40話 恋のマグニチュード8
割れんばかりの歓声が鳴り響く。
コロシアムの内部はすり鉢状の観客席がぐるりと周囲を覆っており、中央の闘技場部はシンプルな剥き出しの地面となっていた。
中央で仁王立ちとなり佇むのは、コロシアムの王者マキシム。
地面に突き立てられた無骨な両手剣が、強者としての風格を漂わせている。
「来タカ」
「正直、自身の軽率な言動にもの凄く後悔していますが……私の勝手でお嬢様のお顔に泥を塗るわけにはいきませんし。でも、それは置いておくとして――なんですか、この観衆の群れは……」
改めて、周りを見回す。
満員御礼と言わんばかりに客席を無数の悪魔達が埋め尽くしており、その熱狂ぶりは思わず気圧されるほどだ。
「コロシアムヲ使ウ時ハ、事前ニ予約セネバナランノダガ……。何故カ本日ノメインマッチニサレテシマッタノダ」
「姿をくらましていたはずのチャンピオンがのこのこと予約しに来たら、そりゃそうなるでしょ……」
どこかしら抜けている辺り、生みの親であるラフィーナの性格が反映されているのだろうか。
「マァ、我等ノ決闘ニハ関係ナイコトダ。丁度日モ落チタ。始メルトシヨウデハナイカ」
煉獄の夕日がコロシアムの外郭に沈み、緑色の光を放つ。
同時にコロシアムを眩く照らし出す昭明が点灯した。
『レディース、アーンドジェントルマン! 皆様オ待タセシマシタ、コレヨリ第8137回王座決定戦ヲ開催イタシマス! ソレデハ早速、熱イバトルヲ繰リ広ゲル選手達ヲゴ紹介シマショウ!』
エコーの掛かった熱狂的な合成音声が、格闘技のオープニングを思わせる巻き舌で高らかに告げる。
周囲の昭明が光量を落とし、赤いスポットライトがマキシムを一際明るく照らし出した。
『赤コーナー! ゴ存知コロシアムノチャンピオン、人形達ノ英雄ニシテ愛ノ伝道師! コノ数日、一体ドコデ何ヲシテイタノカ! トモカク奴ガ帰ッテキタ! マ~~~~キシムーーッ!!』
マキシム! マキシム マキシム!
観客達の歓声が一体となり、腹に響くような低音が木霊する。
チャンピオンだけあってさすがの人気らしい。
『青コーナー! オ隣レッドガーデンカラ遥々参戦ダ! 魔女ノ従者ニシテ元人間ノ半悪魔! 告白ト聞イチャアコノ私ガ黙ッテナイ! 鈴藤~~~~楓ーーッ!!』
黒髪メイドだ! やーん、元人間だって!可愛いー♡ レッドガーデンの魔女……うっ、頭が!
一方、私に対する反応は好奇に満ちたものが多い。
無名の半悪魔なのだから当然といえば当然だが、それ以前に。
「いや、私そんな事言ってませんし!」
「フッ、安心セヨ。我輩ガ気ヲ利カセテ、良イ感ジノ煽リ文句ヲエントリーシートニ書イテオイタゾ」
「そうですか。斬ります」
きっとラフィーナも許してくれる。
事故だ、事故。
『サァ始マリマシタ、本日のメーンイベント! 私、実況ヲ担当スルDJカエサルデス! チェケラー!』
やたらとフランクな人形がマイクを片手に実況席から挨拶をする。
かつてのローマ皇帝も、この隣獄ではDJをやっているらしい。実に適当な設定だ。
『決闘ルールハゴ存知、《トキメキ告白デスマッチ》デス! アチラノ巨大モニターニオ題トナル映像ガ表示サレマスノデ、30秒以内ニ映像ノ相手ガトキメクヨウナ愛ノ告白ヲシテクダサイ! 優レタ回答ヲシタ方ガ、1分間ノ攻撃権ヲ獲得スルコトガデキマス!』
……なるほど。
どれだけ強い悪魔でも、愛の告白で勝てない限り、攻撃にすら移れないわけか。
確かにこれなら、人形だって悪魔と渡り合えるかもしれない。
『ナオ、ドチラガ優レタ告白ダッタカハ、ラフィーナ様ノ設計シタ審判システム《ドキドキ♡恋ノマグニチュード8》ガ行イマス! 似タヨウナ告白ヲ連発シタリ、ラフィーナ様基準デトキメカナイ告白ハ無効ニナルノデ、思イ切ッテ告白シチャッテクダサイ!』
システムの名前ひどっ。
「……しかし、ラフィーナ様基準ですか。ものすっごく恥ずかしいワードを連発させられそうなんですが……」
偉そうに言える立場ではないが、きっと彼女は隣獄一のロマンチストだと思う。
「親切心デ忠告スルガ――心ヲ無二シタホウガヨイゾ。人形ノ我輩ガ言ウノモ、アレダガ」
「……それは、どうも」
そんなにひどいのか、基準が。
お嬢様の命である以上、羞恥など投げ捨てる覚悟でいたが、これは心が折れるかもしれない。
『攻撃ターン開始後、守備側ニ許サレルノハ回避行動ノミトナリマス。武器ヲ使ッタ防御モデキマセンノデ、ゴ注意クダサイ。勝敗ハ相手ヲ行動不能ニシタ方ノ勝利デス!』
ひとしきりのルールが告げられる。
防御もできないということは、攻撃側の圧倒的優位を意味する。
確かにこれは、経験が物を言う勝負になるかもしれない。
『両者、準備ハヨロシイデスネ? デハ、最初ノオ題トナル映像ヲ流シマショウ! 皆様、モニターニゴ注目クダサイ!』
実況が巨大モニターを指差すと、映像が切り替わる。
夕焼けをバックに、どこで撮影したのか波打ち際のビーチに白いワンピース姿のラフィーナが映っている。
瞳を涙で潤ませて、今にも泣き出してしまいそうな――そんな演技だ。
なんていうか、カラオケで恋愛ソングを歌ったら出てくる設定のよく分からないショートドラマっぽい。
『オ願い! 行かナいで、ダーリン!』
迫真の演技でラフィーナが叫ぶ。
どうやら視点は男性側から描かれているらしい。
『駄目だよ、ラフィーナ。僕がこの戦いを止めないと――』
『ヤだ! たった一人で戦争ヲ止めルなんて、絶対に無事じゃ済まナいもん!』
頭を振って、ラフィーナから大粒の涙が溢れる。
どうやら、戦地に赴く恋人との別れという設定らしい。
もう、導入時点で既にやばい。
『ボクはキミが側に居てクれれバいいの! 戦争なんて関係ナいよ、ダからボクと一緒に――』
『……ふふ、ラフィーナは心配性だなぁ』
カメラの手前側から男性の腕が伸ばされ、ラフィーナの涙を指先で拭う。
もういい、早くこの映像を止めてくれ……!
『ラフィーナ。――――――――』
優しく諭すような声の後、映像がストップしホニャホニャした音声が流れる。
どうやら、この部分に入る告白を考えろということらしい。それはそれとして、だ。
「はっずい! 何ですか、このアレな感じの妄想は!?」
「ダカラ言ッタデアロウ、心ヲ無ニシテ――」
「無にしても防御貫通ですよ! 知り合いのポエムとか破壊力抜群なんてもんじゃないです!」
VIP専用の特別観覧席に目をやると、ミニラフィーナがお嬢様の頭の上で悶えていた。ハリーはこんなものを見せられても、相変わらずの無表情のようだが。
こうなる事が分かっていて、なぜ映像を止めなかったのか。




