73話 気遣い
「子どもに関してまったく知識がありません!?
この時期は私は一体何を準備しておけばいいのでしょう!?」
マーサとキースのいる部屋で、ヴァイスが大仰に叫んだ。
「旦那様は絶対何もしないでください」と、マーサ。
「そうですね。私が用意しておくので何もしないでください。なるべく子どもの話題もださず今まで通りでお願いします」キースもコーヒーを入れながら答える。
「な、なぜですか!?」
速攻で二人に突っ込まれ、ヴァイスが顔を青くする。
「この時期、パートナーが慌てているのが一番妊婦を不安にさせるんですよ。これだから旦那様はポンコツなんですよ」
「そもそも過度に用意しておいて、流れた時どうするおつもりです? まずは安定期にはいるまでは今まで通り接する事を推奨します。その筋の腕のいい医者は本国から呼び寄せておきますので、何かあった場合の対応は万全にしておきますので、ご心配なく。体調を気遣うのは結構ですが、そちらの知識についてはシルヴィア様の方が上でしょう。旦那様は過度に口出ししないでください」
マーサがこめかみを抑えていい、キースもそれにうなずいた。
「何度も言うようで申し訳ありませんが、最近二人とも私に対する扱いが酷い気がするのですが」
「そっち方面ではポンコツですからね」
「はっきり申し上げまして、この件に関しては旦那様は足手まといです」
二人に嬉しそうに突っ込まれるのだった。
★★★
「……はぁ」
私はベッドでごろんと横になった。あれからヴァイス様に寝てないと!と部屋に連れていかれなぜかベッドに寝かされキースさんを呼びにいかれてしまった。
ヴァイス様が喜んでくれたのは純粋に嬉しかった……けれど同時に、私は子どもの誕生よりも、無事に育ってくれるかのほうが心配でいまひとつ子どもができるという実感がわかない。生まれなくて、ヴァイス様をがっかりさせたらどうしようという気持ちに押しつぶされそうになる。
心のどこかで――私に子どもができるわけないという不安が付きまとっている。
「シルヴィアごめん。
子どもの産めない君はこの家に相応しくないって母が言っていたんだ。
だから何も言わず離婚してほしい」
捨てられた時のセリフが脳裏に浮かぶ。
もうあの人に未練なんてこれっぽっちもないのに、あの言葉だけが私を縛り付けている。
ちゃんと子供の誕生を喜びたいという気持ちと、流れたらどうしようという不安。
心なしかお腹のあたりがちくりとした気がした。
……ごめんね、情けない母親で、ちゃんと元気に生まれてきてね。
私は心の中で謝るとお腹をさする。
ちゃんと無事に生まれてくれますように。
★★★
「オー!ミセスシルヴィア!会いたかったでーす!」
あれから四日後。なんとなく、落ち着かない日々をすごしながら、私が気晴らしにポーションをつくっていると、ミス・グリーンが嬉しそうに工房にはいってきた。
「ミス・グリーン!?どうしてここに?」
「ハイ!まだしばらくここに滞在すると聞いて遊びにきちゃいました♡ 貴方にはいっぱい教わりたい事があるのに先延ばしはきついデース」
言いながら、私に抱き着いた。
「彼女がどうしてもといって聞かなくて、相手をしてあげていただけますか。マイレディ」
一緒に部屋にきたヴァイス様がいいながら、私の手の甲にキスをする。
するとミス・グリーンがヴァイス様に笑いながら
「NO!しばらく私のものデース!旦那様はお仕事―♪」
そう言いながら、ミス・グリーンがヴァイス様から私の手を取り上げる。
「流石に独り占めしていいとは言っていませんが?」
ヴァイス様がむすっとしてミス・グリーンに抗議すると、「子供のことで不安にならないように夢中にしてあげてくだサーイとお願いしたのは旦那様! ということは私とイチャイチャするのが道理デース」と、ミス・グリーンがウィンクする。
「そ、そういうことを本人の前で言わないでいただきたいのですが」
「NO!これちゃんと言わないと、嫌われたとまた勘違いするNE!不安は妊婦の敵デース!そういう事なので、私と一緒に錬金術でイチャイチャしまショー!」と、ミス・グリーンが抱き着いてくれる。
「ヴァイス様……」
私がヴァイス様の顔を見ると、
「打ち込みすぎはよくありませんが、不安ですごすより、貴方の好きな事で時間を過ごしたほうが有意義でしょう?」
と、笑ってくれた。思わず嬉しくて泣きそうになる。
「ありがとうございますっ。ヴァイス様」
「はい。あなたの魔法使いですから」
言いながらおでこにキスをしてくれた。
「とういわけで、お化粧の試作品つくり頑張りましょうNE!ミセスシルヴィア!」
ミスグリーンの言葉に、ヴァイス様が気を使ってくれたこと、好きな研究ができること、ポーションについて語れることの全てに嬉しくて私は「はいっ」と答えた。
確かに不安でうつうつとしているより、新しい事に取り込んでいた方が気がまぎれる気がして、私はヴァイス様に感謝する。
「大好きです、ありがとうございますヴァイス様」
私が言うと、ヴァイス様も頬を染めて嬉しそうに微笑んでくれて、キスをしてくれた。
★★★
「ヴァイス様」
工房からでて、執務室に戻り椅子に座るとヴァイスは隠れていた部下に名を呼ばれる。
王城の方を調べさせている密偵の一人だ。
「貴方が自らここにきたということは何か進展はありましたか」
ヴァイスが椅子に座り脚を組んだ状態で問うと、黒を基調としたスーツに身を包んだ部下は頷いた。
「どうやらプランGの方向になりそうです」
「なるほど。なかなか面白い展開になってくれましたね。あちらが仕入れた商品からも、方向性は間違いないでしょう」
ヴァイスは言いながら意地の悪い笑みを浮かべる。
王族連中はこれだから面白い。
あの頭の悪い連中は準備を着々と進めているようだが、全てヴァイスの手のひらで踊らされている事にすら気づいてない。
ヴァイスに喧嘩をうるからと、ランドリュー家と険悪な仲と噂される商家から、必要な材料を仕入れている。……が、そもそも仲たがいし、険悪だと見せかけているだけで、実はすでにその商家はヴァイスの支配下だ。別々の場所から仕入れてごまかしているつもりらしいが、仕入れている商品は筒抜けでそれらから何をしようとしているか、ヴァイスには手に取るようにわかる。
ご丁寧に証拠までヴァイス側に提供してくれるのだから、彼らには感謝しないといけない。
あの王族連中にヴァイスのために犠牲になってもらう日も遠くない。
だが、問題は、あの王族連中がリックスを利用していることだ。
彼に失望をあたえるために、必ず一度リックスとシルヴィアを接触させようとするだろう。
彼らとて目的はシルヴィアなため、彼女に危害は加えないだろう。だからリックスとシルヴィアを会わせて、シルヴィア自身にリックスへ、言うべきことを言わせ、彼女の気持ちに整理をつける予定だったが……。
(妊娠しているとなると、やめたほうがいいのか……迷うところですね。
本当にこちらにきてからは、思うように事が進みません)
ヴァイスは困ったように考え込むのだった。








