衣(19歳)
山崎弘・美佐子夫妻の長女。意義人の姉。国立白鳥大学文学部1年生。美白な肌と綺麗な茶色のロングヘア、美脚、丸い小顔が特徴。普段は青いワンピースを着ている。少しだけ女優として活動している。弟とよく喧嘩をしてしまうが、大切に思っている。
・山崎意義人(17歳)
山崎弘・美佐子夫妻の長男で、結衣の弟。高校2年生。結衣と比較すると地味な顔立ちだが、似ている部分もある。姉とは仲良しだが、よく喧嘩もする。
・山崎弘(45歳)
山崎義郎・文枝夫妻の長男で、結衣と意義人の父。容姿は、眼鏡をかけた地味な丸顔で、髪は少し薄く、小太りである。愛娘の結衣を溺愛している。
・山崎美佐子(42歳)
田辺寛夫・優美子夫妻の長女で、結衣と意義人の母。顔は結衣と似ているが、結衣よりもほんの少し面長。髪型は、若干ウェーブがかかった茶髪。優しい性格。
・大橋拓海(大学1年生)
結衣の同級生の男子。黒髪で若干面長なタイプのイケメン。その瞳には、人を魅了する色気を帯びている。結衣に好意を持っているが、その軽薄な性格は結衣の好きなタイプではない。
第一節 怒りの一撃
食後も買い物を楽しみ、関白堂から出て帰路につく二人。外はすっかり暗くなっていた。結衣は内心焦った。もうすぐ家に父の弘が帰ってくる時間だ。娘がこんな時間に男と一緒に歩いているのを知ったら、弘がどう思うか。きっと、大変なことになるだろう。
二人がコンビニの前を通りかかった時、不意に五人組のヤンキーに絡まれた。
「おいおい、そこの姉ちゃん、なかなかいいもん持ってんじゃねーか」
ヤンキーの一人が、結衣が抱えている真新しいバッグを指差した。結衣は、拓海が買ってくれた大切なバッグを強く握りしめる。
「バッグじゃねーよ、オレが欲しいのは姉ちゃんの乳房だよ」
別のヤンキーが、下卑た笑みを浮かべながら、結衣の胸元を指さした。結衣は恐怖で身体が震える。
「そこの色男、命が惜しけりゃ黙ってオレ達に譲っちゃいな」
リーダー格らしきヤンキーが、拓海に向かってそう言い放った。結衣は、拓海の腕を掴もうとするが、拓海はすっと結衣から距離を取る。
拓海「わかった。お前らにやるよ」
拓海の言葉に、結衣は絶望した。拓海は自分を見捨てるのか。信じられない気持ちで、結衣は拓海の背中を見つめた。
拓海が結衣から離れたのを見て、ヤンキー達はズボンに手を突っ込みながら、結衣にじりじりと近づいてくる。
「こいつは上物だぞ」
「アニキ、オレにも揉ませてくれよ」
「オレ、ケツがいいなぁ」
「いや、太もももたまらんだろ」
ヤンキー達の下品な会話が、結衣の耳に直接響く。もう駄目だ。結衣は目をギュッと閉じ、身構えた。
その時だった。
拓海が、ものすごい勢いで後ろからリーダー格のヤンキーの頸部に蹴りをかました。乾いた音が夜の街に響き渡る。倒れたリーダー格のヤンキーは、そのままピクリとも動かなくなった。
結衣は、驚いて目を開けた。そこには、相変わらず爽やかな顔をしている拓海が立っていた。しかし、その瞳の奥には、今までに見たことのないような「怒り」の炎が燃え盛っているのが見て取れた。拓海の周りの空気が一変する。
拓海「…お前ら、ふざけるのも大概にしろよ。」
拓海の低く、冷たい声が響いた。残りのヤンキー達は、目の前で起こった出来事に呆然とし、リーダーが倒れたのを見て、恐怖で顔を青ざめさせていた。
第二節 巧みにかわす
青ざめるヤンキー達だったが、そのうちの一人が怒りの声を上げた。
「テメェー!よくもやってくれたなー!アニキの仇だ!」
ポケットからナイフを取り出し、一斉に拓海に斬りかかる。結衣は思わず悲鳴を上げそうになったが、声が出なかった。拓海は、まるで舞うようにナイフを巧みにかわし、一人の脛にチョップをかました。鈍い音が響き、ヤンキーは苦悶の声を上げて倒れる。そして、もう一人からナイフを奪い取ると、躊躇なくもう一人の足を切り落とした。
「ぎゃあああああああああ!」
ヤンキーの絶叫が、夜の街に響き渡る。残りの三人は、目の前の光景に恐怖した。
「クソが!次逢ったらブッ殺してやるからなー!覚えてろよー!」
そう叫びながら、彼らは闇の中へと消えていった。
足を切断された男は、地面に倒れ込み、激痛と恐怖、そして絶望で発狂したように叫び声を上げている。結衣は、その光景をただ呆然と見つめるしかなかった。拓海の表情は相変わらず爽やかな笑顔を浮かべている。しかし、その瞳の奥は、先ほどよりもさらに深い「怒り」に満ちている。
拓海は、満面の笑みを浮かべたまま、ゆっくりと、しかし確かな足取りで、地面に倒れ込み、足の断面を抱えて叫び続ける男に近づいていく。その手には、奪い取ったナイフが握られていた。鈍く光る刃が、夜の街灯を反射して、ゾッとするような輝きを放つ。
結衣は、拓海の背中を呆然と見つめていた。まるで、別人のようだ。昼間のチャラくて軽薄な拓海の面影はどこにもない。そこにいるのは、冷酷な獣のような男。結衣の心臓は、恐怖で激しく脈打つ。
結衣「た、拓海…もう、やめて…!」
結衣は、か細い声でそう叫んだ。しかし、拓海は振り返らない。その足は、容赦なく男へと向かっている。
第三節 油断
拓海を睨み、泣き叫び続ける男。拓海は、その声にわずかに眉をひそめた。
拓海「うるせェなァ」
そう言うと、拓海は倒れている男の襟首を掴み、軽々と持ち上げた。足が切断された男は、もはや抵抗する術もなく、拓海に引きずられるようにして連れて行かれる。拓海は、そのまま近くの河川敷へ向かい、男を無造作に投げ捨てた。水面に落ちる鈍い音が、結衣の耳に届く。
結衣は、恐怖で身動きが取れなかった。膝がガクガクと震え、立てない。結衣の近くには、拓海に一撃で倒されたリーダー格の男が、既に冷たくなって横たわっている。その顔は、まるで苦悶の表情をそのまま固めたかのようだ。
拓海は、ゆっくりと結衣の方へと向き直った。その手には、まだナイフが握られている。拓海は、冷静な手つきでナイフについた血を拭い、ポケットにしまった。そして、結衣へと近づいてくる。結衣は、拓海の姿に、さらに恐怖を感じ、目を閉じた。
拓海は、身動きが取れない結衣の目の前まで来ると、そっと跪き、結衣をギュッと抱きしめた。
その体は、先ほどまでの冷酷な男とは考えられないほど温かかった。結衣は、拓海の胸に顔を埋め、震える体を彼に預ける。拓海の腕が、結衣の体を優しく包み込む。温かい体温が、結衣の恐怖で冷え切った体を少しずつ溶かしていくようだった。
拓海「…怖かったな。もう大丈夫だ。」
拓海の低い声が、結衣の耳元で響く。その声には、先ほどの冷酷さはなく、ただただ優しさが込められていた。結衣は、拓海の腕の中で、張り詰めていた緊張が解け、涙が溢れてくるのを感じた。
結衣「た…拓海…っ…」
結衣は、拓海の胸にしがみつき、声を上げて泣き始めた。何が起こったのか、まだ完全に理解できていない。しかし、目の前で起こったことは、結衣の心に深い爪痕を残した。拓海の温かい体温だけが、結衣を現実へと繋ぎ止めているようだった。
しばらくの間、結衣を抱きしめていた拓海。結衣は、拓海の腕の中で、ようやく泣き止んだ。涙で濡れた顔を拓海の胸から上げると、拓海は優しく結衣の頭を撫でた。
「キュルルル…♪」
結衣のお腹から、可愛らしい音が鳴った。先日の、茜と受けた授業中とは異なり、まるで美しい楽器のような、澄んだ音色だ。恐怖と緊張が解けたことで、結衣の食欲が湧いてきたのだろう。
結衣は、恥ずかしさで顔を真っ赤にした。せっかく拓海が慰めてくれているのに、こんな時に限って。しかし、拓海は怒るどころか、優しく微笑んでいる。
拓海「…腹、減ったな。なんか食うか?」
拓海は、そう言って結衣の頭を再び撫でた。結衣は、拓海の優しさに、またしても涙が溢れそうになる。さっきまでの恐怖はまだ残っている。しかし、拓海の隣にいれば、どんなことでも乗り越えられるような気がした。
結衣「…うん。」
結衣は、小さく頷いた。拓海は、結衣の手を握り、ゆっくりと立ち上がらせる。結衣は、握られた拓海の手の温かさに、安心感を覚えた。まだ、足元はおぼつかないけれど、拓海がいれば大丈夫。結衣は、拓海と共に、夜の街を歩き始めた。先ほどの出来事は、まだ結衣の心を締め付けている。しかし、拓海の存在が、結衣の心を温かく包み込んでいた。
『山崎結衣の憂鬱』第十五話につづく




