止めて、押さないで!
「で、あの変態君は正式に俺達が預かることになった。カラファとブルーノ達は釈放して様子見だな」
レオナルドの兄貴はギルドの応接室で、僕にホテルゴンダでの騒ぎの顛末についてそう告げた。今はあの事件から翌日の夜だ。トンネル工事の土砂運びが終わると、僕は報酬を受け取る時に受付さんからギルドの応接室に来るように伝えられた。そして、応接室に行くと兄貴と姉御、そして珍獣がいた。それから、テーブルを囲んでコーヒーを飲みながら事の顛末を聞いたのだ。尚、マッソォさんには先に帰ってもらっている。
「……そうですか」
僕は兄貴の話に素直に頷く。やはり、カラファとブルーノ達を捕まえることはできなかったらしい。まあ、捕まったとしても予防線を張っているのは予想していたし、先に色々と根回しもしておいたんだろう。はあ、それにしても変態はあれだけ暴れておいて、兄貴達メンバーの下働きとして根性を鍛え直すだけとか……マジで羨ましい。
「まあ、カラファ達のことは納得できないだろうけど。あいつをカラファ達から引き離せただけでかなりの成果を得られたと思うぜ。あんな目にあったわけだし、しばらくはカラファとブルーノもおとなしくしていると思う。特にブルーノは慎重な奴だし、俺が町にいる間は何もしないだろう」
兄貴はそう言うと、コーヒーをすする。コーヒーを飲む姿も格好良い。
「少し、質問をいいか?」
珍獣が兄貴の方に顔を向ける。
「何だ?」
「あのアーサーという少年は結局何者だったのだ? あの年であれだけの力を持っているのなら、少しは噂になっていてもいいはずだが」
「あいつは国外の人間だ。数日前にこの町に来たっていうのは知っているだろう?」
「ああ」
珍獣が兄貴の言葉に真剣に頷く。
「とある国で暴れん坊だったみたいでな。カラファはアーサーのことを知っていて雇うつもりだったみたいだ。悪いが色々と事情が込み合っていてな。それ以外の情報は話せない」
兄貴の言っていることは嘘だろう。きっと、兄貴も転生者や転移者のことを知っていると僕は思う。
「……分かった。あと、お前は遠征に出かけていたようだが何でこんなに早く戻ってこられたんだ?」
「それは師匠が高価なマジックアイテムを使ってくれたおかげだな。おかげで帰りが早くて楽だったぜ」
「なるほど、それで……」
兄貴は笑顔で答え、珍獣は一人で納得しているようなそぶりを見せる。遠征? 師匠? どういうことだ?
「レオ、マサムネ君が不思議そうな顔をしているわよ」
姉御は僕にちらっと視線を向けると、フォローしてくれた。助かります、姉御。
「俺達はお前と会った次の日にカラファの依頼で、魔物の討伐依頼を受けたんだよ。別に俺でなくても4つ星で倒せる奴だったんだけどな。少し、遠い場所だったから通常の移動だったら帰って来るのにもう2日はかかった。今思えば俺を町から遠ざけようとしていたんだろうな。で、魔物を倒したから帰ろうと思った時に、師匠がいきなり「ポータル」で現れたわけだ」
「えっと、ポータルって何ですか?」
「ポータルは簡単に言うとワープのできる門よ。貴重な魔道具だけどその場の空間を歪めて、知っている場所や人の近くに移動できる門を作るの。使い捨ての道具だし、かなり高価だから滅多なことでは使えないんだけどね」
兄貴の代わりに姉御が僕に説明をしてくれる。説明から推測する限りでは、ゲームとかでよく見られる瞬間移動系のアイテムと考えればいいかな。
「……なるほど、で、師匠というのは?」
「少年、レオの師匠は君と同じだ」
兄貴の代わりに珍獣が僕の疑問に答えてくれる。
「……あ、そういえば、前に一人だけ弟子を取ったことがある聞いたことがあるような」
僕は以前に師匠が一人だけ弟子を取ったことがあると聞いたのを思い出す。
「あ? なんだ、その言い分だと、お前も師匠の弟子なのか?」
兄貴は驚いた表情を浮かべる。どうやら、僕の話を師匠は兄貴にしていないようだった。
「……ええ、まあ。えっと、兄貴はどういう経緯で弟子になったんですか?」
兄貴と同じ師匠の弟子になったと思えば嬉しい気持ちになっても良いのだが……あれの弟子だから、そんなに喜べないな。
「俺の時は「教えてやる」って無理やり押し掛けられてな。冒険者になりたての時に天才とか呼ばれていて少し調子に乗ってしまって、師匠に「このままじゃあ、ろくな奴にならない」とか言われて無理やり弟子にされた。押し掛け女房ならぬ、押し掛け師匠って奴だな」
「なるほど、兄貴と師匠にそんな過去が」
「こいつはともかく、マサムネ君はよく弟子になれたわね。あの人、弟子を取らないので有名なのに」
姉御が僕に向かって口を開く。
「僕の場合はほとんど抵抗なく弟子にしてくれましたよ。ははは、年を取ったからじゃないですかね?」
僕は無垢な純粋ボーイを演じて答える。あ、このコーヒーやっぱりおいしい。
「ふーん、そんなものなのかな」
姉御は僕の返答に疑いは持たなかったようで、そう言ってコーヒーをすする。
「……他に聞きたいことはあるか?」
兄貴が僕と珍獣に尋ねてくる。
「えっと、兄貴はカラファ達にたてついて大丈夫なんですか?」
僕は念のために兄貴が大丈夫なのか聞いた。師匠が助けを求めるために呼んだのだから、大丈夫なのだとは思うのだけど。
「俺はこの町の子爵位だったら抑え込めるくらいのコネを持っている。今回も近隣の貴族に口添えして貰ったから大丈夫だ」
「良かった。それなら、大丈夫ですね」
兄貴の返事に僕は安堵する。やはり、5つ星冒険者ともなるとそれなりの権力を持つようだ。
「他に何か質問はあるか?」
兄貴は僕と珍獣に視線を送る。僕と珍獣は首を横に振って返答した。
「じゃあ、これでお開きだな」
兄貴が立ち上がると、姉御もそれを見て立ち上がった。
「こっちでもカラファとブルーノ達はマークしておくから、安心していいわよ。じゃあ、機会があればまた会いましょう」
「じゃあな」
兄貴と姉御はギルドの応接室を出て行った。僕と珍獣も彼らが出ていくのを見届けるとしばらくして宿へと戻っていった。
……2時間後。
僕はエレナさんと師匠から槍の訓練を受けていた。師匠はエレナさんが修行メンバーに加わったことで訓練の仕方を変えたらしく。僕はエレナさんと横に並んで突き、払い、叩きの動作を繰り返し行っていた。
「あー、また、戻っておる。踏み込みのタイミングはこうじゃ」
僕は師匠に踏み込みのタイミングを直される。
「あー、違う、違う。もっと脇をしめて」
「こうですか?」
「脇を開き過ぎじゃ!」
……僕ばかり指導を受けている。もっと、隣で指導を受けたがっているあなたのお孫さんを指導してあげてください。こちらを羨ましそうに見ていますよ。
「はあ、やっぱり才能がないのう。少し早いがエレナ、こいつと模擬戦をしてみなさい」
「……え、こんなに早くいいの? 一週間くらいは基礎って言っていたけど」
「こいつの場合は実際に戦った方が性に合うみたいじゃからな。それに槍を素振りするだけでは身につかないことの方が多いしの。昨日のあれを見たんじゃろ?」
「……確かにあの時のマサムネ君は凄かったわね。男3人の攻撃とソフィアとリンダの魔法を全て捌き切って、結局5人を倒したんだから」
あの事件の後、ゴルサン狂信者達に襲われた僕は、謎の第六感のピキーン音に従って動くことで全員を倒すことに成功していた。自分でも信じられないが、傷一つ追っていない。ちなみにエレナさんがその光景を見かけたのは、僕が5人と激闘を繰り広げている時に帰宅したからだ。
「でも、今のマサムネ君を見ると信じられないわね。短剣の方が才能あるのかな」
エレナさんは不思議そうに僕を見ている。すみません、槍の才能があんなになくて。
「だが、冒険者を続けるなら、槍の方が扱いにくいが覚えておいた方がいいぞ。難敵と短剣一本で戦うなんて普通は自殺行為じゃからな。そこにあるのを着て模擬戦じゃ」
師匠が指差したところには簡素な兜、鎧があった。僕とエレナさんは師匠の指示に従ってそれを着る。
「馬鹿弟子、一応言っておくが、馬鹿力は出さないでエレナにスピードを合わせろよ。練習用とはいえ、お前の力では怪我してしまう」
僕は師匠の言葉に頷く。エレナさんは僕が5人と戦っていたところを見ていたからか、特にその会話には入ってこなかった。
「じゃあ、よろしくお願いします」
「お願いします」
僕とエレナさんは師匠に指示された位置に行くと向き合う。エレナさんは積極的なのか、僕より先に突きを放ってきた。僕の頭の中でピキーンと……あれ? 鳴らない。なので、紙一重で胴に当たりそうだった突きを横に避ける。
「はっ、やっ、とおっ」
エレナさんは僕が反撃しないことをいいことに、次々と攻撃を仕掛けてきた。僕よりも様になっている。だが、師匠と違ってフェイントが混じっていないのでかなり単調だ。僕は余裕をもって避ける。そして、エレナさんが息切れしてきたところで、僕は師匠の真似をしてエレナさんの槍を脇で挟み込むと、そのままエレナさんの胴の鎧に槍の先をこつんと当てた。
「勝負ありじゃ。まあ、こんなもんだろうな」
師匠は顎をかきながら平然とした表情で言う。
「はあ、はあ、はあ」
エレナさんはかなりの汗をかいていた。兜と鎧を着ていることもあり、かなり疲れているのだろう。
「エレナは少しそこで休みながら儂の動きを観察していなさい。決して、この馬鹿弟子の動きを真似したらいかんぞ。こいつは普通じゃないからな。取り返しがつかなくなる」
「……はい。分かりました」
エレナさんはそう返事をすると、兜と鎧を脱いでその場に座り込む。汗をたくさんかいているからか服が肌に張り付いている。惜しむべきは、夜だからか暗くて少し見えにくいことだ。だが、ここまで近いとスケベ心がばれてしまうからな。見るのは我慢だ、我慢。
「さあ、来い。馬鹿弟子」
「はい、よろしくお願いします」
僕は威勢よく声を出した師匠へ向けて槍を構える。すると、頭の中でピキーンと音が鳴った気がした。僕は師匠のフェイントを交えた攻撃をきちんと見切って避ける。あれ? 今度はきちんと第六感が発動した。
「しっ、しっ、しっ」
師匠は逃げ道を限定させるように、フェイントを織り交ぜながら突きを繰り出してくる。僕はそれを避けながら、今まで第六感的な音が聞こえた条件を思い出そうとしていた。えっと、先ずは、師匠、珍獣、リンダ様に襲われた時……昨日の事件の後を考えるとソフィアも……全員ゴルサン狂信者だな。珍獣が能力とか言っていたけど、もしやこの第六感はゴルサン狂信者限定なのだろうか? 攻撃に意識を集中させるが第六感は発動しない……ゴルサン狂信者達が襲ってくるとき限定の第六感……これは使える能力なのだろうか? いや、とにかく訓練に集中しよう。
そして、結局は僕の素人攻撃ではフェイントを織り交ぜても師匠は捕えきれない。また、師匠の攻撃は僕を捉えきれないという状況が続く。そして、師匠がスタミナ切れする前に僕は槍を師匠に放り投げて隙を作り、短剣の訓練を始めることにした。そして、依然と同じように師匠がスタミナ切れになったところで、僕は攻勢に出て勝利を手に入れる。
「マサムネ君、すごい」
エレナさんが僕に拍手をくれる。外から見ると曲芸をしているみたいで面白いのかもしれない。あと、拍手がすごく嬉しい。今までは淡白な修行だった気がするけどこういうリアクションがあると新鮮だ。
「……お前、避ける動作だけは天下一品じゃのう」
師匠は仰向けになって息を切らしていた。
その後は、練習道具を片付けたあとに二人に別れを告げ、宿の自分の部屋で「導きの光球」の練習を一晩中練習した。そして、朝となり、朝食を取るとギルドへと僕は向かうことにする。ちなみにまだ不安要素が排除されたか心配なので、今日までは珍獣と共に向かうことになっている。明日の安息日が明けてからは再び一人で向かうことにする予定だ。
僕がギルドの受付へ向かうと、そこにはリンダ様がいた。今日はピッポさんでなくリンダ様と採取することになっている。
「マサムネ君、来たわね」
「リンダ様、今日はよろしくお願いいたします」
僕は失礼にならないように挨拶をした。そして、受付さんに手続きをしてもらい、ギルドを出発しようとした時だった。
「お、お前は!?」
「うん?」
そこには見知らぬ強そうな髭のおじさんと変態がいた。変態はこの前よりもグレードダウンした安そうな剣、革の鎧を着ている。一方で、強面のお兄さんは立派な剣を腰に2本と金属の鎧を装備していた。
「何だ、アーサー。知り合いか?」
強面のお兄さんは僕の方を見ると変態に聞く。どうやら、彼の方は僕のことを知らないらしい。
「そ、そうと言いますか、何と言いますか……」
変態はしどろもどろにお兄さんに答える。態度が2日前とはまるで別人だ。一応、反省はしたのだろうか?
「あ、君がマサムネ君か」
すると、強面のお兄さんは思い出したかのようにポンと手を叩く。
「俺はリーダーからこいつの教育係を任されていてね。ロベルトという。よろしく」
ロベルトさんは僕に手を差し伸べてきた。僕も手を出して握手をする。印象的にこの人もかなり強いのだと見受けられる。変態の教育係ということは押さえつける力は最低限持っているのだろう。
「おい、お前はマサムネ君に迷惑をかけたのだろう? 先ずは謝りなさい」
ロベルトさんは変態に謝るように促す。何となく、こいつが謝るのは想像がつかない。そして、やはり変態はそれに激しく抵抗をしていた。態度は変わっても性根は変わらないのかと思っていると。ロベルトさんは変態の背中を押して無理やり僕の前に出してくる。
「止めて、押さないで!」
だが、よく見ると変態の視線は僕を見ていない。何か、おかしいと思って彼の視線を辿るとそこにはリンダ様が笑顔で変態に手を振っていた。そう言えば、変態はリンダ様から拷問を受けていたのを忘れていた。これは仕方がない。僕なら漏らす自信があるわ。




