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偽クエストの正体





 酒場の中は薄暗く、椅子や床の所々から木の軋む音が聴こえてくる。各テーブルでは昼間からガラの悪そうな連中が木樽ジョッキを傾けていた。店のマスターは黙々とコップを磨いているが、店の雰囲気を体現したような体格の良い悪人面の男だった。

 そのマスターが立つカウンターの席では、三人の客がいる。大剣を背負い、鎧を身に着けた戦士の男。軽装なれど、腰に短刀を携えた盗賊の男。そして、ワンピースの上に黒いローブを纏った女。男二人は酒を飲みながら談笑している。その様子から三人がそれなりに親しい間柄なのだと分かる。

 その三人を見るアルファの反応から、リトは三人がアルファの知る人間なのだと分かった。


「どうして、あの二人が……!」

「さぁ……でも、たまたま同席して仲良くなったようには見えないですね」


 リトは店内をもう一度見渡す。読唇術でもできれば別だろうが、流石に建物の中の会話を聞くことはできなかった。戦士の男は大口を開けて笑い、盗賊の男は薄笑いを浮かべている。女はそんな二人を眺めながら酒を口に付ける。身に着けている鎧やアクセサリーの光が、店内へわずかに差す光を反射して輝いている。まるで隠れて開かれた夜宴のようだ。

 アルファは窓に手をついたまま俯いた。ほんのわずかに肩が震えている。


「リトさん、さっき『そのために、仲間になった』って言ったよね?」

「はい」

「つまり、仲間になって私の実力を見てたってこと?」

「そういうことでしょうね」

「二人が欲しかったのは、私じゃなくて、この杖だった?」

「残念ながら」


 リトが同意すると、アルファはその場に膝をついてへたり込んでしまう。顔は見えないが、今アルファがどんな顔をしているか、想像に難くない。


「リトさんは分かってたの? 二人がグルだって」

「可能性として考えてはいました。受付人がアルファさんの借金を知っていたのだしたら、それは取立人かパーティの人が教えたとしか考えられません」

「そんな……だって、短い期間とはいえ、仲間だったんですよ?」

「二週間もあれば、実力を見極めるには十分です。本当にパーティを続けるつもりなら、もっと違う対応があったはず。追放も借金の押し付けも、最初から計画されていたんでしょう」

「…………うぅ」


 アルファの顔の下の地面に水滴がしたたり落ちる。リトは黙って、彼女を見下ろしていた。

 ふと、リトは酒場の方へ視線を向けて何かに気づく。


「っ! 立って!」

「えっ!」


 リトはアルファの手を引いて、近くにあった建物の影へと連れて行く。

 束の間、酒場の扉が開き、カウンターに座っていた三人が出てきた。生憎会話は聞き取れないが、リトたちはしばらく物陰に隠れて様子を伺う。三人は一言二言言葉を交わすと、その場で解散して、それぞれ別々の場所へ去っていった。

 リトは後を追おうかとも思ったが、今のアルファの精神上、それは難しいと判断した。


「行ったようですね……ひとまず、酒場のマスターに話を聞きましょうか」


 リトの提案に、アルファは答えない。だが、リトが酒場へと足を進めると、背後霊のように後ろに付いてくる。

 リトはアルファのローブに付いたフードをそっとかぶせるのだった。




 ***




 酒場の中は、アルコールの匂いと共に湿った空気が漂っていた。辺りのテーブルでは中年の男や老人、体に傷をつけた冒険者たちが高笑いをしながら浴びるように酒を飲んでいる。ローブで身を隠すアルファはともかく、一般的な庶民の服装をしているリトはやや浮いている。だが皆、酒に酔って気を良くしているせいか、幸いにも店に入ったリトたちを気にする者はいなかった。

 アルファとリトはマスターの目の前のカウンターに座る。マスターは二人をチラリと見たが、接客の挨拶などもなく、黙々と仕事を続けた。

 よほど堪えているのか、アルファは俯いたまま口を開く様子はない。仕方ないと、リトが代わりにマスターに声を掛けることにした。


「マスター、ビールを二つ」


 リトが注文すると、マスターは黙って木樽ジョッキを取り出して、なみなみと酒を注いでリトたちの前に置いた。少々荒っぽい置き方のせいで、少し酒がこぼれたが、リトは気にせずにマスターを呼び止める。


「あと……さっき、ここの席に男女の三人組がいたよな?」


 リトは意識的に口調を変え、臆することなく言葉を述べる。まるで人が変わったような雰囲気に、横で聞いていたアルファは思わず目を向けた。

 リトがマスターに聞こえる程度の声量で訊ねると、マスターは怪訝な目を向ける。その眼光は悪人面も相まって、常人なら身震いするほどだろうが、リトは動じることなくマスターを見返した。それどころか、懐から金貨を一枚取り出し、カウンターに置くと滑らすようにしてマスターの前に差し出してみせる。

 マスターは値踏みするようにリトを見た後、慣れた手つきでその金貨を懐にしまった。


「なにが聞きたい?」


 喉奥を震わせて話しているようなバリトン声でマスターは訊ねた。


「その三人が話していたことについて聞かせてくれ。何か言ってなかったか、その……最近良い金づるができたとか、何か良い物が手に入りそうだとか」

「アンタ等、“アンブ”か?」

「いいや、ただのしがない農家と冒険者だよ」

「なんたって農家が冒険者連れて人の商売についてコソコソ嗅ぎまわってんだ?」

「いろいろと事情があんだよ」


 追及をさらりとかわすリトに、マスターは「ふん」と鼻を鳴らす。


「まぁいい。どうせ常連でもねぇしな……」


 そう言って、マスターは洗い終えていたグラスを磨き始める。


「さっきの奴等、ずっと馬鹿みたいに笑って飲んでたよ。注文が多いわりに安酒ばかりだったがな」

「話の内容は?」

「さぁな。だいぶ浮かれてたみたいだが、詳しくは知らねぇな。“魔法使いの杖”とか“クエスト”がどうこう言ってたのは聞こえたがよ。冒険者の話なんて、どれも似たり寄ったりでイチイチ聞いちゃいねぇーよ」

「じゃあ、魔物の名前とか何か言ってなかったか?」

「魔物? あぁ、なんか蛙の話はしてたな」

「……蛙、ね」


 マスターから情報を聞き出して、リトの頭の中で点と点が線でつながっていく。


「三人の名前とか呼んでなかったか?」

「たしか、戦士の男がゴール、盗賊がスニック。女の方はレイルって呼ばれてたな」


 名前を言われ、俯いていたアルファがピクッと反応した。その様子を横目で見て、リトは知っている名前なのだと理解した。

 束の間、リトは黙って思考する。あとは決め手となる証拠が欲しいところだ。


「他には? 何か変わったことはなかったか?」

「……そういえば、何か知らねぇが、女が紙切れ捨ててたな」

「紙切れ?」

「あぁ。ったく、誰が掃除すると思ってんだか……」


 辺りを見ると確かに何かの紙切れがいくつか落ちていた。マスターの悪態を聞きながら、リトはそれらを拾う。

 数にして六枚。切れ目は歪だが、その紙切れは一枚の紙を引き裂いたものだと分かった。


「……これは」


 切れ目を合わせていくと、紙に書かれた内容が読み取れるようになる。

 その内容を読んだリトは、不敵な笑みを浮かべた。






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