了解であります!
「ええ。これからよろしくお願いします」
僕は土下座しているカスに笑顔で言う。
カスは僕の言葉を聞くとゆっくりと立ち上がった。
「……こほん。だが、今はもう夜更け。貴様も疲れておるだろうし、休むのも修行のうちじゃ。修業は明日からにする」
カスは仕切り直すように決め顔で告げると、その場から去ろうとする。
「いや、全然疲れていないです。眠れなくて降りてきたので、今から修業をお願いします」
僕は背面から肩を掴んでカスを制止させた。
「……ええ。今からやるの?」
カスは物凄く嫌そうな表情をしていた。
「今からで」
僕は笑顔で肩を掴む手に力を込める。
「儂、長時間気絶していたからか、眠れなくて少し体を動かしていただけなんだけど……」
僕は更に手に力を込める。ミシミシとカスの肩から音が鳴り始めた。
「……は、はい。やります。やらせていただきます」
カスは顔色が悪くはあるが笑顔で僕の要請に応じてくれた。
……数分後。
「儂の修業は厳しいがついてこられるかな?」
カスは正面から偉そうに口の端を吊り上げて言う。どうやら、練習用の槍を持ってきた間に立ち直ったらしい。
僕はその様子を見て、この精神力ならいくらでも使いつぶせそうだと思った。
「たぶん大丈夫です。武術を習ったことはないので、基礎中の基礎からお願いします」
僕は右手を上げて返事をした。ちなみに左手に持つ練習用の槍は先端に布が巻いてある2メートル位の棒である。
「貴様、やる気があるのかないのか分からんのう……まあ、いいか。先ずは構えてみろ」
カスはそう告げると少し離れた位置に移動した。
僕は身体を半身にして槍を構える。身体の左側が前方に出る構えで、左足を踏み込むと突ける姿勢だ。槍の先端は少し斜め上を向いていた。
「そのまま、きちんと踏み込んで何回か突いてみろ」
僕は指示された通りに左足を上げて槍を突き出す。ちなみに速度はカスに襲撃された時の速度を参考に遅めにしている。尚、かなり動きがぎくしゃくしていると自分でもわかる。カスに襲撃された時の動きを参考にしながら動くがうまくいかない。だが、首を傾げながらも7回ほど槍を突いた。
「……うーん。これでいいですか?」
僕は自分でも全然駄目だと思いつつ、動きを止めてカスに尋ねた。
カスは僕の正面まで移動すると、僕の両肩を掴む。
「おぬし、全く才能がないのう」
カスは僕の瞳を見ながら涙目で言った。
「……いや、言ったじゃないですか、武術は習ったことはないって」
僕は真顔で反論する。
「それでも、何で足を上げている間に突くの!? 何のために踏み込むんだよ!? 普通は踏み込んで体重が乗り切った瞬間に突くでしょ!? 弓を引いたらすでに矢が到達しているみたいで、何か気持ち悪いんですけど!?」
カスは僕の肩を揺さぶって力説する。
「そんなこと言われても……」
僕は冷静にカスの両手を掴んで、力で無理やりねじ伏せると揺さぶるのを止めさせた。
「こんな奴に負けたとは……何て情けない。いいか。儂のプライドにかけて1週間以内には基本動作を初心者レベルまでに引き上げる。覚悟しろ」
カスの中で変なスイッチが入ったようだ
やる気になってくれたようで、僕は何となく嬉しくなる。
「今日は日が昇るまで! また、夜帰ってきてからも深夜まで猛特訓じゃ!」
「分かりました」
僕は快く返事をした。
……5時間後。
日が昇り始め周囲が明るくなり始めた。
僕は正面に仰向けで倒れている汗だくのカスを見下ろしていた。
「何で、儂の方が先に倒れているのじゃ……」
とりあえず、僕はカスの4時間30分もかけた徹底した動作修正の末に足を踏み込んで突くという動作はできるようにはなった。そして、最終確認のために模擬戦をすると突然カスが言い出して、今回の結果に至った。模擬戦はこちらの突きは当たらず、あちらの攻撃も当たらないというループとなり、体力が先に尽きたカスが倒れるという結果になっている。
「僕のスタミナ勝ちですね」
僕は汗一つかかず、カスを見下ろしながら言う。
「……貴様の素人レベルの動きもおかしな身体能力も気持ち悪くて気に食わん」
カスはそう言い放つとゆっくりと立ち上がる。
「だが、その身体能力、普通レベルの技量に達すれば貴様に並ぶものはいなくなるだろう……武器での戦闘ではな」
「武器では……ですか」
僕の言葉にカスが真面目な顔で頷く。
「だが、実戦では理不尽な魔法を使うやつもいるし、どんな奴でも油断して急所にダメージを負えば致命的じゃ。それに相手を倒すのが勝利とは限らないからのう……それと、これをくれてやる」
カスは腰から短剣を取り出して僕に渡した。短剣は鞘がベルトに取り付けられるように留め具がついている。
「これは?」
「貴様、昨日は丸腰だったからな。それ位はくれてやる。別にお前のことが心配なわけではないぞ。勘違いはするな……夜帰ってきて、準備ができたら孫を……もう一度言うぞ、孫を絶対に通して儂を呼べ」
カスは背中を見せて颯爽と去っていく……ツンデレというやつだろうか?
「……あっ、すいません。練習の槍は」
僕は手に練習用の槍を持ったままだったのに気がついたので、カスに声をかけた。
カスはすぐに振り返って真顔で近づき、僕から練習用の槍を取り上げる。
「こういう時は黙って見送るのもマナーじゃ!」
カスは寝不足なのか目が少し充血していた。
「はあ」
僕は気の抜けた返事をする。
カスは2本の練習用の槍を持って、次こそは颯爽と去っていった。
「短剣か。カスは一応、元5つ星だし。いいものなのかな?」
短剣を抜くと刃がきらりと光った。
「何か……怖い。なるべく使いたくないな」
僕は短剣を鞘に戻し……あれ?なかなか入らない。短剣とはいえ鞘に戻すのって難しいんだな。
……それから、悪戦苦闘しつつも短剣を何とか鞘に戻して、ベルトに取り付ける。そして、何となく空を見るとカスが理不尽な魔法があるというと言っていたことを思い出す。
「魔法……そう言えば、魔法のことを忘れていたな。でも、コントロールできない魔法は危険らしいし、ギルドで魔法の練習ができる場所でも聞いてみようかな」
「ゴルサンの魔導書」に書いてあった注意事項として、転移者や転生者は魔力が高くて威力の低い魔法でも大災害になることがあるから、初めて魔法を使う時は完全に人気のない場所で行うように書いてあった。何でも魔力を込め過ぎると威力の低い魔法でも、普通の人が使うより何倍も威力がでるとか。魔法に込める魔力量をきちんと調整できるようになるまでは、屋内で魔法を絶対に使ってはいけないとも記載してある。何でも、転生者の中には初めての魔法で自分の家族を殺してしまったとかいうバイオレンスな人生を送ることになった人もいるらしい……魔法って怖い。
魔法の練習は今度にした方がいいと思ったので、とりあえず今は部屋に戻って「調合と錬金」の本を読むことにした。
……2時間後。
「はっはっは。少年、待たせたな」
珍獣が笑顔で言う。
「よろしくお願いします」
僕は珍獣へ挨拶する。
僕は今日からしばらくは珍獣と共にギルドに向かうこととなっていた。初心者狩り対策で行きと帰りに送り迎えしてくれるとのことだ。尚、珍獣は午前9時から午後12時までギルドで働いて、その他の時間はホテルゴンダで働いているそうだ。なので、今出るとギルドにつく時間が早くなってしまうが、しばらくは付き合ってくれるとのことだ。
「ではな。少年」
「ありがとうございました」
僕はギルドにつくと珍獣と別れた。
僕は先ず依頼相談の窓口へ向かう。すると、そこに担当の受付さんがいた。
「おはようございます」
「おはよう。時間通りね」
僕が挨拶すると受付さんが返事をしてくれる。
昨日の朝、トンネルの土砂運びの依頼を受けた後に時間が余ったので、受付さんと自分で依頼を受けられるようになる2つ星冒険者になるための簡単なスケジュールを組んだ。しばらくは午前中に昇格に関係する依頼を受け、午後にトンネルの土砂運びの依頼を受ける予定だ。
「もう少しすると、依頼主がくるだろうから待っていてね」
「はい。分かりました。あと、鞄を預かってもらえますか?」
「ええ。お預かりするわ」
僕は受付さんに鞄を預ける。そして、依頼主を待っている間に魔法の練習場所や服の売っている場所を聞いて暇をつぶした。
「おはよう。この子が荷物持ちということでいいかしら」
しばらく受付さんと話していると、後ろから聞き覚えのある声が聞こえたので僕は振り向いた。
現れた人物は妖艶な雰囲気の美人で大きな胸が目立つお姉さんだった。だが、格好が少し残念である。彼女は頭を頭巾で覆い隠して、みすぼらしい茶色い服と黒いズボンを履いており、背中に大きな籠を背負っていた。テレビで見たことのある山菜取りのおばあちゃんのような格好である。そして、腰にポーチと短剣をぶら下げており、土砂運びの際に見た魔法を使っていた人たちと同じような先端に緑色の宝石を付けた杖も所持していた。とはいっても、今日は近隣の森での薬草や山菜などを採取することになっているので、適した格好ではあるのだが。
「ええ。リンダさん。おはようございます」
受付さんが残念美人さんに挨拶をする。残念美人さんはリンダという名前らしい。
「よろしく。マサムネ君」
リンダさんが握手を求めてきたので、僕も手を差し出して握手をする。
「えっと、その声……もしかして、ホテルゴンダで」
僕は宿で聞いた残念美人さんと同じ声だと思ったので尋ねてみた。
「あら、嬉しい。覚えていてくれたのね。301号室のマサムネ君。今日は荷物持ちよろしく」
どうやら当たったらしい。リンダさんは握手していた手を離すと背中に背負っていた籠を僕に手渡す。
僕は籠を受け取って背負う。
「あの、これって偶然ですか?」
僕はリンダさんに尋ねる。もしかして、初心者狩りに目をつけられたことで迷惑をかけているのではないかと思ったからだ。
「……ああ。初心者狩りのことね。それなら、偶然ではないと思うわよ」
リンダさんはそれとなく受付さんに視線を向けながら答える。
僕が受付さんの方へ視線を向けると、受付さんが口を開いた。
「……これはギルドがしたことなの。マサムネ君が初心者狩りに狙われているのはギルドにも伝わっているから、安心して預けられる人につけることにしたのよ」
「えっと、つまり、リンダさんは……強いんですか?」
リンダさんはとてもではないが強そうではなかった。今は残念な格好ではあるが、もし地球にいたらどっかの大企業で秘書とかやっていそうな容姿だ。
「ええ。彼女、これでも元4つ星冒険者なの」
また、元4つ星冒険者か。これで元4つ星以上があの宿には3人いることになる。4つ星冒険者は大きな功績がないとなれないらしいけど、あの狂信者どもには何か秘密でもあるのだろうか?
「ふふ。ブルーノが襲ってきても大丈夫。返り討ちにしてあげるから」
リンダさんは指先からマッチ位の炎を出すと息を吹きかけて消す。どうやら、魔法使いであるらしい。
「まあ、リンダさんがついているなら、何もしてこないだろうけど。なるべく捕まえる方向でね。あいつには余罪もあるだろうから」
受付さんがにこやかにリンダさんに言う。
そして、僕は何気に怖いこと言うなと思う。やはり、現代と倫理観が大分違うようだ。
「……そうねえ。彼なら新しい拷問も試せるだろうし」
「え?」
僕はリンダさんの発した言葉に思わず反応してしまった……ナニヲイッテイルンデスカ?
「リンダさんはこの町で拷問官も兼任しているの。悪いことはしない方がいいわよ」
受付さんが笑いながら僕にからかうように告げる。
「ちなみにこれから取りに行くのは食用だけではないわよ。触るとただれるとか三日三晩痛みが引かないようなものも取りに行くから。私の指示には絶対従ってね」
リンダさんもからかうように僕にウインクをする。
「了解であります!」
僕は拷問官という言葉に緊張して思わず敬礼をした。中学を卒業したばかりの子に拷問という言葉は刺激が強すぎる。そして、リンダさんの機嫌は絶対に損ねないようにしようと心に誓った。