悪役聖女セラフィナの秘密(2400字)
# 悪役聖女セラフィナの秘密
「ふん、また怪我をして。本当に情けない連中ね」
銀髪をなびかせながら、セラフィナ・ヴァン・ローゼンベルクは冷たく言い放った。彼女の瞳は氷のように冷たく、口元には常に皮肉めいた笑みを浮かべている。王国屈指の名門貴族の聖女でありながら、その性格の悪さは宮廷でも有名だった。
「でも、セラ、君がいないと僕たちは本当に困る」
パーティーのリーダーである剣士のガレスが苦笑いを浮かべながら言った。彼の腕には深い傷があり、血が滲んでいる。
「当然でしょう?この私がいなければ、あなたたちなんてとっくに死んでいるわ」
セラフィナは鼻を鳴らしながら、杖を振りかざした。途端に温かな光が溢れ、ガレスの傷が見る見るうちに癒えていく。それは普通の回復魔法の三倍はある威力だった。
「ちょ、ちょっと待てよセラ!そんなに魔力使って大丈夫なのか?」
「はあ?何を心配しているのよ。私の魔力を舐めないでちょうだい」
そう言いながらも、セラフィナの頬には薄っすらと赤みが差していた。心配されることに慣れていない彼女は、そんな自分の反応に内心戸惑っていた。
「うわあ、今日も相変わらず過剰なヒールだね…」
盗賊のリックが呟いた。彼も先ほどまで瀕死の重傷を負っていたが、今では新品同様に回復している。
「文句があるなら治療を拒否すればいいでしょう?どうせあなたたち、私の力に頼りきりなんだから」
「いや、そういうわけじゃなくて…ありがたいんだけど、君の体調が心配で」
「だ、誰があなたなんかに心配されたいって言ったのよ!」
セラフィナは顔を真っ赤にして杖を振り回した。その拍子に、リックの小さな切り傷まで完全に治癒してしまう。
「ほら、また無駄に治しちゃって…」
「無駄ですって?この私の神聖な魔法を無駄だなんて…!」
実際のところ、セラフィナの回復魔法は異常なほど強力だった。通常の聖職者なら軽傷を癒すのがやっとなのに、彼女は致命傷すら一瞬で完治させてしまう。それどころか、一度は確実に死んだはずの仲間を何度も蘇生させているのだ。
「ところで、セラフィナ様」
魔法使いのエリナが恐る恐る口を開いた。
「なぜ私たちのような平民のパーティーに参加されているのですか?お嬢様なら、もっと格式高い騎士団に入ることもできるでしょうに」
セラフィナの表情が一瞬強張った。
「…べ、別に深い意味なんてないわよ!た、たまたま目についた雑魚パーティーで遊んでいるだけ」
「雑魚って…」
「だって事実でしょう?私がいなかったら、あなたたちなんて一日で全滅よ」
そう言いながらも、彼女の視線は優しかった。エリナの魔力が枯渇していることに気づいた彼女は、さりげなく魔力回復のポーションを差し出す。
「は、はい、ありがとうございます…」
「べ、別にあなたのためじゃないから!魔力切れで足手まといになられても困るのよ」
真実は、セラフィナ自身も完全には理解していなかった。彼女は生まれながらにして強大な聖なる力を持っていたが、同時に呪われた運命も背負っていた。その力は「他者への無償の愛」によってのみ発動するのだ。
つまり、彼女がツンデレで高飛車な態度を取りながらも、心の奥底では仲間たちを深く愛しているからこそ、あの異常なまでの回復力を発揮できるのである。
「そういえばセラ、君っていつも僕たちの怪我を治してくれるけど、自分の怪我はどうしてるんだ?」
戦士のバルドが疑問を口にした。
「は?私が怪我なんてするわけないでしょう。この程度の魔物相手に」
しかし、バルドは彼女の左腕に小さな傷があることに気づいていた。
「その腕の傷…」
「え?あ、これは…!」
慌てて袖で隠そうとするセラフィナ。だが、時すでに遅し。
「なんで自分の傷は治さないんだよ」
「べ、別に大した傷じゃないもの!それより、あなたこそさっきの毒が完全に抜けているか心配なのよ」
そう言いながら、彼女は再びバルドに治癒魔法をかけた。過剰なまでの光に包まれ、バルドは眩しそうに目を細める。
「セラ…君って本当は…」
「な、何よ?変なことを言おうとしているなら許さないから」
頬を膨らませて睨むセラフィナ。しかし、その表情は怒っているというより拗ねているように見えた。
「まあ、理由はどうあれ、君がいてくれて助かるよ」
ガレスが温かく微笑んだ。
「べ、別にあなたたちのためじゃないわよ!ただ、死なれると面倒だから治しているだけ!私の評判に関わるもの」
「評判?」
「そ、そうよ!私のパーティーのメンバーが弱いなんて思われたら、この私の名前に傷がつくでしょう?」
必死に言い訳を考えているセラフィナの様子が、なんとも可愛らしい。
その夜、野営地で一人警戒にあたっているセラフィナの元に、ガレスがやってきた。
「眠れないのか?」
「…あなたこそ。傷は大丈夫なの?…じゃなくて、傷の具合はどうなのよ」
最初に出そうになった優しい言葉を慌てて言い直すセラフィナ。
「おかげさまで完璧だよ。君の魔法のおかげでね」
「当然でしょう。この私の魔法なんだから」
沈黙が流れた後、ガレスが静かに口を開いた。
「セラ、君が本当はとても優しい人だということ、僕たちは知っているよ」
「な、何を言って…!そ、そんなわけないでしょう!私が優しいなんて、とんでもない勘違いよ」
「じゃあ、なんで僕たちのことをそんなに大切にしてくれるんだ?」
「だ、大切になんて…!ただ、その…あなたたちが死んだら私が困るから…」
「困る?」
「そうよ!新しいパーティーを探すのが面倒だし、一から関係を築くのも…」
言いかけて、セラフィナは口を閉ざした。本当の理由は違う。彼女は初めて、自分を貴族の聖女としてではなく、一人の仲間として接してくれる人たちに出会ったのだ。
「…馬鹿ね。私が優しいなんて、本当にとんでもない勘違いよ」
しかし、その声は震えていた。セラフィナの瞳に、初めて涙が浮かんだ。
「でも、君の行動は嘘をつかない。いつも僕たちを一番に考えてくれている」
「そ、そんなこと…!私はただ、その…」
「ありがとう、セラ。君がいてくれて本当に良かった」
「だ、だから違うって言ってるでしょう!もう、なんで分からないのよ!」
真っ赤になって抗議するセラフィナだったが、その表情はどこか嬉しそうだった。
翌朝、パーティーは新たなダンジョンへと向かった。いつものようにセラフィナは毒舌を吐き、仲間たちはそれに苦笑いで応える。
「今日は特に危険な魔物が出るかもしれないから、絶対に無茶をしないでよね」
「心配してくれてるのか?」
「だ、誰が心配なんて…!あなたたちが怪我をしたら、私が治療で疲れるって言ってるのよ」
だが、戦闘が始まると同時に、彼女の本当の姿が現れる。仲間を守るために惜しみなく力を注ぎ、誰よりも必死に戦う悪役聖女の姿が。
「死ぬんじゃないわよ、馬鹿者ども!…じゃなくて、死なれたら迷惑なのよ!」
その叫び声には、確かに愛が込められていた。そして、仲間たちもまた、彼女の不器用な優しさを理解し、愛おしく思っているのだった。
3200字バージョンとかも考えましたが、このキャラクター性にハマりそうだから辞めよう。
ちなみに、悪役聖女が回転寿司店のトラブルに巻き込まれる話も過去に投稿しています。そちらも宜しければご覧下さいm(_ _)m