7話 人の心のありやなしや
「おっ、博士出てるぞ、博士が」
休憩時間にチャカチャカとテレビを映していた茜が、とあるチャンネルに固定して、まわりに声をかけた。海外で発表された内容について、千両博士がコメントしている。
『――というところが今回革新的とされた理由です。現在、同様の分野それぞれで、研究がなされています。今回の発見をそのまま各研究に組み入れて、すぐさま反映させるというのは難しいでしょう。一般の目に触れるにはしばらく時間が必要です。ただ、並行研究と組み合わされる事で、様々な形でより広く、利用される事と私は思います』
「おお……はかせ、なんかすごいしっかり喋ってる……」
カフェからテイクアウトしてきたホイップたっぷりの飲み物を口にしながら、朱夕が結構失礼な事を言っている。
週に一度顔が見られるかどうかといった感じではあるが、会うとなかなかインパクトのある好々爺な千両博士。そのせいですっかり慣れていたが、イメージとしての千両博士はまさにテレビに映るこの感じだった。
皆が博士ってこうだよね、こうだったらいいねといういかにも博士らしい容貌に加え、舌が回るし、人前に出る事を厭わない。性格も穏やか。メディアにとってみれば大変『便利』な人物であり、認知度も高い。
「直接会うより、テレビで見る機会の方が多いよね、僕ら。もっと博士と一緒に色んな事ができるのかなと思っていたんだけど」
「今の貴様らが、博士と共に何ができるというんだ」
奥の豪奢な長椅子に身を預けている宵宮が口を挟んできた。
「それはそうだけど……でもさ、『それなら儂の研究室に来るかの?』とか直接言われたら、期待するでしょう……?」
テレビに出るスゴイ博士から直接声をかけてもらえた。自分は天才だったのかもしれない!……などと夢を抱いて研究室にやってきたのに、レベルの違いに打ちのめされている。学校では『意外と賢い子』とされていたのに、ここでは凡庸極まりない。ヘコむ。
「南天。貴様は貴様で重宝されているではないか。最近は、北棟に呼ばれる事も多い。大谷部に弟子入りしたらどうだ?」
透は学生時代、陸上もしており結果も出している。
研究所の研究は、仲間内でデータを取り合う事が多いのだが、いかんせん研究者ばかりでインドア派が多く、『一般』とはなんぞや?という偏りが出る。
若くて健康的なスポーツ系男子というだけで、データ取得対象として大変重宝されているのだ。
「弟子入りはちょっと……それに、最近はあまり走り込みもしてないし、結構体、なまって来てるんだけどなー?」
えへへと透が照れ笑いを見せる。
「そういうのアタシもやってみたいんだけど。誰に言ったらさせてもらえんだよ」
アタシのデータで世界を変えてやるぜ!と、茜が息巻いている。
「……野心を持つなら、己の研究成果で世界を変えると抜かせんのか」
「わたしは変えるよ。なにせ、再現実験が再現できないという大発見だからね!……今度は何でえ?」
朱夕が涙目である。今度は計器異常ではないので、別の原因があるのだろう。
「柊副室長うう……」
ぱたぱたと手を広げて宵宮の方を見ている。
「泣いて縋ればどうにかしてもらえると思うな。今度は自分で見つけろ」
「絶対何が原因か、もうわかってるやつじゃーん。教えてくれたっていいのにー」
三日だと言われて、三日もかからないと教えてくれないの?と、朱夕が唇を尖らせると、三日かかってその程度の原因を究明できない奴はいらんと宵宮は切り捨てた。
酷い言い草である。
もちろんショックは受けているようだが、『別に柊副室長に頼りにされても困るしそれはいいけど、進まないのは困るー』と朱夕がごねているので、向こうは向こうで図太い。朱夕に限らず意外と全員このふてぶてしさがあるので、今回の新人は全員『魔の一か月』を乗り切れているようだ。
「えっと……ゆんゆん、一緒に見ようか?」
「えーん。もっちー優しー。好きー」
「望月!」
「ひゃっ!?」
「三暁洞を甘やかすな。お前自身の研究はどうなっている」
宵宮が長椅子から身を起こして望月を睨んでいる。
「そんな事言うなら、夜羽音に自分の雑用押し付けんなよな」
「貴様に任せられるなら、そうする」
「自分でやれって言ってんだよ」
「どうして俺が、その程度の基本的な事で時間を取られねばならん」
何様かと茜が反論している。
「基本を習熟していない人間に、管理できる人間が任せるのは当然の事だろう。基本とはい、えそこに手を付けていなければ、行う機会がない分析や実験もある。……黒鉄、お前は基本数値の読み替えもロクにできぬまま――」
「うっせえよ、何回それ蒸し返すんだよ!ツール使やあいいんだよ!ツールをよ!」
とんでもない莫大な桁で書類を書いてきた事を、茜はまだ言われているようだった。
ツールでも何でも、使えるものは使えばいいとは思うが、まずそんな便利なものがあるという事を知るところから覚えなくてはならない。
皆、一人前の顔をしているが、可愛いひよっこちゃん達なのである。
「似たり寄ったりではあるものの、そこについて、望月は一番信頼がおける」
宵宮にしては珍しい『お褒めの言葉』に、望月が目を輝かせている。もっと褒めてほしいようだが、そのキラキラした『褒めてオーラ』を見せて、宵宮が素直に褒めるわけもない。
「貴様らももう少し使えるあてが見込めれば、順次望月と入れ替えて……」
「えー、やだー」
「なんだと、三暁洞」
「アタシも嫌だね」
「……えへへ」
透はノーコメント。曖昧に笑っている。
「子どもではないんだぞ。子どもでも、嫌のなんので四則計算の学習を免除されるわけでもない。貴様らが今やっているのは、そのレベルだ」
「夜羽音から教えてもらう。今時スパルタは流行んねえよ。なー、夜羽音」
「ええっ……まあ、人には向き不向きがあるから……」
宵宮の指示や方針そのものは間違いではないが、その説明や態度には大きな問題がある。望月だから持ちこたえているが、望月だって不満がない訳ではない。
たとえば、『望月さん、わかるかな。何かあれば何回だってたずねてくれていいんだよ』と、にっこり笑顔で教えてくれれば、毎回毎回顔色を窺ってたずねる必要もない。そんな事を言えば、舐めるなと一喝されるだろうが、新人が空気感に慣れるまでは丁寧過ぎるぐらい根気強い指導をしてくれたっていいと思う。
……ただ、この一月で望月も悪い意味で慣れてしまったので、宵宮がそのような態度を取って来たら、『腹に据えかねる怒りを抱えており、爆発寸前』と取ってしまうだろう。眉間に皺を寄せ、への字口でいてくれる方が落ち着くというのも悲しい話だった。
「大谷部さんは、指導してくれないのかな?」
透がぽそりと零す。この千両研究室の在籍年数でいえば、大谷部の方が長い。
「できると思うか?奴に」
「それは……」
なんでこの研究所にいるのか、謎の人物である。研究実績や発表実績がほぼない。完全にサンプル要員として確保されている人材にしか思えない。そういう人材を準備するのも手間と資金がかかるので、研究員で留め置くのも費用的にはそう変わりが無いのかもしれない。大谷部ではないが、『どうしてこんな人がいるんだろう』という人材を時折見かけるのがこの研究所だった。
それでいえば、宵宮もだ。
千両玲斎の秘蔵っ子、愛弟子などという扱いで、その年齢で過分な実績を持っているが、人間として目も当てられない欠点があった。研究室とカフェの次に足を運んでいるのが呼び出しによるハラスメント委員会室ともっぱらの評判である。
茜が喧嘩の腹いせにハラスメント委員会に告げ口している他には今年度、千両研究室からの悲痛の叫びはさほど出ていないが、それ以外で、別研究室との共同研究や、外部からの訪問者との間で何かとやらかしている。
研究所としては是正、改善をどうにか目論んではいるようだが、若干匙を投げて『我々はお仕事をしております』と、記録だけ残しているような感もある。
テレビでお馴染み千両博士の研究室、また、宵宮自身もかなりの研究実績がある割に、外部からの取材などがあまりないのもそのあたりに起因する。隣の研究室は基礎研究でかなりの実績を上げているのもあるが、若手随一の広告塔、笑顔の素敵な好青年・夜羽音新月がいるため、専門的ではないイメージ重視の取材は隣の研究室が引き受けてくれることが多い。
……眉間に皺を寄せ、神経質そうな宵宮も、千両博士とは別の意味で『研究者っぽい』のではあるが、負の要素が多すぎる。
※ ※
「やっぱり、千両博士に教わりたかったなあ……」
透が、正直すぎる感想を呟く。
「貴様らでは、あの老人についていけんぞ」
「そりゃあ、僕達も教わるための基礎は足りてないとは思うけど」
服を買いに行くための服がない。体を鍛えるための筋肉がついていない。その自覚はある。
「あの年寄りは、なんでも思い付きで行動するし、思いつきの方向性が、多次元なんだ。『医学分野の発表をやってみたい、発表予約は入れた』と言われた二週間後に、何故俺は機械工学論文を、聞いた事もない言語でわざわざ書かされていたと思う?」
「えっ、ちょっと意味わかんない」
声に出したのは朱夕ではあるが、皆同じ気持ちだ。
「俺が一番意味がわからん!」
千両博士が言うには、人体の神経関係について、機械分野でさらに応用を利かせられないかという事らしい。発想の飛躍自体はまだわかる。しかし、『なら今すぐに。宵ならできるじゃろ』は、もはや無茶ぶりの範疇を超えている。なお、なぜ突然医学分野の、しかも発表をしたくなったかは『いつもの事』すぎて、聞く気も起きなかったらしい。
宵宮の各種実績で、記載間違いでは?と思うものが時折紛れ込んでいる原因が察せられた。
※ ※
『――』
そこに、軽やかな電子音が鳴る。
宵宮のスマホだった。設定で、発信者が千両博士からの時だけメッセージ受信音を変えてある。宵宮は『ふうー……っ』と長い深呼吸をした後、メッセージを確認した。薄眼で見ても内容は変わらないと思うが、いきなり直視するには、衝撃が大きい確率が高すぎるのだろう。そして、どうやらその高確率な方だったらしく、宵宮がカッと目を見開いた。
「……望月」
「は、はい?」
「すまないが、俺の目途がつき次第――つくのか……?いや、ともかく、手伝ってもらいたい事がある。三暁洞、二本目のサンプル内容を洗い直せ。その後問題が発生しても、俺には何も言うな。黒鉄と南天と協力してくれ。その程度なら、立花でも回答はできるだろう」
スマホを手にしたまま宵宮は次々と指示を出すと、まだいくらか休憩時間が残っているのだが、しおしおと自分の机に戻っていった。
どんなメッセージが来たのかはわからないが、流石にみんな『いい気味』と思うのは、可哀想な気がした。
※ 毎週【火曜日】【金曜日】に一話ずつ更新中。
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