14話 到着、ラブパレード
レッドガーデンを出発してから、およそ四時間後。
道中で何度か休憩を取りながらも、疲れ知らずの四足バイクはペースを落とすことなく走り続け、ついに最初の目的地へ到達した。
辺りの雰囲気は自然豊かなレッドガーデンとは打って変わり、退廃的な都市群の様相を呈している。
全体的にくすんだ色彩の景色の中で、極彩色のネオンが主張する建造物が彼方に見えた。
いかにも魔女が住んでいそうな欧風の城の側には、鮮やかな花火も打ち上げられている。
「見てください、ハリーさん。あの遠くに見える大きな観覧車、あれがラブパレードの象徴ですよ。その名も『ドキッ!恋の大回転迷路わくわくスペシャル』です!」
やはりネーミングセンスが壊滅的過ぎる。
「あれ、聞こえませんでしたか?『ドキッ!恋の……』」
「何度言われても復唱はせんぞ」
万が一にでも部下に聞かれたら、哀れみを通り越して怯えた眼差しを向けられそうなレベルだ。
「何を恥ずかしがる必要があるのかしら。私は言えるわよ。『どっこいだいめいわく』でしょ?」
略し方までひどい。
「ラブパレードは遊園地だから、基本的にハイテンションなノリが続くわよ。あなた、今からそんなので大丈夫?」
「そうですよ。カメラを向けられたら眩い程の笑顔を返し、キャラクターとすれ違えばハイタッチを交わす。男女共々派手なヘアバンドを付けて、カラフルなラッピングジュースを片手に園内をスキップする。それが遊園地というものです!」
「そ、そうなのか」
楓の熱弁に、思わず気圧されてしまう。
これが遊園地を前にした女子の凄味なのか。
「……そもそも、俺は遊園地の類が初めてなんだ。テンションを上げろと言われても、どうすればいいのか分からん」
正直な気持ちを吐露する。
これまで、沈黙と極度の緊張を強いられる任務ばかり受けてきたのだ。
第三次大戦が激化する前は、敵国での諜報活動や単独での潜入工作が主要任務だった。息を殺し、特殊な低温スーツで熱すら発さずに暗闇を這うようなミッションだ。
テンションの上げ方なんて、とうの昔に投げ捨てている。
「ふぅん。つまり、自分ではどうにも分からないから、助けて欲しいわけね?」
「……そうなるな」
アピィの目がキラキラと輝いている。
口の中が苦くなってきた。
「いいでしょう。このアペルチャイルドが、あなたを立派なパーリーピーポーにプロデュースしてあげるわ!」
四足バイクの上で立ち上がり、高らかに宣言がなされた。
返答を失敗したのだろうか。
アピィの制止を願って、楓に視線を送る。
「お嬢様、僭越ながらこの楓もお手伝いいたします」
「許す!」
駄目だ、主従の絆が深すぎる。
「こうしちゃいられないわ。先行してアウターシティで買い物するわよ。ついて来なさい、楓!」
「はっ、お嬢様。あ、ハリーさんはゆっくり来てくださいね。エントランスゲートの前で合流しましょう。では!」
一気に加速して、二頭の四足バイクの姿がみるみる小さくなってゆく。
一方で、俺のバイクは見るからにスピードを落としていた。先程までの半分ほどだろうか。
乗り物の知能が高いのも、考えものである。
「俺がひどい目にあったら、お前のせいだぞ」
すっかり乗り心地にも慣れた四足バイクを、軽く小突く。
ヴオォン、と返事のような排気音が響いた。
きっと、人間の事情など知ったことではないのだろう。
ラブパレードの敷地に入ると、退廃的な雰囲気の中にも、明確な活気を感じられるようになった。
案内板によると、ここはアウターシティと呼ばれる外周エリアらしい。園内に入らなくても、食事や買い物、宿泊が楽しめるというわけだ。
驚いたのは、店番や呼び込みをしているのが、全て自動人形という点だった。アピィの城に居た人型の人形と違い、ずんぐりした体型のロボット風の見た目である。
客は全て様々な姿をした悪魔達で、思い思いに買い物を楽しんでいる。
貨幣制度がどうなっているのか気になったが、今は些末ごとだろう。
四足バイクは楓に命じられた通り、エントランスゲートへ自ら向かってくれた。
隣獄の人口事情は切迫していないらしく、広々とした大通りをゆっくり闊歩する余裕がある。
しばらく進むと、約束のゲートが見えてきた。
エントランスゲートと記された巨大なアーチは、色とりどりのバルーンや旗で飾り付けられており、見るだけで楽しげな雰囲気を演出している。
そのアーチの下に、見覚えのある二人が佇んでいた。
腰に手をやって堂々としたアピィの隣には、両手に大量のショッピングバッグを提げた楓が、慎ましく控えている。
「来たわね、ミスターしかめっ面。今日はあなたが生まれ変わる、記念すべき日になるでしょう」
正直、帰りたい。
「さぁさぁ、ハリーさん。あちらにバイクを止めて、早速更衣室に向かいましょうね」
「……お手柔らかに頼む」
だが、既に賽は投げられてしまった。
後は野となれ山となれだ。