38話 愛の伝道師
エリア内を巡回するバスに乗り、ラブコロシアムエリアへとやって来た。
このエリアの特徴は名称そのままで、中央に分かりやすく配置されたコロシアムが目を引いた。
何でも、三角関係の悪魔が自身の愛を証明する為に戦ったり、勇気や強さを恋人に示す為にパーク側が用意したグラディエーター人形と戦ったりするらしい。
それに乗じた賭け事が出来るのもお約束で、他エリアとは毛色の違う興奮と熱狂が周囲から伝わってくる。
「色んな愛に対応してるんだな、この国は」
「愛は戦争ダよ、ダーリン♡」
「……争いもまた、愛ゆえか」
ふと、戦いにまみれた人間の歴史を思い返す。戦争とはやはり度し難いものだ。
いや、感情そのものが複雑怪奇なのか。
「やはりグラディエーター人形も、愛の為に暴走しているのでしょうか?」
「親分人形と同じく、黒幕が暗躍しているのなら可能性は高いだろうな。暴走人形が三体まとめて出た事が、偶然とは考え辛い」
親分人形は愛を学習する為に、愛の象徴となる物を集めていた。
では、グラディエーター人形の目的は何だろうか?
「いやァ、うちの子達が暴走すルなんてヨくある話だと思ってタからねー。まさか暴走を振りマいてる子が居るだなンて」
「分かる分かる。うちの植物達もよく私を食べようとしてくるもの」
この世界はトップの認識が緩すぎる。
「と、とりあえず北門に移動してみましょうか?」
「……そうだな」
楓の提案に従って、真反対にある北門へ移動する。
コロシアムの外周はかなり広く、ちょっとした散歩のような道程だった。
到着した北門付近は存外静かなもので、人通りもなく落ち着いているように見える。
「……ふむ。特に何も無――」
「きゃーっ!」
唐突に、悲鳴が響き渡った。
咄嗟にそちら振り向くと、木々の向こうにある広場で、通常より一回り大きな人形らしき物体が見え隠れしている。
「出たか! 行くぞ!」
広場へ続く回り道を走り抜ける。
やがて視界が開け、目の前に広がった光景を確認した時、思わず声を失った。
「サァ! モット声ヲ張ッテ大キナ声デ!」
「僕はぁ! アッちゃんのことがぁ! だ、大好きでぇす!」
「きゃーっ! もっと、もっと言って♡」
鎧兜を装備した大柄な人形が、カップル悪魔の男性側の隣に立ち、愛の告白を強制させていた。
なんだこの光景。
「ム? ドウヤラ出歯亀ガ現レタヨウダナ」
人形――おそらく格好からして、ターゲットのグラディエーター人形だろう。それがこちらに気付いた。
「た、助かった……! 行こう、アッちゃん! こんなストレートな告白、インキュバスの僕にはとても耐えられない!」
「えぇ~? 私は結構嬉しかったんだけどなぁ♡」
逃げるようにして、カップル悪魔は走り去っていった。
それを横目で追って、グラディエーター人形がこちらへ剣を突きつける。
「人ノ恋路ヲ邪魔スルトハ、無粋ナ輩共ヨ。愛ノ伝道師タルコノ『マキシム』ガ、灸ヲ据エテクレヨウ!」
自らをマキシムと名乗った人形が、自分目掛けて突っ込んでくる。
「ちっ、見た目通りの猪タイプか……!」
ホルダーから銃を抜き放ち、膝関節を狙って3発を発射する。
2発が確実に着弾したにも関わらず、マキシムの勢いはまるで衰えない。
「効かないのか!?」
「駄目! 避ケてダーリン!」
ラフィーナの声に、咄嗟に横に跳んで突進を回避する。アピィ達も難無く回避に成功したようだ。
先程と位置を入れ替える形になり、睨み合う。
「グラディエーター人形達ニは、ハイエンドの遠距離攻撃耐性が組み込んでアるの。銃はもチろん、魔法だってろクに効かナいよ!」
「なんでそんな仕様に――そうか、剣闘士だからか!」
コロシアムの盛り上がりといえば、剣と剣による接近戦だ。
それを実現するための機構が、遠距離攻撃耐性というわけだ。
「……厳しいな。俺では勝ち筋が見えん」
「代わります、ハリーさん」
「情けない……。すまないが、頼んだ」
ナイフで長剣と戦うには、些か相性が悪い。
加えて相手は、このコロシアムのチャンピオンだ。昨日戦った手下人形とは、実力も雲泥の差だろう。
愛用の刀を手に、楓が前に出る。
ラフィーナは楓の頭を降りて、アピィの肩に移動したようだ。
「選手交代カ。女性ゲスト殿トハイエ、剣ヲ手ニシタカラニハ加減セヌゾ」
「要らぬ心配です。半悪魔とはいえ、人形に遅れを取るわけにはいきませんので」
両者が激突し、剣戟が響き渡る。
細身の楓だが、倍の体躯はあるマキシムにも押し負けていない。力押しの剣術であるマキシムの攻撃を、角度をつけていなすことで、刀でも互角の打ち合いを続けている。
十数合の打ち合いの末、やがて二人は鍔迫り合いの形となった。
「ヤルナ、ゲスト殿……! 名ハ?」
「楓です――魔女アペルチャイルド様の従者、鈴藤 楓!」
声を張り上げ、マキシムを強く弾き出す。
数歩たたらを踏んだ後、マキシムはクレイモアを構え直した。