11話 赤いお庭のマスコット
「そういえばお嬢様。メルクちゃんはどうされるのですか?」
運んできた荷物をバイク達に括り付けている最中、楓がそんな事を口にした。
「そうねぇ。あの子、ちょっと気難しいところがあるし。どうしようかしら?」
珍しく、アピィが弱気とも取れる口調だ。
「メルクというのは?」
「このバイク達のボス的な存在ですね。身体は小さいのですが、ともかく素早くて。空は飛ぶし魔法まで扱えるという、謎多きバイクです」
「既にバイクの定義が崩壊しそうなんだが」
やっぱり、バクをバイクと呼ぶのは無理がある。
「加えて、メルクちゃんは大変な古株でして……。私がうっかり敬語を忘れると、小突き回されます。背に乗るのを許すのも、お嬢様だけですし」
アピィ同様に、楓も萎縮気味の様子だった。
「頼りにはなるが、一癖あるわけか。連れていく必要はあるのか?」
「正直、付いてくるとは思っていないわ。でも、黙って置いていくと後ですっごい怒りそうなのよ。無視しちゃいけないのだけは覚えてるんだけど、何故かしら?」
「また何か、大事な事を忘れているんじゃないのか」
「否定できないわね。なにせ、既に出会いを忘れているし」
古株の自尊心を打ち砕きそうな一言である。
「まぁ、とにかく声を掛けてみましょう」
そう言って、アピィが召喚魔法陣を展開させた。
ここしばらくの間に意味もなく何度も呼ばれたせいで、最近は見慣れた光景である。
「無駄と思いつつも一応聞くが、何故わざわざ召喚するんだ君は」
「何か誤解があるようだけど。あなたの時と違って、これは正しい使い方よ。メルクはいつもガレージの奥に引き篭もってて、こうでもしないとまったく外に出てこないんだから」
理由は分かったが、それなら俺にも正しい使い方をして欲しいと思う。
赤い光が六芒星の軌跡を描き、アピィが力強く呪文を唱える。
「セレクション! メルク限定マシュマロ召喚!」
魔法陣が激しい光を放ち、アピィが思い描いた相手が強制的に召喚される。
第三者の立場で見ても、相変わらずひどい魔法である。
「……プ?」
赤い光が収束し、魔法陣の中心に現れたのは、黄色と紫色のコントラストがファンシーな小柄のバクだった。星の形をしたアザが幾つか入っていて、ぬいぐるみのようにも見える。
巨体で丸っこい他のバイク達と違って、乗り物という感じはあまりしない。
「ふわぁぁぁ! やっぱりメルクちゃん可愛いです! ぎゃんかわです!」
「ぎゃ、ぎゃん……?」
おまけに楓の様子がおかしい。何語だろうか。
召喚されたバク――メルクは、少し辺りを見回して、すぐに何が起こったのかを察したかのように見えた。
真っ先にアピィを睨みつけ、そのつぶらな瞳で猛抗議を訴える。
「プギーーッ! プププギーッ!」
「あー、はいはい。分かるわー、うん、そうよね。あなたも大変だものねー、分かるわー」
これは断言できる。絶対に分かってない。
「まぁ聞きなさい、メルク。これからちょっと、世直しの旅に出ようと思うのよ。だから、あなたにも一応話しておこうと思って」
「プププギィ?」
お、今のは何となく分かった。
というか、こいつは普通に動物っぽい鳴き声なのか。尚更、あのバイク達は何なんだ……。
「あなた、もう何年も外に出ていないでしょう? ちょっと空を見てご覧なさい」
「プ?」
アピィの言葉に従って、メルクが視線が僅かに上を向いた。
丸すぎて、もはやほとんど首が無いように見える。
「――プギュ!?」
瞬時に状況を理解したのか、目に見えて狼狽し始めた。
「プ、プププギ!?」
「そう、見て分かるでしょう? あの空に浮かぶ雲はマシュマロではなかったのよ。悲しみしかないわね」
多分、誰もそんな事は思っていない。
「さて、真面目な話だけど。このままじゃ隣獄が燃え尽きちゃうから、最近緩くなり過ぎてる各国の魔女達を、どうにかしてこようと思うのよ。あなたも来る?」
「プ~~……」
目を閉じてしばらく考え込む素振りを見せた後、メルクはそっぽを向いて寝転んだ。
「プププィ」
「ふぅん。ま、そう言うだろうと思ったわ」
少し残念そうに、アピィが頷いた。
拒絶されたと受け取ってよいのだろう。
哀愁を誘うアピィの寂しそうな横顔が、こちらを振り向いた。
「来るって」
「来るのか」
名女優か、こいつは。
「はい! はいはい! 私、抱っこしてお連れします!」
そして楓、君は鼻息が荒くなってる事に気付いてくれ。普段の凛とした君はどこへ行った。
「プィ」
「気持ち悪いからやだって」
「なぜ!?」
何故も何もなかろうと思う。
「プーププィ。ププープギー」
「えー。それはついて来るとは言わないんじゃないの?」
「今度はなんだ……」
「んーと。『そもそも同行するとは言ってない。力を貸すだけだ』だって。どういう事よ、メルク」
アピィが聞き返すと、メルクは器用に前足で紙切れを摘み、彼女に渡した。
広げられた紙切れは、綴りになったクーポン券のように見える。
「何これ。無料召喚チケット?」
アピィがそこに書いてある文字を読み上げた。
何故か楓が隣で吹き出しているが、一体何だというのか。
「プププギープィプー」
「これを使った召喚以外には応じない? あなたね、召喚にはお互いを思いやる気持ちが大事なのよ。そんな自分の都合しか考えないやり方、私は認めないわ!」
「おい。おい」
「……わ、私はノーコメントで」
そう言って、楓は顔を逸した。
彼女も大概苦労しているのだろう。
「プイプイプー」
メルクが呆れたように嘆息をつくと、金色の波動が生じて足元に魔法陣が展開された。
「あっ、こら! 待ちなさい!」
話はまだ終わっていないとアピィが止めに掛かるが、瞬きの間にメルクの姿が掻き消え、その手は空を切った。瞬間移動である。
あんなふざけた見た目の割にアピィを手玉に取るとは、なかなか油断ならない。
「――まったく、メルクの引き篭もり癖には困ったものね。鼻からきのことか生えればいいのに」
「……怒ってるな、あれ」
「……怒ってますね、多分」
ひそひそと楓に耳打ちすると、速攻で同意が返ってきた。