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魔女と兵士と人形喜劇  作者: 安土仁守
第3章 入場パスポートはお持ちですか?
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13話 メタル・ブルーム

「箒、ですか?」

「ああ。多脚型戦略機動兵器、通称メタル・ブルーム。兵士達の間では、もっぱら“箒”で通っている。第三次大戦の主戦力であり、戦線が膠着した原因ともなった兵器だ」


 ラブパレードへの道すがらの事だった。

 知能が高く、目的地を告げるだけで自動運転してくれる四足バイクのドライブは、お嬢様にとって退屈だったらしい。早々にお眠りになってしまわれたので、残された私達は、暇つぶしの雑談に興じていた。

 その何気ない会話がずれにずれ、第三次大戦の話題に突入したところで、その話になったのだ。

 なにせ、自分が生きた時代から七十年後も未来の話だ。

 そろそろ人型ロボットでも出たのではないかと尋ねてみると、返答は予想外のものだった。


「箒とはいうが、そんなスマートなものじゃない。なにせモチーフが蜘蛛だしな。多脚型になった理由は単純だ。二足型はバランスが悪かったのさ。あれじゃジャングルや湿地で役に立たない」

「人型はロマンでしたか。あれはある意味で、日本の誇りだったのですけど」

「ジャパンアニメーションの熱烈なファンは確かに多かったさ。事実、試作機なら幾つも造られた。ただ、時代に選ばれたのが蜘蛛だったというだけだ」


 そう言ったハリーの声が、いつもより弾んで聞こえた。


「あの……もしかして、お好きなのですか? そのメタル・ブルームというのが」


 思い切って、聞いてみた。

 ハリーは色々な事を教えてくれるが、あまり自分の事を語ろうとしない。


「――分かるのか?」

「当てずっぽうですけど。いつもより饒舌だなと」

「……いかんな。気が緩みすぎたか」

「いいじゃないですか。だって、ここは隣獄なんですから。それで、当たりでしたか?」


 そう畳み掛けると、ハリーは観念したように頭をガシガシと掻いた。


「まぁ、そうだな。最初は扱う兵器の事を勉強しようとしたのがきっかけだったんだが……気付けばどっぷりさ。暇を見つけちゃ自機をいじっていたんだが、よく整備班に迷惑がられていた」

「おお、意外ですね。どんなロボットだったのですか?」


 ロボットではないんだが、と前置きして、ハリーが語りだした。


「見た目はさっき言った通りで、体高2.5メートル、全長は足まで含めると5メートル程か。整地なら時速100kmで滑走可能で、歩行でも50kmは出せる。これは多脚型にしては驚異的な数字だ。ラートル博士の考案したオルタシート構造の金属繊維で可動域を形成しているのが特徴で、身軽な割にとにかくタフでな。対戦車地雷程度じゃ満足にダメージを与えられない。RPGでも目くらましにしかならん。戦車の弱点だった横転にも、270度の可動域を誇る多脚で自己復帰に対応している。優れたバランサーとセパレートフレームのおかげで、脚が二、三本もげても平気で動く。メタル・ブルームを作った奴は間違いなく変態だよ」


 ながっ。


「今のハリーさんも、十分変態だと思いましたが」

「……昔、リーザにも同じことを言われたんだが、なぜなのか」


 逆に、どうして分からないのだろう。

 しかめっ面で溜息をついていたハリーが、ふと何か思いついたように顔を上げた。

 そして、リーザといえば、と話を続けた。


「メタル・ブルームのパイロット達は、自らを箒乗りと名乗る。そして前に話した部下のリーザ、あいつはうちの師団のエースなんだ。十機以上の敵機を撃破したパイロットは、畏敬の念を込めてシーカーと呼ばれるんだが、何故か分かるか?」

「シーカーって……まさか、ハリー・ポッターの?」

「そう、クィディッチが元になっている。シーカーの活躍で勝敗が決する、そんな意味合いを込めてな。シーカー“サラマンダー”、それがリーザの二つ名だった」


 生前はただの女子高生だった自分には、エースパイロットがどれほどの存在なのか、うまく想像できない。

 ただ、自慢の部下の話をしているはずのハリーの顔が、何故か少しだけ寂しそうに見えた。


「……やっぱり、心配ですか? あちらの世界のことが」

「さて、どうかな。俺が囮になった後、部下達がどうなったのか気にならないわけじゃないが……彼等は皆、一人前の兵士だ。リーザの腕前と指揮能力があれば、きっと切り抜けられただろうと思う」

「部下の皆様を信頼していらっしゃるのですね」

「いいや、少し違う。上官を失っても、副官がそれを補う。そう機能するように人員を配置したものが、組織というものだ。……何より、ドッグタグも渡してきたしな」


 ドッグタグといえば、私でも映画で目にしたことがある。よく兵士が首からかけている、金属製のプレートの事だ。


「ドッグタグは私も分かりますが……何か意味が?」

「あれは兵士達の識別票だ。わざわざ名を返すってことは、つまりそういう意味だ」


 それきり、彼が続きを話すことはなかった。

 ハリーとはまだ短い付き合いだが、彼はいつも合理的に物事を考える節がある。それは自分の命ですら例外ではないらしい。

 きっと、聡明な彼には分かってしまったのだろう。

 優秀な副官と自身の命を天秤に掛けて、どちらが部隊の生存に貢献できるのかが。

 なんとなく彼に感じていたシンパシーが、今少しだけ分かった気がする。

 状況は違えど、私もまた自筆の手紙を駅のホームに置いて、この名を返したことがあったのだから。


「……ハリーさん、ちょっと前に詰めてください」

「前に? ……こうか?」


 言われたままに、ハリーがシートの前側へ移動する。

 背もたれとの間に空いた隙間を狙って、私は跳躍した。


「お邪魔します、っと!」

「うおお!? おい、無茶するな!」

「平気ですよ、これぐらいのスピードなら」


 とはいえ、こんな無茶なことは悪魔の身でなければ出来はしない。

 四足バイクは音も静かで揺れもほとんど無いが、後方に流れてゆく地面の速度は相当なものだ。

 ハリーは呆れたような面持ちで、こちらを振り返った。


「どういうつもりだ。こいつはタンデムシートじゃないんだぞ」

「元女子高生と二人乗りなんですから、もっと喜んで頂きたいのですけど」

「相手を考えろ。君の一回りは年齢の離れた、戦争で荒みきった男だぞ。今更、色恋に浮かれるような顔に見えるか?」

「あははっ、まったく見えませんね」


 笑顔で頷いて、彼の背中に寄り添いそっと両手を当てた。


「……だから少しだけ、こうしておいてあげます。人が弱っている時、悪魔は優しい振りをするものだって、お嬢様が仰られておりましたので」

「別に俺は弱ってなどいないが」

「あら、荒みきっていらっしゃるのでは?」

「……なるほど、迂闊だったな。中々の小悪魔だよ、君は」


 背中越しの言葉を最後に、ハリーの背中から強張りが消えた。どうやら観念したらしい。

 大きくてよく鍛えられた、男らしい背中だ。

 彼はこの背中で、これまでどれだけの出来事を背負ってきたのだろう。

 その背中に軽く体重を預けて、しばらくの間、生きた心臓の鼓動を懐かしんでいた。





「ふわーぁ……よく寝たわ」

「む。アピィ、やっと起きたのか」


 ぼんやりと景色を眺めていたら、ようやく眠り姫がお目覚めになられたらしい。

 三角の隊列の中央を走る四足バイクの上で、小さな欠伸をしながらアピィが瞼を擦っている。


「おはよう、ハリー。その様子じゃ、あなたは寝ていないのね」

「哨戒を怠るのは本能的にちょっとな。なに、習性のようなものだ」


 この世界で敵と呼べるような存在は居ないのかもしれないが、事故の危険性は無視できない。

 何より、眠りにつき難い理由もある。


「あいも変わらず真面目ね。楓、今どの辺り――」


 そんなこちらの事情を知らないアピィは、反対側の四足バイクに目をやった。

 そこには荷物だけを載せた無人の四足バイクが、伸び伸びとした軽快な走りを見せている。


「……大変よ、ハリー。楓が落バイクしてるわ」

「語呂が悪いな」


 確かに、落車でも落馬でもないのだから、表現としては合っているのだろうが。


「なに悠長な事言ってるの! 今頃草原の隅っこで膝を抱えて泣いているかもしれないわ!」


 どちらかと言うと、アピィがやりそうな姿である。

 そんな感想を抑えて、俺は人差し指を立てて口元にやった。


「楓の事なら心配しなくていい。それより、今は静かにしておいてやってくれ」

「静かにって、どういう――あら?」


 四足バイクを少し加速して、アピィの隣につける。

 それだけで、アピィは言葉の意味を理解してくれたようだった。


「ふふっ、案外よく寝る従者ね。いいわ、今はあなたに免じて許してあげましょう」

「温情、痛み入る。……良かったな、楓」


 背中に感じる温かさの主に、語りかける。

 どうせ、聞こえてやしないのだろうが。


「すぅ……すぅ……」


 その小さな寝息は、半刻後に彼女が地面へ落ちそうになるまで、安らかに続いた。

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