7 angel's dead angle (2)
「さっきの電話、相手はヒュキアだろう?どうして止まるように言ったんだ?」
僕が詰め寄ると、雛胤丹膳は肩を竦めた。
「実は僕にもよく判らないところでね。依頼主からの要請なんだ。今のところは彼女をスピーゲルマン博士に近付けさせるなっていう。」
「……あんたの依頼主の本当の目的は、博士を殺すことじゃないかもしれない。」
「なんだって?」
「ショッピングモールで大男が暴れた事件に関しても謎が多い。ヒュキアをどうにかしたいだけなら他にも方法は有ったはずだ。僕にはまるで、見せ物にでもしたかったみたいに思える。」
「ふうん……なるほどね。」
雛胤は両手の指を組んだ。
「今回のスピーゲルマン博士の来日の目的は、日本に彼らの支部を作る計画のためなんだ。その計画を進めるには、超能力者がどの程度の力を有しているのかを分かり易い形でデモンストレーションする必要が有る。そのためにヒュキアちゃんが利用されているっていう可能性は有るね。」
言いながら、指を組み替える仕草をする。
僕は、僕がヒュキアのために何ができるのかを考えた。
「雛胤丹膳。あんたと取り引きがしたい。」
「取り引き?君と僕が?興味が有るなぁ。一体どんな取り引きなんだい?」
雛胤は全く興味の無さそうな棒読みで言った。
「……ヒュキアから手を引いてほしい。できれば彼女にちゃんとした国籍を用意して、それから今後一切、手出しをしないで放っておいてほしい。」
「本気で言ってるの?」
雛胤丹膳は笑顔になった。
「それはできない相談だけど、一応聞いておくよ。その条件に対する見返りは何?」
「僕があんたにできることなら、何でもする。」
「ははは!」
雛胤は愉快そうに笑った。
「君は僕の下僕か何かになりに来たの?だとしても御免こうむるよ。君が役に立ちそうなポジションはちょっと思いつかない。名前も僕の好みじゃないしね。」
「お金が必要だっていうなら、一生かかっても僕が払う。」
「無理だよ。今回の仕事で動く金額は、君一人でどうこうできるようなものじゃない。」
「あんたの手足になって働けっていうなら、言われた通りに動く。だから、ヒュキアを解放してほしい。」
「無理だって。」
部屋のドアがノックされて、さっきの受付の女性がトレイに載せたコーヒーを持って来た。ローテーブルの上と雛胤のデスクの上に一つずつ置いて、部屋から立ち去る。
「ありがとう」
雛胤が軽く声をかけた。
僕は声を絞り出すように呟く。
「……僕と、あの椿井っていう人とでは、何が違うっていうんだ……」
違いは山ほど有るだろう。年齢。社会経験。思考能力。銃を扱えるかどうか。それらの差を埋められるだけの何かが僕に有るとは思えない。
雛胤は、組んでいた指を解いて身を乗り出した。
「今、なんて言った?」
「え?」
「どうして彼女の名前が判ったんだ?」
「ネームプレートを付けていたじゃないか」
「それだけじゃ『つばい』とは読めないだろう?普通は『つばきい』だと思うはずだ。」
「……あんたが僕のことを『名前も僕の好みじゃない』って言ったからだ。それに、彼女が『名前の割にドライ』だとも。」
『ツバイ』はドイツ語で『2』という意味になる。『ドライ』は『3』だ。雛胤丹膳なんていう名を名乗っている人間なら、好んで採用しそうな名前だった。
「よし、気に入った。合格!」
「は?」
「まぁ君の条件を呑むってわけにはいかないけど。さっき君は『彼女を止めたい』って言ってたよね。君がその役を買って出てくれるっていうんなら、協力するよ。君からの見返りは、この事務所でしばらくアルバイトをすること。オーケー?」
そして僕は受付に居た椿井さんに自動車に乗せられて、ヒュキアが居るというホテルに向かうことになった。なんでも、ヒュキアが所持している携帯電話にはGPS機能が付属していて、それが示す地点がそこだという話らしい。
車に乗り込んでシートに座ってから、少し冷静になる。
雛胤丹膳は電話口でヒュキアのことを止めようとしていた。そして僕が雛胤に要求したのはヒュキアを止めることだった。つまり、取り引きなんかしなくても、僕の要望はあの優男にとっては渡りに舟といったところだったのだ。
僕は顔面を片手で覆う。嵌められた。




