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人斬りスローライフ  作者: 遠梶満雪
第二章 欠けたるものを名残惜しみ、新たに生まれたるを愛おしむ
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36 黒白の客人

 ベレタ村に一つしかない電報魔術機によって、奇逢亭(きほうてい)の三人がメルカードの商館に呼び出されたのは、朝露もまだ褪せない早朝のことだった。

 どうにも急ぎらしく、朝食を胃に詰めて出かけることにする。


 帳簿を片手に足早に過ぎ去る商人たちを横目に、スヤンたちは巨大な石造建築の最上階、商館長の執務室に向かった。


 秘書に刀を預け、中へ入ると、いつもは余裕に満ちた表情で迎えてくれる女商館長が、疲れ切った様子で顔を上げた。

 褐色の肌はかさつき、少し寝癖も残っている。抜け目のない彼女らしくない姿だ。


 スヤンはすぐに、異変の原因が自分たちよりも一足早く来た客人にあることを察した。

 商館長の執務机の前、来客用のソファに、男女が一組座っている。


 その片方、見覚えのある純白と金刺繍の袖なし外套(クロークコート)の若い女に、ストラスは目を丸くした。


「アンドラス」

「うえぇ、マジでいるじゃん……」


 アンドラス、と呼ばれた女はそう言って心底嫌そうに口元を引き攣らせた。


 彼女の切り揃えた白い前髪はストラスのそれと同じで、しかし、差し毛は薔薇のように赤く、華やかな下ろし髪は腰まで届く。

 気性のきつそうな灰色の瞳が、順繰りにスヤンたちを値踏みした。


 彼女が脇に置く金の鳥籠に目を落とし、スヤンが呟く。


(ガローテ)か」

「そうだね。魔術協会第六十三趾のアンドラス。まあ、私にしてみれば幼く愛い()だ。仲良くしてあげておくれ」


 そう答える第三十六趾(ストラス)の口振りの通り、彼女と同じ魔術協会の狩人にしては、第六十三趾(アンドラス)の立ち居振る舞いは幼く見えた。

 アンドラスにはその言葉が気に障ったらしく、棘のある声で言い返す。


「あら。まだお母様の(ストラス)のつもりはあるんだ。妙な異国人に惚れこんで帰ってこないって聞いたから、ようやくその不釣り合いな名前を捨てたのかと思ったのに」

「ストラス……」

「偏向報道だね」


 言い返せないのか、その気がないのか、口答えしないストラスに、高慢な趾は喜んで追い打ちをかける。


「だって止まり木を掴まない趾に何の価値があるのかしら! 姉妹と呼ぶのも烏滸(おこ)がましいと思わない?」


 すると、それまで黙っていた隣の男が遮って口を開いた。


「アンドラス。久しぶりに会う姉君に甘えたいのは理解するが、公務の途中だ。控えろ」


 男は黒縁の四角い眼鏡を押し上げながら、相方の暴走を窘める。

 アンドラスは耳まで赤くして怒鳴った。


「は? あんなの姉じゃねえつってんだろ! 八つ裂きにされてえのか、ベルナルド!」

「否定するのはそっちなのか……」


 厚い胸板をぼこぼこと殴られながら男は困惑したように呟いた。


 彼に促され、スヤンたちは二人の向かいの席に腰を下ろした。

 ベルナルドというらしいその男は、大柄な図体に無骨な眼鏡をかけ、短い黒髪をきつく撫でつけていて、見るからに融通の利かなさそうな人物だった。

 彼はスヤンを一瞥すると、ぶっきらぼうに名乗る。


「中央イザリア皇帝直属、御史(ミラドール)。ベルナルドでいい」

「………………そうか!」

「よく分かってないなら無理をするな」


 頑張って頷くスヤンに、商館長が額を押さえて呆れる。

 見かねたストラスが補足を入れた。


御史台(ぎょしだい)っていうのは中央……第一区の支配者(オーバーロード)が作った行政機関でね。簡単に言えば、ほかの区が約束を守っているか監視するのが仕事の役人だよ」


 イザリアの全二十四区はそれぞれ対等な立場を有するが、暗黙の了解として、最古の支配者たる第一区が僅かに権限を優越するという。

 そのため、合意の内容が維持されているかの監査業務が、中央に本部を置く魔術協会との合同で行われている。


 その役人、御史だというベルナルドは改めて来訪の目的を告げた。


「先日、ベレタ村の付近で歪曲災害によるものと思われる大規模な事象改変の反応があった。我々が派遣されたのはその調査のためだ」

「ていうか、こいつが雑魚すぎてあたしがお守してやんなきゃいけないからなんだけどね?」

「……近年、【星の使者】なる存在に呼応する特殊な歪みを確認している。残虐性と危険度が高く、単独での調査は中央戦力の浪費を招くというのが陛下の判断だ」


 星の使者。招くべからざる真夜中の客人。

 スヤンに獣の姿を被せた時計の騎士(ダリ)は「好きなように生きればいい」と言った。

 それに呼応する────彼女の言うことに従い、自分の欲望を満たす快楽に呑まれていたら一体どうなっていたことだろう。


 そんなことを思うスヤンを横目に商館長が山のような紙束をめくって言った。


「それで、直近で私に報告された歪曲災害が……」

「俺か」

「ほらな、言っただろう。この通り、本人は間抜けな顔でぴんぴんしてる」

「……確かに、改変反応もなく歪曲は寛解したままのようだ」


 蓋つきのブローチのようなものを覗き込み、ベルナルドが首を振る。

 不穏な話の流れにシャオは不安そうな顔で尋ねた。


「どういうことでしょうか? 兄上が何か……」


 すると、商館長が大きな溜息と共に答えた。


「日時が合わないんだ」

「日時?」

「商館長の話では、この男が変異したのはひと月ほど前、一晩だけだそうだが」

「ああ、それくらいだ」


 事実確認にスヤンが頷くと、向かいで趾が足を組んで仰け反った。


「魔術協会じゃあ、その日には『何もなかった』ことになってるのよ。記録上、あの晩は誰も歪曲なんかしてないの」


 魔術とは局所的な現実の改変技術の総称である。

 改変の際、空間が特有の振動を発し、魔術協会はそれを検知することで規制に違反した魔術が行使されないように監視している。


 危険度の高い歪曲災害はその変異以降、願望に合わせて理性なく周囲を改変し続けるため反応を感知しやすいのだが、彼らの言うことには、スヤンの起こした歪曲は検出されなかったらしい。


「一方、今回の調査対象では、二週間ほど前から断続的に反応を起こしているものの、メルカード側では異変を認識していないことが分かった」

「それで夜明け前から叩き起こされて、歯を磨く暇もなく事情聴取を三時間だ。まったく、この損害は誰に補償を請求したものだろうな!」


 商館長が妙にやつれていたのはその所為のようだ。

 彼女に時間を与えて、本来の支配者である赤蹄騎士団を呼ばれないよう、彼らは半ば襲撃のように訪問したのだろう。


 御史たちの話にストラスは長らく何かを考え込んでいたが、思いついたように訊いた。


「最後の改変反応は?」

「今朝だ」

「じゃあ、兄上は何かそれらしいことをしましたか? ずっとやってみたかったこと……とか?」

「そういえば……初めて片手で卵を割ったな。フフ、初めてだぞ」

「兄上が卵を割れるんですか!? 歪曲ってすごいかもしれません」

「関係ある訳ねえだろ!」


 スヤンの手をしげしげと眺めるシャオにアンドラスが突っ込む。

 どこか危機感のない会話に頭を抱えながら、商館長は仏頂面の御史に話しかけた。


「……という訳で、まあ彼は無関係だろう。不明な歪みの話は赤蹄騎士団に上げておくから、中央に帰ったらどうだ」

「そうもいかないな」


 ベルナルドはそう言うと、スヤンのほうに向きなおった。


「異邦人、星の使者に会ったそうだな? ダリと名乗るおかしな女だとか」

「会った」

「そうか。では連行する」

「えっ」


 反応する隙もなく、何の変哲もない手錠がかけられる。

 びっくりして固まるスヤンを押し退け、シャオが食ってかかった。


「しょ、商館長が仰った通り、兄上は関係ないですよね!?」

「こちらで反応が検知できなかった件がある。何か絡繰りがありそうな以上、容疑は晴れない」


 眼鏡を押し上げるベルナルドには取り付く島もない。

 スヤンは腰に手を伸ばしたものの、明天(かたな)を預けてきてしまったことを思い出した。シャオもそれは同じはずだ。


「それに、学院の首席研究員から星の使者による歪曲現象の生きた検体が欲しいと言われているんだ。正規市民じゃないのは好都合だな。とりあえず不法移民で逮捕しよう」

「え、あいつに目ェ付けられてんのかよ! かわいそ~、ご愁傷様な!」

「えっ、えっ」


 スヤンの目の前で書類に欺瞞が書き込まれていく。

 商館長も口と片目を開けて呆然としているが、物理的に止める力がないらしい。


「えーーーーっ!?!?」


 目を泳がせて助けを求めるスヤンを前に、シャオは立ち尽くして叫ぶことしかできなかった。

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