48話 久々の登場
「というわけで、勝負はレースだそうよ」
さらに翌日。
城の中庭に集まったのは、アピィと楓、そして自分というレッドガーデン組だった。
ラフィーナはあれから、用事があると自室に引き篭もってしまっている。
食事も摂らずに何かしているようだが、古参の執事人形ですら内容を把握していないらしい。
あまり無理をしていなければ良いのだが。
そんなこんなで、この日のブリーフィングはアピィが仕切ってくれていた。
届いた手紙を元に、勝負の詳細を読み上げる。
「公平を期すため、コースの設営はあの執事が主導してるってさ。明日の正午スタートらしいわ」
「ふむ、ゴールはどこになる?」
「えーっと……『揺れる恋心♡ハートオブジェンガ』っていう塔のてっぺんらしいわよ。ラフィーナにはそこで待っててもらうみたい。先に辿り着いて告白した方が勝ちだってさ」
正直、揺れるどころか崩れそうな名前だ。
アピィの説明を受けて、楓が怪訝な表情で眉をひそめた。
「また告白勝負ですか。この国は本当に愛ばっかりですね」
「そうね。賢さが際立つレッドガーデンからすると、ちょっと子供っぽく思えてしまうわ」
……うん?
「何か言いたげね、ハロウドくん」
「ノー・サー」
否定はある意味で本心だ。
何故なら、どうせ言っても聞きやしない。
「それとレースのルールだけど。乗り物必須みたいよ。ただし、空を飛ぶのは禁止。地面を走るなら、特に指定はないみたい」
「となると、オスカルは馬かもしれないな。ペガサスに乗っていたし、何より王子らしい」
「相手が馬だとすると……ハリーさんは何に乗れば良いのでしょう?」
乗り物、か。
欲を言うならメタル・ブルームに乗りたいが、この隣獄にそんな最新鋭の兵器があるはずもない。
「それについては、私に名案があるわ!」
おお……アピィの瞳がシャンデリアのようにキラキラしている。
そして口の中も苦くなってきた。これはろくなことが起きない。
「レッドガーデン最速の乗り物――楓には心当たりがあるのではなくて?」
「……あっ、あぁ~~っ! そうですよ、メルクちゃん! メルクちゃんなら絶対勝てます!」
「ふっ、そういうことよ。ついでにあの引き篭もりを外に連れ出す、良い機会でもあるわ。というわけでジャジャン!」
アピィが六枚綴りのチケットを取り出す。
そういえば貰ってたな、こんなもの。
「それじゃあ早速メルクを召喚するわよ。――セレクション!」
アピィがチケットを掲げて叫ぶと、魔法陣が展開される。だが、少し様子がおかしい。
これまでは最大でも六芒星だった。
それが、星の頂点がみるみる内に増えていき、なんと倍の十二芒星を描き出す。
加えて陣を縁取る黄金の輝きと、稲光のような極光が眩く視界を染め上げてゆく。
「ヘリルメルク確定――ゴールデンマシュマロ召喚!」
呪文の完成と同時に、光の柱が空へと延びる。
目を開けていられないほどの光量が収束した後に、陣の中央には見知らぬ少年が立ち尽くしていた。
背丈に見合わない大きなマントを羽織り、上等な貴族服に身を包んだ中性的な顔立ちの少年が、ゆっくりと相貌を開く。
「……ふん、ここはラブパレードか。まさか早々に僕を頼ってくるとはな。どうやらかのアペルチャイルドも、この隣獄では思うように力を出せないらしい」
宙を漂うチケットの一片を乱暴に掴み取ると、蒼い焔がチケットを焼き尽くす。
「我が名はへリルメルク。契約通り、召喚は成った。さぁ、僕の相手はどこの魔王だ?」
威厳たっぷりに少年が囀る。
その冷たい緑柱石のような眼には、緩すぎる他の悪魔達にはない悪意の塊を感じ取れる気がする。
「……ちょっと、メルク」
「アペルチャイルドか。わざわざ僕を喚んだんだ、少しは骨のある相手なんだろうな――」
「そうじゃなくて。なんで人型で来てるのよ」
「……なんだと?」
アピィの反応に肩透かしを受けたのか、その冷たい眼差しに困惑の色が浮かぶ。
「私が喚んだのは、バイク形態のメルク号よ。ショタ形態のあなたなんて喚んだつもりはないわ」
「…………」
メルク号もといメルクくんが、助けを求めてこちらに視線を送ってくる。
「いや、私、半ズボンのショタとか別に興味ありませんので。早くケモノ可愛いメルクちゃんにチェンジしてください」
「そもそも俺は君のことをよく知らん」
「…………」
完全に沈黙したヘリルメルクが、数秒の間を置いて、自らの影に静かに沈み込んでゆく。
次に浮かび上がってきた時には、以前ガレージで見たファンシーな星柄が入ったバクの姿だった。
それを見た瞬間、楓のスイッチが切り替わる。
「ふわぁぁぁ! メルクちゃん、メルクちゃん! ぎゃんかわです!」
『ええい、寄るなこの変態メイドめ!』
ディアボリカと同じようなテレパシーが、直接脳内に響き渡る。
その声は先程の少年と同じものだった。
「メ、メルクちゃんが喋ったー!?」
『さっきまで人型で喋っていたのだ、喋れるに決まっておろうが!』
抱っこに突撃した楓が鼻先で小突き回され、涙目で隅っこに追いやられる。
こいつ、喋れるくせに敢えてプギプギ言ってたのか。狂気の沙汰だな。
『おい人間、いま失礼なことを考えたろう』
「考えてない」
『ふん、白々しい嘘を並べるものだ。人間の心を読むぐらい、僕なら容易いことなのだぞ――って、本気で何も考えてないじゃないか。なんだこいつ』
「そういう任務が多かったからな。嘘発見機は案外馬鹿にできん」
『……よく分からんが、それはそれで哀れだな』
なぜかバクに哀れまれてしまった。微妙に納得いかん。
『それでアペルチャイルド、一体何の為に僕を喚んだんだ。こっちは仮の姿だと言ってあったろう』
ジト目でアピィを睨みつけ、ヘリルメルクと名乗った悪魔が抗議を訴える。
「どっちが仮なのかなんて、どうでもいいことだわ。あなたの人型なんて千年ぶりに見たんだもの。とっくに忘れてたわよ。言っておくけど、あなたその姿の時のほうが九割九分占めてるからね」
『…………』
何も言い返せなかったのか、へリルメルクはそのつぶらな瞳をそっと逸した。
この隣獄の悪魔達は、都合が悪くなると顔を逸らす文化でもあるのか。
「でも、そんな引き篭もり癖のついてしまったあなたに朗報よ。実は明日の正午、ある人形とのレースバトルがあるの。あなた、それに出走なさい」
『はぁ!? ふざけてるのか!』
「控えおろう! この無料召喚チケットが目に入らぬかー!」
残った五枚のチケットをビシッと突きつけ、アピィが決め台詞を放つ。
何の台詞か分からないが、楓がまた隣で吹き出してる辺り、どうせろくでもない出処だろう。
チケットを見せつけられたへリルメルクは、あからさまに慌て始めた。
『いっ、いや、確かにそれは僕が渡したものだが……物事には限度があるだろうっ』
「悪魔が一度交わした契約は絶対なんでしょ。まさかあなたが破るの?」
無垢な瞳でアピィがじっと見つめる。
アピィの理詰めは、普段とは打って変わってまったく隙がない。彼女の貴重な賢能要素なのだ。
しばらくアピィと睨み合った後、最終的にはへリルメルクが観念したように脱力した。
『……分かった。やればいいのだろう、やれば』
「あなたならそう言ってくれると思ったわ。いい子ね、メルク」
アピィが笑顔を浮かべ、へリルメルクの頭を撫でる。
『はぁ。軽くゲームの憂さ晴らしができればよかっただけなのに、何故こんなことに……』
その一方で、へリルメルクは召喚された時とは真逆の陰鬱なオーラを纏って項垂れていた。
こいつはバクの癖にガレージに引き篭もって、一体何をやっているんだ。
「ちなみに私とハリーが乗るから、頑張ってね」
『なっ、ちょっと待て! お前はまだしも、人間が僕に乗るなど――』
「控えおろーう!」
再びアピィがチケットを振りかざす。
『っ~~~~くそっ! いいか、今回だけだぞ!』
やけになったのか、ヘリルメルクはそれを捨て台詞に金色の魔法陣を展開させ、転移によって姿を消した。
これ以上付き合うと悪手ばかりが増えていくと考えたのなら、おそらくその判断は正しい。
「あら、行っちゃったわね。私が乗るに相応しいフカフカの鞍も取り付けたかったのだけど。まぁいいわ、とりあえず乗り物ゲット!」
勝利のブイサインが、これ以上ないほどに眩しく決まる。
アピィの勝利は、敵、味方、通行人とあらゆる垣根を飛び越えて判定対象となるのだ。なんと恐ろしい。
「やっぱり私、明日は一人ぼっちみたいですねぇ」
「そっちで良かったと思える結果になりそうだがなぁ」
人差し指を唇に当てて寂しげに呟く楓に、そんな皮肉を持って応える。
彼女はきっと、自分がどれだけアピィに大切にされているか、まだ分かっていないのだろう。
そう思った。




