表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
車男短編集  作者: 車男
46/54

列車にのって

 「バイバイ、マリー、また明日!」

「うん、バイバイ!」

ドアが閉まると、私の乗った列車は静かに動き始めた。車内を見渡すと、座席はガラガラ。乗っている人は、私のいる車両には、あと1人、2人、3人だけ。私は近くの対面長椅子によっこいしょ、と腰掛けた。学校の最寄り駅から30分くらい、立ったまま友達と話が弾んでいたが、1人、また一人と降りていって、私1人になると、急に疲れを感じてきた。それもそうだ。学校が閉まるギリギリの、夜の7時半まで、私は吹奏楽の練習をそのお友達としていたのだ。大会が近く、少しでも長く、楽器を触っていたかった。パートは、トランペット。友達もいっしょだ。

 列車は次の駅に止まった。私の降りる駅はもうちょっと先。というか、今乗っている列車の終点だ。この駅では私以外の3人が降りて、私のいる車両には、私以外の人はいなくなった。隣の車両を見てみると、同じように、だれもいないように見える。

 だれも見てないかな…。私は履いていたローファーを脱ぎ、白いソックスに包まれた足を解放した。学校内は土足制で、上履きに履き替える手間はないけれど、一日中ローファーを履いていると、やはり足はきつくなる。特に今は気温が高く、解放された足に当たる冷房の風が心地いい。学校にいる間は人目を気にしてこんなことはできないけれど、今なら、大丈夫、だよね…?私は床に両足のローファーを揃えておき、ソックスのままの足を床に置いた。ひんやりとした床の感触が、ソックスを通して伝わってくる。気持ちいい…。そのまま一気に伸びをする。足は床を滑り、おしりが椅子から落ちそうになって、あわてて体制を立て直す。ふう、あぶないあぶない。靴を脱いだまま、私は窓の外を見ていた。といっても、真っ暗で何も見えない。そうしているうちに、列車は次の駅に止まった。扉は開くけれど、乗る人も降りる人もいなかった。扉が閉まって、列車は発車する。終点まで、あと少し。

 疲れたなあ。明日は土曜。学校はお休みだけど、部活は一日中ある。大変だけど、楽器を吹くのはやっぱり楽しい。私は誰もいないのをいいことに、大きなあくびをして、目を閉じた。終点まで30分くらいだし、一眠りできそうだ。

 どしん。あ、いた。

「いててて…」

急な衝撃で目が覚めた。お尻が痛い。しばらく考えて、座席から落ちたのだと気付く。わあ恥ずかしい…。しりもちをついて、靴を脱いだ足は前に投げ出されている。その靴は、列車前方に無造作に転がっていた。列車の揺れで動いていったのだろうか。私は痛むおしりをさすりながら、立ち上がって伸びをした。その瞬間列車が揺れて、前に倒れ掛かる、あ、危ない!と、その瞬間、誰かが私の体を受け止めた。2本の腕が、やさしく私の体を包む。

「大丈夫か?無防備すぎるだろ、ちょっとは周りを見とけよな」

頭の後ろで、聞いたことのある声がする。横を向くと、私の目線に彼の胸元があった。夏用の半そでシャツ。学校の校章がポケットについている。

「マサト…って、きゃあ!なに、触ってるんですか!?」

「おいおい、助けられててきゃあはないだろ、礼ぐらい言えよ、マリー」

「あ、そ、そうですね、ありがとうございました」

助けてくれたのはうれしいけれど、こんなに近くにに居たってことは、今までの全部見られてた!?恥ずかしい!!

「おい、なんだよ、その他人行儀な敬語は。タメだろ?幼馴染だろ?」

そこにいたのは、確かに、幼馴染のマサトだった。同じ吹奏楽部で、彼はチューバを担当している。

「な、なんでマサトがいるのよ…いるんですか?」

「部活の帰り。一緒だったろ、練習?だから敬語やめろって」

「だ、だって、なれなれしくするなって、この前…」

「あ、あれはだな、その、なんだ、マリーにあんなにくっつかれたら、そりゃ、その、気にするだろ、みんな、付き合ってるんじゃないか、とか…」

「そ、そんなの、そんなわけないじゃない…」

確かに、いままで幼稚園から小学校、中学校、高校と一緒だったマサトだったから、同じ部活になって、うれしかったのもあったけど、ちょっと親しくしすぎたのかな…。

「そっか、じゃ、程よく、話とかしとけばいいのね?」

「そ、そうだな、程よく、だ」

「わかった」

「それより、もうすぐ終点だぞ、降りる準備はいいのか?」

「え?そうなの?」

その時聞こえたアナウンス。間もなく、終点の…。

「やば、急がなきゃ!」

座席に散らばっていた荷物を片付けていると、足元がやけにひんやりすることに気づいた。ふと見下ろして、ようやく気付く。

「靴!」

車両前方に転がっていたローファーを、ソックスのままペタペタと取りに行くのと、列車の扉が開くのが同時だった。私は慌ててローファーを手に持ち、荷物を持って、列車を降りた。今思い返すと、私、なんて恥ずかしいことしてたんだろう。もし寝てる間に、ほかのお客さんが乗ってきてたら…。あんなの、誰にも見られたくなかった。マサトにも!頬を真っ赤にしながらホームで靴を履いていると、マサトがゆっくり降りてきた。恥ずかしくって、顔も見られない。

「ったく、リラックスしすぎなんだよ。ほら、これ」

何かを差し出すマサト。ちらとそちらに目を向ける。

「なに?…あ!」

「網棚なんかに載せるから忘れるんだよ。手に持っとけ、ていうか、抱きしめとけ。…大事なやつなんだから」

マサトが手渡してくれたのは、トランペットが入ったケースだった。うっかり置き忘れていた。もし気づかず帰ってたら…。明日からの練習、どうなっていただろう。学校に予備の楽器はもうないのに。

「マサト…、ありがとうっ!」

私は思わずマサトに抱き付いていた。まだかかとを踏んでいたローファーが、衝撃で地面に転がった。

「ちょ、おまえ、やめろって…」

そう言っていたマサトも、あながちいやではなさそうだった。ふっと息をはいて、マサトは言った。

「明日も練習、頑張ろうな」

「うんっ!」

人気のない終点の駅には、まぶしいほどの電気をつけたままの列車が、帰りの行き先方向幕を掲示して、静かに止まっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ