……コレガニンゲンノスルコトデスカ?
「ふふふ。慌てちゃってかわいいわね。大丈夫よ。犯罪をしない限りはそういうことにはならないから。それに真実の玉があるし、私達の出番も減っているのよね」
リンダさんは小悪魔的な笑みを浮かべながら言葉を続ける。受付さんがブルーノからの襲撃はないと言っていた意味が分かるような気がする。僕がブルーノだったら絶対に関わり合いになりたくない。初心者狩りどころではなく逆に狩られてしまうだろう。しかも、ブルーノは余罪も多いとの話なので、嘘をつき通さないといけないだろうから、拷問というおまけつきだ。
「……あれ? そう言えば真実の玉があるのに拷問って必要なんですか?」
僕は頭の中で疑問が浮かんできたのでとっさに質問をしてしまう。言葉に出してから、しまった、自分から拷問の話を続けてしまったと少し後悔する。
「そうね……と、時間ももったいないし歩きながら話しましょうか?」
リンダさんは採取していた場所から、元々歩いていた道へと向かっていく。
僕はそれを見て後を追った。少し傾斜のある場所だからか、リンダさんは道へ戻ると道の端で僕に手を差し出してくれていた。僕はリンダさんの手を掴むと道へと上がる。
「次はこっちよ。それで、拷問は必要かって話だったわね」
リンダさんは道の先を指差すと前方へと歩き出す。もちろん僕も後をついて行く。
「真実の玉で真偽が分からないのってどういう時だと思う?」
リンダさんは指先で僕にちょいちょいと横を歩くように指示をする。正直言って、僕の中では今まで出会った人の中で一番恐ろしい存在であるので、その仕草は怖いとしか言いようがない。しかしながら、反抗する気持ちもないので僕はリンダさんの横に並び立って歩くことにする。
「えっと……質問しても答えない時ですか?」
僕は少し考えた後に返事をする。先ず思いついたのがこれだった。
「ほとんどはそのケースね。あとは本人が真実を知らない時、魔力操作が得意な人が抵抗した時かな。真実の玉は感情による魔力の揺らぎを計測するものなの、嘘をついたときに魔力って流れが速くなったり、揺らぎが発生したりするから、それを拾って嘘かどうか見抜くそうよ。流石ゴルサンよね。そんな発想は中々思いつかないわ」
あれもごるさんによるものなのか。嘘発見器の原理でも応用して作ったのだろうか?
「やっぱり、ゴルサンは凄いわ。身体を痛めつけない拷問方法とかも……」
「あ、ゴルサンの話はさておき、真実の玉について続きをお願いします」
僕はリンダさんへの恐怖を有してはいたが、ゴルサン狂信者への拒否反応が勝って極めて冷静でかつ、機械のように話を遮った。この人もあの宿の従業員だったことを忘れていた。拷問官のゴルサン狂信者とか本気で誰が得するキャラなんだよと心の中で叫ぶ。
「あら……ごめんなさいね。熱くなってしまったわ。若女将にも言われたのに」
リンダさんは申し訳なさそうな態度を示す。少し疑問に思ったが、ソフィアの言葉はそこまで絶対的なのだろうか?
「……話の続きをするわね。真実の玉を使った尋問では口を開かない人もいるから、最終的に拷問が必要となることもあるの。あと、魔力操作が得意な人は、真実の玉に魔力を吸収されないように抵抗できるから、このケースでも拷問することがあるわね」
「なるほど……うん? ということは、拷問を必要とする案件が発生したということですか?」
僕は嫌なことに気がついてつい言葉に出してしまう。
「うん。今日は明日使うためのものを採取しにきたのよ」
僕はその言葉を聞いてあれらを使用されることになった人に同情を抱く。
「詳しくは守秘義務があるから言えないけど、意味不明なことを口走っている人が捕まったようで久しぶりのお役目が回ってきたの。真実の玉だけだと本当のことを言っているか判断に困るから私達に話が回ってきたらしいわ。本当に楽しみ。ふふふ」
リンダさんは不敵に笑う。笑いを止めて欲しい。せっかく美人さんなのだから、そのような笑顔ではなくもっと心が温まるような笑顔をしていただきたい。
「と、ところで森も深くなって進みづらくなってきましたね」
僕は拷問の話はこりごりなので話題を切り替えるべく、強引に話を変える。実際に近くの木の枝が伸びて道をふさぎ始めていたので、短剣などで枝をかき分けながら進む必要があるかもしれない。
「……そうね……と、ちょっと止まってくれる?」
リンダさんは急に真面目な表情になると僕が進むのを腕で制した。大人の女性らしい格好良い仕草だ。いつも、こうなら本気で尊敬できるのに。
「あそこにゴブリンがいるけど見える?」
「えっ、ゴブリンですか?」
僕はリンダさんが指差した方を見る。すると、確かに見えにくくはあるが十数メートル先の道から外れた場所で木にもたれかかっている緑色の肌をした生物がいた。眼を瞑っているので眠っているように見える。
「……眠っているんですかね?」
ゴブリンは腰巻のようなものをしているが上半身は裸だった。あと、肌に傷がいくらかついており右手に棍棒を持っている。ゲームに出てくるゴブリンとかもこんな感じだったような気がする。
「そうね。どうやら、はぐれゴブリンのようね。どこかの集落から追い出されたりしたのかしら」
「はぐれゴブリン?」
僕はリンダさんの言葉に反応して聞き返す。はぐれというからには、何かしらで追い出されたとかそういうものだろうか?
「ゴブリンって基本は集団行動をとるの。それに身体が傷だらけでしょう? きっと、何かやらかして集落を追い出されたのね」
「なるほど、それではぐれゴブリン」
僕は納得して頷く。どうやら、予想は当たっていたようである。
「こんなところで見るのは珍しいわね。どうする? 私なら眠っている間に魔法で倒せるけど、自分で倒せば階級を上げるのに役立つわよ」
「……無理です。何か、こう覚悟ができていません」
僕は腰にぶら下がっている短剣にそっと触れながら、熟考したが自分ではやれないと判断した。ゴブリンは緑色の肌とはいえ、体の構造が人間に近い。剣で切るにしろ、刺すにしろ想像するだけで怖い。
「……はあ。顔色も悪いし、そう言うと思ったわ。でも、他に襲ってくるモンスターがいない中で、一対一で戦える機会なんてめったにないわよ。冒険者になりたいならゴブリン位は1人で倒せなければ食べていけないわ」
リンダさんは真面目モードだからか先輩面をし始めた。先程までの拷問・ゴルサン好きの残念美人さんと同一人物とは思えない。
「……えっと、僕にはトンネルの土砂運びがあるので大丈夫かと思います」
僕は必死に反論しようとする。ちなみに僕が生き物らしい生き物を傷つけたのは、魚釣りをしたことがあるくらいである。あれも、針を抜いてクーラーボックスに放り込んだだけなので、直接殺した感覚は皆無だ。この世界にいる人にとっては同じかもしれないが、ゴブリンと魚を傷つけるのは全然違う感覚だと思う。
「あれも確か2年間くらいでしょ? その後はどうするの?」
「採取で何とか……」
「モンスターが出ない場所で採取なんてたかが知れているわよ。冒険者になりたくないならいいけど」
「ええと、薬を調合するとか?」
「それこそ、材料を採取するためにモンスターの巣に入っていくことになるわね。大丈夫よ。危なかったら私が割って入るから」
「別に倒す必要は……」
「街道まで出て人が襲われたなんてなったら、目覚めが悪いわよ。人のにおいがするこんなところまできているんだから、たぶん女をさらって苗床にするつもりよ。あの、ゴブリン。近くの洞窟とかに隠れ住んで集落とか作るつもりね。きっと」
アニメで見たゴブリンみたいにそんなことまでするのかよ。異種交配できるとか危険すぎるわ。森の中でおとなしくしてくれればいいのに。
「でも……」
だが、それでも僕は食い下がる。せめて、自分自身の手ではなく、何度か見慣れた後に行いたい。絶対手に殺した感触とかが残るもん。
「はあ……仕方がないわね。その籠は念のためにそこに置いてくれない? 近くで戦いの見本を見せてあげるから」
リンダさんは僕への説得を諦めてくれたようで、腰から杖を取り出して、杖を格好良く伸ばす。30cm程の杖は折り畳み傘のように棒の部分が伸びる構造となっていたようで1.5倍ほどの長さになる。
リンダさん格好良いですよ。ゴブリンなんて雑魚なるべく優しく血が飛び散らないように穏やかな表情で埋葬してあげてください。
「……はい」
僕はリンダさんに返事をして指示された通りに籠を降ろす。情けなくはあるが、何とか自身が戦わずには済んだようだ。
リンダさんは僕が籠を地面に置くのを確認すると、人差し指を舐めた。こういう時だからだろうか、とてもセクシーで頼もしく見える。今なら僕の全てをリンダさんに委ねていいかもしれない……拷問以外はだけど。
「風向きはこっちだから回り込んで横から仕留めるわね。足音をなるべくたてないようについてきて」
僕はリンダさんの言葉に黙って頷く。
ゴブリンは僕等から見て右前方にいた。リンダさんは風向きを読んで、右から回り込むことにしたらしい。僕も真似をして指先を舐めてみると風は右下に向かって吹いているのが確認できた。風向きを気にするということは、ゴブリンは鼻が利くのだろう。進行方向はまっすぐな道だったので、ゴブリンに気がつかなければ不意打ちを受けていた可能性もある。もっとも、リンダさんは僕と会話をしながらでも発見していたので、そんな可能性はかなり低いとは思うが。
リンダさんは風下から回り込むようにゴブリンに近づいていく。僕もなるべく足音をたてないようについて行った。道から外れている場所なので、地面に草や葉っぱ、枝などもたくさん落ちていることからどうしても小さな音は立ってしまう。だが、僕と比較するとリンダさんの足音は小さい、経験の違いなのだろうか? 歩き方にコツがあるのかもしれない。
リンダさんについていくと、ゴブリンから7、8メートル位だろうか? かなり近い位置までゴブリンに近づいた。これから先、余計な音を出せばすぐに気がつかれるだろう。先程の位置からでは少し傷ついている位だと思ったが、この位置からよく見るとゴブリンは身体中に傷を負っているようだった。
リンダさんは唇に人差し指を当てて静かにするよう僕にジェスチャーを送る。
「今から、魔法で仕留めるけど生き物を殺す感覚は覚えておいた方がいいわ。ちょっと、この杖を持って」
リンダさんは僕の耳元でそう囁くと杖を持つように僕を促す。リンダさんの真剣な表情と耳元の吐息に僕は誘導されるように杖を受け取る
「杖の先端をゴブリンの胴体に向けるようにして……そう。そのまま構えて」
リンダさんは僕の背後に回り込み、杖を握っている僕の手を上からそっと握る。
僕の背中には大きな胸が押し付けられており、僕は初めての獲物を前にしている緊張と、胸の当たる心地良さで動悸が激しくなっていく。柔らかくて、目の前のゴブリンはすやすや寝ていてこちらに気がついてないし訳が分からないよ……おふくろ、僕はとんでもない初体験しているぜ。
「そのまま動かないで……風よ。我が声に応えよ。彼のものに祝福を。背中を押す力となりたまえ、彼のものに敵を屠るための勇猛を与えたまえ」
リンダさんは相手に聞こえないようにするためかとても小さな声で呪文を唱え始めた。また、いつの間にか胸の暖かな感触はなくなり、僕の背中には先程とは違う感触の柔らかさがあった。リンダさんが僕の背中に手を当てているのだろう。気のせいか杖も手から離して……ってあれ?
「雄風の強襲!」
僕の背中が文字通り風に押された。リンダさんが呪文を叫ぶと、僕はそのままの姿勢でゴブリンへと猛スピードで突っ込んでいく。命の危険を感じた人間は周囲の光景がスローに見えると聞くが、僕も今同様の経験をしているようだ。周囲が物凄くゆっくり動いているように見える。僕は今、体が倒れないように腰を安定させて杖をまっすぐと標的へと向ける姿勢でゴブリンに突っ込んでいた。まるでガオガ〇ガーのヘ〇アンドヘ〇ンのようだ。
土埃を巻き起こしながらゴブリンへ突っ込んでいくと、杖の先端が当たる寸前にゴブリンは目が覚めたようで、自然と僕と視線が合った。僕は途轍もない罪悪感がこみ上げてきて、「僕のせいじゃない。僕のせいじゃないんだあ!」と心の中で叫ぶ。ゴブリンは僕の方を向いてしまったせいでみぞおちへと杖の先端がクリーンヒットしてしまう。また、かなりすごい勢いで突っ込んでいったせいか、杖がゴブリンの背中から飛び出しているのが見える。そのまま罪のない木を2本程なぎ倒しつつ、ゴブリンの眠っていた位置から数メートル先でようやく僕は止まる。そして、僕は杖に刺さったゴブリンを持ち上げたままの姿勢で固まっていた……ぐろい。血怖い。泣きたい。帰りたい。
「ゴ、グァ……ァ……」
ゴブリンは「な、何が……どう……」とでも言いたげに吐血をしながら、杖の刺さっているところを凝視するとゆっくりと顔を上げ、僕の方を見つめたかと思うと生きるのを諦めたかのように瞼を閉じて力尽きた。
その様子を見て、「はっ」と何かに気がついたかのように僕が杖を離すと、ゴブリンは地面にどさっと落ちる。
「ちょっと、威力高すぎたかな……どう? ゴブリンを倒すなんて何てことないでしょう?」
究極拷問官ヒトノココロガワカラナイの明るい声が背後からした。僕が振り返ると悪魔の笑顔でこちらを見ている。その瞳はモンスターの命を奪うことに何も感じていないように見えた……怖い。異世界人、超怖い。
「……コレガニンゲンノスルコトデスカ?」
僕は泣いた。そして、異世界にきてから初めて心の底から地球に帰りたいと思った。
ブックマークがいつの間にか増えていました。ありがとうございます。