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テンシノシカク  作者: mamemarome
6 angel's vision
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6 angel's vision (5)

 テーブルに近付くと、話題は先週の駅前のショッピングモールの事件に移っていた。

「なんかね、交通事故っていうことになってるじゃない?」

「うん、なってるなってる。」

「でも、その場に居た人の口コミによると、変な外人が大暴れしたんだって」

「うそー」

「ネットに写真が()ってて……」

 僕は席に()く。

「その現場になら、僕も居たよ。」

「本当?」

「ああ。緑色の髪をした大男でさ。あの広場の真ん中に時計台が有っただろ?あれを素手(すで)で殴って倒して、一人で持ち上げて振り回したりしたもんだから、地面も壁も滅茶苦茶だった。復旧工事に時間が掛かるだろうな。」

「時計台って、あの、レンガの?」

 美好(みよし)()いてきた。

「ああ。」

 正確にはレンガではなくてレンガ風に装飾されたコンクリートだったのだけれど、細かいことは僕は無視した。

「辺りに瓦礫(がれき)が散らばって、危険だからって警備員が客を避難させて、惨憺(さんたん)たる有様(ありさま)だった。」

 テーブルの周りに居た面々は目を丸くして僕を見ていたが、やがてそれらの表情が緩んだ。

「あはは、真菅(ますが)君って面白いー。」

「いつの間にそんな気の()いた冗談が言えるようになったんだ?」

「お前、珍しく酔ってるのか?」

 僕は自分が目撃した事実を有りのままに話しただけなのだが、信じる者は誰も居なかった。

 結局、ショッピングモールで緑髪の大男が暴れた話は冗談として片付けられ、皆の会話は取り留めも無い方向へと流れていった。

 結構(けっこう)長居(ながい)をしてしまっていたので、皆でその店を出ることにする。夜の街路(がいろ)をそぞろ歩きながら、カラオケにでも行こうか、などと相談する声が聞こえた。

 ヒュキアと会ったのも、こんなふうに適当に飲み食いして、カラオケに行って、それから帰る途中だった。彼女は今頃、何をしているのだろう。あのナイフ男や怪力男のような怪人たちと超人的な戦いを繰り広げていたりするのだろうか。

 僕とは縁の無い話だ。

 『私と貴方とでは住む世界が違う』なんていう台詞(せりふ)を映画か何かで聞いた時には、何を言ってるんだ同じ世界に住んでるだろうなどと内心で突っ込みを入れたものだが、今はその台詞の意味がよく解る。僕と彼女とでは、住む世界が違う。

 どうしようも無く、途方(とほう)も無く、救いようも無く。

 僕はこうして気の置けない仲間と気楽に遊んで、可愛い女の子と少し仲良くなったりなんかして、授業に出て、アルバイトをして、就職活動をして、普通に生活して普通に日常を過ごしていれば、それでいいんだ。たとえその上っ(つら)の裏で本当の自分とのギャップに苦しむ毎日だったとしても。毎晩、今の自分と過去の自分との乖離(かいり)(むせ)び泣く日々だったとしても。

 他に方法なんて無いじゃないか?

 今まで通り、これまで通り、平凡に生きていれば、いいじゃないか。

 けれど、ヒュキアと過ごした時間が僕にとって大切で重要な意味を持つものだったのも確かだ。

 彼女は僕の本当の姿を知っていて、それでも僕を嫌わずにいてくれた。一生誰からも隠していようと決めていた僕の気持ちに、僕も知らない間に触れていてくれた。

 そして、それを『居心地がいい』と言ってくれたのだ。

 なぜだか、その二週間が彼女の存在によって(むく)われたような気がした。いや、僕が苦しんでいた全ての日々が報われたのかもしれない。

 そんな彼女が戦っているのに、僕がこうして暢気(のんき)に遊んでいていいのだろうか。

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