7 angel's dead angle (1)
僕は電車で雛胤丹膳の事務所に向かった。
携帯電話を操作して、以前、姪森さんがメモしてくれた住所を地図で検索する。
僕は今、ヒュキアがどこに居て何をしているのかすら知らない。連絡先も交換しそびれている。となれば、ヒュキアの連絡先を知っている人物に当たってみるしか方法は無かった。
地図に示された地点に到着すると、間違い無くそこは、僕とヒュキアがショッピングモールから自動車に乗せられて連れて来られた建物だった。
ドアから中に入ると、前に来た時には無人だった受付に女の人が座っていた。よく見ると、あの運転手のお姉さんだった。ライフルでラゾ・ギドニスに麻酔弾を撃ち込んだ危ない人だ。今はサングラスでなく眼鏡を掛けている。胸元にはネームカードが付けられていて、『椿井』という文字が書かれていた。
「何かご用ですか?」
彼女はそう訊いてきた。
「雛胤丹膳に話が有る。」
そう答えると、冷たい目で睨まれた。
「失礼ですが、貴方は?」
しらばっくれるつもりらしい。
「真菅八宏だ。会ったこと有るだろう。というか、先週ここに僕を連れて来たのはあんただろう。」
「アポイントメントの無い面会は受け付けておりません。」
「緊急の用件なんだ。」
僕が言うと、彼女は少し躊躇う素振りを見せた。
「しばらくお待ち下さい。」
受付の女性は立ち上がって奥のドアをノックした。
「聞こえてるよ。入れてあげて。」
ドアの向こうからそんな声が聞こえてくる。受付の女性が戻ってきて僕を案内してくれた。
「どうぞ。」
通されたのは先日と同じ、高級め建築事務所っぽい雰囲気の部屋だった。やはり先日と同じように、部屋の奥に緊張感の無い男が座っている。携帯電話を耳に当てて通話中らしかった。
「君の現在の行動は、今回の予定には含まれていない。今すぐ止まるんだ。」
通話先の相手に向かって呼びかけるように言う。
「止まらなければ、契約違反と見なして君への支援をストップするよ。」
通話を切られたらしく、雛胤丹膳は携帯電話をデスクの上に置いた。
もしかして相手はヒュキアだったのか。
だとしたら、僕が今この場に居ることを彼女は感知しただろうか。いや、確か、彼女は彼女自身に予想できていないことは感知できないんだったっけ。
雛胤は僕の姿を認めて口を開いた。
「バイザ・ウェイ!」
なにがどう『ところで』なのか、訳が分からない。全く脈絡が無い。絶対ノリだけで喋ってるだろうこの人。
「何の用だい青年?まさか君がヒュキアという少女のために立て替えたスキーケースの代金を請求にでも来たんじゃないだろうね?」
「今はそれどころじゃない。」
スキーケースのことはすっかり忘れていた。
「受付の彼女のことは気にしないでくれたまえ。名前の割にドライなんだよ。」
「ヒュキアの居場所を教えてほしいんだ。」
「僕には君にそれを教える理由は無い。と言いたいところだが事と次第によっては応じよう。単刀直入に訊くが、君の目的は何だ?」
僕の、目的?
「僕の目的は……ヒュキアと話がしたい。そして、できるなら彼女を止めたい。」
「止めたいって?」
「彼女は苦しんでいる。それは、彼女が戦いたくない相手と戦っているからだ。戦わなくてもいい相手と戦わなければならないと思い込んでいるからだ。そのことを言ってやれるのは僕しかいない。」
「彼女が戦わなくてもいいのかどうかは、君が決めることじゃないだろう。彼女が戦闘状況に有ることは、僕と彼女との契約の前提だ。」
「あんたはヒュキアとどんな契約をしているんだ?」
「企業秘密だよ。でもまぁ君には先週の件で多少は恩義を感じているから少しだけ教えちゃおうかな。彼女はジョン・ジークムント・スピーゲルマン博士をこの世から消す。僕はそれを全面的に支援する。なぜなら、彼女の目的と僕の依頼主の目的とが合致しているから。それだけだ。シンプルだろう?」
「依頼主?」
「僕はスピーゲルマン博士と直接的な関わりは無い。ちょっとした資金援助と引き換えに、この仕事を請け負ってるだけなんだ。このところ物要りでね。」
「その依頼主っていうのは誰なんだ?」
「それは教えられない。教えても意味が無いだろう。」
雛胤が単なる下請けなのだとしたら、その依頼主に当たる人物を僕ごときが動かせるとは到底考えられなかった。一体どんな規模の計画が進行しているのだろうか。




