偽クエスト
自分の大切な杖が目的と言われ、アルファは思わず持っていた杖を胸に抱える。
「私の杖が一体、なんだっていうの?」
「上等な杖ですから、売ったらさぞ大きな値がつくでしょう」
「つまり物盗り目的ってこと?」
「はい」
ベノム・フロッグの偽クエストで、自分の杖を盗む……イマイチ理解できず、アルファは首を捻った。
「よく分からないんだけど……どうやって?」
「そうですね……」
テーブルの表面をコツコツと叩きながら、リトは説明するための言葉を探す。
「もしクエストで冒険者が命を落としたら、その装備はどうなります?」
「どうって……仲間や家族の人に届けられるんじゃないの」
「それは遺体が回収できた場合でしょう。冒険者になれば、魔物が大勢いる土地や未開の地にだって行くことがある。そんなところで死ねば、当然、遺体も装備も回収されません。そういう場合は、後から来た冒険者がアイテムとして手に入れることになります」
リトは淡々と語る。いくらファンタジーといえど、この世界にRPGのような蘇生できる教会や魔法なんてものはない。現実と同じく死ねばそこまでだ。そして、死んだ冒険者たちの装備や道具は、その場に残されることになる。
「つまり、こういうこと……偽クエストを紹介した受付人は、ベノム・フロッグに私を殺させて、あとで私の装備を手に入れようとしている?」
「えぇ。毒で死ねば、装備が損傷する可能性も低いですしね」
アルファがたどり着いた結論に、リトは同意する。
「そんなの、人殺しも同じじゃん!」
「そうですね」
アルファは驚き、勢いよくテーブルに手をついて立ち上がった。勢いのあまり座っていた椅子が大きな音を立てて倒れる。そんなアルファに、リトは動じることなく同意する。この短時間に、泣いて驚いて激情して、アルファが非常に感情豊かな子であることを、リトは理解した。
「許さない……」
アルファの体が小刻みに震え、杖を握る手に力が増す。
その気持ちは、自分の命が狙われたことへの恐怖だろうか。それとも、姉からもらった大切な杖が狙われたことへの怒りだろうか……。
「よし、行くよ!」
「はぁ? のわぁっ!」
アルファは恨めしげな声で呟くと、急にリトの腕を取って無理やり外へと向かった。リトは抵抗するが、アルファの力に負けて足がズルズルと床を擦った。
「ちょっと、どこ連れて行く気ですか!」
「どこって街だよ。早くいかないと、その受付人が逃げるかもしれないじゃん!」
「いや、行くなら一人で行ってくださいよ。僕が付き合う理由もないでしょ」
「自分の推理が当たってるかどうか、説明した本人がちゃんと確かめなきゃダメでしょ!」
「ダメってことはないでしょ」
「ダメなの! 最後まで責任取ってよ!」
「どういう理屈ですか……ちょ、力強っ!」
「問答無用! 行くよ!」
リトは抗い続けたが、元が冒険者のアルファと農家のリトでは力の差は歴然だった。言葉で説得しようにも、怒りと勢いに身を任せている彼女は、馬耳東風の態度を崩さなかった。
アルファに引きずられながら、仕方なくリトも街に行くのだった。
***
小道を歩き、二人は街へ着いた。途中、何度か引き返すことを試みたリトだったが、結局アルファに捕まって強引に歩かされた。
午後の陽が照らす街中。二人がまず向かったのは、ギルドだった。冒険者たちの怪訝な視線も気にせずに、アルファは足音を響かせながらギルド内を探し回った。
「いない」
「でしょうね。今日はもう出勤していないか、そもそもギルドの人間ではなかったか」
「中にいた何人かに訊いてみたけど、誰も知らないって」
目的の受付人はいなかった。逃亡を防ぐためギルドの出入口にいたリトは、息切れをしたアルファの渋い顔を見て結果を察した。
「他を探すしかないね」
「こんな広い街で、どうやって探すつもりですか? ひょっとしたら、もう街の外かもしれないですよ」
気が重そうに、リトは小さくため息をついた。
「そこは任せて。まだまだ未熟だけど、物探しの魔法と探索魔法は得意なの!」
ぎゅっと杖を握って張り切るアルファに、リトは顔をしかめ、疑いの眼差しを向けた。
「……ホントだって」
信じてよと念を押すように付け足すが、リトの眼は変わらなかった。
アルファは大きく深呼吸して杖を構える。そして目を閉じ、精神を集中させる。探索魔法は発動する前に探す対象を特定する必要がある。アルファは頭の中に受付人の顔を思い浮かべた。
「探索魔法、発動!」
アルファが呪文を唱えると、杖についた宝玉の光が増して、蛍のような光を帯びた青い魔力がアルファの周りに広がった。その綺麗な所作と光景に、リトも思わず目を奪われた。
フラクタルや曼荼羅を描くように光の線が走る。そして、およそ一メートルほどの矢印を描いた魔法陣が地面に浮かんだ。
魔法陣はキラキラ輝きながら、ゆっくりと回る。やがてコンパスが北を指すように、一方向を指したまま動かなくなった。
「こっちみたい。さっ、行こ!」
アルファが集中を解くと、魔法陣は風に吹かれたように消える。アルファは疑うことも無く、魔法陣が示した矢印の方向へと歩き出した。リトは怪訝な顔をしながらも彼女の後を追った。
通行人とすれ違い、建物を回り込むように道を行きながら、二人は街中を歩く。そして何度か探索魔法を使って方向を確認しながら歩くうちに、二人は街にある治安の良くないエリアへと足を進めた。
「ここら辺、なんだかヤバそうだね」
「なら、帰ります?」
「いや、行く。いかにも悪そうなヤツが居そうなところだもん」
「……そうですか」
そのエリアは建物の影が差して一日中薄暗く、ガラの悪い連中や浮浪者のたまり場になっていた。アルファは周りを警戒して怯えるような様子で歩くが、リトは特に気にした様子もなく歩いた。
「リトさん、全然動じてないね。こういう所よく来るの?」
「知り合いが近くに住んでるので、この辺はたまに来るんですよ」
「知り合いって、どういう関係なの?」
「あまり見ないでください。かえって目を付けられますよ」
アルファの問いを遮って、リトは忠告する。リトの交友関係に対して疑問は残ったが、その平然とした態度が今は頼もしかった。
「……ねぇ、私少し思ったんだけど」
「なんですか?」
歩いている途中、気を紛らわすためかアルファはリトに声を掛けた。
「どうして、受付人は偽クエストなんて使ったのかな? そんなことしなくても、この杖が欲しいなら最初から奪えば良いじゃないの?」
「それだと、ただの強奪です。この回りくどい手段の意味は、やってることは表向き正式なクエストと変わらないことです。だから詐欺だとしても発覚しにくい」
「でも、もし私がベノム・フロッグを倒したら?」
「倒せないと確信したから持ち掛けたんでしょう」
話しながら歩いている内に、二人の前に一軒の酒場が見えた。酒場の看板には“黒熊のあなぐら”と書かれている。どうやら、あそこが目的地のようだ。リトは身を隠すように歩きながら酒場に近づくと窓から酒場の中の様子を伺う。アルファもその後に続いた。
「確信って……どうやって? 事前に見張ってたとか?」
「いいえ、それよりももっと正確な方法で」
「えっ!」
アルファは驚いた顔でリトを見た。リトは酒場の中を指さしてアルファにも中を見るように促す。
「そのために仲間になったのでしょう。あの人たちは」
そこには、受付人と思われる女性の横に、戦士と盗賊の冒険者が座っていた。その三人の顔を見て、アルファは息を呑んだ。




