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魔女と兵士と人形喜劇  作者: 安土仁守
第8章 ばれない嘘はつかないこと。
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48話 久々の登場

「というわけで、勝負はレースだそうよ」


 さらに翌日。

 城の中庭に集まったのは、アピィと楓、そして自分というレッドガーデン組だった。

 ラフィーナはあれから、用事があると自室に引き篭もってしまっている。

 食事も摂らずに何かしているようだが、古参の執事人形ですら内容を把握していないらしい。

 あまり無理をしていなければ良いのだが。

 そんなこんなで、この日のブリーフィングはアピィが仕切ってくれていた。

 届いた手紙を元に、勝負の詳細を読み上げる。


「公平を期すため、コースの設営はあの執事が主導してるってさ。明日の正午スタートらしいわ」

「ふむ、ゴールはどこになる?」

「えーっと……『揺れる恋心♡ハートオブジェンガ』っていう塔のてっぺんらしいわよ。ラフィーナにはそこで待っててもらうみたい。先に辿り着いて告白した方が勝ちだってさ」


 正直、揺れるどころか崩れそうな名前だ。

 アピィの説明を受けて、楓が怪訝な表情で眉をひそめた。


「また告白勝負ですか。この国は本当に愛ばっかりですね」

「そうね。賢さが際立つレッドガーデンからすると、ちょっと子供っぽく思えてしまうわ」


 ……うん?


「何か言いたげね、ハロウドくん」

「ノー・サー」


 否定はある意味で本心だ。

 何故なら、どうせ言っても聞きやしない。


「それとレースのルールだけど。乗り物必須みたいよ。ただし、空を飛ぶのは禁止。地面を走るなら、特に指定はないみたい」

「となると、オスカルは馬かもしれないな。ペガサスに乗っていたし、何より王子らしい」

「相手が馬だとすると……ハリーさんは何に乗れば良いのでしょう?」


 乗り物、か。

 欲を言うならメタル・ブルームに乗りたいが、この隣獄にそんな最新鋭の兵器があるはずもない。


「それについては、私に名案があるわ!」


 おお……アピィの瞳がシャンデリアのようにキラキラしている。

 そして口の中も苦くなってきた。これはろくなことが起きない。


「レッドガーデン最速の乗り物――楓には心当たりがあるのではなくて?」

「……あっ、あぁ~~っ! そうですよ、メルクちゃん! メルクちゃんなら絶対勝てます!」

「ふっ、そういうことよ。ついでにあの引き篭もりを外に連れ出す、良い機会でもあるわ。というわけでジャジャン!」


 アピィが六枚綴りのチケットを取り出す。

 そういえば貰ってたな、こんなもの。


「それじゃあ早速メルクを召喚するわよ。――セレクション!」


 アピィがチケットを掲げて叫ぶと、魔法陣が展開される。だが、少し様子がおかしい。

 これまでは最大でも六芒星だった。

 それが、星の頂点がみるみる内に増えていき、なんと倍の十二芒星を描き出す。

 加えて陣を縁取る黄金の輝きと、稲光のような極光が眩く視界を染め上げてゆく。


「ヘリルメルク確定――ゴールデンマシュマロ召喚!」


 呪文の完成と同時に、光の柱が空へと延びる。

 目を開けていられないほどの光量が収束した後に、陣の中央には見知らぬ少年が立ち尽くしていた。

 背丈に見合わない大きなマントを羽織り、上等な貴族服に身を包んだ中性的な顔立ちの少年が、ゆっくりと相貌を開く。


「……ふん、ここはラブパレードか。まさか早々に僕を頼ってくるとはな。どうやらかのアペルチャイルドも、この隣獄では思うように力を出せないらしい」


 宙を漂うチケットの一片を乱暴に掴み取ると、蒼い焔がチケットを焼き尽くす。


「我が名はへリルメルク。契約通り、召喚は成った。さぁ、僕の相手はどこの魔王だ?」


 威厳たっぷりに少年が囀る。

 その冷たい緑柱石のような眼には、緩すぎる他の悪魔達にはない悪意の塊を感じ取れる気がする。


「……ちょっと、メルク」

「アペルチャイルドか。わざわざ僕を喚んだんだ、少しは骨のある相手なんだろうな――」

「そうじゃなくて。なんで人型で来てるのよ」

「……なんだと?」


 アピィの反応に肩透かしを受けたのか、その冷たい眼差しに困惑の色が浮かぶ。


「私が喚んだのは、バイク形態のメルク号よ。ショタ形態のあなたなんて喚んだつもりはないわ」

「…………」


 メルク号もといメルクくんが、助けを求めてこちらに視線を送ってくる。


「いや、私、半ズボンのショタとか別に興味ありませんので。早くケモノ可愛いメルクちゃんにチェンジしてください」

「そもそも俺は君のことをよく知らん」

「…………」


 完全に沈黙したヘリルメルクが、数秒の間を置いて、自らの影に静かに沈み込んでゆく。

 次に浮かび上がってきた時には、以前ガレージで見たファンシーな星柄が入ったバクの姿だった。

 それを見た瞬間、楓のスイッチが切り替わる。


「ふわぁぁぁ! メルクちゃん、メルクちゃん! ぎゃんかわです!」

『ええい、寄るなこの変態メイドめ!』


 ディアボリカと同じようなテレパシーが、直接脳内に響き渡る。

 その声は先程の少年と同じものだった。


「メ、メルクちゃんが喋ったー!?」

『さっきまで人型で喋っていたのだ、喋れるに決まっておろうが!』


 抱っこに突撃した楓が鼻先で小突き回され、涙目で隅っこに追いやられる。

 こいつ、喋れるくせに敢えてプギプギ言ってたのか。狂気の沙汰だな。


『おい人間、いま失礼なことを考えたろう』

「考えてない」

『ふん、白々しい嘘を並べるものだ。人間の心を読むぐらい、僕なら容易いことなのだぞ――って、本気で何も考えてないじゃないか。なんだこいつ』

「そういう任務が多かったからな。嘘発見機は案外馬鹿にできん」

『……よく分からんが、それはそれで哀れだな』


 なぜかバクに哀れまれてしまった。微妙に納得いかん。


『それでアペルチャイルド、一体何の為に僕を喚んだんだ。こっちは仮の姿だと言ってあったろう』


 ジト目でアピィを睨みつけ、ヘリルメルクと名乗った悪魔が抗議を訴える。


「どっちが仮なのかなんて、どうでもいいことだわ。あなたの人型なんて千年ぶりに見たんだもの。とっくに忘れてたわよ。言っておくけど、あなたその姿の時のほうが九割九分占めてるからね」

『…………』


 何も言い返せなかったのか、へリルメルクはそのつぶらな瞳をそっと逸した。

 この隣獄の悪魔達は、都合が悪くなると顔を逸らす文化でもあるのか。


「でも、そんな引き篭もり癖のついてしまったあなたに朗報よ。実は明日の正午、ある人形とのレースバトルがあるの。あなた、それに出走なさい」

『はぁ!? ふざけてるのか!』

「控えおろう! この無料召喚チケットが目に入らぬかー!」


 残った五枚のチケットをビシッと突きつけ、アピィが決め台詞を放つ。

 何の台詞か分からないが、楓がまた隣で吹き出してる辺り、どうせろくでもない出処だろう。

 チケットを見せつけられたへリルメルクは、あからさまに慌て始めた。


『いっ、いや、確かにそれは僕が渡したものだが……物事には限度があるだろうっ』

「悪魔が一度交わした契約は絶対なんでしょ。まさかあなたが破るの?」


 無垢な瞳でアピィがじっと見つめる。

 アピィの理詰めは、普段とは打って変わってまったく隙がない。彼女の貴重な賢能要素なのだ。

 しばらくアピィと睨み合った後、最終的にはへリルメルクが観念したように脱力した。


『……分かった。やればいいのだろう、やれば』

「あなたならそう言ってくれると思ったわ。いい子ね、メルク」


 アピィが笑顔を浮かべ、へリルメルクの頭を撫でる。


『はぁ。軽くゲームの憂さ晴らしができればよかっただけなのに、何故こんなことに……』


 その一方で、へリルメルクは召喚された時とは真逆の陰鬱なオーラを纏って項垂れていた。

 こいつはバクの癖にガレージに引き篭もって、一体何をやっているんだ。


「ちなみに私とハリーが乗るから、頑張ってね」

『なっ、ちょっと待て! お前はまだしも、人間が僕に乗るなど――』

「控えおろーう!」


 再びアピィがチケットを振りかざす。


『っ~~~~くそっ! いいか、今回だけだぞ!』


 やけになったのか、ヘリルメルクはそれを捨て台詞に金色の魔法陣を展開させ、転移によって姿を消した。

 これ以上付き合うと悪手ばかりが増えていくと考えたのなら、おそらくその判断は正しい。


「あら、行っちゃったわね。私が乗るに相応しいフカフカの鞍も取り付けたかったのだけど。まぁいいわ、とりあえず乗り物ゲット!」


 勝利のブイサインが、これ以上ないほどに眩しく決まる。

 アピィの勝利は、敵、味方、通行人とあらゆる垣根を飛び越えて判定対象となるのだ。なんと恐ろしい。


「やっぱり私、明日は一人ぼっちみたいですねぇ」

「そっちで良かったと思える結果になりそうだがなぁ」


 人差し指を唇に当てて寂しげに呟く楓に、そんな皮肉を持って応える。

 彼女はきっと、自分がどれだけアピィに大切にされているか、まだ分かっていないのだろう。

 そう思った。

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