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15 問い詰められること

「バッカも~~~ん! そいつが星の使者や!」

「うるさい」


 刀の代わりに傘を抱きかかえ、スヤンは拗ねたように隣の男───ラディアンテスを()めつけた。


 車輪は小石を踏んで跳ね上がる。(ほろ)には車を牽くコラソンの鼻音がよく響いていた。

 馬車を先導するようにレイユンが駆けて行って、立ち止まっては振り返り、影色の尾を振っている。


 そんなのどかな春の日にしては、今日のスヤンは朝から騒々しいことばかりだ。

 ラディアンテスはスヤンの肩を掴んで検めるように上下に揺さぶった。


「変なことされたんやろ!」

「されてない」

「されてました!」

「シャオ!」


 予想外の結託にスヤンも声を上げずにはいられない。


 メルカードへの街道を往く荷台にはスヤンとシャオ、馬を御する牧人ルセロ、スヤンに掴みかかる騎士団長ラディアンテスと、申し訳なさそうに隅で縮こまっている従騎士エミリオの五人が乗っていた。


 一見とんちきな組み合わせだが、これにはれっきとした理由がある。

 事の発端は、今より一刻ほど遡る。


「頭目。昨晩の御仁はどなたですか」


 鏡の騎士ディエゴという奇妙な来客があった翌朝、パンと卵が焼けるのを待っていると、菜箸を持ったシャオが背を向けたままそう言った。


 一度深く眠りについてぼやけていたスヤンの記憶が、その問いでくっきりとした輪郭を帯びだし、つむじを撫でるあの柔らかな手の感触が思い出される。

 スヤンは動揺し、咄嗟に裏返りかけた喉を押さえて平静に答えた。


「……起、きていたのか」

「私とて知らぬ気配があれば分かります!」


 シャオが大声でそう言うのと同時に、皿が音を立てて置かれた。


「何故ろくに身分の確認もせず、家へ上げてしまうのですか! ただでさえあなたは何でもかんでも頷いてしまうというのに……」

「いや、その、お前にも声をかければよかったとは思うが……」


 叱る姿が副頭に似てきたなと思いつつ、スヤンは、らしくもなく言葉を濁しながら、恐る恐る相手の顔色を窺う。

 あのときはシャオのことも幾つか話したはずだ。流石に、聞かれていたら気恥ずかしさが勝る。


「ど、どこまで聞いた?」

「そう焦らずとも何も聞こえちゃあいませんよ! ただ、楽しそうになさっていると思って黙って見ておれば……」


 それでシャオが何に怒っているのかいよいよ分からなくなってきたが、あまりの剣幕に押されてスヤンは口も開けない。


 ここまで追い詰められたのは、都にいた頃でさえ覚えがない。本当の強敵がこんな身近にいたとは思いもよらなかった。


 そのとき、再び扉が叩かれ、スヤンは寿命が延びたような気持ちで戸口に向かった。この家を訪ねてくる者はそう多くない。エピか、ルセロか、どちらでもいい。他人の目があればシャオも落ち着くはずだ。


「邪魔するで」


 視界は葡萄酒色の布地で埋まり、忘れがたい癖のある声が耳に飛び込む。スヤンは顔を見るまでもなく開けかけた戸を閉めた。


「帰れ。取り込み中だ」

「待て待て、今日は遊びに来たんとちゃうで! ワシかてやることやらなあかんのや」


 すぐさま閉め切ろうとするスヤンに対し、ラディアンテスは厚い身体を挟み込んで食い下がる。みしみしと悲鳴を上げる肋骨の下、肺の空気を捻り出して用件を伝えた。


「街道に出た歪み! お前らが追い返したんやろ?」

「……ああ」


 どうやら思ったよりも真剣な用向きらしい。

 扉を緩めてやると、崩れ落ちるラディアンテスの大柄な体躯の向こうから、気弱そうな少年の顔が覗く。


 スヤンの記憶が確かなら、ラディアンテスの従者だったはずだ。

 どこか気まずそうなのは、先日の騒動を思い出しているからだろうか。


「メルカード商館長との合意により、該当の歪曲災害に対し赤蹄騎士団の派遣が決まりました。ですから、その、情報提供をお願いしたくて……」

「まあ乗れや。話は中で聞いたるわ」


 ふらふらと立ち上がったラディアンテスが指す方向には、馬車を停めたルセロの姿がある。


 スヤンは相変わらずラディアンテスのことは嫌いだったが、この修羅場から抜け出せることに少しだけ感謝をした。


***


「それで兄上ときたら、見知らぬ女にほ、抱擁まで許したんですよ!」

「嬢ちゃんが寝とる隙に!? はあ~~~とんでもない男やな!」

「……」


 意気投合して盛り上がる二人を横目に、スヤンは小さく溜息を吐いた。


 歪みについて話している内にシャオの機嫌も直れば、というスヤンの淡い期待も空しく、昨晩の不始末を責め立てる人物が二人に増えただけのことだった。


 夜中に訪ねてきた人があったというだけで随分な言われようではないか。

 スヤンは首をもたげて口を尖らせた。


「……話を戻せ。あの案山子の件だろう。俺の話が関係あるのか?」


 すると、それまで耳を傾けて笑うばかりだったルセロが徐に振り返り、困った表情で答えてくれた。


「ともあれ、イザリアの旅人が真夜中に人家を来訪することはないのだ。月明かりを忌避していたことといい、その女人は限りなく怪しいと言わざるを得まい」


 古い言い伝えに曰く、星の使者は太陽を避けるが、それは日差しが星の光を掻き消してしまうからだ。それは満月も同じこと、故に星の使者は明るい月も厭う。


 その言葉に頷いたエミリオは膝を抱えたまま、おどおどと付け加えた。


「それに、星の使者の目撃証言と歪曲災害の発生件数に相関性があるのは事実です」

「やっぱうちでやつらがうろついて何かしとるのは確からしいわな。おかげさまでワシも引っ張りだこや」


 ゆらゆらと葉巻を咥えてラディアンテスがぼやく。


 星の使者と歪曲災害、二つの関係性については魔術協会でさえ掴みかねているという噂だが、前線としては手をこまねいている訳にもいかない。仕事が多いというのは事実なのだろう。


 話も一段落したところで、シャオがスケッチブックと筆を置いた。


「描けました。こんな姿だったと思うのですが……」


 紙面一杯に丁寧な筆致で描きこまれていたのは、以前、この街道で出会った案山子の姿をした歪みだった。接敵していたのは僅かな時間だったにも関わらず、スヤンの記憶とも違わずよく特徴を捉えている。


 絵をエミリオと共に覗き込んだラディアンテスは感嘆の声を漏らしてシャオを称えた。


「おお、上手やん! これで食っていけるんとちゃうの?」

「そうですか? えへへ」


 負けじとスヤンも、描くように言われていたディエゴの似顔絵を完成させて渡す。


「俺も描けた」

「おお……うん、ありがとな……」


 そんなやり取りを経て街道を半ばまで進むと、そこはスヤンたちがあの歪みを見たところだった。馬車を停め、ラディアンテスとエミリオが剣を携えて降りる。


 凶暴な歪みの討伐だが、正式に騎士団へ依頼されたからには、スヤンたちの出る幕はないようだ。情報提供を終えたスヤンたちはついでにメルカードまで行って、エピに頼まれた届け物をジョスランに持っていくことになっていた。


「終わったら頑張って街まで行くわ。商館で合流しよや」


 ひらひらと手を振る騎士たちを後に残し、馬車はまた道を往く。

 過ぎ去った午前の風はあまりに賑やかで、スヤンは肩を竦めた。

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