6 angel's vision (4)
割れた地面の破片をギドニスが持ち上げ、こちらに投げつけてくる。破片といっても、ヒュキアの身体と同じくらいの大きさのコンクリートの塊である。
ヒュキアはそれを避け、躱し、ギドニスに接近を試みる。
“貴方だって,彼らにいいように利用されるだけの人生から抜け出したいとは思わないの?”
ヒュキアは投げつけられたコンクリートの下を潜ってギドニスに肉薄した。
“そんなことは考えたことも無いな.”
ギドニスが拳でヒュキアを殴ろうとする。その拳を、ヒュキアは跳躍して避けた。そのまま銛で打ち据える姿勢に入る。
“私と一緒に彼らと戦えば,自由な未来も有るかもしれない.”
“俺はお前とは違う.”
銛の先端を撥ね退けるようにして、ギドニスはヒュキアを弾き飛ばした。ヒュキアは地面を転がって受け身を取り、すぐに体勢を立て直す。
“俺は,こうして戦えるならそれでいい.戦いの中で死ねるなら,それもいいだろう.”
“私は貴方を解放したい.”
ヒュキアは銛を地面のひび割れに突き立て、それを支柱にして跳んだ。
“それが私の自己満足に過ぎなくても.”
空中で銛を薙ぎ払うように旋回させる。穂先を受け止めたギドニスの力を反動として利用し、身を翻して相手の側頭を足の甲で蹴る。
しかし、ヒュキアの行動は読まれていた。足首を掴まれ、振り回されて投げ飛ばされる。
ヒュキアは頭を両手で庇いながらコンクリートの塊に叩きつけられる。
ギドニスは手強い相手だった。戦闘において一瞬先の行動を常に読むことができるというのは大きなアドバンテージとなる。加えてその怪力である。研究所内で怪物と呼ばれるのも、実際に怪物扱いされるのも、無理からぬことだった。
超能力者を相手にした戦い方は心得ているつもりだ。向こうがこちらの一瞬先の行動を予測できるのなら、相手の全く思いもよらないような行動を取るしか無い。その状況に持ち込めるような手立てを考えるだけだ。
ヒュキアは走り出した。地面はひび割れ、ところどころに大きなコンクリートの塊が突出していたが、それらを跳び越えながら、壁際に向かう。
ギドニスなら追ってくるはずだ。折角の好敵手をむざむざ逃がすような真似はするまい。
単なる競走ならギドニスのほうがヒュキアよりも速いのだが、今はギドニスはコンクリート片をヒュキアに向かって投げつけつつ追いかけてきているため、一定の距離を置いてヒュキアが壁際に追い詰められる形になった。
そろそろ敵の増援が球場に到着しつつある気配が感知できた。五人……いや、六人。早く決着を付けなくてはならない。
ヒュキアはギドニスを見つめた。
“私を倒してしまったら,貴方はまた薬で眠らされるわ.”
ギドニスは応えなかった。雄叫びとともに、一際大きな塊を頭の上に持ち上げ、それをヒュキアに向かって打ち落とす。
ヒュキアは銛を支えにして跳躍し、ギドニスの背後に降り立った。
この男を止めるためには、四肢のいずれかを使えなくするしかない。ヒュキアはギドニスの右脚に向かって銛を突き立てた。
対戦相手に必要以上の攻撃をして負傷を負わせることは訓練では禁止されていたが、今は訓練ではなく実戦だ。
銛は先端を僅かに突き刺さらせただけだったが、ギドニスの脛の骨を折るという効果は得られた。大男が絶叫する。
それと同時にヒュキアの左肩に後ろからナイフが突き刺された。
遠距離から投げつけられたものだ。刺さった直後の感覚としては、おそらく毒薬の類は塗布されていない。
ギドニスとの戦闘に集中し過ぎていて、周囲への警戒を怠っていた。
散在するコンクリートの塊の一つ。その陰に、久留間崎が隠れているのが知覚できる。球場に接近する部隊に紛れて近くまで来ていたらしい。
「久留間崎……」
ヒュキアは呻く。
銛を持っていないほうの左手を持ち上げて、左肩のナイフを抜いた。血液が溢れ出すが、致命傷ではない。
ギドニスが片脚の骨を折られながらも立ち上がった。
二対一。形勢は不利だ。ヒュキアは背後からの久留間崎の攻撃に注意しつつ、ギドニスを相手にしなければならない。
久留間崎の目的が読み取れる。ヒュキアをなるべく傷付けずに生け捕りにするのが現在の彼の仕事だ。だから急所は狙ってこない。久留間崎の技術なら、間違って急所に当たってしまうということも無い。つまり、ヒュキアはギドニスを動けなくすることを優先させるべきだ。そう結論する。
ギドニスの周囲の瓦礫は砕かれて小さくなったものばかりになっていた。ヒュキアはギドニスに接近し、槍術のように銛を振り回して牽制し、隙を窺う。ギドニスは素手で応戦してきた。
折られた左脚を庇って動きが鈍くなった右脚に、若干の動作の遅れが見て取れた。ヒュキアはギドニスの拳を掻い潜り、時に距離を取り、時に近接し、立ち止まって久留間崎の標的になることが無いように気を配りながら、チャンスを狙う。
ギドニスの大振りの拳の一撃を空振りさせたところで、同時に前に出された右脚を目がけ、ヒュキアは左手に持ったままだった久留間崎のナイフを投げた。ギドニスの右足の甲にナイフが突き立つ。骨にひびを入れる程度のことはできたはずだ。これで、ギドニスの両脚を動けなくできたことになる。
“諦めなさい.”
ヒュキアは肩で息をしながら、ギドニスに降参を促した。
ギドニスは肘で這うようにして壁際ににじり寄り、球場のフェンスの柱に手を掛けた。
柱に掴まって立ち上がるつもりかと思ったのだが、そうではなかった。
ギドニスはフェンスの柱を根元から引き抜いたのだ。
金網やコンクリートの基礎部分を絡み付かせたまま、柱をヒュキアに向かって振り落とす。
衝撃とともにヒュキアは跳躍して、柱を避ける。ギドニスは膝立ちの姿勢で、フェンスから柱をもぎ取るようにして振り回した。
ヒュキアの銛とでは攻撃の間合いが違う。避けるのが精一杯の状態だった。
追い打ちをかけるように、側面から久留間崎のナイフが投げられてくる。ヒュキアに当てるつもりは無いらしかったが、注意力を散じさせられる羽目になった。
振り回される柱と投げつけられてくるナイフを避けながら、徐々にギドニスに近付いていく。今度は腕を狙って銛を突き刺そうとしたところで、左肩に衝撃が走った。先程ナイフを刺されたのと殆ど同じ位置に、再び久留間崎のナイフが刺さっていた。
ヒュキアが思わず挙動を止めてしまうのと同時に、ギドニスがヒュキアの頭上にフェンスの柱を振り下ろした。




