6 angel's vision (3)
有ろうことか、畝傍はその日のうちに『前期セメスター中間打ち上げ親睦会』という名の飲み会(他に適当な名目が無かったらしい。いい加減にも程が有る。)の計画をでっち上げ、美好とその他数名の女子を誘うことに成功していた。それらの過程において僕の意向は完全に無視されている。
「真菅君は、食べ物は何が好き?」
正面に座った美好臥魚がメニュー表を開いて差し出してくる。
「僕は特に食べ物の好き嫌いって無いんだぐっ」
言い終わる前に隣席の汲沢に腹を肘打ちされた。
「あーこいつ、とにかく肉が好きでさ。フライドチキンとか。」
「肉好きな男の人って多いよねー。でもなんでフライドチキン?」
「まぁ本人がチキンだからかなー」
「あははっ、ひっどーい」
美好はつい一週間ほど前に僕のことを最低呼ばわりしたことなど忘れているようだった。朗らかに笑っている。しかし僕は、チキンという言葉に結構ぐさっときた。本当のことだからだ。
僕がヒュキアと関わることから逃げたのは、偏に僕が小心者で臆病者だからだ。シリアスな非日常よりも平和な日常を生きることを選んだからだ。それは当たり前の選択だし(なにしろ僕とヒュキアは本当に無関係の人間なのだ)、何よりヒュキア自身がそれを望んだのだから、後ろめたく思う必要性は皆無だ。それなのに、なんだろう、この後味の悪さは。
「でさ、チキン真菅君としては女の子と喋るのも苦手らしくてさ。色々と失礼な発言も多々有るだろうけれど大目に見てやってよ。なんなら美好さんが矯正してやってくれない?」
「えー」
畝傍が美好に向かって片手を立てた。
「俺からも頼むからさー。こいつを更生させるには、もう美好さんに頼るしかないんだよ。」
「あは、更生」
僕はグラスを揺らしながら、ぼそっと呟いた。
「更生させられるほど捻くれてはいないはずだぞ、僕は。」
「いいや手遅れだね。ほら、こういう奴なんだよ。」
「二人とも変ー。」
美好はお腹を抱えて笑う仕草をした。本当に面白いと思っているのかどうかは定かではない。まぁ、ここは精々この場のノリに合わせるしか無いのだろう。僕は腹を括ることにした。
「僕はO型だからね。マイペースなんだよ。」
「えー真菅君ってO型なの?意外。てっきりA型かと思ってた。」
「神経質そう?」
しまった、失言した。『神経質そう?』はイエスともノーとも答えにくい質問だろう。
「うーん、神経質っていうか、真面目っぽい。」
「僕って真面目そうに見えるんだ。別にそんなことないんだけどな。結構不真面目だよ。」
「でも、こう、なんていうか……」
「何?」
「なんでもない。」
美好は両手をぱたぱたと左右に振った。
何が言いたかったのかは見当が付かない。会話が途切れる。
「……美好さんもA型っぽいよね」
「え、本当?」
「部屋の片付けとかきっちりしてそう。」
「ええー、全然だよー。私、A型じゃなくてB型なの。あ、言っちゃった。当ててもらおうと思ってたのに。」
「へえ、B型なんだ。」
B型の血液型性格診断の典型は何だっただろうか。咄嗟に思い出せない。
「実はO型よりマイペースなんですー。マイペース同士、気が合うかもだね。」
「そうだね。」
僕と美好はそうした不毛な会話をひとしきり続けた。本音を云うと、疲れる。しかし、そうも云ってはいられない。
トイレに立って手を洗っていると、汲沢から声を掛けられた。
「良い感じじゃないか」
ああいうのを一般的には良い感じというのか。上辺だけの意味の無い遣り取りでしかないのだけれど。まぁ、それに適応しなければ社会的にはやっていけないのだろう。
僕は溜め息を吐いた。
「いっぱいいっぱいだよ。既に疲れた。」
「はは。頑張れ。」
汲沢は僕の背中を叩いて去って行った。
頑張れ、か。何を頑張るんだろうな。
ヒュキアとの血液型占いについての会話を思い出す。あの時、僕は頑張っていただろうか。彼女の発言に驚かされてはいたけれど、どちらかというと自然体で喋っていたような気がする。しかし、美好の前で『血液型占いはジンクスのようなものだ』なんていう話題を出したりしたら、その場の雰囲気をぶち壊してしまうに違いない。空気を読まないにも限度が有ると汲沢と畝傍に叱られることだろう。
ヒュキアだったら、さっきの会話を聞いたら何と言うだろうか。想像すると、ちょっと愉快な気分になった。僕はトイレを後にする。




