7 angel's dead angle (3)
僕は車から降りると、ホテルの入り口からロビーに駆け込んだ。
「ヒュキア!!」
ヒュキアはこちらに背中を向けたまま、振り向きもせずに応えた。
「真菅⁉どうしてここに⁉」
暗いロビーの奥には銀髪の少女が立っていた。ヒュキアはその少女から隠れるようにして、柱の陰に屈んでいる。
「ヒュキア、君はそんなことをしなくてもいいんだ。親友と戦うなんて、そんなことをしなくていい。」
「……貴方も私の邪魔をするのね、真菅。」
銃声とともに、僕の足元で銃弾が跳ねた。コーデリアが撃ったものだ。僕は慌ててヒュキアが居るのとは別の柱の陰に駆け込む。
超能力少女に銃を持たせるなんて誰が考えたんだ一体。鬼に金棒もいいところだ。
「聞いてくれ、ヒュキア。僕は別に君の邪魔をしに来たわけじゃない。君は、スピーゲルマン博士を殺すことを条件に、研究施設から脱出する方法を教えてもらったんだろう?」
「その通りよ。」
ヒュキアのいる柱に銃弾が突き刺さった。僕は声を大きくする。
「じゃあ、本当に本心から博士を殺したいとは、思ってないんじゃないか?」
「研究所の人体実験をやめさせる方法は他には無いの。」
「それは確かなのか?」
「どういう意味?」
コーデリアが拳銃を構えながら接近してくる足音が聞こえる。
ゆっくりと、一歩一歩、着実に。
「君が本気で誰かと協力して方法を考えれば、一人で戦う以外の道が見つかるかもしれない!親友と戦ったり実の父親の命を狙ったりせずに済むかもしれない!その可能性を、本当に考えたのか⁉」
僕が怒鳴るように言うのと同時に、ロビーの照明が一斉に点灯された。眩しさに目が眩む。様子を窺うために柱から顔を覗かせると、コーデリアの背後から女性が一人、堂々とした足取りで歩いてきた。
「園部先生……」
ヒュキアが呟く。
「その青年の言う通りだ。ヒュキア、無意味な抵抗はやめたまえ。」
三十歳前後の年齢とおぼしき女性は、よく通る声で言った(確か園部鵺は現在二十九歳のはずだ)。
ヒュキアは柱の陰から飛び出して園部と正面から向き合う。
「無意味な抵抗ではないわ。私は、私自身やコーデリアのために戦っているの。」
「それならその青年の言う通り、他の方法を取ることができたはずだ。それなのに君が外部からの協力者と取引をしたのは、スピーゲルマン博士と直接的に顔を合わせられる方法が他に無かったからだ。君はただ、父親に会いたかっただけなんだ。」
「そんなこと、ない。」
「私は君のことを君よりもよく解っている。」
「私のことを私よりも解っている人なんて、存在しないわ。」
「ついて来たまえ。暴力的な行為に及ばないと約束するなら、博士のところに案内しよう。」
園部鵺は踵を返し、ロビーの奥のエレベーターまで歩いていった。
「ヒュキア」
僕はヒュキアに駆け寄った。
「私が……父親に会いたかった?」
ヒュキアは呆然と自問した。
「僕には判らないよ。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。でも今は、あの園部っていう人について行ったほうがいい。」
ヒュキアは少し沈黙した後、こくりと頷いた。
そのとき僕は気付いた。ヒュキアが左肩から出血しているということに。
「ヒュキア、その怪我は」
「大したことは無いわ。」
ヒュキアは振り払うように歩き出した。僕も後を追う。
コーデリアと擦れ違うとき、銀髪の少女が早口に何か喋った。僕には聞き取れなかったのだけれど。




