くそっ、ここから本当の戦いが始まるとは!?
「まあ、まあ。あまり怒ると折角の美男子が台無しですよ。坊ちゃん」
変態の興奮した様子にブルーノが変態を諫めるように声をかける……坊ちゃんって。
「そうですよ、坊ちゃん。おい、そこのカス二人! 坊ちゃんを変態呼ばわりとは何事だ!」
取り巻きAが僕等に大声で文句を言ってくる……カスはその宿にいるぞ、失礼な。
「賠償金として金貨1億枚必要だな。ヒャッハー!」
取り巻きBがいつも通り「ヒャッハー!」と叫ぶ……相変わらず、この人は無茶な金額をけしかけてくるな。
「流石に金貨1億枚は言い過ぎだな。せめて、銅貨1枚だ」
そして、アランさんが取り巻きBの言葉を真に受ける。
「それは本気で言っているわけではないですよ。アランさん」
僕は思わず真顔で冷静に突っ込んでしまった。
「何? それでは冗談なのか? ふむ……すまない、そこの君。正直言ってつまらない。あまり、芸人としてセンスがあるとは思えんな」
「ヒャッ!? ヒャハッ!?」
取り巻きBは芸人に間違えられて困惑している。この世界にも芸人はいるんだな。
「まあ、まあ。双方とも落ち着きなさい」
すると、変態の背後にいた貴族っぽい男が前に出てきた。
「君は彼に話があってきたんだろう?」
貴族っぽい人は粘着質な笑顔で変態を諫める。
「……ああ、すまない……そう言えば、お前にはまだ名を名乗っていなかったな」
変態は貴族っぽい人に諫められて冷静になったのか、急に髪をかき上げて気取ったポーズを取った。そのように無理に気取ると逆に芸人にしか見えない。
「きゃー!」
だが、僕の感想とは裏腹に背後の人だかりからは黄色い声援が聞こえた……イケメンは何をやっても許されるのだろうか?
「俺の名前はアーサー・エクスカリバー! 神に愛された人間だ!」
「「「わー!」」」
変態は剣を天高くかざして決め顔で高らかと雄叫びを上げた。ブルーノたちがパチパチと拍手をしている……完全にナルシストを通り越しているし、絶対に偽名だろう。しかも、僕よりネーミングセンスがひどい。でも、一生懸命考えた名前なんだろうな。きっと、誰かに頭の選定の剣が抜かれてしまったのだろう。
「なあ、彼からはすさまじい何か……こう、言葉に言い表せない恥ずかしさを感じるのだが気のせいだろうか?」
アランさんが僕の耳にこっそりと耳打ちしてきた。
「お前が言うな……と言いたいところですが、多分ゲーム、いや、何か変な小説を読んだとかできっとお腹でも壊したんですよ」
僕もこっそりとアランさんに耳打ちする。
「……小説でお腹は壊れるものなのか?」
「おい! こっちを向け!」
変態が大きな声を声でこちらを呼ぶ。仕方がないので僕等は話を中断してあちらを向く
「えっと、変態は結局何をしたいの?」
「アーサーだ! アーサー! エクスカリバー! ……はあ、君という凡人にはこのセンスは理解出来ないんだろうな」
再び、変態は髪をかき上げる。いや、たぶん一生理解できないと思う。尚、今度は黄色い声援は聞こえなかった。
「理解できなくて結構です。えっと、用件をなるべく手短にお願いします」
「こういうことだ!」
変態は僕に向かって白い手袋を投げた。手袋が変態と僕の間に落ちて数秒の沈黙が流れる。
「……出来れば分厚い革製のものが欲しいんだけど」
「やるんじゃない! これは決闘の申し込みだ! 拾え! そうすれば、決闘を受けたことになる!」
「ええ、決闘とか何のためにやるか分からないんだけど……」
「クックック。まあ、そういうとは思っていたよ。ちょっとはね」
そこで、変態はソフィアの方に顔を向ける。あ、これって人質って奴? リンダ様とカスは何をしていたのだ?
「ここからは私が話しましょうか」
貴族っぽいおっさんが話を遮って、変態よりも前に一歩出る。
「マサムネ君、初めまして。私は陛下より子爵をうけたまわっている、フランチェスコ・カラファです。アーサー君との関係は身元引受人といったところかな」
カラファは意外にも丁寧な対応をしてくれているが、変態はカラファをちらりと不機嫌そうに見る。態度からすると、どうやら仲は良くなさそうである。
「私は交渉というのはあまり得意ではないから、彼の目的をはっきりと言わせてもらう。彼は君に復讐をしたいそうだ。君を連れて来いと、家で暴れて困ってね。私の家には彼に敵う者がいない。報酬は渡すから、私を助けてくれないか」
カラファは懇願する態度ではなく、真顔で表情を全く変えずに僕に言う。
「少年」
アランさんがこちらに目配せをしてくる。僕はそれに頷く。
どう考えても、カラファとやらの発言はおかしい。何で、家で暴れる男にそんな高そうな装備を渡しているんだよ。何か、剣からビームとか出そうなほどの業物に見えるぞ。脅されたにしろ、もうちょっと弱そうな装備を渡せ。
「カラファの言う通りだ、マサムネ。この娘と彼らを傷つけたくなければ決闘を受けろ」
変態は剣先を彼らに向けると、何かを企んでいそうな笑顔でニヤニヤしている。
「ああ、このままじゃあ坊ちゃんがまた暴れちまう。兄さん、助けてくれよ」
ブルーノがわざとらしく怖がったふりをする。
「今までのことは詫びるから助けてくれ」
取り巻きAが大げさにこちらに両手を合わせながら叫ぶ。
「ヒャッハー! ヒャッハー!」
取り巻きBが両手を上げてその場であたふたし出す。一応、パニックになっている仕草をしているつもりなのだろう。
「えっと……その……」
ソフィアは彼らを見て自分も何かリアクションした方が良いと思いつつも、何もできずに首を左右に振ってオロオロと困惑している……かわいい。
「少年。手袋は絶対に拾うな」
アランさんは小さな声で僕にだけ聞こえるように囁く。
「いいのか? マサムネ。このままじゃあ、この娘……いや、彼等が傷ついてしまうかもしれないな」
変態はソフィアに近づいて顔に剣先を向ける。ソフィアはそれを見て、とても青ざめた表情になる。
変態の口振りからすると、カラファとブルーノ達はどうやら、変態を利用して僕に何かしたいらしい。おそらくだが、彼らは僕が転移者だと考えているのだろう。決闘を受けさせたいということは戦闘能力が高いか確かめたいと言ったところか。そして、ブルーノ達は自分達が犯罪にならないようにしている。また、変態の態度から見ると、捕まったとしても貴族の権限を利用してすぐに保釈されるようになっているのだろう。汚い、流石は変態、貴族とブルーノ、汚い。
「おい、さっさと拾えよ! ……はあ、僕は短気な性格でね……そうだな、10秒数えるうちにその手袋を拾わなければ、この娘の顔に一生ものの傷がつくかもしれないな」
「若女将!」
「動くな! ……マサムネ以外が動いたら手が前に出ちゃうかもよ?」
アランさんが前に出ようとするのを変態が制する。ソフィアは目が泳いで剣先と僕を交互に見ている。
「じゃあ、数えるよ。1、2……」
なるべく、煽って時間稼ぎしたつもりだが、もう引き延ばせそうにないな。時間をかければ、カスが助けてくれるかと期待していたのに……
「分かった。今、手袋を取りに行くから、剣をせめて引いてくれないか? 彼女が怖がっている」
状況からしてもうこれしか手段はないだろう。僕はソフィアのために手袋を拾いに前に歩き出す。
「……ふん。さっさと拾え。僕もなるべく他人を巻き込みたくはないんだ」
僕が前に歩くのを見ると、変態は剣先をソフィアの前から降ろした。また、それを見て演技を止めたのか、カラファとブルーノ達が下卑た笑顔を浮かべる。
僕は……手袋の前で……かがんで……「いきなりフラッシュ!」
※注:心の中で叫んでいます。主人公は馬鹿ではないので、自分のやった行為と見破られないために無言で行っています
僕の頭から光球が飛び出て周囲が閃光に包まれる。そして、僕は目を閉じながらも、素早く鞄から「ゴルサンの魔導書」を取り出して背後に投げた。そして、仰向けに倒れて気絶したふりをする。
「ごりゅしゃんの魔じょう書!」
「ゴルサンの波動!」
僕には目を閉じていても、その場に響いた声だけで何が起こったか手に取るように分かった。成功だ。何で泣けるのかは分からないが成功だ。
光が止むとホテルゴンダの前では変態達が「目があ、目がああああ」と口走り、取り巻きBだけは「ヒャッハー! ヒャッハー!」と叫んでいるのが聞こえた。背後の人だかりからも「目があ、目がああああ」の合唱が聞こえるのは無視するとしよう。
そして、念のためにうっすらと目を開けて背後を確認すると、「ゴルサンの魔導書」にはソフィアと珍獣、そして、カス、リンダ様、えっと……ピッポさんが群がっていた……何か人数が増えているんですけど!?
「やるじゃねえか。坊主」
僕は聞き覚えのあるイケメン声に思わず、薄目を開けて声が聞こえた右の方に首を振ってしまう。そこには、ギルドでブルーノに絡まれていた時に助けてくれたレオナルドの兄貴がいた。近くにはパートナーらしきポニーテールの女魔術師もいる。女魔術師も僕が起きているのに気がついているのかウィンクをしてくれた。やばい、この人も姉御と呼ばせていただきたい空気を感じる。だが、僕は「兄貴! 姉御!」と叫びたいその衝動を何とか抑えて、再び完全に目を閉じると、気絶したふりをし直す……ぐふっ。
「くっそぉ! 何だ、貴様は!?」
変態は目が戻ったのか怒り狂った大きな声を叫んだ。
「そんな恰好しているのに俺を知らないのか? 珍しい奴だな」
兄貴は変態の武装した状態を言っているのであろう。どうやら、口調から変態を挑発しているようだ。
「ちっ、あの光はお前らか?」
次はカラファの声が聞こえた。声に焦りが少し入っている……兄貴の登場に慌てているのか?
「さてな? とりあえず、俺ではないな。お前は分かるか?」
「いいえ。さっぱり分からないわ」
兄貴の言葉に姉御が返事をする。姉御の相手を煽る口調も格好良いです。
「坊ちゃん、とりあえず、あの娘を……あれ?」
「それなら……俺の背後のあれだ」
ブルーノの声が聞こえるとともに兄貴の困惑した声がした。後ろでは本のページをめくりながら何やらゴルサン狂信者達が意味の分からない問答をしている声がする……うん、無視することにしよう。
「いつの間に!?」
取り巻きAの驚いた声がした。
「ヒャッハー!?」
取り巻きBのが「ヒャッハー」した。
「くそ……おい、そこの男! そいつを起こせ!」
「何だ? そこの男っていうのは、俺のことか?」
変態の言葉に兄貴が返答する。おい、変態。兄貴にその口の聞き方は何だ!
「そうだ。俺はそこに寝ている男と決闘したいだけだ。邪魔はしないでくれるかな」
「……決闘ねえ。おい、坊主、大丈夫か? 起きろ」
兄貴が僕を揺さぶる。兄貴が言うなら、起きた方が良いのだろう。
「……えっと、あれ? 何が……」
僕は渾身の演技で気絶していたふりをしながら起き上がる。
「気がついたか、今の状況は分かるな?」
「えっと、変態が……」
僕は変態の方を見ながら言葉を出す。
「変態? あいつのことか?」
「へ、変態?」
兄貴と姉御が困惑する。
「いつまでも同じ問答はやらせるな。僕はアーサー・エクスカリバーだ」
変態はテンション低く僕に言う。叫ぶのは飽きたらしい。
「……で、状況は分かるよな」
「ええ、あいつから決闘を申し込まれて」
「なるほど、それで手袋が落ちているわけか」
兄貴は手袋の方に目をちらりと向ける。
「で、お前は受けるのか?」
「えっと、今の状況では受ける理由もないです」
「だよな。おい、決闘を受ける気はないってよ」
兄貴は変態の方に向かって叫ぶ。
「ふざけるな! ……こうなったら!」
変態が剣を天に掲げると、剣に力強い白光が纏われる。そして、変態はそれを両手で正面に構えると邪悪な笑みを浮かべた。どうやら、完全な実力行使に出ようとしているらしい。
「おい、勝手は止めろ! とりあえず、今日は撤退だ!」
カラファが慌てた様子で変態の肩を掴む。
「うるさいんだよ、小悪党共が」
変態が手を振り払ってカラファとブルーノ達を冷たい視線で睨むと、彼らは突然泡を吹いて倒れた。あれ? 変態さん、実はかなり強い?
「さて、邪魔はいなくなったな」
そして、変態さんは僕に向き直る。初めと違ってかなりシリアスな様子で暗黒面が物凄く際立った表情をしていた。手には聖剣っぽいものを持っているのに禍々しい雰囲気だ。
「……悪いが、俺と決闘を受けさせてもらうぜ」
それでも、まったく動揺を見せない兄貴は僕の前に出ると、手袋をぐりぐりと踏みつぶした。
「来いよ。変態」
兄貴は背中から槍も取り出さずに、右手を出して手首を内側に倒しながら挑発をする。ちょっと、待っていてください。そのまま、やられたら本気で格好がつきませんよ。
「死ねえええええ!」
変態は憤怒の表情で剣を両手で構えて切っ先をこちらに向けて突進してきた。僕から見てもかなりの速さだ。だが、兄貴は突進してきた変態を紙一重で避けると同時に足を払った。そして、勢い余って後ろのソフィア達に向かわないように腕で威力を減衰させる。すると、変態はその場で半回転して地面に叩きつけられた。
「がはっ!?」
変態は仰向けでカエルが死んだように情けない格好になる。幸いというか、吐血はしていない。肺から空気が出て行っただけらしい。
「……な、何が!?」
思い切り地面に叩きつけられたのに変態は気絶すらしていないようだ。こいつはどれだけ丈夫な変態なんだ!?
「思ったよりも、弱かったな……体術だけなら4つ星下位ってところか」
兄貴はおそろしいことを口走る。4つ星下位であれなのか。あ、でも拘留されていた期間を考えると1日でこの強さは逆に凄いのか?
「ま、とりあえず、今日は眠っとけ」
すると、兄貴は空中で何か不思議な文字を書き始めた。兄貴が指を動かすのを止めると、目に見える文字は変態の頭に向かっていく。文字はおそらく魔力で書いたものだろう。それを受けた変態はそのまま目を閉じるとすやすやと眠り始めた。
「アンナ。とりあえず、こいつらを持って帰る。みんなを呼んでくれ」
「はい、はい。……聞こえる?ちょっと、ホテルゴンダの前に……えっと、……そうそう」
女魔術師さんはアンナという名前らしい。姉御は何やら電話っぽい魔道具で仲間と連絡を取っているようだった。
「お前はあれを片付けてくれないか? こっちは、俺が責任持って捕まえておくから」
兄貴の指差した方を見ると、そこには未だに謎議論を交わし続けているゴルサン狂信者たちがいた。兄貴の態度を見ると、完全に慣れている気がする。何気に知り合いなのだろうか?
「……はーい。みんなきちんと職場に戻りましょうね」
僕はソフィアが手にしている「ゴルサンの魔導書」を回収する。
「「「「「あ~!?」」」」」
5人が一斉にこちらを睨んでくる。だが、僕は無視して今までで最速の動きで鞄の中に「ゴルサンの魔導書」をしまった。
「「「「「……あ、そういえば、変態は!?」」」」」
「……変態ならあそこです」
僕が指差した方向にはすやすやと眠っている変態がいた。そして、ゴルサン狂信者達は周囲を見渡し脅威が去ったことを確認すると、鞄をちらりと見て僕に襲い掛かってきた。
「くそっ、ここから本当の戦いが始まるとは!?」
僕は短剣を抜くと臨戦態勢に入った。頭の中でピキーンという音が鳴り続けて、5人の攻撃を僕はひたすら捌く。ちなみに兄貴達は仲間と合流するとこちらを見ないふりをして、変態達を担ぎ、その場を去っていった……流石に助けてくれないのですね。




