47話 撮れ高
「ちょっ、ボクをって!? オスカルッ、何を勝手ナ事を――」
ラフィーナが抗議しかけた瞬間。
「きたー! これは撮れ高チャンス! 楓、椅子を用意なさい!」
ハンチング帽子とサングラスを装備した謎のプロデューサーっぽい格好に扮したアピィが、メガホンを片手に興奮気味に叫ぶ。
「はっ、既にこちらに」
「オッケー! はい、ラフィーナはここに座って!」
「えっ、チョっと!? アペルチャ――むーっ!?」
用意された椅子に無理矢理座らされたラフィーナが、植物の蔦でぐるぐる巻きにされて猿ぐつわを噛まされる。
最終的には景品と書かれた札を首から掛けられて、ラフィーナがむーむーと唸る光景が展開された。
この主従はどっちの味方なんだ。
「はい、これカンペね。噛んだらダメよ」
「…………」
勢いに気圧されたのか、オスカルも黙ってメモを受け取る。
気まずそうに互いに目を合わせて、口を開いた。
「えー……いいだろう。ただし、こっちが勝ったらそっちにも代価を払ってもらうぞ」
「……代価、ダト?」
「無論、お前の身体で――何を言わせやがる!」
メモをビリビリに破り捨てる。オスカルの方は黙って燃やしていた。
楓も、耳を赤くして顔を背けるぐらいならアピィに付き合うんじゃない。
「おい、アピィ」
「場を和ませる為のジョークよ」
変な空気にしかなっていない。
「いいじゃない、決闘ぐらい受けて立てば。要はそこの人形、自分の方がラフィーナに相応しいって言いたいんでしょ?」
「……ソノ通リダ」
「実は私も、ラフィーナが運命の相手だと思ってたのよ」
「!?」
まさかの言葉に、オスカルが目を見開く。
ラフィーナと楓までもが、動揺を隠せなかったのか頬を赤く染めてアピィを見つめている。
「あらあら? これで三つ巴ということになっちゃったわね。でも今はハリーと協力するって契約中だから――仕方ないわね。私は、ハリーと組ませてもらうことにするわ」
にやりと笑って、アピィがオスカルに告げる。
俄に、オスカルの表情が歪んだ気がした。
味方ながら実に頼もしくあり、同時に厄介なものだと感心する。
「文句はないでしょ?」
「……魔女ノ助力ナド、話ニナラヌ」
「人間相手に決闘を挑んだ人形の台詞じゃないわね。直感だけどあなた、マキシムより強いでしょ?」
「…………」
アピィの理詰めにオスカルは反論できない。
押し黙るということは、図星を意味しているのか。
「とはいえ、私も悪魔だけど鬼じゃないわ。ハンデとして、あなたに直接手出ししないことを約束してあげる。あと、勝負方法もそっちが決めていいわ。それならどう?」
「シカシ……。イヤ、ソレナラ――」
「~~っぷは! ちょっト待ちなさイ、キミ達!」
オスカルが頷きかけたところで、ようやくラフィーナの猿ぐつわが外れた。
同時に少女の細腕とは思えない力で、蔦による束縛も引きちぎって立ち上がる。
「ボクの意見を無視しテ勝手に決めナいで! こンな人形達の問題にダーリンを巻き込ムなンて、出来るハズないでショ!」
真剣な顔つきでラフィーナが怒りの声をあげる。
きっとその言葉に偽りはなく、純粋な心配から来る感情なのだろう。
「ダーリンも! 黙ってタらほんトに決闘すルことにナるんだよ!?」
「それはそうだが。しかし、存外良い作戦なんでな」
「へ?」
大きな瞳をぱちくりさせて、ラフィーナが間の抜けた声を上げる。
「君の出した課題に加え、この国が抱える問題をまとめて解決できる妙手といえる。勝ちさえすればな」
「どやぁ!」
「褒めてないぞ」
アピィがそこまで考えていたかどうかはさておいて。
一対一では勝負にすらならなかったであろう決闘に、モンスタークレーマーばりの強引さで魔女のサポートをねじ込んだのは大きい。
オスカルを捕まえるだけでは、いずれ第二第三の暴走人形が出現する可能性がある。
だが、公の場で勝利を収めれば、反抗勢力は力を弱めるだろう。
リスクはあるが、任務達成の為なら挑む価値は十分にある。
「……ダーリン、ボクの為に戦っテくれるノ?」
「ああ」
「怪我すルかもシれないし……最悪、死ンじゃうコトだって――」
「覚悟の上だ」
「も、もシかして……ボクのこと好キ?」
「いや、それはまた別」
淡白にそう返すと、糸の切れた人形のように、ラフィーナの首がカクンと項垂れた。
「これデも脈無しトかさァ……もう、愛っテ何なのサ……」
虚ろな眼差しでぶつぶつと何か呟きだした。呪いの人形か。
「姫様!? オノレ、貴様……!」
「待て、俺は多分悪くない」
怒りを顕にするオスカルに釈明し、無罪を主張する。
彼女のことは、人物としては好ましいと思っているのだ。単に自分に恋愛感情が存在しないだけで。
そしてそんな混沌とした光景に、楓が良い笑顔で親指を立てエールを送っている。この娘も、一体何と戦ってるんだ。
「イイダロウ。魔女ノ出シタ条件デ、コノ決闘ヲ受ケテ立ツ!」
「なぜ俺を指差す」
最初に手袋を叩きつけたのはそっちだろう。
あとアピィ、カンペ出してももう読まないからな。何が「ここでボケて!」だ。
「勝負方法ハ後デ手紙ヲ送ル。ソレマデ首ヲ洗ッテ待ッテイロ!」
マントを翻すと、オスカルが滞空していたペガサスへと跳躍する。
星屑の尾を引きながら、金色の人形は灰色の空へと消えていった。
「あっ、コラー! 勝手に決メるなって言ったデしょー!」
その後ろ姿にラフィーナが抗議するが、既に後の祭りだ。
「ふっ、これで視聴率20%は固いわね。ちょろいもんよ」
「さすがの手腕でした、お嬢様。肩をお揉みします」
「うむ。あとマシュマロもね」
「ご用意いたします」
敏腕プロデューサーは自分の仕事にご満悦の様子だった。
結果は別に良いのだが、どこか釈然としない。
「いやいやいや……駄目デしょ、これ!」
一方で、なし崩しに決闘の賞品となってしまったプリンセスはご立腹だ。
険しい目つきでアピィに詰め寄る。
「アイ・アム・魔女! わカッてる!?」
「ごめんなさい、英語はちょっと」
アピィが困り顔で目を伏せる。
思いっきり聞き取れているのだが、もはや何も言うまい。
「もし負けタらどうするのサ!? オスカルが王様になっちゃウじゃん!」
「勝ちゃあいいのよ、勝ちゃあ!」
ちっちゃいオッサン化したプロデューサーが横柄な態度でまくし立てる。
だが、勝てばいいというのは紛れもない真実だ。
「心配する気持ちは分かるが、俺達に任せてくれないか、ラフィーナ」
「ダーリン……でもっ」
「あの夜に約束したろう。君の為に全力を尽くすと。その言葉に偽りはない」
「~~~~ッ!?」
ラフィーナの顔が沸騰したかのように真っ赤に染まる。
そのまま蒸気が抜けるかのように、ヘナヘナとその場にへたり込んでしまった。
放心した様子で、ボーッとしたまま宙空を見つめてピクリともしない。
「まさに、一撃必殺ねぇ」
「……今更ながら、言葉を選べばよかったな」
決して深い意味で言ったのでは無かったが、確かに誤解を受けそうな言葉だった。
まぁ、言い訳は勝ったあとで考えよう。
「お嬢様がお手伝いされるなら、今度は私が応援ですかねぇ。……あれ? もしかして私、また一人になるんじゃ――」
楓の小さな呟きが現実になったのは、その日の夕刻に一通の手紙が届いてからだった。