12話 彼女は赤色がお好き
「まぁいいわ。もはやこのアペルチャイルドに憂いはなくなった! 楓、ハリー、準備は?」
こういう時、アピィは切り替えが早い。
もしかしたら忘れっぽいだけかもしれないが。
「は。つつがなく完了しております」
「こっちもオーケーだ。いつでも出れる」
根が堅物な俺と楓は、アピィとメルクがコントを繰り広げている間も、荷積みの手だけは動かし続けていた。
三頭のバイク――もう四足バイクでいいか。
それらの左右にあるサイドキャリアーには、旅の荷物が括り付けられている。背の部分には快適な旅を約束する、フワッとしたクッションが特徴の背もたれ付きシートが鎮座していた。
シートの前方部からは二輪バイクでお馴染みのハンドルが取り付けられており、手綱の代りにこれで動きを制御するらしい。
往年の名車を彷彿させるアメリカンタイプのワイドハンドルには、アクセル、ブレーキはもちろん、クラクションやライトなどの便利機能まで備わっていた。
色々滅茶苦茶だが、もう放っておこうと思う。
「よしきた野郎ども、好きなバイクに乗り込みなさい! なおピンクに乗ろうとしたら容赦なく撃つわ!」
「ほぼ選択肢ないんだが」
あと、撃つって何をだ。
「悪魔になっても、私は女の子のつもりなんですけどねぇ」
そうぼやきつつ、楓は即座に薄黄色の四足バイクに飛び乗った。ヒラヒラしたメイド服のスカートが、少々目に悪い。
残った色は、薄いグレーだ。落ち着く所に落ち着いたと言うべきか。
楓のようにジャンプで飛び乗るのは無理があったので、自分は地味な搭乗となった。
「最後は私ね。とーっ!」
掛け声勇ましくアピィが跳躍する。
彼女もまた悪魔だけあって、身体能力は人間の比較にならない。
華麗な三回転半捻りを決めた後、ガレージの天井に勢い良く頭をぶつけた。
「あいたっ」
そして落下した。
都合よく落ちたのは、ピンクの四足バイクのシートの上だ。
「何も問題ないな。よし、行くぞ」
「ちょっとハリー! それ私の台詞!」
うるさい、これ以上付き合っていられるか。
涙目のアピィを無視すると、アクセルを回し四足バイクを発進させる。
個人的にはオートマよりクラッチ操作が好みなのだが、仕方ない。
「お二人共、安全運転で行きましょうね。ではラブパレードまでレッツゴーです!」
「もうっ、楓までー!」
三頭の四足バイクが、広大な真紅の大地に躍り出る。地面を滑るような走り出しは、思っていた以上に遥かに上等な乗り心地だ。
久々に感じる心地よい向かい風に目元が緩む中、サイドミラーに映る後方のアピィだけが、むすっと頬を膨らませていた。
鬱蒼とした森林に、激しい雨が降り注いでいた。
気候の不安定なこの島では、しばしばスコールに襲われる。服が濡れる感覚には慣れたが、雨は軍事行動において厄介ものだ。
時に有利に働くことはあっても、やはり障害となることが多い。
テントの入り口で灰色の空を見上げていると、水の跳ねる靴音が耳に入った。
「中尉、哨戒中のアルファより伝令が」
「……報告を」
「やはり奴等、B-18を放棄するつもりのようです。先遣隊を東に送り込んでいるのを確認したと」
「護送の気配はあるか?」
「今のところは……。それどころか、収容塔の見張りが二週間前から減ったままのようです。やはり、隊長は……」
「いい。それ以上は言うな」
伝令の言葉を遮り、リーザは首から下げた二つ目のドッグタグを握りしめた。
いくら自分でも、もう諦めなければならないのだと分かっている。
本部からの命令を無視し続けるのも限界だ。これ以上は、部下までも反逆の意思ありと取られかねない。
救われた命をむざむざ捨てるのは、愚か者のすることだ。
ああ、ただそれでも。
彼が最期に残した言葉を、信じていたかったのに。
「隊員に伝えろ。今、私は暫定大尉を拝領したと」
――必ず戻ると、そう言ったのに。
「“箒”を出せ。このまま奴等を無傷で撤退させてなるものか。奇襲で叩くぞ」
「はっ。しかし、本部が交戦許可を出すでしょうか?」
「直前に報告しろ。遭遇戦という体でだ。敵主力を叩いた後、そのまま離脱して本隊へ合流する。攻撃は私を含め六機。輸送と襲撃で隊を二つに分けるよう、少尉に編成を指示しておけ」
「了解! ダグラス大尉の仇討ちです。やってやりましょう、大尉殿!」
「……ああ」
踵を返して駆け出す伝令を見送って、リーザは一層強さを増してきた雨の中に足を進めた。
今にも落ちてきそうな灰色な雲間は、きっと今の自分の心模様だ。
復讐を望む声が、己の中に無いと言えるのか。
兵士であるなら務めを果たせと、あの人はいつも教えてくれていたのに。
「すいません、隊長……。自分は――」
もう、兵士には戻れないかもしれない。
リーザの頬を伝う雫は、打ちつける雨に無情にも砕かれていった。