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第39話 『おはようソラテラス』

「………ム……どう……効かない……もう一度……」


 誰かの声が聞こえる。


 効かない? 何が?

 もう一度何をする気なんだこの声の主は。


「萌えビーム!!!」


 腹から一生懸命に叫ぶ声が目覚ましとなり俺は覚醒した。


 まず目に飛び込んできたのは手をハート型にしてピンク色のビームを撃っている萌えの神様の姿であった。


 ビームが撃たれた方向を見るとオロチは先ほどよりも進んでおり、裏山のふもと辺りまで降りてきてしまっており、ジリジリと町の方に向かって来ている。


「ふえぇ……オロチさん全然萌え萌えになってくれないじゃないですか……。どうしましょうどうしましょうって、あっ! 福井さん戻って来たんですね!」


 体を起こすと萌えの神様が俺に気づいて声を掛けてきた。


「すみません、遅くなってしまいました。あれからどれくらいたって今どんな状況ですか?」


「あれからそうですね、二十分くらいたったのではないかと思います」


 夢の中での体感時間も大体それくらいだったので現実と時間が対応していたのか。


「それでつい十分ほど前まではスサノオさんと筋肉の神様がオロチさんを食い止めてはいたんですが、そこからいきなり大暴れし始めちゃいまして。わたしも萌えビームを撃って加勢していたんですが止まる気配がなくて……」


 萌えの神様は疲弊した様子で言うがその直後希望に満ちた声で話してきた。


「でも戻ってきてくれたということはソラテラスさんに協力してもらえるということなんですよね? 本当に助かります! ソラテラスさんはなんて言ってました?」


「……あ。えっと……」


 そこで俺は重大なことに気づいてしまった。

 夢の俺にはオロチ封印のためにソラに会いに来たと言ったが、ソラには?


 俺の沈黙の意味を感じ取ったのか、萌えの神様は一転青ざめる。 


「ま、まさか……」


「……すみません! ソラに夢の中で会ったんですけど肝心のオロチ封印のこというの忘れてました……」


「えええ! ど、どうしましょう! ソラテラスさんがいないとオロチさんを封印できませんし、えっと、じゃあもう一回福井さんを眠らせるのでソラテラスさんに協力依頼をしてきてください! さあ、準備はいいですか!?」


「ちょっと待ってください! さっきは痛かったので他の方法でお願いします!」


「そんなこと言ってる場合じゃありません! さあ、いきますよ!」


 その時、俺たちのいるソラの神社の境内に何かが猛スピードで落ちてきた。


「おわっ!」「きゃ!」


 俺と萌えの神様は強烈な風と砂ぼこりに思わず顔を覆ってしまう。


「な、なんですか!? 隕石!?」


「いや、違います……あれは……スサノオです!」


 なんと落ちてきたのは右手に魔法少女のステッキを固く握りしめたスサノオであった。


 顔や体にいくつも傷がありボロボロになった服に血が滲んでしまっている。


「痛ぇ……やりやがったなあのデカブツ。俺のラブリーストライクを食らってもひょうひょうとしてやがる。ステッキの電池も切れかけだしあと一発撃てるかどうかだな」


 何言ってんだこいつ。


「スサノオさん! 大丈夫ですか!?」


 倒れこむスサノオに萌えの神様が駆け寄る。


「ああ、ユニ子ちゃん。大丈夫だ、と言いたいところなんだけどね。ちょっと力を使いすぎてしまったな」


 スサノオは俺の姿を見つけると尋ねてくる。


「やっと戻って来たか。ちょっと遅いような気もするが、まあそれはいい。それでクソ姉貴は説得できたか?」


「……すまん。説得するの忘れてた」


 俺がそう言うとスサノオは倒れたまま声だけを荒げて怒鳴りつけてきた。


「はああ!? お前何しに行ってたんだよ! できてねえならもう一回だ! さっさと行って来い! こっちは見ての通り満身創痍だ。俺も力ほぼ残ってねえし筋肉の神も限界に近い。姉貴がいねぇと本気でヤバいぞ!?」


「俺だって最善尽くしたけどソラの夢の中で色々あったんだよ!」


「色々ってなんだよ色々って! こっちは化け物食い止めてんだぞ? 女の一人も説得できねえで何やってんだよ!」


「だからできる限りのことはしてきたんだよ! 第一お前が昔意地張らずにオロチ退治できてればこんなことになってなかっただろうが!」


「俺のせいだってか? 責任転嫁するにも限度ってものが――」


「やめてください!」


 萌えの神様の声が響く。


「こんな時に仲間うちで言い争っている場合ではありません! とにかく何か策を考えてなんとかするしかありません!」


 萌えの神様の必死の訴えのおかげで俺とスサノオは冷静さを取り戻す。


「……そうですね。すみません、つい取り乱してしまって」


「ああ。俺もつい興奮してしまって……悪かったな。ユニ子ちゃんの言うとおりだ。言い争っている場合じゃないし時間もない」


 俺とスサノオの言い争いが終わったことに安どの表情を浮かべる萌えの神様。


「幸い筋肉の神が持ちこたえている。その間になんとかするしかない」


 まだ時間はある。

 解決策は考えるまでもない。


 俺は萌えの神様に向かって言う。


「俺がもう一度ソラの夢の中に行ってあいつを呼んできます。ですからもう一度俺を――」


「ヤマアアアァァァ!!!」


 しかしそうはオロチがさせてはくれない。


 オロチが雄たけびを上げたかと思うと再びここに何かが落ちてきて強烈な風と砂ぼこりを巻き起こしたのだ。


「またかよ! 今度はなんだ!?」


 砂ぼこりが晴れる。

 三人が見つめるその先にいたのは……


「痛いですぅ……オロチさん強すぎます……」


 痛そうに顔をしかめる筋肉の神様であった。


 しかしさすがは筋肉の神様。


 自慢のボディーには汚れこそあれど傷はついていない。


「筋肉の神様!? 大丈夫ですか! お怪我は……」


「怪我はしてないんですけど、しびれを切らしたのかオロチさんがいきなり僕のことを吹っ飛ばして来まして……」


 筋肉の神様を吹っ飛ばすとはどれだけ化け物なんだよヤマタノオロチってのは。


 ん? でも筋肉の神様がオロチ唯一止めていたやつなんだよな?


 ってことは……


「おい……あいつ、なんかこっち向かってきてねぇか?」


 スサノオがそう言うので俺たちもつられてスサノオの視線の先を追う。


 するとヤマタノオロチのうにゃうにゃした首と恐ろしいことこの上ない蛇のような、龍のような八つの頭が真ん中の頭を中心にして集まり、すべての頭がこちらを睨んでいた。


 地響きを起こしながらこちらに近づき、まるで山のような体躯が迫ってくる。


「ヤマアアアァァァ!!!!!」


 そしてやつの胴体が赤く光り出したかと思えばみるみるうちにすべての首が同様に赤く光り出した。


「ま、マズいですよ! あれはオロチが炎を噴く前兆です! しかもすべての首が光っているということは、最大火力です! このままじゃ僕たちはまる焦げです!」


「えええええ!!? ど、どうすればいいんですか!?」


「萌えの神様、俺を早くソラの夢に行かせてください!」


「無理だ! もう間に合わねえ、お前らだけでも逃げろ!」


 スサノオがそう言うが、時すでに遅し。


 オロチは俺たちを完全にロックオンし、逃げる時間も余裕もない。


 萌えの神様と筋肉の神様は怯える子供のように手をつなぎガタガタと震えている。


「もっとお茶会したかったのに!!!」


「明日のイベントのために頑張ってたのに死にたくないです~!!!」


 スサノオは仰向けになったまま諦めたように笑みを浮かべている。


「燃えて死ぬのか。最期は萌え死の方がよかったんだがな」


 そして俺はというと目の前の光景を受け入れられず固まっていた。


 最後の言葉なんて言う余裕はない。


 ただ、全身を死への恐怖が埋め尽くすのみ。


 その時本能的に恐怖を紛らわせようとしたのか、腹から思いっきり叫んでいた。


「うおあああああ!!!」「おりゃあああ!!!」


 俺が叫ぶと同時に同じように後ろで叫び声が聞こえた。


 その刹那、苔だらけの巨大な岩が大砲の玉のように飛んできて、オロチの頭に激突した。


「ヤマアアァ!!?」


 突然の出来事にオロチは事態が呑み込めず、悲痛な叫び声を上げる。


 頭がいくつか後ろに吹っ飛ばされダメージを負ったせいか、オロチは炎を出すことできなくなったようで体の赤白い輝きも失われていった。


 スサノオは寝たきりで目を閉じ、萌えの神様と筋肉の神様はお互いに手をつないだまま目をつむっているためこの状況を認識していない。


 俺は岩が飛んできた方向、後ろを振り向いた。


 そこに立っていたのは言うまでもない。


「ソラテラス、覚醒! 数日ぶりに降臨じゃ!!!」


 なぜソラは起きたのか、俺たちは助かったのか、など様々な感情と感想によって頭は埋め尽くされており、事態を飲み込めてもいなかった。


 しかし俺はひとまずソラにこう声を掛けることにした。


 誰かが起きたときの挨拶として最初になんて言うか。

 そう、これだ。


「おはよう、ソラ」


「うむ、おはようなのじゃ!」

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