表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女と兵士と人形喜劇  作者: 安土仁守
第2章 鼻からきのことか生えればいいのに。
11/62

11話 赤いお庭のマスコット

「そういえばお嬢様。メルクちゃんはどうされるのですか?」


 運んできた荷物をバイク達に括り付けている最中、楓がそんな事を口にした。


「そうねぇ。あの子、ちょっと気難しいところがあるし。どうしようかしら?」


 珍しく、アピィが弱気とも取れる口調だ。


「メルクというのは?」

「このバイク達のボス的な存在ですね。身体は小さいのですが、ともかく素早くて。空は飛ぶし魔法まで扱えるという、謎多きバイクです」

「既にバイクの定義が崩壊しそうなんだが」


 やっぱり、バクをバイクと呼ぶのは無理がある。


「加えて、メルクちゃんは大変な古株でして……。私がうっかり敬語を忘れると、小突き回されます。背に乗るのを許すのも、お嬢様だけですし」


 アピィ同様に、楓も萎縮気味の様子だった。


「頼りにはなるが、一癖あるわけか。連れていく必要はあるのか?」

「正直、付いてくるとは思っていないわ。でも、黙って置いていくと後ですっごい怒りそうなのよ。無視しちゃいけないのだけは覚えてるんだけど、何故かしら?」

「また何か、大事な事を忘れているんじゃないのか」

「否定できないわね。なにせ、既に出会いを忘れているし」


 古株の自尊心を打ち砕きそうな一言である。


「まぁ、とにかく声を掛けてみましょう」


 そう言って、アピィが召喚魔法陣を展開させた。

 ここしばらくの間に意味もなく何度も呼ばれたせいで、最近は見慣れた光景である。


「無駄と思いつつも一応聞くが、何故わざわざ召喚するんだ君は」

「何か誤解があるようだけど。あなたの時と違って、これは正しい使い方よ。メルクはいつもガレージの奥に引き篭もってて、こうでもしないとまったく外に出てこないんだから」


 理由は分かったが、それなら俺にも正しい使い方をして欲しいと思う。

 赤い光が六芒星の軌跡を描き、アピィが力強く呪文を唱える。


「セレクション! メルク限定マシュマロ召喚!」


 魔法陣が激しい光を放ち、アピィが思い描いた相手が強制的に召喚される。

 第三者の立場で見ても、相変わらずひどい魔法である。


「……プ?」


 赤い光が収束し、魔法陣の中心に現れたのは、黄色と紫色のコントラストがファンシーな小柄のバクだった。星の形をしたアザが幾つか入っていて、ぬいぐるみのようにも見える。

 巨体で丸っこい他のバイク達と違って、乗り物という感じはあまりしない。


「ふわぁぁぁ! やっぱりメルクちゃん可愛いです! ぎゃんかわです!」

「ぎゃ、ぎゃん……?」


 おまけに楓の様子がおかしい。何語だろうか。

 召喚されたバク――メルクは、少し辺りを見回して、すぐに何が起こったのかを察したかのように見えた。

 真っ先にアピィを睨みつけ、そのつぶらな瞳で猛抗議を訴える。


「プギーーッ! プププギーッ!」

「あー、はいはい。分かるわー、うん、そうよね。あなたも大変だものねー、分かるわー」


 これは断言できる。絶対に分かってない。


「まぁ聞きなさい、メルク。これからちょっと、世直しの旅に出ようと思うのよ。だから、あなたにも一応話しておこうと思って」

「プププギィ?」


 お、今のは何となく分かった。

 というか、こいつは普通に動物っぽい鳴き声なのか。尚更、あのバイク達は何なんだ……。


「あなた、もう何年も外に出ていないでしょう? ちょっと空を見てご覧なさい」

「プ?」


 アピィの言葉に従って、メルクが視線が僅かに上を向いた。

 丸すぎて、もはやほとんど首が無いように見える。


「――プギュ!?」


 瞬時に状況を理解したのか、目に見えて狼狽し始めた。


「プ、プププギ!?」

「そう、見て分かるでしょう? あの空に浮かぶ雲はマシュマロではなかったのよ。悲しみしかないわね」


 多分、誰もそんな事は思っていない。


「さて、真面目な話だけど。このままじゃ隣獄が燃え尽きちゃうから、最近緩くなり過ぎてる各国の魔女達を、どうにかしてこようと思うのよ。あなたも来る?」

「プ~~……」


 目を閉じてしばらく考え込む素振りを見せた後、メルクはそっぽを向いて寝転んだ。


「プププィ」

「ふぅん。ま、そう言うだろうと思ったわ」


 少し残念そうに、アピィが頷いた。

 拒絶されたと受け取ってよいのだろう。

 哀愁を誘うアピィの寂しそうな横顔が、こちらを振り向いた。


「来るって」

「来るのか」


 名女優か、こいつは。


「はい! はいはい! 私、抱っこしてお連れします!」


 そして楓、君は鼻息が荒くなってる事に気付いてくれ。普段の凛とした君はどこへ行った。


「プィ」

「気持ち悪いからやだって」

「なぜ!?」


 何故も何もなかろうと思う。


「プーププィ。ププープギー」

「えー。それはついて来るとは言わないんじゃないの?」

「今度はなんだ……」

「んーと。『そもそも同行するとは言ってない。力を貸すだけだ』だって。どういう事よ、メルク」


 アピィが聞き返すと、メルクは器用に前足で紙切れを摘み、彼女に渡した。

 広げられた紙切れは、綴りになったクーポン券のように見える。


「何これ。無料召喚チケット?」


 アピィがそこに書いてある文字を読み上げた。

 何故か楓が隣で吹き出しているが、一体何だというのか。


「プププギープィプー」

「これを使った召喚以外には応じない? あなたね、召喚にはお互いを思いやる気持ちが大事なのよ。そんな自分の都合しか考えないやり方、私は認めないわ!」

「おい。おい」

「……わ、私はノーコメントで」


 そう言って、楓は顔を逸した。

 彼女も大概苦労しているのだろう。


「プイプイプー」


 メルクが呆れたように嘆息をつくと、金色の波動が生じて足元に魔法陣が展開された。


「あっ、こら! 待ちなさい!」


 話はまだ終わっていないとアピィが止めに掛かるが、瞬きの間にメルクの姿が掻き消え、その手は空を切った。瞬間移動である。

 あんなふざけた見た目の割にアピィを手玉に取るとは、なかなか油断ならない。


「――まったく、メルクの引き篭もり癖には困ったものね。鼻からきのことか生えればいいのに」

「……怒ってるな、あれ」

「……怒ってますね、多分」


 ひそひそと楓に耳打ちすると、速攻で同意が返ってきた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ