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魔女と兵士と人形喜劇  作者: 安土仁守
第2章 鼻からきのことか生えればいいのに。
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09話 キガクル、襲来

 翌日、旅立ちの日。

 荷物の最終点検を済ませて、短かった仮の自室に別れを告げた。


「そういえば、ガレージってどこだ……」


 廊下を歩きながら、ふとその事に気付く。

 そもそも、こんな古風の城にガレージがあるというのも違和感がある。

 そんな事を思いながら玄関へ向かうと、楓が三人分の荷物を積んだカートと一緒に佇んでいた。

 こちらに気付くと、礼儀正しく挨拶を掛けてくれる。


「ガレージの場所、ご存じないかと思いまして。僭越ながらお待ちしておりました」


 それを聞いて、楓はこの隣獄の良心であると確信した。

 楓の代わりにカートを押し、広大な庭園を横切って正門へ。

 城の外へ出るのは、これが初めての事だった。


「……これが、レッドガーデンの由来か」


 正門の外には、息を呑むほど美しい、真紅の草原が広がっていた。

 よく見れば、花も葉も茎も、全てが赤色の花が咲いているのだ。それが丘の向こうまで、ずっと続いている。


「ふふっ、そう思うかもしれませんね。でも、由来はあちらの大樹からだそうですよ?」


 楓が指差す方向――城のある方向を振り返ると、これまた圧巻の光景が広がっていた。

 樹だ。天を衝くような真紅の大樹が、城の遠い背後に聳え立っている。

 これまでは城に近すぎたせいで、近くの小山に遮られて見えていなかった。


「本当に、別世界だったんだな」


 改めて実感する、隣獄という世界の存在。

 誰に話した所で信じてもらえないであろう事が、歯痒く感じてしまう。

 ――と、そんな遠い大樹の風景の中に、何かが動くのを発見した。

 遠い空の向こうから、巨大な何かが飛来してくるのが分かる。


「楓、あれは何だ?」

「あれは――あっ、キガクルさんですよ! すごい、来てくれたんですね!」


 キガクルだと? あれが……?

 次々と頭をよぎる疑問を処理している間に、ごま粒のようだった黒い点が、みるみる内に巨大になってゆく。

 やがてそれが俺達の頭上に差し掛かった時には、丘一つが影に覆われていた。

 豪風を巻き起こしながら滞空しているのは、巨大すぎる漆黒のドラゴンだ。

 燃え盛る黒点のような相貌が、ぎょろりとこちらを見据えている。

 さすがに規格外過ぎて、言葉が出ない。


『待たせたな。注文の品だ』


 脳を震えさせるような低い声音が、頭の中に直接響いた。

 その後、俺達の目の前に小包が転送されてくる。


「うおっ……何だ、この感覚?」

「キガクルさん――いえ、ディアボリカ様のテレパシーですよ。あのお身体ですので、迂闊に声を出すと周りに被害が出てしまいまして……」

「……キガクルさんじゃないのか」

「それはサービス名ですね。ご本人のお名前は、獄竜大帝ディアボリカ様です」


 楓は平然と説明しているが、色々言いたいことだらけで頭がまとまらない。


「ありがとうございました、ディアボリカ様ー! わざわざ特急でお届け頂いてー!」

『構わぬ。アペルチャイルドに伝えよ。たまには顔を見せよとな』


 そう告げて、ディアボリカは羽ばたきを強くした。口数は少ないタイプらしい。

 このまま帰ってしまう前に、俺はどうしても尋ねたいことがあった。


「待ってくれ! 一つ聞きたいことがある!」

『……此度の注文者である人間か。何用か?』

「今回の装備は、あなたが自分で作ったのか?」

『如何にも。不服か?』


 ディアボリカが眼を細めると、ドラゴンの威圧が重くのしかかる。

 それを気合で跳ね除けて、俺は続きを口にした。


「その図体と爪先でどうやって作った! 無理があるだろ!」

『!?』

「は、ハリーさん?」


 狼狽するディアボリカと楓を他所に、俺はこの上ない清々しさに包まれていた。

 俺は言った。言ってやったのだ。


『……我は、ミニチュアを作るのが趣味である故』

「なんだと!?」


 まさかのミニチュアマイスターだ。


『しかし、最近は近くのものを見るのが難しく……少々時間が掛かってしまったのだ。許せ』


 しかも老眼だった!

 おまけに紳士だ!


「――いや、すまない。けちを付ける気はなかったんだ。ちょっと、心のゆとりが無くなっていた。俺からも感謝する。ありがとう」

『……そうか。汝の依頼は中々に楽しめた。またの注文を待っている』


 そう言い残して、今度こそディアボリカは空高く舞い上がっていった。

 丘に落ちていた影が消え、煌々と燃える煉獄の日差しが戻る。

 静寂と共に残されたのは、わざわざリボンで可愛らしく包装された小包のみだ。


「……ハリーさん、すごいですね」

「……何がだ」

「ディアボリカ様にあんな口をきいた方、お嬢様以外で初めて見ました」

「そうか。……そうだよなぁ」


 空母相手に単身で喧嘩を売るようなものだ。

 そんなもの、自殺志願以外の何者でもない。

 何故俺は、柄にもなくそんな無謀な行動を取ってしまったのか――いや、やっぱりあのドラゴンのせいだと思う。


「……次からは、お一人の時にやってくださいね」


 楓の口調は、これまでで一番冷たかった。

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