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車男短編集  作者: 車男
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お引き取りください

 「いい?わかった?小冬、わたしが帰ってくるまで、絶対に外にでちゃダメよ。それから、誰かがきて、チャイムを鳴らしても、出ちゃダメよ。わたしは、自分で鍵を持っていくから、小冬は鍵を開けなくていいからね。とにかく絶対、ぜーったいに、玄関のドアを開けないでね?わたしだよって、女の人の声がしても、絶対開けちゃダメよ」

「うん、わかったよ。こふゆ、がんばる!」

「よし…ってやば!!遅刻じゃん!!」

「冬音おねえちゃん、まだ着替えてないよね?」

「まだお化粧もしてないよう!どうしよう」

冬音と小冬の姉妹は、その日二人で家にいた。両親はともに友人と外出しており、冬音もまた、友達との約束があった。といっても、まだ小学1年生の小冬を一人家に残していくのは気が引けた。そこでお母さんに電話で聞いてみると、しっかり者だから、外にでないようよくいって聞かせれば、一人でも大丈夫とのこと。ほっと一安心の冬音は、早速小冬にいって聞かせ、家を出る予定の時刻を大幅に過ぎてしまった。すんごく急いで、間に合うだろうか?

 冬音は昨日から決めていたファッションに大急ぎで身を包んだ。ダークブラウンを基調とした格子柄のワンピースにベージュのコート、薄手のタトゥータイツに、白い、フリフリのついたソックス。あとはお化粧をしないと…。冬音は目も回る早さで顔を作り上げると、そばで目を丸くしていた小冬に手を振って、

「じゃあ、わたし、行くね!いい?絶対に…」

「うん、絶対に、玄関は開けないし、外にもでないよ!」

「よし。じゃあ、わたしが外に出たら、小冬が玄関の鍵、すぐ閉めてね。ちょっと時間がないから…!」

「うん」

冬音はリビングを飛び出し、玄関に走った。そしてそのまま外へ飛び出す。すでに約束の時間を過ぎている。ここから走って走って、10分で着くか。門扉をこじ開けようと足をジタバタ焦っていると、その足元に違和感が。ふと見てみると、なんと靴を履き忘れているではないか。そんなに急いでいたつもりはないのだけど。とにかく、白ソックスだけでは外を歩けない。冬音は時間を気にしながらも、一目散に玄関扉に戻る。扉には既にしっかりと鍵がかかっていた。さすが、小冬。抜かりがない。でも今は開けて置いて欲しかった。時間がないのに。冬音はゴソゴソとバッグを漁る。

「…あれ?」

だがいくら探しても、中をのぞいても、ひっくり返しても、そこに自宅の鍵は入っていなかった。おまけにいつも肌身離さず持っていたはずの携帯電話まで入っていない。

「やば、鍵もスマホもわすれた…」

こうなったら、小冬に開けてもらうしかない。冬音は玄関の呼び鈴を押した。ピンポーン。

だがいくら待っても、何度押しても、小冬が出てくる気配はない。

「あ、しまった…!」

そういえば、自分で言っていたではないか。チャイムが鳴っても、絶対玄関を開けるなと。どうしよう、このままでは約束の場所に間に合わないではないか。いや、いまからこの姿で走り出せばなんとかなるけど…。絶対ムリ!恥ずかし過ぎる。裸足で街を走るなんて!

「小冬ー!おねえちゃんだよ、開けて!」

冬音は近所迷惑にならないよう小さく、しかし家の中の小冬には聞こえるくらいの声を出した。するとすぐに返事が。

「うそ!だって、おねえちゃん、自分で鍵開けるって、言ったもん!」

なんと、小冬はすぐそこにいるらしい。やはり冬音本人だとはわかっていない様子。開けそうな様子は全くない。

「ほんとうよ、わたしよ。冬音おねえちゃんだよ。お願い、鍵開けて?忘れちゃったのよ!」

「いいえ、絶対に開けません!おきひとりください!」

「それを言うならお引き取り下さい、でしょ?じゃなくて!本当にわたしなの!鍵も靴も忘れたのよ。ちょっと開けてみてよ。わたしって、わかるから」

「嫌だよ。襲われるの、嫌だもん。じゃあこふゆ、テレビみてたので」

「あ、ちょ、コラ、小冬!」

その後、玄関扉の向こうから、小冬の声は聞こえなくなった。白ソックスのままの冬音はすっかり弱ってしまった。このまま行くか。いや、それはやっぱり恥ずかし過ぎる。かといって、あの小冬を納得させられるだけのことが、わたしにできる気がしない。あれだけうるさく言っておいたのだから。

そうだ。庭の方に回ってみよう。冬音は白ソックスの足を忍ばせ、芝生のしっかり刈りそろえられたお父さんご自慢の庭に向かった。庭は小冬がテレビを見ているであろうリビングにつながっている。

しかしそのリビングのカーテンが、なぜか完全に締め切られている。

「ああ、そうだった!!」

冬音は自分が、出て行く際、外から小冬が家で一人なのを見られぬよう、しっかり家中のカーテンを閉め切ったのを思い出した。

「もう、わたしのばかぁ」

冬音はとぼとぼと再び玄関に向かい、そしてまた力なくドアホンを押す。

「こふゆぅ、あけて。お姉ちゃんよぉ」

冬音は涙声で呼びかけた。

「あなたもしつこいですねえ。わかりました。だったら、お姉ちゃんしか知らないようなクイズを出すので、それに正解なら、お姉ちゃんだと信じましょう」

「え?ほんと!!」

希望が見えた。冬音はお姉ちゃん。妹のことなど丸わかりだ。

「では、第一問!ででん!」

扉の向こうから、楽しそうな小冬の声が聞こえてくる。

「あたしの好きな食べ物は?」

それならわかる。いつも出かけた帰りに、近所のお菓子やさんで買うもの。

「いちごのタルト!」

「ぴんぽん!第二問!ででん!あたしの好きなアニメは?」

「え?アニメ?」

やば。知らない。冬音は考える。小冬のいつも見てるアニメ…。

「ぴ、ピリキュア?」

ピリキュアとは、日曜朝に放送中の、女の子に人気の、なんか女の子が戦うアニメ?だったと思う。

「ぶー!ざんねん!あなたはお姉ちゃんではありません!さっさとおひとりきください!」

「だからそれを言うなら…って、まった!まった!もう一問!いまの、あれよ、ケアレスミスよ」

「うるさいなあ。じゃあ、さいごね!」

こんなことをしている間にも、時間がどんどん迫ってくる。がんばれ、私!冬音は耳をすます。

「あたしの、飼いたい動物の種類と名前はなんでしょう?」

「知るか!てか、動物飼いたかったの?知らないわよ、そんなの!ああ、もう、時間ないじゃない!」

冬音は、小冬の説得と時間に間に合うことを天秤にかけ、後者を採用することにした。もう、お手上げだ。

「あとで覚えときなさいよ、小冬!」

なんだかやつあたりをしているように冬音には思えたが、かまっていられない。門扉を飛び越え、白ソックスのまま、道路を走り出した。ペタペタと音がする。みんなの視線が、すごく痛い。みんなと会った時、何て言おう。きっと笑われる…!冬音は涙をこらえながら、走り続けた。

 その頃、その様子を、家の玄関扉をちょっと開けて、小冬は眺めていた。

「もうちょっとがんばれば開けてあげたのに。お姉ちゃんもまだまだね」

そう言って、ちょこんと出していた首を家の中に引っ込める。

「さあて!ゲームでもしよっかな!」

小冬は玄関に持ってきていた踏み台を持って、リビングへ。

「まったく、のぞき穴から見たら、誰だかすぐにわかるんだから。あたしももう子どもじゃないのよねー」

小冬はそう言って、テーブルにあった冬音のチョコレートを一口かじった。

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