第十話 タイプじゃない
〈目次〉
・第一節 チャラ男
・第二節 怠惰な結衣
・第三節 誘い
〜登場人物〜
・山崎結衣(19歳)
山崎弘・美佐子夫妻の長女。意義人の姉。国立白鳥大学文学部1年生。美白な肌と綺麗な茶色のロングヘア、美脚、丸い小顔が特徴。普段は青いワンピースを着ている。少しだけ女優として活動している。弟とよく喧嘩をしてしまうが、大切に思っている。
・山崎意義人(17歳)
山崎弘・美佐子夫妻の長男で、結衣の弟。高校2年生。結衣と比較すると地味な顔立ちだが、似ている部分もある。姉とは仲良しだが、よく喧嘩もする。
・山崎弘(45歳)
山崎義郎・文枝夫妻の長男で、結衣と意義人の父。容姿は、眼鏡をかけた地味な丸顔で、髪は少し薄く、小太りである。愛娘の結衣を溺愛している。
・山崎美佐子(42歳)
田辺寛夫・優美子夫妻の長女で、結衣と意義人の母。顔は結衣と似ているが、結衣よりもほんの少し面長。髪型は、若干ウェーブがかかった茶髪。優しい性格。
・大橋拓海(大学1年生)
結衣の同級生の男子。黒髪で若干面長なタイプのイケメン。結衣に好意を持っているが、その軽薄な性格は結衣の好きなタイプではない。
第一節 チャラ男
結衣は、いつものお気に入りの青いワンピースを身につけ、大学へと向かっていた。今日は、茜が体調不良で大学を休んでいる。あの時の着信音のこともあり、少しホッとしている自分もいるが、やはり親友がいないのは寂しい。
教室に入ると、結衣はいつもの席に座り、机の上にノートを広げた。授業が始まるまでまだ時間があるため、手持ち無沙汰にスマホをいじり始める。SNSをチェックしたり、友人の投稿にコメントしたり、他愛のない時間を過ごしていた。
すると、突然、耳慣れた声が結衣の耳に飛び込んできた。
「結ー衣ちゃんっ」
席に座ってスマホをいじっていた結衣に声をかけてきたのは、大学の同級生の男子である大橋拓海だった。拓海は、黒髪の整った顔立ちをしたイケメンだが、そのチャラチャラとした性格は、結衣のタイプでは全くない。結衣は、顔を上げず、スマホの画面に視線を固定したまま、そっけなく返事をした。
結衣「…なに、拓海」
結衣の冷たい反応にもひるむことなく、拓海はニヤニヤと笑いながら結衣の机の傍らに立つ。そして、突然、口で「ぐうぅぅぅ〜」と、猛獣の唸り声のような音を出し始めた。
結衣は、その音を聞いた瞬間、ゾッとした。まさか、拓海まで…!あの日の、結衣にとって黒歴史とも言えるお昼前の授業に、拓海も参加していたのである。拓海は、結衣の固まった様子を見て、さらに面白がっているようだ。
拓海「結衣のお腹から、ライオンの声が聞こえた日って、確か○日の授業だったよね〜?あれ、マジで爆笑したわ。まさか結衣のお腹から、あんなワイルドなサウンドが響いてくるとは思わなかったもん。」
拓海は、周りの生徒にも聞こえるような声で、楽しそうに話す。結衣の顔は、みるみるうちに赤くなっていく。茜との攻防の時とは違う、純粋な羞恥心が結衣を襲った。よりによって、一番聞かれたくなかったチャラい男子にまでネタにされるとは…!
結衣「た、拓海…!もう、やめてよ…!」
結衣は、小さな声で抗議したが、拓海は耳を貸さない。クラスの何人かの生徒も、拓海の言葉にクスクスと笑い始めている。結衣は、もう恥ずかしさのあまり、机に突っ伏してしまいたかった。あの日のハプニングは、結衣の中で、忘れ去りたい過去として刻まれていく。
結衣は、拓海のからかいに、もはや限界だった。結衣は、一瞬の間に、拓海の足元に狙いを定め、思い切り踏みつけた。
結衣「この、バカ!」
結衣の怒りのこもった一撃に、拓海は「いっっっっっってぇぇぇぇ!」と、少し情けない悲鳴を上げた。しかし、痛みで顔をしかめながらも、その表情はなぜか面白そうに歪んでいる。結衣の反撃が、かえって拓海の火に油を注いでしまったようだ。
拓海「いってぇな!結衣、容赦ねぇな!でも、やっぱ面白ぇわ、結衣!そんな顔真っ赤にして怒るところとか、マジ猛獣じゃん!」
拓海は、足を踏まれて痛む足をさすりながらも、さらにニヤニヤと笑い、結衣に追い討ちをかけた。もう、結衣の羞恥心は限界を突破していた。周りの生徒たちの視線が、痛いほど結衣に突き刺さる。結衣は、拓海のあまりの無神経さに、怒りを通り越して呆れてしまった。
結衣「もう、拓海なんて知らない!」
結衣は、そう言い捨てると、ガタッと椅子を勢いよく引いて立ち上がった。そして、拓海に背を向け、大股で教室を飛び出していった。結衣の耳には、拓海の楽しそうな笑い声と、クスクスと漏れるクラスメイトたちの笑い声が、追いかけるように聞こえてくる。
廊下に出た結衣は、早足で人気のない場所へと向かった。こんなはずじゃなかった。茜がいないから、今日は平和だと思っていたのに。まさか、あの時のハプニングが、クラスの男子にまで知れ渡っているとは。結衣は、人目を気にしながら、大きく息を吐き出した。もう、恥ずかしくて、この教室にはいられない。結衣の心は、羞恥心と怒りでグチャグチャになっていた。
第二節 怠惰な結衣
結衣は、人気の少ない休憩所に座り込み、スマホをいじっていた。ここは、大学の建物の裏手にあり、普段はあまり人が来ない場所だ。吹き抜ける風が心地よく、火照った結衣の頬を優しく撫でる。男子に揶揄われたとはいえ、授業をサボって、こんな場所でSNSに耽る姿は、結衣らしくない、と自分でも分かっていた。
東京大学出身の祖父・寛夫が、この孫娘の怠惰な様子を見たらどう思うのだろうか。きっと、こっぴどく叱られるに違いない。そんなことを考えていると、少しだけ罪悪感が募る。しかし、それ以上に、拓海への怒りと、あの時の羞恥心が、結衣の心を占めていた。
スマホの画面には、タイムラインが流れていく。楽しそうな友人の投稿や、美味しそうな料理の写真。そんなものを見ても、今の結衣の心は晴れない。ふと、茜からのLINEが目に入った。「ごめん、やっぱ熱っぽいから休むわ…って、結衣も授業中だよね?ちゃんと出てる?」
茜のメッセージを読みながら、結衣はため息をついた。茜がいれば、こんな風に一人で悶々とすることもなく、一緒に拓海の悪口を言い合って、笑い飛ばすことができたかもしれない。そう思うと、少しだけ茜が恋しくなる。
結衣は、スマホをそっと伏せた。心地よい風が、結衣の栗色の髪を揺らす。顔に当たる風が、少しずつクールダウンさせてくれるようだ。こんなところで時間を潰していても仕方ない。次の授業には出よう。そう心に決め、結衣はゆっくりと立ち上がった。まだ少し、怒りと恥ずかしさは残っているけれど、いつまでもこんな気持ちでいるのは、結衣らしくない。自分にそう言い聞かせ、結衣は再び教室へ向かって歩き出した。しかし、心の中では、拓海への仕返しを密かに企んでいた。
第三節 誘い
結衣は、次の授業にはしっかりと出席した。拓海の姿を見ると、まだ少し顔が引きつったが、何食わぬ顔で授業を受けていた。しかし、心の中では、どうやってあのチャラ男に仕返しをしてやろうかと、密かに策を練っていた。
授業が終わり、学食の時間となる。お腹の虫が「グゥ〜」と鳴りそうになるのを抑えながら、結衣は荷物をまとめ、教室から出ようと足早に準備を始めた。拓海と鉢合わせる前に、さっさと学食へ行きたい。
だが、結衣の思惑は外れる。教室を出ようとした、まさにその時、背後から拓海の軽薄な声が聞こえてきた。
拓海「結衣、俺と飯行こうぜ」
結衣は、一瞬にして眉間にしわを寄せた。よりにもよって、拓海と一緒になんか。
結衣「は?あんたとなんか、誰が行くもんですか」
結衣は、振り返りもせずに冷たく言い放った。学食でのランチは、結衣にとって日々の楽しみの一つだ。こんなチャラ男と一緒に行って、変な噂を立てられるのはごめんだ。それに、まだ先ほどの屈辱が、結衣の心の中で燻っていた。
『山崎結衣の憂鬱』第十一話につづく




