10話 バイクでGO
一騒動終え、つんとした態度の楓をどうにか宥めながら、城の外壁に沿って進む。
やがて視界が開けると、石造りの平屋建てが見えてきた。
見た目は確かに、ガレージそっくりだ。
「あちらがガレージですよ。お嬢様は――どうやら、既にいらっしゃるみたいですね」
視線の先には、防風ゴーグルを頭に載せたアピィが仁王立ちしている。
腰に手を当てて、遠目にもウキウキしているのが分かった。
「遅いわよ、あなた達」
「申し訳ございません、お嬢様。急な来客がございまして」
「知ってるわ、ディアボリカでしょう? あの子が来たら、さすがに私でも気が付くわ」
そうだろうなと思う。
「たまには顔を見せるようにと、言付かっております」
「ふぅん。確かにしばらく会ってないし、この旅の途中で寄ってあげてもいいけど。あの子、自宅だとやたら話が長いから、あまり気が乗らないわ」
寂しがり屋のおじいちゃんだ!
くそっ、何なんだあのギャップだらけのドラゴンは!
「ところで、ハリーはどうしてさっきから悶えているの?」
「あはは……。さぁ、どうしてでしょう?」
「……すまん、俺も初めての経験だ」
アピィに習うわけではないが、ディアボリカには俺もあまり会いたくない。どうも自分がおかしくなる。
しばらく深呼吸を続けることで、どうにか平静を取り戻すことができた。
「……ふぅ。ところで、ここには何があるんだ?」
旅に出るというのだから、乗り物があるのだろうと推測はしているが。
「勿論、バイクよ」
またアピィがおかしな事を言い出した。
そっと楓に確認の視線を送る。
「あの……本当ですよ?」
「なんだと」
バイク――バイク?
地獄なのに、バイク!?
「……もう駄目だ、訳が分からなくなってきた」
「ああっ、ハリーさんの脳処理が再び限界に!」
ふらつく身体を、楓が支えてくれる。
この隣獄というフワッとした世界観を、狭量な自分が言葉で理解するのは無理があったのだ。
考えるよりも先に、目で見ていった方がいいのかもしれない。
「……よし、分かった。そのバイクを見せてくれ」
「だ、大丈夫でしょうか」
「構わん。兵士がこれしきの事で音を上げていられるか」
自らを奮い立たせ、両の足でしっかりと大地を踏みしめる。
「さぁ来い!」
「その意気や良し! ならば刮目してご覧なさい! カモン、マイバイク達!」
アピィが声を掛けると、平屋のドアがひとりでに開いた。
暗闇のガレージの中から、怪しく光る大きな眼が二つ。
重厚感のあるしっかりしたフォルムに、コントラストが映える白と黒のツートンカラー。
唸りを上げる甲高い排気音は、記憶にある四気筒エンジンそのものだった。
間違いない、これは――!
「バクじゃないか!」
マシンではなく、アニマルだ。
計三頭の丸っこいバクが、のそのそとガレージから姿を現した。
よく見ると、白い部分がそれぞれ微妙に色が違う。
「バイクよ。私がそう名付けたんだもの」
それを言ったら、何でもありになってしまう。
「でも、この子達すごいんですよ。乗り心地も良いし、足も速いし、鳴き声がバイクっぽいし……」
「ヴオオォォォォンッ!」
ええい、やかましい。つぶらな瞳で唸りを上げるな。
どっから出してるんだ、その排気音。
「大体、君は翼があるだろう……。何故飛ばない?」
「でもこれ、付け羽だし」
畜生、そうだった。
「だったらせめて、箒だ。魔女といえば箒に跨がるものだ」
「あれはお尻が痛くなるから嫌いだわ」
「そうだな、君ならそう言うだろうな!」
そもそも、アピィと押し問答をして話がまとまるはずがない。
「……よし、これはバイクだ。二輪車? 知らんな」
俺は思考を放棄した。
「ハリーさん、何も現実逃避しなくても……。この子達、こんなに可愛いじゃないですか」
「可愛いかどうかはさておいて、もう乗れるなら何でもいい」
重要なのは、俺の精神安定だ。
「あらあら、ハリーったら。思い通りにならないと拗ねるなんて、案外お子様ね」
もう好きに言ってくれ……。




