第38話 『夢でも現実でも鳩尾パンチ』
結局あいつは何だったのであろうか。
消える前に役目が達成されたとか言っていたが、これがどういうことを意味するのか俺には分からなかった。
しかし夢の俺がいなくなる、それはこの夢の世界がソラと話すことを認めたということを意味する。
俺は本来の目的、ソラを探すために起き上がり振り返る。
そしてあまりに突然の出来事に声もあげられず驚いてしまった。
真後ろに立っていたのだ。ソラが、表情もなく。
「…………」
一言も発せずただ俺をじっと見つめている。
「えっと……」
ここで話さなければ俺の気持ちも夢の俺の思いもすべて水の泡となる。
今、ここで言うしかない!
「ソ、ソラ。その、あの時は――」
俺がソラと正面から向き合おうとした時、目にしたのは――
「なんじゃ~おぬし。わしと一緒にいるのがそんなに恥ずかしかったんかえ? 初心じゃの~! ほれほれー!」
満面のソラの笑顔だった。
「……え?」
疑問符を浮かべたまま俺はなす術もなくソラに頭をぐりぐりされる。
「わしを甘く見くびってもらっては困るの~。最高神であるこのわしがあの程度のことで怒るとでも? 全然怒っとらんぞ」
気まずい雰囲気を覚悟していたのにソラは普段と同じ、いやそれ以上に機嫌がよさそうに話してくる。
怒ってなくね? なんで?
混乱しながら俺はソラに言う。
「でも、さっき夢の俺がお前が苦しんでたって、泣いてたって……」
それを聞いたソラは平然と言った。
「あれ、嘘じゃ」
は?
「ど、どういうこと?」
「んー、じゃあ手っ取り早く説明しようかの」
そうして事の顛末がソラの口から語られた。
まずソラはうまいもの祭りの時、ジュースを買いに行った。
ここまでは俺の知っている通りだ。
しかし念願のジュースを受け取りお金を払った直後、ソラに悲劇が。
通りすがりのおっさんとぶつかりジュースを地面にぶちまけてしまったらしい。
しかもおっさんと口論になり軽く騒ぎになる始末。
幸い大騒ぎまでには発展しなかったがジュース盆に返らず。
最悪の気分のままわざわざまた列に並び、せっかくだからと俺の分も買って帰ってくると俺が奈良と楽しそうにお喋りしているではないか。
しかも俺の手にはソラが苦労して手に入れたジュースが。
こっちは最悪な気分なのに俺は呑気に奈良とぺちゃくちゃと……しかもジュースまでもらってムカつく!
よし、俺にちょっと痛い目見せてやろう、ということで演技をして連休明けに学校で会ったときに気まずい感じにしてやろうと思っていたら、さきほどちょうど俺が夢の中に入って来た。
これはしめた、と思ったソラはもっと痛い目をみせてやろうとして夢の中の俺という俺にとって厄介この上ない存在を作り出して俺にぶつけてきた。
そして俺はまんまとソラの術中にハマり殴られたあげく、隠しておいた本心も曝露してしまい物理的にも精神的にも痛い目を見させられた、ということだ。
「……じゃあお前がひきつった笑顔してたっていうのも? 夢の俺のお前への思いも?」
「全部嘘じゃな。それにそもそもの話わしがおぬしみたいな阿呆を気に掛けるとでも思っとるのか? 勘違いも甚だしいのじゃ!」
こいつ!
「俺がどんな思いでここまでやってきてあいつに話したか!」
「想像以上にいいもの見せてもらったぞ。……恥ずかしくなったんだよ。最高神ソラテラス様のような神々しく凛々しく聡明で尊い絶世の美女の隣にいることが……ソラテラス様っ! 愛してるぅぅ!」
「そんなこと言ってないだろ! 気持ち悪いモノマネやめろ!」
うわー、スサノオの気持ちすげーよく分かる。
確かにこれはムカつくな。
「おぬし、わしのこと美人だと思ってたんか。まあ当然といえば当然じゃが、気のないふりしよってからに。しかも恥ずかしいとは……ふっふ。作戦大成功じゃの~」
からかうようにソラはニヤニヤと笑い俺の顔を覗き込んでくる。
最悪だ!
何が美人だ! 何が恥ずかしいだ!
穴があったら入って引きこもりたい……。
この間にもソラがニヤニヤとムカつく顔を向けてくる。
「じゃああいつが言ってたことはすべて嘘ということかよ。話して損した……」
「そういうわけではないぞ。この世界がわしの思うままに動くというのは本当じゃ。自分の夢じゃし、わしの思い通りに動くのは当然じゃろ」
夢なんてコントロールできんだろ。
ソラに侵入された時もそうだが、明晰夢なんて見たことがないしましてそれを思いのままにできるとか……ん?
今のソラの発言について考えを巡らせる。
「夢の俺が言ってた通りにあいつはお前の意思のまま動いた。それで俺がなんで奈良と話していたかを聞いて、役目を終えたと言って消えた。つまりあいつの役目は俺から奈良と話していた理由を聞き出すこと。あいつはソラの意思に従って動いていたということは……」
声に出して整理できたことで一つの結論に辿り着く。
「お前、もしかして俺に嫉妬してた?」
「ほへ?」
間抜けな声を出すソラ。
「だってそういうことだろ。ソラ本人が俺と奈良が話していて嫉妬したから、この世界のルール、つまりお前の意思に従ってあいつは動いてあんなことを聞いてきたんだ。なるほどな」
沈黙が場を支配する。
これはまさかの反撃チャンスか!?
俺はわざと大げさにニヤニヤしながら反撃を開始した。
「なんだお前、俺に嫉妬してたんじゃないか。お前も可愛いとこぶはあっ!!!」
しかし反撃できることもなくソラの拳が俺のみぞおちを直撃し、意識が朦朧となる。
「ふん! 誰がおぬしなんかにそんなことを……身の程をわきまえんかこの阿呆が!!! おとなしく寝ておれ!!!」
今のはからかった俺が悪かったのかもしれないが、だからってこんなに強く殴らなくてもいいじゃん……。
そう心の中でつぶやきながら、体をけいれんさせて俺は気を失っていった。




